カマは掘るより焚くが良い
戦前と云えば「国鉄」、「国鉄」と云えば蒸気機関車と云うわけで、事変下にあって、帝国日本の大動脈を陰で支える、蒸気機関車乗務員の高度な技の紹介である。
「写真週報」昭和13年5月18日号より「一塊の石炭 燃料節約」と題されたページより。
石炭は石油と共に近代産業交通の原動力である。
と云う一文から始まるこの記事は、早い話が「大陸で戦争が始まっているし、そのうち米英あるいはソ連と戦争するかもしんないから、おまえら石炭無駄に使うんじゃねえぞ」と云うお話である。
国鉄が世界に誇る「片手焚き」法。機関助士は石炭1瓩位を掬うに足る小形の片手式ショベルに、石炭を少量づつ、而もボイラーの火床に万遍なく行き渡るよう、絶えず投入を続ける。大型ショベルを両手で使用するに比べて、何倍の努力か知れないがこの細い芸に依ってこそ石炭は完全に燃焼し、消費量は節約される。
「世界に誇る」べき技術なのかは、もはや判らなくなってしまったが、この方法で汽車に石炭をくべる光景を映像等で見た人も多いだろう。
当時の日本の芸風とは、「貧乏」であること以外の何者でもない。そして貧乏にも拘わらず、金持ちぶろうとした事が、戦前日本の悲劇の根底であった。
石炭の燃焼効率を上げ、蒸気機関の出力増大を目的としての「片手焚き」と云う側面よりも、石炭消費量の節約と云う部分に注目してしまっている、この記事が貧乏性をなによりも物語っている。
「カマ焚きシミュレーター」である。記事いわく
新らしく機関助士見習となるものに、この「片手焚き法」を充分会得させるためには写真のような模型火室を作り、四百キロの石炭を十六分間に投げこむ作業を一日何回となく練習し、技術が充分呑みこめたときはじめて実際の機関車の火を焚かせる。
又、この模型火室による作業の巧拙は実際の焚き方の良否、即ち石炭消費量の多寡に直接関係してくるため、一年に数回、各個人、或は機関区相互間にこの競技会を開いて技術を競わせ優秀者又は優秀機関区には賞状及び賞品を贈る。
やはりこの記事の記者には、石炭消費量の多寡しか見えていないのである。
しかし、現在の視点による、この記事の見物は、別に「片手焚き」技法にあるのではなく、実は「模型火室」に掲げられたプレートにある。手前より「9600」、一つおいて「8620」、そして「C51」。
そう、国鉄が誇る蒸気機関車達の型式名である。ちゃんと固有の型にあわせたトレーニングが出来る環境があったのである。
南満洲鉄道においても同様の訓練施設があった、と云う話は聞かないが、特急「あじあ号」を牽引した「パシナ」(ナの字は小さく書くのが正しいらしい)型機関車の火室模型が存在していたと思うだけで、私は楽しくなってくるのである。