世界数十カ国の大学・研究機関の研究グループが参加し、共通の調査票で各国国民の意識を調べ相互に比較する「世界価値観調査」が1981年から、また1990年からは5年ごとの周期で行われている。各国毎に全国の18歳以上の男女1,000サンプル程度の回収を基本とした個人単位の意識調査である。

 ここでは、「もし戦争が起こったら国のために戦うか」という問に対する各国の回答結果をグラフ表示した。2010年期(2010〜2014年調査)の結果が得られない国は2005年期(2005〜2009年調査)の値を採用した。

 「はい」の比率が日本の場合、15.2%と、世界78カ国中、最低である。「いいえ」の比率は38.7%と14位である(「いいえ」の1位はスペイン58.9%)。

 「はい」より「いいえ」が10%ポイント以上上回っているのは、日本、スペイン、イタリア、アンドラ、ドイツの5カ国だけであり、いずれも第2次世界大戦の敗戦国側であったという共通点をもつ。もし戦争が起こったら国のために戦うかどうかという国民意識には、先の大戦が如何に大きな影響を与えているかがうかがわれる。戦争はもうこりごりだという感情が強いためと単純にとらえるのがよかろう。(スペイン、アンドラを敗戦国側としてよいかについて末尾に(注))

 正義感から戦場でこそ役割を果たしたいと、2010年に、志願して国際治安支援部隊(ISAF)の一員としてアフガニスタンにいった元ドイツ軍歩兵はそう考えるに至った過去をこう振り返っている。「ドイツでは第二次世界大戦の苦い経験から、兵士の仕事を批判的にみる人が多い。でも、僕は子どものころから兵士になりたかった」(東京新聞2016年3月25日)。日本でもやはり自衛隊は社会的評価がかつては今よりずっと低かった(図録5221a)。敗戦国に共通の心情があるのだといえよう。

 これに加えて、日本国憲法は、他国の憲法にない戦争放棄条項を有しており、憲法に対する遵法精神の上からは、この問は答えにくい内容をもっているといえる。日本は、「はい」が一番少ないだけでなく、「わからない」が46.1%と世界で最も多い値を示していることからもそれがうかがわれよう。

 第2次世界大戦の敗戦国、及び戦争放棄条項をもつ憲法を有する国ということから、こうした回答結果となっているのであって、日本の若者が軟弱になっているからといった素朴な見方はあてはまらないことが、こうした国際比較から分かるのである。日本だけの調査結果であったら、「はい」と答えた者の少なさの理由として、日教組の影響、若者の軟弱さ、愛国心の欠如などがあげられた場合、そうかもしれないと誰だって思ったであろう。

 逆に、「はい」の比率の高い国は、第1位カタール、第2位以下、ベトナム、パキスタン、ノルウェー、インドネシア、フィリピン、タイとほとんどアジアの発展途上国が来ている。欧米先進国は、ノルウェー、フィンランドがかなりの上位なのを除くと、米国が中位であり、フランス、英国などはさらに低くなっているなど、概して、高くはない。日本の「はい」の低さの原因の一つとして、経済先進国だからという点もあげられよう(解釈次第では、その結果、敢闘精神が欠如している、あるいは命の値段が高くなっているからとも言えよう)。

 日本の結果について時系列変化を下図で追ったが、ほとんど回答傾向に変化はない。参考に韓国の結果を掲げたが、日本と比較して「はい」が多く、「いいえ」や「わからない・無回答」が少ない点に変わりはないが、時系列的には、「はい」が8割水準から6割台へと減少し、「いいえ」が1割から3割へと増加するという傾向的な変化が認められる。


 2015年夏には安全保障関連法案が国会で審議され、この法案が戦争を招くものとして多くの国民・有識者の批判を浴びている。1960年安保の時も実は同じような感情で反対が起こったらしい。その時の雰囲気を論評した次のような文学者の正宗白鳥の見方に今のことのように私は共感する。

「「安保条約改正」是非についても断片的に、いろんなのを読んでいる。賛成の方にも、反対のほうにも、一理屈あって、私は簡単に一方ぎめする気になれないのである。それに、言論自由の世の中だから、しいて一方にきめなくてもいいはずである。ナポレオン曰く「人間を支配する二つの梃子(てこ)は、恐怖と利益である。」と。スターリンやヒトラーや東条に逆らうのは、常人のあえてし得るところではなかったが岸首相などに反対するぐらい、何の恐怖も感じないでいられるのである。むしろ反対した方が、景気がよくなって、勇ましくって、人聞きがいいようである。

 今度安保条約が改められると、近いうちに戦争が起る恐れが濃厚であるというのが、青年学生を刺戟して、あんな強暴な反対の行動がとられたのであろうか。日本ではこりごりしているはずの戦争に、またまき込まれてはたまらないと、青年たちが恐れを抱いて、あらかじめ、そういう条約の成立を拒止しようとするのは当然のように思われるが、戦争拒否には、政府案がいいか、反対案がいいか、両者の新説を読んで、私には決定しがたいのである。どちらにしたって、戦争は起る時には起るだろうと、私には思われるだけだ。」(「恐怖と利益」産経新聞夕刊昭和35年5月、『白鳥随筆』講談社文芸文庫、p.266〜267)

(注)スペインは、厳密に言うと、敗戦国ではない。第2次世界大戦に際して、フランコ政権下のスペインは、スペイン内戦後の国内の混乱から、中立国の立場をとった(アンドラもスペイン軍が駐留していたので、スペインと同様と考えてもよいだろう)。しかし、ドイツなど枢軸国との友好関係を保ち、ロシア戦線に「青い旅団」を派遣したため、ソ連の反対で、戦後、国連の原加盟国にはなれなかった。従って、敗戦国ではないが、敗戦国「側」ではあった。もっとも本格的に参戦していたわけでないので、このアンケートに「はい」と答える回答率が低い理由にはならないという反論がありうる。むしろ国への帰属意識ではなく地方への帰属意識が強いため、こうした結果になっているのではないか、との考えもありうる。後者については、図録9470(国かそれ以外か所属地域の意識(世界価値観調査))で見るようにスペインが特に地方意識が強いわけではない。ヨーロッパ諸国において第2次世界大戦に至る過程はスペイン内戦と共通する面があり、スペイン内戦を繰り返したくないという感情がアンケート結果に反映しているのではないかと思い上述の記述となった。この点は私も分からないところがある。今後の追究によっては、叙述を改める可能性が残っている。

 この図録の対象国は、79カ国。内訳を「はい」の比率の低い順に掲げると(#は2005年期、それ以外2010年期)、日本、スペイン、イタリア#、ブルガリア#、ウクライナ、アンドラ#、チリ、ドイツ、オランダ、香港、アルゼンチン、ニュージーランド、ハンガリー#、ブラジル、バーレーン、南アフリカ、レバノン、セルビア#、ジンバブエ、ウルグアイ、エストニア、スイス#、カナダ#、英国#、ロシア、エチオピア#、フランス#、ルワンダ、ペルー、モルドバ#、米国、スロベニア、パレスチナ、シンガポール、ベラルーシ、ナイジェリア、トリニダードトバゴ、韓国、アゼルバイジャン、オーストラリア、イラク、キプロス、ルーマニア、エジプト、グアテマラ#、エクアドル、インド、リビア、キルギス、スウェーデン、ガーナ、イラン#、チュニジア、モロッコ、コロンビア、アルメニア、アルジェリア、ポーランド、メキシコ、中国、クウェート、ブルキナファソ#、イエメン、マリ#、カザフスタン、ジョージア、トルコ、ヨルダン、ウズベキスタン、マレーシア、台湾、フィンランド#、タイ、フィリピン、インドネシア#、ノルウェー#、パキスタン、ベトナム#、カタールである。

(2006年7月12日収録、7月16日(注)追加、8月11日1995年データ追加、2009年1月2日2005年データ追加、2014年5月13日2005〜2010年期データへ更新、時系列グラフ追加、10月1日日本1995年値追加、2015年8月14日正宗白鳥引用、2016年3月26日ドイツ軍元歩兵の言引用、2010年期を52カ国から60カ国へ拡充)


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