浴衣は夏の勝負服(笑) もう夏は終わってしまったけれど…


 俗に 「15年戦争」 と云われる。昭和6年の満洲事変以降勃発以降、日本は世界戦争への道を驀進したというのが教科書的歴史である。
 しかし、国民生活そのものに戦争の影響が出てきたのは、昭和12年の 「支那事変」 勃発と昭和13年の国家総動員法制定以降であると見なければならない。このあたりの事情については、 当「兵器生活」よりも山本夏彦 「「戦前」という時代」 (文春文庫) や向田邦子の一連の戦前ドラマが詳しい。


 戦前の軍事雑誌を見ていても、 「なんじゃこりゃあ」 と戦後民主主義教育を受けた身としては一言云いたくなるような、商品が販売されていることに気が付くのである。
 
 今回は馬鹿馬鹿しさでは重巡クラスの商品 「つはもの浴衣」 を紹介する。 (原文は旧カナ)
つはもの浴衣ロゴ ( 「陸軍画報」 昭和11年4月)

 本社事業部は国防思想の普及に邁進する一助として、昨年の如く産業美術研究所長普門暁氏の指導製作になる国防意匠 「つはもの浴衣」 を提供、是は一万数千点の中から選びに選び抜いた各柄で、染色は日本一の称ある江戸染で、さめたりすることは絶対にありません。そして機械染 (捺染) と異いますので頗る持ちがよく御徳用であります。正藍一色と、色入 (赤、藍、ねづみ) の三色とあります。女子二十六柄、男子十一柄、総計三十七柄あります。

 婦人用カタログ御入用の方は郵券二銭同封御申込下さい。

 奉仕値段 : 一反 1円95銭  送料 : 内地 21銭  満洲 49銭

団体の御注文は特に値段の点も御相談に応じます。
 「陸軍画報」 の中に折り込みされていたものから、一部を以下に再録する。例によって国会図書館のコピーからの取り込みのため、不鮮明な部分が多いのはご容赦いただきたい。

浴衣 新兵器模様浴衣 海軍模様

左 : (17) 新兵器模様(三色)  右 : (18) 海軍模様(一色) 

左 : (21) 桃太郎意匠(三色)  右 : (25) キューピーの兵隊(三色)

浴衣 のらくろ浴衣 空襲模様

左 : (16) のらくろ伍長(正藍一色)  右 : (1) 空襲模様(正藍一色)

 この浴衣がどれだけ世間に受け入れられたのかは不明である。和服関係の資料をあたってみれば、何かしらの情報が得られる可能性はあると思う。ただし 「兵器生活」主催者は無精者なので、これ以上の情報が出てくることは無い(笑)。

 総動員体制確立以後、一般の国民生活が逼迫していったことを思うと、これらの布地は様々な用途で損耗せられ、地上から消滅したものと推測される。

 この 「一反」 と云う販売単位から、「陸軍画報」 購読者の家庭でこの生地を浴衣に仕立てていたことが想像できる。昔はみんな手縫いの浴衣を着ていたんだなあ と云うことである。
 また、生地一反の送料が、日本国内では21銭、満洲へは49銭であったことがわかる。ちなみに成人男子を徴兵するために使われる葉書代が 「一銭五厘」 というのは有名な話である (いつまでこの料金だったかは勉強不足で分かりません)。


 「空襲模様」 の浴衣がB−29の焼夷弾攻撃で灰燼に帰したであろうことは歴史の皮肉以外の何物でも無い。