「婦人倶楽部」付録で56万5千おまけ
戦闘機や戦車なんかのプラモデルを作る趣味が、どう転べば古本古雑誌記事紹介ウェヴサイト運営道楽になってしまうのか…。
ミリタリー分野の模型作りを上達させようとあがく中、飛行機やら戦車の「資料」すなわち雑誌や書籍(実物のマニュアルも含まれる)の存在を知る。実は戦時中にも似たようなモノがあり(実機のマニュアル類ならば、それが現用である時期に存在していなきゃあならぬのだから、この認識は倒錯していることにも気づかない)、そう云う古紙に手を出し、模型の腕前も上がらない(そもそも作る数が少ないんだから当然の話だ)ばっかりに、「兵器生活」を始めてしまったまでは、よくある話だ。
それがどうして、ミリタリー分野から逸脱したネタばかりこしらえて続けて今に至るのか、と不思議にさえ思う。
と云うわけで、今回の材料は、「婦人倶楽部」昭和10年12月号付録『日本料理・西洋料理・支那料理一切 温い冬の家庭料理」である。
外食を専らにする自分が、こんなネタを持ち出すのだから、北極探検に出かけて南極にたどりつくような話だ。
付録表紙
表紙はご覧のように「鍋」の光景なのだが、あまり旨そうじゃあない。この不味そうな画は後々ネタに使えるのでは?、と買っておいたものである。
タイトルの通り、中身は冬の家庭−戦前の中流階級の−料理指南書で、「宮内省大膳課厨司長 秋山徳蔵」先生を初めとする、権威の筋が執筆しているのだが…
料理の「画」(今のように写真ではない)は、繰り返すが旨そうではない。しかし、読者がテキストを読み、作った料理の見た目が、この画より不味そうに見えることは、まずありえない、と思えば、これもこれで目的は達成しているのだろう。
見本の画を云々したり、料理の作り方を紹介するのが、本稿の意図ではない。
本文の「料理の作り方」の上には、
魚介類の美味しい季節と美味しい調理の図表
野菜類の美味しい季節と美味しい調理の図表
乾物類乾魚類塩魚の美味しい調理の図表
海草類その他の美味しい調理の図表
肉類の美味しい調理の図表
と云うモノが掲載されているので、これを全部載せてしまうのだ。
流通の発達していなかった(トラックの数が無い、スーパーもコンビニも無い、家庭に電気冷蔵庫が殆ど無い)時代の主婦が、どんな食材を、一年のどの時期に、買い物していたのかを想像してみてもらいたいのである。
いつもであれば、原文表記を現代仮名/漢字に直すだけの表記変更を行うのだが、今回は世間様一般の便宜をはかるため、ひらがな表記に改めただけのものが多い事を、あらかじめお断りしておく。
魚介類の美味しい季節と美味しい調理の図表
画の下に、季節と調理法が記載されている。
上段は右から1月、2月…と続く。濃い朱色が「美味しい月」、薄いのは「稍々美味しい月」
下段は右から、味噌汁・吸物・刺身・洗い・煮付・旨煮・天ぷら・フライ・塩焼・照焼・鍋物・蒸物・和え物・酢の物・すし・洋食・支那食の順に並ぶ。
濃い朱色は「最も美味しい調理」、薄い朱色は「美味しい調理」、灰色は不味い、では無く「稍々美味しい調理」である。
「フライは洋食じゃあないのか?」などと悩んでいる時間は無い。
あじ・あいなめ
かじき・いわし・あんこう
かれい・そうだかつお・かつお
さけ・このしろ・きす
さめ・さんま・さば
すずき・さわら・さより
くろだい・たい・せいご
たら・あまだい・こだい
ひらめ・はぜ・にしん
ぼら・ほうぼう・ぶり
わらさ・むつ・まぐろ
するめいか・はも・あなご
いいだこ・まだこ・まいか
しばえび・くるまえび・いせえび
あわび・あさり・あかがい
はまぐり・かいばしら・かき
うなぎ・あゆ・しじみ
どじょう・しらうお・こい
自分が食べる機会の無い魚介類は、どうやって食べられているのか、下段の調理法のワクを見て見当をつけてみると、良いヒマつぶしになるが、ようく読むと「いわしの刺身」が無かったり(『さめの刺身』『さんまの刺身』も)、「さんま」には『最も美味しい調理』と呼べるだけのモノがないなど、身近な食材の評価を見るのも面白いものである。
ます・ふな・なまず
魚の名前がここまで並ぶと、呑み屋・小料理屋の『本日のお奨め』メニューを見ている気分になる。
野菜類の美味しい季節と美味しい調理の図表
おさかな同様に、季節と調理法が記載されている。
上段は右から1月、2月…と続く。色の濃いのが「美味しい月」、薄いのは「稍々美味しい月」
下段は右から、味噌汁・吸物・吸口・煮付・旨煮・天ぷら・フライ・焼物・鍋物・蒸物・和え物・酢の物・すし・洋食・支那食の順に並ぶ。
色分けは魚と同じ、「最も美味しい調理」(朱色)、「美味しい調理」(薄い朱)、「稍々美味しい調理」(灰色)である。
かぶら・だいこん
れんこん・ごぼう・にんじん
つくいも・やつがしら・さといも
ずいき・さつまいも・ばれいしょ
うど・ゆりね・くわい
ほうれんそう・しゅんぎく・たけのこ
はくさい・はなやさい・きゃべつ
うぐいすな・こまつな・きょうな
ちさ・みつば・せり
わけぎ・ながねぎ・たまねぎ
きゅうり・とまと・なす
かぼちゃ・とうがん・しろうり
もやし・わらび・ふき
さやえんどう・さやいんげん・そらまめ
らっきょう・にら・ささげ
はつたけ・なましいたけ・まつたけ
みょうが・さんしょう・しめじ
ひねしょうが・しんしょうが・とうがらし
自炊をしないので、これも「呑み屋のメニュー」だ(感じ方は人それぞれなのだろうが)。
わさび・しそのみ・ゆず
「つくいも」は、『つくねいも』の別称、山芋の一種。
「やつがしら」は里芋の一種。親芋の周りに小芋がひとかたまりになったもの。
「ずいき」は里芋の茎。
「花野菜」はカリフラワーのことである(この画では見ても分からん!)
「ちんげんさい」「にんにく」「アスパラガス」は記載されていない。「にんにく」は家庭料理向きの材料とは見なされていないようだ。
鍋物のシブイ脇役、「春菊」の美味しい月が4月になっていたり、天ぷらより洋食(どんな調理なのか?)の方が美味しい調理と云う所が面白い。見る人が見れば色々発見があるのだろうが、八百屋さんには行かない主筆なので、たいしたコメントは出来ない。
乾物類乾魚類塩魚の美味しい調理の図表
これらは保存食であるから、特別「美味しい季節」は無い。
右から、味噌汁・吸物・煮付・旨煮・天ぷら・フライ・焼物・鍋物・蒸物・和え物・酢の物・すし・洋食・支那食の順に並ぶ。
調理欄の色分けは、今まで同様、朱・薄い朱・グレイで、「最も美味しい調理」「美味しい調理」「稍々美味しい調理」に対応している。
うずらいんげん・だいず
くり・いもきりぼし・しろいんげん
ぜんまい・ほしずいき・きりぼしだいこん
しみどうふ・ふ・かんぴょう
ほししいたけ・ゆば・しみごんにゃく
くるみ・ぎんなん・きくらげ
きりするめ・するめ・貝の柱
ほしがい・かいのへり・ひだこ
ほしえび・こうなご・ごまめ
ひらきほしうお・ほしにしん・ひだら
めざし・かずのこ・しらうおほし
ほしふぐ・たたみいわし・みりんぼし
塩だら・塩ます・塩さけ
塩かつお・塩さば・塩ぶり
たらこ・いくら・塩まぐろ
乾物屋さんの店先が、目の前に思い出され、後半に行くにしたがって、またもや「おつまみ」ムード高まるラインナップである。「塩鮪」(しおまぐろ)なるものが存在していたとは、始めて知った。
塩魚は、塩鮭塩鯖など色々紹介されているが、たいがい『尾頭付き』の画なのに、塩鮪は、さすがにアタマは描かれていない。
「開き干し魚」は、何の魚かまで区別していないのに注意されたい。
海草類その他の美味しい調理の図表
こちらも特に「美味しい季節」と云うものは無い。「お早めにお召し上がり下さい」の世界。
右から、味噌汁・吸物・煮付・旨煮・天ぷら・フライ・焼物・鍋物・蒸物・和え物・酢の物・すし・洋食・支那食の順に並ぶ。
一番濃い色から「最も美味しい調理」「美味しい調理」「稍々美味しい調理」である。
とろろこんぶ・こんぶ
浅草のり・ひじき・わかめ
あらめ・もずく・青のり
ちくわ・はんぺん・かまぼこ
とうふ・さつまあげ・粉ちくわ
がんもどき・あぶらげ・焼とうふ
すじ・しらたき・こんにゃく
この「すじ」はいわゆる『牛スジ』ではなく、魚の身を練って棒状に延ばしたもの。おでんの具。
「粉竹輪」は良くわからない食材だが、『ちくわぶ』(小麦粉を練って竹輪状にしたもの。これもおでんの具に良く使われる。初めて喰った時、『ちくわ』のつもりで口に入れ、吐きそうなったくらいに驚いた)の事か?
コースのシメは肉である。
肉類の美味しい調理の図表
こちらも特に「美味しい季節」と云うものは記載されていない。
右から、味噌汁・吸物・煮付・旨煮・天ぷら・フライ・焼物・鍋物・蒸物・和え物・酢の物・すし・洋食・支那食の順に並ぶ。
一番濃い色から「最も美味しい調理」「美味しい調理」「稍々美味しい調理」である。
ぶた・うし
タッタこれだけである。
けいらん・とり・うさぎ
蒲鉾・竹輪・半平があるのなら、「ハム」「ソーセージ」があってしかるべきなのだが、肉料理の頻度と残りページ数が、ガッチリ手を組んだ(抜いた)オトナの事情があるのだろう。
「羊」は無いが「うさぎ」が掲載され、味噌汁の具にも良い、とあるのが時代を感じさせる。
玉子を「鶏卵」とわざわざ表記するのも時代がかかっている。
これで付録記載の「美味しい季節」「美味しい調理」の図表はすべて出揃った。
地方によっては見かけることの少ないもの、今では流通していないんじゃあないか、と思われるものもあるが、そう云うモノはさておき、特筆すべきは、図表の中に「納豆」が無いことだろう!
わたくしごとで恐縮だが、大抵の食べ物は、出されれば頂きますが、納豆だけは勘弁してもらっております(ごく少量であれば我慢して飲み込みますが)。
「納豆」が無い! なんて素敵な付録ではありませぬか(笑)!
図版ばかりで(一つのネタにこれだけ画像を投入したのは前代未聞だ)『青い文字』が少ないと、手ぇ抜いたみたいに思われてしまうので、付録の巻頭言を紹介して今回はおしまいにする。
思うままに美味しいお料理を作りましょう
なるべく費用をかけずに、いつも美味しいものをこしらえて、家族の者を喜ばせることは、主婦としても、亦お嫁入り前のお嬢さんとしても、第一に心掛けたいものです。しかし、毎日々々のことですから、誰方(どなた)でも『今日は何にしようかしら…』とお困りになることがおありでしょう。
実際、同じ費用でも、また同じ材料でもお料理の仕方によってはとても美味しいものが出来るし、又珍しいものも出来ます。殊に、冬は材料の一番豊富な時です。こんな時に腕により(原文傍点)をかけて思うままのお料理を作る、その絶好の御相談相手として計画したのがこの付録です。
その意味で、今度は日本料理、西洋料理、支那料理と、各方面を網羅し、材料も大体どこのお台所にも親しみのあるものを主として、若干御馳走向きのお値段の張るものも加えてみました。
種類も二百数十種程ありますから、この冬中これ一冊あれば御不便はないことと存じます。例によって、全部編集局で一一実験、試食してみましたから、作り方も、お味も確信をもっておすすめ出来ると存じます。
それに、御覧のように、本文の上段は、お料理の根本常識になる材料別の『いつが一番美味しいか』『どういうお料理に使うのがよいか』を絵解きにして、見ただけですぐ解るようにいたしました。これは恐らく雑誌界始めての(ママ)新しい試みとして、屹度お役に立つことと存じます。
文末にあるのが、今回ご紹介した図表である。店頭に並ぶモノを見て、何が「しゅん」なのかを見定めたり、ご近所・実家などからお裾分けでいただいた魚や野菜を、どう料理すればいいかの参考にしてくれろ、と云うわけだ。今日では、そこに「昭和10年(1935年)当時の『どこのお台所にも親しみのある』食材一覧と云う意味も加わった、なかなかに面白い史料であると云える。
嗚呼それなのに、納豆は入っていないのだ(しつこい)!