時計等騙取(へんしゅ)事件

金沢からの「品触」で82万1千8百おまけ


 古書市で一束ナンボで買った「品触」(盗品の手配書)、改めて眺めていると、品名の羅列だけでなく、それらが盗(と)られた事情が偲ばれるモノもいくつか見つかり興味深い。
 今回は、そんな一例をご紹介する次第。


 品触
 左記物品ハ昭和三年七月五日石川県金沢市役所在県立師範学校、中学校等ノ職員十二名ヨリ修繕名下ニ騙取セラレタル被害品ニ付同日以降売買交換入質等ニ依リ発見ノ節ハ相当措置シ至急御通報相煩度

  一、金側長方形八型革紐付
     腕巻時計 壱個 弐拾円
  二、クローム側九型黒紐付
     腕巻時計 壱個 七円
  三、金側八型黒紐付
     腕巻時計 壱個 拾七円
  四、クローム側八型腕巻時計 壱個 四拾円
     裏面白地ニ「チウリップ」ヲ彫刻シタルモノ
  五、銀側二十一型片硝子米国製
     懐中時計 壱個 拾五円
  六、ニッケル製十七型片硝子
     懐中時計 壱個 弐拾七円
  七、十八金九型腕巻時計 壱個 参拾五円
  八、携帯写真機 壱個 九拾円
     キコレット鏡玉四、五
  九、同 写真機 壱個 弐拾円
     イルネマン鏡玉六、八
  十、金側八型黒紐付腕巻時計 壱個 拾五円
     紐ノ金具ハ十八金
 十一、銀側十六型両蓋
     懐中時計 壱個 五円
 十二、金側四角型夜光針
     茶革紐付腕巻時計 壱個 参百円
     ナルダン号三四八〇十二号
 十三、金側十四型片硝子女持
     懐中時計細キ金鎖付 壱個 五拾円

 計 十三点 六百三拾九円

 昭和三年七月 石川県刑事課

 時計11個、カメラ2台の被害。
 品名を一瞥して、これはアレ、あれはソレと解説が図版付きで出来れば大したモノだが、主筆はそこまでモノ知りでは無い。むかーし、『クラシックカメラ専科』の何冊かは買った事はあるから、写真機の「キコレット」は「イカレッテ」、「イルネマン」は「エルネマン」のことかなぁ、くらいのカンは働くが、雑誌はライカ・ローライ・コンタックスあたりを目当てに買ったもの(現物も中古カメラ店で見たくらい)だから、今となっては検証のしようが無い。「品触」の品名は、警察の調書から書き写したはずだから、被害者がそう語ったのだと受け取るべきなんだろう。
 時計の方は、10年程前、調べモノの手伝いをやった時、念のために町の時計屋が出したカタログ(文字ばっかりのモノ)を一つ買っているが、良くわかんねーや、と放り出し、部屋に埋没して久しい。

 被害額は639円―戦前1円2千円換算で1,278,000円、3千円なら1,917,000円―と結構なモノである。ただし1個300円(60〜90万円相当)の時計が総額を押し上げていて、他は1個10〜30円程度に納まっている。その中に、「二、クローム側九型黒紐付 腕巻時計 壱個 七円」、「十一、銀側十六型両蓋 懐中時計 壱個 五円」が混ざっていて、市役所・学校職員間での給料/生活レベルの違いが伺えて面白い。「十三、金側十四型片硝子女持 懐中時計細キ金鎖付 壱個 五拾円」は、職員のモノなのか、3百円時計持ち主の奥方の持ちモノなのか、ここも想像が膨らむ。

 記事によれば、「7月5日」の一日で12人から時計・カメラが「騙取」された―「かたりとられた」―と云う。「修繕」名目とあるが、時計・カメラの「修理・調整」なら専門店に持ち込む方が安全・安心だろう。犯人は、外装のクリーニングを「実演」して見せたのではないだろうか? 「退勤時間には仕上がりマス」と、昼か午後の休み時間に品物を受け取って、そのままドロン。退勤時間を30分・一時間過ぎても品物を返しに来ない。だまされた! と警察に駆け込んだと推察出来る。役所・学校に外部の人間が入り込み、値打ちモノを手に入れるのだから、犯人の手際は大したモノだ。
 「品触」の既述を読む限り、一日で市役所・師範学校・中学校の三ヶ所(等とあるからそれ以上かも知れぬ)を廻っている。それは可能なのだろうか?


 図書館で金沢市街の地図を見る。


明治38年の地図(『金沢市史』資料編18別刷)

 中央の赤枠の上に「尋常師範学校」、その左に「市役所」、右下に「第一中学校」とある。師範学校・市役所の上には「石川県庁」と「(第四)高等学校」があり、文教・行政の中心地であることもわかる。図の右上「公園」となっているのは「兼六公園」すなわち「兼六園」だ。県庁の上はもとのお城で、歩兵第七連隊が陣取っている。

 昭和になってからの地図も見る。


昭和12年の地図(『昭和前期 日本都市地図集成』より)

 明治のものからは、地図の軸が90度左に回転していて、位置関係を掴みづらいが、施設の配置は動いていない。ただ、師範学校の敷地が「金沢第二高等女学校」と「女子師範学校」に分かれている。「第一中学校」の記載がなくなっているが、昭和8年発行の2万5千分の一地形図には、女子師範の裏手に「第一中学」が書いてはあるから、この地図の書き落としと見て、犯人が市役所−師範学校−中学校と廻った事実は動かないとしよう。
 「女子師範学校」で「騙り」をしたならば、「十三、金側十四型片硝子女持 懐中時計細キ金鎖付 壱個 五拾円」があっても不思議ではない。犯人が、その場にいた人達から時計・写真機を巻き上げた事と矛盾しなくなる。

 市役所の向かいには、県庁と第四高等学校がある。市役所の職員などより、モット良い時計を持っていそうなトコロだ(偏見)。しかし品触には被害の記載が無い。職員が優秀で―旧制高校の生徒なんてタチが悪そうぢゃあありませんか―瞞されなかった、実は被害が出たのだけど、体面上泣き寝入りをした、など考えて見たのだが、地図を見ると、県庁の上に「廣坂書」―警察署がある。「仕事」帰りに近づきたくは無い(笑)。


 「品触」の記述自体にも興味深いトコロがある。「腕巻時計」だ。
 フトコロに入れるのが「懐中時計」なら、腕に巻くなら「腕巻時計」。言葉の使い方としては正しい。しかし、今日こんな云い方をするヒトはいない。何時から「腕時計」になったか調べてみたくなる。が、今回の主題から逸れるから、今はやらない。「革紐」「黒紐」は、時計のバンドの事なのだろうが、それを「紐」と称しているのも、驚くトコロ。
 そして、一個300円「ナルダン号三四八〇十二号」だ。持ち主は、律儀にシリアルナンバーを控えていたのだ。カメラなど、貴重品は製造番号を控えておくと、盗まれた後の追跡に役立つ。モノの本に書いてあったのを思い出し、昔からやる人はちゃんとやっておるのだなぁ、と感心する。今も何処かの骨董屋に「ナルダン号三四八〇十二号」が置いてあったら…と、思ってみると楽しい。そこの店構え・店主の風貌はどうか、売価はいくらなのか、想像するだけでワクワクする。品触が出た以上、質屋・故買屋は届けでなければならぬから、持ち主の元に戻っているのを願うべきなのだが。

(おまけの空振り)
 役場に学校での事件だ。新聞記事になっているのではないか? と、図書館で新聞縮刷を朝日・毎日・読売三紙で追跡するが、見つけられず。被害額6百円程度では全国区のニュースにはならぬらしい。
 地元目線で見れば「誰がダマされたのか」は、物凄く気になるトコロだ。金沢発行の地方紙があれば、間違いなく記事となるはずだが(役所の不祥事なので、掲載差し止めもあり得るが)、今の主筆には調べる術が無い。