ものごとは計画的に

無計画な買い物はやめよう53万おまけ


 中年になっても無計画で損ばかりしている。

 休日になる。とりあえず外に出る。近所を歩くうちに、遠くに行きたくなってバスか電車に乗りたくなる。いざ乗ろうとすると、カバンの中に本が無かったり、あと少しで読み終わるとこだったりする。これはイカンと本屋に入り、新書の1冊くらいカバンに忍ばせるつもりが、3冊4冊になったり、ハードカバーがおまけに付いてくる。カバンがいっぱいになってしまったなあと肩を廻したところで、前の休みに買った本が、本屋の袋に入れたまま総督附に放置してあるのを思い出す。

 電車に乗って路線図を見る。本で読んだ駅、面白そうな建物などあると降りてみる。気がむかなければ終点まで行く。古本屋か模型屋の一つもないかと商店街を歩き、なければ通り過ぎ、あれば入って色々見て、面白いモノがあれば買い求めるが、先に買った本がかさばって買い残しをしたり、ハナから荷物になるからとあきらめたりする。夕方、靴底をすり減らし呑んで帰ってシラフに戻り、カメラを持っていけば良かっただの、近所にこんな施設があったのかと悔しがる。かと云って改めて出なおすわけでもない。

 この「兵器生活」も、思えば無計画なものだ。イキオイで買った本や紙切れの面白さにネタ化を試み、その過程で資料が必要になって、元ネタより高い本を買う、手軽に片付けるつもりが手に負えなくなる。
 毎月一回更新だから月初ネタ探し、月中テキスト化、月後半仕上げと進めれば良いものを、月末ギリキリになって、何かないかと本棚廻りに積んだ本雑誌をひっくり返し、それらしい体裁にして一丁あがりにするものだから、10年続けても進歩が見えず、アニメ映画「マイマイ新子と千年の魔法」以上に、世間様には認知してもらえない。
 これじゃあいけない、と思っても、一晩寝ると元の木阿弥なのである。

 計画的にやっていることと云えば、週末の洗濯と土曜の夕方から呑むことくらいだ。こんなオッサンになってしまったのは、川崎ゆきおのせいに違いない。
 と云うわけで、今回ご紹介するのは、


昭和十六年度長野県防空計画表紙

 「極秘 昭和十六年度長野県防空計画」と云う史料だったりする。

 読者諸氏ご存知の通り、「兵器生活」は、市販の書籍・雑誌、頒布物を紹介して、当時のモノの考え方などを楽しんでいただくウェヴサイトである。それが「極秘」なんて書いてある冊子を取り上げるのは何故か?
 無計画のツケである。

 防空関係の本が数冊あるので、通俗防空知識ネタを投入したい思いがある。しかし無計画に本屋で見つけた本(新古問わず)を買い、それを読むので日を過ごし、構想を練る気にならないのが、現実のところだったりする。

 そうしているうちに、「近代日本の『国民防空』体制」(土田 宏成、神田外語大学出版局)なんて本が出る。
 読みたいと思っていた、伊藤 計劃の「虐殺器官」が文庫(ハヤカワ文庫)で出る。
 そして今月(2010年2月)の更新が迫り、

 「防空」プラス「計画」と云う、無計画なネタが出来あがるのであった。
 古本市で、結構な値のついていた、この「極秘資料」、外部に漏洩したら県下が大パニックになるような、物凄い内容が書いてあるに違いない! と目ェキラキラさせて読み始める。目次は

第一編 総則
第二編 防空方針
第三編 防空実施
 第一章 防空実施ノ開始及終止
 第二章 防空実施機関
 第三章 防空監視
 第四章 防空通信
 第五章 防空警報
 第六章 燈火管制
 第七章 消防
 第八章 防護監視及防護警報
 第九章 防毒及救護
 第十章 退去避難及待避
 第十一章 警護
 第十二章 音響及交通制限並ニ交通整理
 第十三章 配給及工作
第四編 設備及資材ノ整備
第五編 調査報告其ノ他
附則


 と云うもので、固そうな内容だなあ、と本文に入ると(以下例によって漢字・仮名遣い、本文のカタカナ表記のひらがな化を行い、本文には読点無いため、空白を補っている)、

 第一条
 本計画は本県に於ける昭和十六年度防空の実施並びに 之に関し必要なる設備資材の整備に関する事項を規定すると共に 指定市町村長の設定する昭和十六年度防空計画(以下年度計画と称す)及 指定市町村長以外の市町村長、警察署長其の他の者の設定する昭和十六年度防空実施計画(以下年度実施計画と称す)に準拠を与うるものとす
防空実施に関しては本計画に定めるものを除くの外 長野県永年防空計画(以下永年計画と称す)の定むる所に依る
本計画中に於ける永年計画又は年度計画は 指定市町村以外の市町村及警察署に付ては永年防空実施計画(以下永年実施計画と称す)又は年度実施計画に該当す


 本計画書の位置付けが宣言されている。
 「長野県永年防空計画」と云うものがあり(多分その上には帝国日本の『防空計画』があるはずだ)、そこに定められた事項を、昭和16年度ではどう運営し、整備すべきモノは何かを規定して、『指定市町村』の当年度「防空計画」あるいは中小市町村、警察署等の「防空実施計画」作成のガイドとなるのが、本書と云うわけだ。
 …と、なると計画の根幹つまり一番面白いところは、「永年防空計画」に記載されているはずで、「失敗したんじゃあないか?」と不安になる。
 先に進むと、案の定「永年計画第○○条」の類の記述が出てくる。そこに何が書かれているのかは、当然わからない。
 この冊子は「計画書」なので、図版(表と図)があるのだが、掲載されているのは、

 附表第一  防空本部編成表
 附表第三  其の一 特別警報受領者(官公署以外の号報器を有するもの)
         其のニ 特別警報受領者一覧表(官公署)
 附表第四  長野県防空本部直轄救護係編成予定表
 附表第五  防空法施行令第三条第二項に依り救護所として供用することを予定する施設数一覧表
 附表第六  防空法施行令第四条に依り防毒及救護に従事せしむることを予定する特殊技能者一覧表
 附表第七  知事の指定する特設救護班一覧表
 附表第八  防空法施行令第三条第二項に依り避難所として供用を予定する施設一覧表
 附表第九  長野県直轄工作隊編成要員予定者一覧表
 附表第十  工作班を編成せしむべき事業者表
 附表第十一 昭和十六年度長野県防空設備資材予定計画表


 附図第五  通信施設破壊又は故障時自動車に依る連絡表

 と云うもの。欠番になっているものは、ちゃんと「附表第二省略」「附図第一乃至第四其の四省略」「附録省略」と明記されているので、本文は読まずとも、これだけではマトモな記事は書けないな、と云うことが、たちどころに判明してしまうのだ。大いなる時間の節約だが、これを買うために泣く泣く見逃した紙切れ−『一部一ネタ』になりうる−を思うと、詰まらぬ見栄、無謀な野心を生んだ、わが無計画を嘆かずには居られない。
 買って半年寝かせていたのは、こう云う理由なのである。
 と云うわけで、内容を詳細に見ても、帝国日本の防空体制のごく一部しか伝えるものでなく、ましてや実際の空襲に対し、この『計画』が、どの程度対処できたのか、なんて事は解らない。そのへんは、ちゃんとした図書館の、しかるべき棚にある、空襲の本を読む方が早いだろう。
 しかし、これで終わると、高いカネ出して紙くずを買いました、と報告するだけになり、読者諸氏には失礼にあたるので、いくつかの項目を紹介しておく。

 まずは昭和16年度の「防空方針」から
 第三条 昭和十六年度に於ける本県の防空方針は 永年計画に示したる方針を具現する為 特に左の事項に重点を置くものとす
 一 空襲に際し 徒に周章狼狽することなく 冷静沈着に各種防空業務に従事し 其の被害を最少限度に防遏し 国土防衛に対処し得る如く 精神訓練を徹底強化すること

 ニ 防空監視及 情報通信の人的の要素を拡充整備すること


 三 防空情報に関する報告は 監視哨より遅くも(ママ)ニ分以内に於て 東部軍司令部に確実に送達し得る如く 施設並に訓練を行うこと

 四 監視哨舎及監視に要する器材は 昭和十六年度に於いて新設せらるる監視哨を除き 全部を整備する如く努むること

 五 空襲警報の伝達は 県庁に於て受領後特に已むを得ざる所を除き 二分以内を以て市町村に到着し得る如く 施設並に訓練を行うこと

 六 空襲管制は 市町村に於て警報受領後二分以内に完成し得る如く 訓練すること

 七 市街地の消防水利は 上水道のみに依存することなく河川、井戸其の他の自然水利施設を増強すること


 『今年度の重点目標』と云うヤツだ。最初に「精神訓練を徹底強化」とあるのを、即座に『精神主義』だと批判するのは、簡単だが、「ニ」で人的要素の拡充整備を要請し、「四」では監視施設の整備が、「全部を整備する如く努める」レベルでしか無いことを述べている実情を鑑みると、やっぱり長野県大丈夫か? と心配になる。
 情報伝達に要する時間が、片道「二分以内」とされているところから、
 監視哨(2分)→軍司令部内で警報発令のジャッジ(X分)&発令(2分?)→県庁(2分)→市町村(2分)→市町村民
 と云う流れが想像でき、不審航空機等の発見から防空壕に入るまで、8分+アルファ必要な事がわかる。速いのか、遅いのか、これも判断しかねる。
 「避難及待避」の項では、
 第三十二条 永年計画第百二十二条及第百三十三条に依り緊急避難及待避を行うべき地域左の如し
  長野市、松本市、上田市
 前項以外の地域に於いては適宜緊急避難及待避を行うものとす
 
 と記載され、「一般家庭及街路に於ける待避の応急的施設」は、「防空実施を開始」したところで設置することになっている(が、目端の利く人は、恒久的施設をすでに設置していたはずだ)。
 避難所として使用される予定の場所は、公園、運動場、学校、寺社などがあてられ、「面積」と「収容人数概数」が、表に記載されているのだが、同じ「面積」でも人数が異なるものがある。
 1000坪の「芹田国民学校」は3000人収容だが、同じ面積の「長野高等女学校」は2000人、これが岡谷市の「岡谷公園」だと同じ面積なのに1200人に過ぎない。土地の起伏・建物の大きさに関係しているのだろうが、現地を見たわけではないので、何とも云えない。

 戦前の防空演習の写真を見ると、防毒面(ガスマスク)を装着して救護にあたる人を目にする。これは、爆弾・焼夷弾だけでなく、ガス弾による攻撃をも想定していたためである。よって、防空計画の附表第四「長野県防空本部直轄救護係編成予定表」には、「防毒班」が5名×2班編成されることになっている。内訳は、
 衛生技師一
 薬剤師(技手)一、庶務係二、伝令一
 で、装備として
 防毒面七、毒瓦斯検知器材一、消毒器材一
 が記載されている。二つは予備と云うことか。ところが、附表第七「知事の指定する特設救護班一覧表」に、「日本赤十字社長野支部病院」から、12名×2班を編成させるのだが、各班には
 医師一名、薬剤師一名、看護婦及生徒一〇名がいるにもかかわらず、装備は
 担架三、医扱箱一、防毒面六
 であり、担架を担ぐ者が防毒面を着け救護活動する間、医師薬剤師は息を停めて待っているしかないと云う、恐ろしい状況になっている。
 この年度の器材整備計画を見ると、

 防空監視
 監視哨舎設備 12箇所×50円=600円
 双眼鏡 15個×70円=1050円(未配布の監視哨へ逐次配布
 補聴器 20個×5円=100円(右上)※原資料タテ書きのため

 防空通信
 警察署一斉通信機 1個×500円=500円(上田警察署
 駐在所一斉通信機 30個×7.583円=227.5円(原表記は単価『七、五八三』、所要経費『二、二七五』とある。上田警察署管下派出所、駐在所
 自動直結式装置 1組×3027円=3027円(川上、海ノ口、小海各監視哨

 燈火管制
 照度計 10個×150円=1500円(県下主要警察署に備付

 防毒
 防毒面(隔) 10個×12円=120円(教育資料として主要警察署へ配布
 防毒面(直) 10個×8円=80円(右上)
 防毒面(家) 5個×3.20円=16円(原表記は単価『三二〇』、所要経費『十六』。右同)
 ※(隔)は、面とフィルタが、管で接続されている形式、(直)は、面に直結しているもの、(家)は、一般家庭向けに市販される、簡易型。

 このように、重点はあくまでも監視施設・器材、通信設備にあり、今年度調達予定の防毒面は、「教育資料」として警察に配布するだけで、県の管轄外の病院に配るモノは無い。病院に配るモノが無いのなら、一般県民に支給するつもりもあるまい。と云うわけで実際に毒ガス攻撃を受けていたら、非常に危う。「極秘」とあるだけの事はあったわけだ。
 図版の一つも紹介したいのだが、表ばかりなので、附図第五「通信施設破壊又は故障時自動車に依る連絡表」を紹介する。


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 これは、「二分以内」に情報伝達すべき通信器材が破壊・故障した際、自動車で伝令するルートを示した図である。
 「長野県庁」から、車が三台出る(プレートナンバー『2000』『555』『1515』プラス予備『50』『400』があるから、県庁として最低5台所有している)。
 「1515」は「長野警察署」経由で「篠ノ井警察署」へ。長野署の車二台で三箇所、篠ノ井からは一台出てニ箇所廻る。
 「555」は「上田警察署」経由で「小諸警察署」へ、そこから「軽井沢警察署」まで。上田署から二箇所、小諸署からも二箇所。
 「2000」は「松本警察署」経由で「塩尻警察署」。松本から車二台で四箇所、塩尻は車一台装備なので、一台借上げて三箇所だが、借り物車は「伊那富警察署」経由で「伊那警察署」に駆けこむ。
 「伊那警察署」は、手持ち一台を高遠に差し向け、借上げ車−まさか塩尻から出た車ではあるまいがーで「赤穂警察署」に連絡して飯田まで。
 飯田署は自分の車で二箇所。
 「二分」以内の伝達が出来るようにする、当年度目標なのに、器材に障害が発生すると、この有様だ。『のろし』を上げた方が早いんじゃあないか、なんて事は、皆が思ってもちょっと口には出せない。なるほど、これも「極秘」情報だ。

 「長野県庁」以下、各警察署名を記した文字が、戦前書籍の書体みたいに手をかけている所が、戦前モダンの優雅さを残している。


「長野県庁」の書体

 
 この年度計画に基づき、市町村長・警察署長は、「昭和十六年四月三十日迄に年度計画を設定し 知事の認可又は承認を」受けなければならない。この、県の計画がいつ配布されたのか、冊子に日付が無いので解らないが、年度末ギリギリに渡されて、1ヶ月程度で仕上げるものと推定される。
 冊子の表紙には、「288」の遠し番号と、どこかの国民学校の印がある。おそらく町村長から学校長に下され、学校の防空計画の参考資料にでも使われたのだろう。
 しかし、「これ参考にして、後は宜しく」と云われた人は困ったろうなあ…と思う。
(おまけのおまけ)
 ネタのシブさから云えば、ちゃんとしたコンテンツに仕立て上げるべきところなのだが、本文にも書いた通り、これだけで何か語るのは困難である。よって、初心に帰って面白そうな事項だけを書いてみた次第である。