ほんの間に合わせに過ぎない

紙製防毒面の作り方で37万5千おまけ


 久しぶりに中野ブロードウェイ某店に行くと、ウィンドウにこんな出物があったので、買う。


愛国防空小説 空襲警報

 「少年倶楽部」昭和11年7月号付録、「愛国防空小説 空襲警報」と云う、本文72ページの冊子である。これが某店『マニア館』のウィンドウに立ててあった、と云うだけで、結構な値段であろうことは、賢明な読者諸氏ならご想像いただけるはず(事実その通り)。

 書いた人は海野 十三、表紙を描いた人は村上 松次郎で、本文挿絵は伊藤 幾久造と云う組み合わせ―樺山勝一であれば、あと3千円は高くなる―だ。見ての通り表紙にはソヴィエト空軍の爆撃機―TB3と云う、昭和7−8年頃は世界有数の超大型爆撃機として有名―を、高射砲と防空戦闘機が迎え撃つさまが描かれ、著者名の横には『東部防衛司令部指導』の文字が躍っている。『古本に次は無い』以上、お金があれば買うしか無く、無ければ預金を下ろしてでも買うしかない。

 表紙をめくると、東部防衛司令部参謀長 陸軍少将 安井 藤治の言葉がある。原文はフリガナ付きだが、技術的理由で省略し、一部をカッコ書きで補ってある。

 御国の空を鉄壁とせよ

 航空機の発達した今日では、戦場は敵国や第三国ばかりではなくなりました。敵の飛行機は、国境を越えて遠く国内の皆さんを空襲いたします。その時こそは、国の空を守るため、皆さんも軍隊と一緒に、立働かねばならぬのです。皆さんはそれぞれ、お家でお父さんやお母さんはじめ、家族の人々と、心を協(あ)わせ力を合わせて、先ず自分の家を、又隣人と力を合わせて、各々自分の家の付近を護らねばなりません。どこのお家も、みんなその家族で空の敵を防ぐこと―これを家庭防空といいます―が出来たら、軍隊や防護団の護(まもり)と相俟って、御国の空は誠に堅固な鉄壁となりましょう。

 この『空襲警報』は、敵機が襲って来た場合、国民はどんな覚悟と用意とを以て、どんな働きをすべきか、殊に家庭に於ける心掛や役目などが、わかりやすく、書いてあります。尚、国民が割合に気にしていない、敵国のスパイに対する警戒の必要をも教えていて、時節柄結構なものであると思います。

 家庭防空の組織的活動や、防護団との関係等に就いては、あまり詳しく書いてないが、少年諸君に防空の心構(こころがまえ)を興味を以て教える良い本と認め、敢えて少年諸君の熱読をのぞむ次第です。

 小説の内容については、この「お言葉」でおおよその所は見当が付くだろう。「あまり詳しく書いてない」所がある、と云うが、雑誌付録小説の文字数の中で、そこまで語れと云うのか…。
 小説の本文は、「青空文庫」に復刻・掲載されているので、興味のある方はこちらをお読みいただきたい。
 「空襲」と云えば、今日では爆弾・焼夷弾をバラ撒くものと相場が決まっているが、昭和10年代初めにあっては、毒ガス攻撃の可能性も喧伝されていた。戦前の防空演習写真に、ガスマスク姿で救護活動などをしているものを見るのは、そのためである。この小説にも、毒ガスの汚染地帯を汽車が走り抜ける際、窓を目張りする描写―怪獣映画でおなじみの『危険に向かって敢えて列車を走らす』趣向―があり、目張りが不十分な車両では、「そのむごたらしさは筆紙につくされないほど、ひどかった。とてもここに書きしるす勇気がない」惨状を呈するに至る。

 と云うわけで、この付録巻末には簡易防毒面の作り方が記載されている。小説本文は、全集・ウェヴでの復刻で手軽に読めるご時世であるが、別冊付録掲載の広告や付録ページは、そうそう見る機会はないわけで、そこに「兵器生活」が付け入る、いつもの趣向だ。


紙で出来る防毒面の作り方


 紙で出来る防毒面の作り方

 これは応急防毒面の一例です。かぶる所と、口にあてる所の二つから出来ています。


完成写真


 口にあてる所の作り方
 (1)まず図のように厚紙を切る。上の小さい沢山の穴は釘であける。


 (2)折目の所を折って箱型に作る。日本紙でその上をはる。大きな穴には丁度合うゴムの管をはめる。
 (3)釘であけた穴の所に割箸で井桁を作って入れ、その上に脱脂綿を隙間無く広げて入れる。次によく乾いた堅炭の米粒大に砕いたものを一杯つめる。次に又脱脂綿でおさえ、その上に井桁を入れて、ゴム管を通した所を折ってふたをし、角の所を紙ではる。


 (4)障子紙をはり合わせ、絵のような大きさのものを二枚作り、これを重ねてぴったりはり合わせる。


セロハンで覗き窓をつくる


 (5)折線を折ってまずイの所をはり、次にロの所を折りたたんではり合わせ、その上から更に十八糎四角の紙をはりつける。次にひもをつける。


 (6)こうして出来た二つのものを絵のようにくっつけ、紙で隙間なく丈夫にはる。次に蝋燭を溶かし全面に塗りつける。これですっかり出来上る。
 これをかぶると、薄い瓦斯なら数分間はもてます。鼻で息をせぬように洗濯バサミ等でおさえて、ゴム管を口にくわえて呼吸するのです。


完成図

 「洗濯ばさみに綿をあてて鼻をはさむ」と書いてあるのは、実に親切だ(脱脂綿で鼻の穴を塞いでもよさそなのだが)。
 このガスマスク、身近な材料を使っているのだが、完成まで一、二時間はかかりそうなのに、使用可能時間が「薄い瓦斯で」数分に過ぎぬとは、コストパフォーマンスが悪すぎる! しかも、濃いガスを吸ってしまえば一発でアウトである…。

  と云うわけで、わざわざ断るまでもないのだが、安易に真似はしないこと! 作成・装着した結果、事故等が発生しても当方は一切無関係であります

 実用上、大いに問題があるせいか、工作記事の後には、

 「おすすめしたい完全な防毒面」と、ちゃんとしたモノを備えておくよう書いてある。

 上の紙で作った応急防毒面はほんの間に合わせに過ぎませんが、右の二つなら濃い瓦斯の中でも使用出来ます。どの家にも備えておきたいものですね。
 直結式防毒面は六円位、隔離式防毒面は十二円位です。
 必ず陸軍科学研究所の検査済印のあるものを求めなさい。


 命を守る道具である。良いモノを持っておくに越したことは無い。

(おまけのおまけ)
 そのうち使おうと、「完全な防毒面」のカタログを買っておいたままにしていたので、この機会を利用して、その一部をご紹介する。


昭和化工「防空用防毒具」カタログ

 防毒面だけでなく、防空壕用の「毒瓦斯濾過装置」、「毒瓦斯標本」、「瓦斯実験用 催涙棒」なども記載されている。カタログ中には 人命に関するもの故 是非完全品を!  と特筆大書きされている。
 

防空用防毒面 団用 一号(隔離式)

 「警防団、警察官、消防隊其他諸官公職員及各種工場従業員中主として空襲時の災害防止の役に任じ濃厚なる毒瓦斯中にて活動をなし得る最適品」
 「甲」は120時間、「乙」は100時間有効のプロ仕様。


上・団用 二号(直結式)、下・家庭用

 上の「団用二号」は、「警防団との連絡や家庭防護の指導に任ずるものが相当濃度の毒瓦斯中にて活動し得るに適して居」るもので、有効時間は「甲」70時間、「乙」50時間と短めだが、装着感・防護力は一号に準ずると云う。

 下は「家庭用」として「一般家庭に於て使用するに適当」で、「家庭防護或は避難等のため短時間」使用するものである。有効時間は「甲」5時間、「乙」3時間であるが、高濃度のガスに対しては数十分を限度とする。


小児用 一号(隔離式)、家庭用甲型(直結式)

 「6、7歳乃至14、5歳位の方の使用に適当」で、「濃厚な毒瓦斯中に於て家庭防護或は避難等に充分適する」もの。有効時間は「一号」100時間、家庭用甲型は『御許可申請中』のため、有効時間の記載が無い。
 この頃は、14、5歳も「小児」扱いなのか、と妙なところで感心させられる。


 このように、当時は様々な防毒面が市販されていたのだが、幸いにして日本は毒ガスによる「空襲」を受けることはなく(地下鉄の中に撒いた馬鹿者はいたが)今に至っている。

放射線の心配もしなくて良かった…