世界数十カ国の大学・研究機関の研究グループが参加し、共通の調査票で各国国民の意識を調べ相互に比較する「世界価値観調査」が1981年から、また1990年からは5年ごとの周回で行われている。各国毎に全国の18歳以上の男女1,000サンプル程度の回収を基本とした個人単位の意識調査である。

 ここでは、日本及び欧米7か国、アジア7か国、合計15か国において、宗教団体、軍隊、新聞・雑誌、労働組合、警察、国会、行政、テレビ、政府、政党、大企業、環境保護団体、裁判所、国連という14組織・制度について、どの組織・制度に対する信頼度が高いかをこの調査の結果から図示した。質問は各組織・制度毎に別々になされている。

 以下に日本と欧米との比較、日本とアジアとの比較に分けて特徴を整理した。

日本と欧米との比較 日本とアジアとの比較
 軍隊、警察、裁判所の信頼度が高く、議会(国会)、政府、政党(特に政党)の信頼度が低いという一般傾向がある。
 政府への信頼度は、英国が10%台、日本、イタリアが20%台と低いが、米国、フランスも30%台、ドイツ、ロシアも40%台とそれほど高い訳ではない。
 党派性が強く、政治活動とむすびついている組織・制度は、政治や党派性からの独立を本旨とする組織・制度と比較して信頼が低いとみなされる傾向があるのである。行政は両者の中間が多い。民主主義国では行政機関を政治家が率いるのが一般だからである。
 欧米諸国と異なって、アジア諸国の場合、軍隊、警察、裁判所への信頼度は、高いとは限らない。中国、シンガポール、マレーシアはこれら3つへの信頼度がほぼ70〜80%台と高い(日本も60〜70%台とこの3国に次いで高い)。他方、韓国、台湾、フィリピンでは日本よりやや低い。パキスタンでは軍隊は高いが警察、裁判所は低い。
 政府に対する信頼度についても、中国の80%台、シンガポール、マレーシアの70%台と非常に高い国から日本の20%台までばらつきが大きい。
 マスコミ(新聞・雑誌、テレビ)の信頼度は日本で特に高く、それとは対照的に、他の欧米諸国では低い。
 政府の信頼度との関係では、日本では、政府発表よりマスコミの報道の方が信じられているのに対して、欧米諸国では、どっちもどっちという状況にあると考えられる。
 アジア諸国では、マスコミへの信頼度は日本ほど高くはないが、欧米ほど低くもない(台湾は例外的に新聞・雑誌、テレビへの信頼度が20〜30%台と非常に低い)。日本以外は、マスコミのうち、テレビの方が新聞・雑誌より高い信頼度をもっている。
 マスコミとともに政府の信頼度も国によりばらつきが大きいので、日本、韓国のようにマスコミ優位の国もあれば、中国、シンガポール、マレーシアのように政府優位の国もある。
 宗教団体への信頼度が日本の場合10%未満と極端に低いのに対して、キリスト教教会の地位の高い欧米では30%台〜60%台と一定程度高くなっている。  宗教団体への信頼度が日本の場合10%未満と極端に低いのに対して、その他のアジア諸国では日本ほど低くはない。また、宗教団体への信頼度は国ごとにばらつきが大きい。すなわち、中国では10%台と非常に低いのに対して、イスラム国であるマレーシア、パキスタン、及びカトリック国のフィリピンでは90%台と非常に高い。

 高い信頼度にもとづき、新聞・雑誌など日本のジャーナリズム、マスコミは日本の世論形成に大きな影響力を保っている(図録3963参照)。

 日本の特徴のひとつは、議会(国会)や宗教団体への信頼度が低い点にある。宗教団体は、世界的には信頼度が高い国がかなりに上っているが、日本の場合、無宗教が多いこと、祭祀以外の分野での宗教団体の影響力に限界があることなどから信頼度は低くなっている。

 国会は、日本では、憲法上、国政の最高機関と位置づけられていて、実際上の権限も大きく、選挙も途上国などに比べ公正に実施されているにもかかわらず、国民からの信頼度という点では、世界でも最低の部類に属している。

 こうした国会、国会議員に対する信頼度の低さは、先進民主主義国共通の政治家と政治家が活躍する議会、政党に対する信頼度の低さに加えて、ロッキード事件(1976年)、リクルート事件(1988年)、東京佐川急便事件(1992年)など一連の汚職事件で明らかになった有力政治家の金権体質に対して国民がうんざりするとともに、世界に対し恥ずかしく思った歴史が大きく関わっており、経済一流政治二流といわれた状況を脱しうるような政治への信頼回復がなお充分でないからであるといえよう。

 私見であるが、国会に対する信頼度の低さの理由としては、さらに、信頼度第1位で影響力の強い新聞・雑誌、そしてジャーナリズムが、日本の場合、西南戦争、自由民権運動以来の反政府の伝統をもち、国会、及び国会の多数派(与党)に対して常に批判的な立場を保っている影響、及び戦前の政権が選挙の大衆運動化を恐れて選挙を厳しく規制した結果生まれた政治のマイナスイメージの影響が大きいのではないかと思われる。

 後者については、やや長くなるが、米国の政治学者ジェラルド・カーチス氏の名著「代議士の誕生―日本式選挙運動の研究 」(1969)から、日本の選挙制度についての分析を引用しよう。

「事前運動の禁止、印刷物配布の制限、マス・メディア利用の規制、その他オープン・カーの使用禁止といった一見ささいな規定に至るまで…この法律(公職選挙法)によって一般有権者は選挙運動の単なる傍観者にされてしまっているのだ。本来選挙運動の主な機能であるべき選挙民の”政治的社会化”は、法律によって”圧殺”されないまでも、きわめて効果的に”けん制”されている。…

 一般選挙民の、選挙過程における活動を制限するという意味で、現行の選挙法は1925年の選挙法を踏襲したものといえる。この旧法は、普通選挙権の確立によって、保守勢力の支配継続を脅かすような大衆運動への発展を阻止する意図の下に、選挙運動の規制を法文化したものである。」(サイマル出版会p.209〜210)

「選挙運動の一環として食事、茶菓、飲物類の提供を法で禁止している...米国では選挙運動でバーベキュー・パーティやピクニックの開催、あるいは運動本部でコカコーラを飲ませることを、禁止すべきだなどと主張した人はいない。日本ではそういう種類の行為が法律違反に問われるのである。

 そういった厳格な選挙活動規制には、いくつかの危険性が潜んでいる。1つにはそれらの規制が極めて非現実的であるため、目にあまる違反を次々に生み出し、その結果法の尊重が失われてしまうことである。

 さらには法規と実際の選挙運動とが一貫して明らかに食いちがっているため、日本人はいまだに非民主的、封建的な価値基準で動いているとの印象を、多くの日本人の間に植え付けてしまう。この印象はやがて、日本の政治体制は西欧の議会制民主主義より”非民主的”なのだといった”確信”となって、市民一般の信頼と誇りは、崩れてしまうのである。食事の提供その他の諸活動を禁止することによって、西欧の公職候補者ならそうした行為は一切しまいという、誤った印象を与えてしまうのだが、結果的にはおよそ実行不可能で他の国ではだれも守っていないような行動基準を、日本人自身に課しているのだ。」(サイマル出版会p.232)

 なお、政治家への信頼度がその国の人口規模と反比例している点については図録5212a参照。

 日本の1995年〜2010年の時系列変化については図録5213参照。2005〜2010年にかけて日本の表の中の位置としては以下の変化があった。

・警察が同じ60%台だが軍隊(自衛隊)を上回る
・大企業が30%台から40%台に上昇
・国連が50%台から40%台に降下
・環境保護団体が50%台から30%台に降下
・労働組合が30%台から20%台に降下
・国会が20%台から10%台に降下

 参考のため、上に掲げた国以外の国の結果を以下に掲げた。この図録で取り上げた国は、23か国であり、具体的には、日本、米国、英国、ドイツ、フランス、イタリア、スウェーデン、ロシア、韓国、台湾、中国、シンガポール、マレーシア、フィリピン、パキスタン、オランダ、フィンランド、ウクライナ、オーストラリア、トルコ、モロッコ、ナイジェリア、メキシコである。


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 最後に、内閣府の生活の質に関する調査で、組織への信頼の程度別の幸福感(幸福度)を集計してデータを見つけたので下に掲げた。これを見ると、一般に、種々の組織への信頼度の高い人ほど幸福度が高いことが分かるが、報道機関に関しては、信頼している人の幸福度が余り高くなく、また信頼している人と信頼していない人との幸福度の差が小さいという結果になっている。このデータの解釈の仕方については図録3963参照。


(2006年7月26日収録、8月25日コメント加筆、2013年10月18日2000年データから2005年データに更新するとともに複数棒グラフ形式から一覧表形式に変更、旧図録は5215x、10月22日その他の国の表追加、2014年5月14日日本の2010年の変化についてのコメント、7月21日2005年期から2010年期へ更新、2014年8月19日内閣府調査データ引用)


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