金銭登録器のススメで56万3千おまけ
「兵器生活」を始めて10年がとうに過ぎ、主筆の「棒給生活」も20年になる。
サラリーマン生活と、このウェヴサイトに何の関係があるのだろうと、不思議に思う人もいようが、 会社員として受け取った給与が、プロバイダへの支払いに始まり、古本古雑誌チラシパンフレットなど「ネタ」の仕入れに廻るのであるから、決して無関係ではない。ゆえに、「兵器生活」愛読者諸氏は、『わが社』の永続と繁栄とを願っていただかなければならぬのだ(笑)。
企業の永続と繁栄を約束するものは、利益−身もフタも無い云い方をすれば「カネ」−である。入りを多く、出を少なくするのが肝要、とは誰もが云い、自分もまたそう思うところだ。しかし、入りを多くする秘訣はどこにもなく−あればどこの企業も苦労はしないし、自分も今頃お金持ちだ−、おのずと出る方に目が向くのが世間の風向きと云うことになる。
タイトルに取った「五つの御損」とは、古本市で買ったモノ−今回のネタ−に書いてある言葉だ。
損=出る方に目を向けた宣伝文句である。しかし以下の文面を読むと、「出るを制する」以前の、「入ったモノを漏らさない」と云う、今日のビジネス常識から見れば「話にもならない」お話なのである…。
五つの御損!
1)貸売の附落をすることがあります。
すると、お客は商品を持って行かれるのに、お店には一銭も這入って来ません。
2)貸売の入金があったのに、帳附を忘れていて二重に請求します。
すると、お客は苦情を持ち込む許りでなく、二度と買いに来ません。
3)支払があったのに、記帳するのを忘れています。
すると、夜分になって、銭箱の中の現金が足りないので、無駄な誤解を起こすようなことになります。
4)売上現金が少しも記録されていません。
すると、どれだけの現金が紛失しても分かりません。
5)客先へ商品を届けてから、現金を頂戴して帰る筈なのに、その商品の持ち出し記録が何もありません。
こうして、お店の御損は、もう一つ殖えます。
この店、大丈夫か? と心配になってしまう状態だ。でも大丈夫!
独逸アンカー金銭登録器はこれ等の損失を完全に防ぎます。
どういう方法に依って、お店の利益を確保するかに就て 詳しくお話申したいと存じます。
何事にも緻密な独逸人の頭は 必ずやお店の御参考になることと信じます。
昭和 年 月 日
独逸アンカー金銭登録器 日本総代理店
合資会社 金剛商会金銭登録部
これは、戦前に作成された金銭登録器(キャッシュレジスター)のダイレクトメールである。
ドンブリ勘定による弊害を五つも並べ立てれば、一つくらいは心当たりもあるだろう。そこに「アンカー金銭登録器」なる解決方法の存在を知らせ、詳細は別途営業マンがお伺いします、と云うストーリーである。
文章も簡潔明瞭なもので、1)〜4)までは「すると、」で文をつなげておき、最後の5)で接続詞を「こうして」に替え、損がもう一つ「殖える」オチに持って行くワザの冴えを見せる。「二重に請求します/二度と買いに来ません」もリズミカルだ。
こうなると、「アンカー金銭登録器」の詳細が知りたくなってくるが、「参考資料御申込次第贈呈申上候」のハンコが押してあるからと云って、2010年の終わりにもなって、金剛商会の営業を呼び付けるわけには行かぬ。と云うわけで、金銭登録器の形状・機能など、「緻密な独逸人の」アタマの程度を、読者諸氏にお伝え出来ないのが、実に残念でならない。
ここで云えるのは、「金銭登録器を導入すれば『五つの御損』は解消される=利益確保の実現」だけなのである。
レジスターを導入しても、打ち間違いをすれば却って信用を無くすし、店主が売上金をくすねれば元も子もないのだが、レジの機械も、こうやって輝いてた時代があったのだなあ…と感じるものはある。
「利益確保」と云ったって、エラーの失点が無くなるだけで、得点そのものが増えるわけじゃあないのだが、それが通用するくらい、昔のビジネスは大らかだったと云うことなのだろう。
このDM、文章も時代を感じさせて面白いのだが、イラストも味わい深いものがある。
会社で使っているパワーポイントにも、こう云う画が欲しい。日本の会社なんだから(笑)。
ちゃんと管理職と担当者を描き分けているし…
何と云っても「小僧さん」がシブい!
(この画が欲しくて買ったのだから当然ですが)
「兵器生活」は小売り商店ぢゃあないから、「五つの御損」なんて関係ないや、と思いつつ今回の記事をこしらえてはみたのだが、改めて宣伝文句を読み返すと、思い当たるフシもある。
1)人に本を貸す時、帳附を忘れました。
すると、何を貸したのかわからなくなり、返してもらうことが出来ません。
2)本の置き場所を決めていません。
すると、読みたくなった時に、見つけ出すことが出来ません。
3)蔵書の台帳がありません。
すると、古書市で同じ本を買ってしまいます。
4)必要な本がどこにあるのかわからないので、調べものを頼まれても対応出来ません。
すると、先方は呆れて二度と相手にしません。
5)ダブった本の写真を上げてウケを狙いますが、その本が出てきません。
こうして、総督はギャグを一つ損しました。
嗚呼!「蔵書登録器」さえあれば!(どこかに売ってないでしょうか?)
(おまけのおまけ)
昭和8、9年当時のキャッシュレジスターの広告を紹介する。
非常時!
活眼を用いて
経営難局に当れ
ナショナル金銭登録器により
最新の合理的組織こそ
切抜策最大の武器である
「奉仕的提供」と謳いあげても、「合計加算器及客数計算器付」が255円、領収証発行、記録印刷を付けるとナント720円! の高級品(これはNCRのレジスターである)。レジスター導入で乗り切れる『経営難局』って何だよと、今の経営者なら云い出しかねない…。
伸び行く店に
レヂスター
(商店界普及標語一等当選)
こちらは日本金銭登録機の広告。「六千二百個」の部品を「約二万六千五百の工程を経て」組み立てる由。
機械を入れれば売上が増えるのか? と商店主から詰め寄られそうだ。
「最高権威の国産」セイコー金銭登録器
新発売の「大衆号」は価格58円より。
本機の特長
1 一回の取引一銭より九九、九九銭迄自働登録す
2 売上金額両面表示
3 取引客数自働加算印刷
4 領収証及各種伝票自働印刷
5 取引摘要記入自在
6 鋼鉄彫印字
7 リボン回転ニヨル印刷
8 鋼鉄製カバー
9 電気焼付マホガニー木目塗
10 行間隔(ラインスペーサー)の自在
11 責任者符号取引種別
12 釣銭 表示装置
先の広告がイメージ重視なのに対して、こちらは愚直・無味乾燥なものだが、資料価値はかえって高い。
特長の「1」で、百円以上の買い物に対応出来ないことがわかる。これを現代の金額に、例の「月給百円理論」で換算すれば、30万円を越える買い物を、レジで処理出来ないことになる。大画面テレビもパソコンも無い時代だから、その程度でも困らなかったのだろう(『ツケ』『掛け』も通用する時代に、あえて即金で買う必要も無い)。
このように、今では「あって当たり前」なモノが、普及しきる前の広告は、結構面白いのである。
(図版は雑誌『商店界』より)