自己の運命を開拓する55万まであと少しおまけ
「地道な研鑚」が苦手である。コツコツ仕事を積み上げていくのも駄目。それでも世に名を挙げようなんて詰まらぬ事を考えてばかりいる。そう云うわけでヘンな紙屑があるとツイ手を出しては、所詮紙屑は紙屑に過ぎない痛い現実を見ている。
中野の某有名古本屋で、こんなモノを買ってみた。
「奇術と魔術」表紙
発行が「万国不思議研究会」なる、露骨に胡散臭い「奇術と魔術」と云う40ページ足らずの冊子(大正10年2月発行)だ。ページを開くと
本集に載せました忍術・気合術・妖術・催眠術・手品及び数多の秘伝秘法は何時演じましても喝采せらるべき、最も興味深きもの斗りを撰んで有ります
と書かれ、ページをたぐると『十字架殺人術(一名少女昇天の魔術)』なんて項があり、「口上」と「説明」が記載されている。口上は長いので要約する。
十字架にかけた少女の脇腹に槍を突き刺す。鮮血を流して死んだ少女を箱に収めてフタをして、気合一閃! フタを開くと少女は消えうせている…。
「説明」は云う
此の術に用ゆる槍の穂先は○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○様にしているのだから 外より見れば恰も穂先が腹を刺突く様に見えるのである。而して少女の腹には 紅の液を入れた袋を巧に装置し 之を槍で押せば忽ち迸出する様に仕かけて置くから血が流れてる如くに見えるのだ。又彼の少女を入れる箱は蝶ツガイになっているので 少女は密かに抜けて楽屋に行く様になっているのである。種は全く馬鹿らしい。
伏字に驚いて、その前をよく読むと『以下教授書上巻第四〇頁より四五頁迄の見本』とある。早い話が「万国不思議研究会」の会員(会費1円80銭)になれば、伏字のとこを教えると云うことなのである。
後先考えず、表題と発行元の字面だけで買い物をするから、こう云う事になる。
ここまでは、いつもの前口上。本題はここから。この冊子の巻末に、こんな広告が掲載されている。
第一出版社地方支局長規定
年齢(とし)が若いからとて父兄を頼る計りが能事ではない
奮発一番弊社の支局長となり自己の運命を開拓せよ
第一出版社地方支局長規定
加入手続 金一円也(冊子、説明書、報告紙代)を加入願と共に差出せば直ちに小包郵便にて弊社より発送す。
これは一体何なのか?
地方支局長募集
最も高尚にて而も誰にも出来る文明的最良職業
東京第一出版社嘱託
地方支局長募集
就職希望者は至急申込あれ
文字通り「東京第一出版社の地方支局長募集」の文面が書かれているわけだが、仔細に見ていくとかなり怪しい。
・創業三年を迎えたる本社は今般社務の大拡張を計る為め全国各地に支局を設立し且つ支局長を置く。
・支局長は各々地方自宅に在りて家業又は勉学の傍ら、適当の時間を利用して本社より嘱託する最も高尚なる事務を執るものとす。然も嘱託事務は頗る簡易なる故、尋常小学校程度の学力あれば何人にても容易に従事する事を得。
・本社は現時の青少年諸君に、独立自営立志成功の基礎を作らしめんが為、今回広く全国に向って此の募集をなすなり。故に希望の諸君は何人を問わず此際進んで加入せらるべし。
・本社事務は其の方法極めて容易且簡略なるに拘らず、月収の割合に多額なること多く類を見ず、且つ執務奨励の方法として臨時特別賞金等を提(供)す。
上段にはこのようにあって、「自宅で」「空いた時間で」「簡単な」事務をやり、「カネになる」と謳われている。別なページには「支局長募集問答」として、読者からの質問に答えるスタイルの記事もあるが、上の文章をかみくだいたものであるから、全文を載せる意味はあまりない。ポイントとなる所だけ紹介する。
問)御社の支局長になるには保證金保證人等が要りますか。私は家が貧しいので保證金等は一銭も出せませんのですが。
答)弊社は飽くまで諸君を信用して居りますから絶対に保證金や保證人等を要しません。
問)支局長に任命されたなら収入はどれ位あるでしょうか。
答)(略)職業の傍ら若しくは会々(たまたま)の余暇を見てなすものでしたら先ず一ヶ月三円位より十円位と思えば間違いはなかろうかと思います。
問)私を始め知人や学友は皆貴社の支局長となれますか。
答)それは折角ですがお断りいたします支局長の事務は至って容易で誰でもやれるとはいえ人員に制限を設けてありますから一郡一市に二名乃至三名丈けに嘱託致しますので志望者が超過した場合は遺憾ながら後からの御申込者には加入金を御返してお断り致します。採用は先着申込順によりますからこの点御承知下さい。
問)何から何までよく分りました。それでは早速支局長に採用して戴きたいのですがその手続を教えて下さい。
答)(略)支局長加入願と支局長事務執行説明書・報告紙其他の費用として装包送料共僅か金壱円也御送り下さい。(略)本社は到着と同時に冊子支局長嘱託證・事務執行説明書其他必要のもの一切をお送りいたします。貴下はその執行説明書によりてその日からでも事務をとって下さい。第一回の報告参り次第報酬金支局長箋(之は無代進呈のもの)を支給いたします。
大正14年当時、金1グラムが1円75銭、平成18年では平均2287円(『物価の文化史事典』展望社)となっているから、1円=千円ちょっと、現代の感覚なら2千円弱くらいであろう。お小遣いを使って支局長となり、その3から10倍の実入りがあれば、確かに月一回の更新でヒーヒー云ってる「兵器生活」主筆を続けるより、支局長に鞍替えいた方が賢いかもしれない。
しかし! 紹介した文章はじめ「問答」のすべてに目を通しても、「第一出版社」なる会社が何をやっているのかは、どこにも記されてない。これは『映画上映会開催』とだけあって、上映作品名が記載されていないようなものだ。危ない。『人数に制限を設けてあります』とあるのは、友人・知人間で相談出来ないようにするための布石と云うべきで、来る者は拒まずが本当のところだろう。尋常小学校卒業してスグ地方支局長が勤まれば、帝国大学以下高等教育機関の存在意義はどこにあると云うのだ?
嘱託の証書、報告用紙などが送られてくれば、詐欺ではなかったと喜ぶべきで、執務内容が「支局所在地に於る不穏分子の動向に就て調査・報告せよ」とあっても泣いてはいけない。本当に小学生でも出来る内容であっても、事務執行説明書には、「報告優秀なるものに限り報酬す」くらいの事は書いてあるはずで、もう少し世間を教育するつもりがあれば、「無代」の報告紙に一枚25銭程度の証紙(4枚一組で頒布だ)を貼らせ「証紙無き報告は無効とす」とダメを出してやっても良いくらいだ。携帯電話どころか家庭にすら電話が普及していない時代は、苦情の持って行き先が無いからいいやね。
年齢(とし)が若いからとて、父兄を頼るばかりが能事ではありません。奮発一番独立独行の道を打開する為に、本社の地方支局長となって活動しなさい。
と書いてあるくらいだから、どう云う「客」を想定しているのか判りそうなものだ。
この広告、「書式の如き加盟願に」とある。ところが、それがあるべきページが破られている。つまり、この冊子はどこかの「支局長」旧蔵本と云うことになる。
(おまけのおまけ)
「本紙」には教授書記載の「七百余種」の科目が羅列してある(中身の殆どがここに費やされている)。何も書かないとこっちが「詐欺」になってしまうので、いくつか抜き出してみる。
一生病気に罹らぬ法
人を笑わせる妙法
釘を堅く打込む技術
猫を呼び集むる奇法
食葱せし口臭を除く法
しみを抜く最新法
御飯の焦げた時の手当
仁丹の製法
レモン水
小便のシミ抜く法
不老不死の妙術(万年食物製造の秘法) 等
騙されるのもいいかもしれない(笑)。