図版ノ転載ハ之ヲ禁ズ

観葉植物カタログで62万おまけ


 10年以上「兵器生活」を続けているから、ネタに使った画像はずいぶん溜まったはずだ。中には世間様に(一時的ではあるが)面白いと認められたモノも、少しはあると信じたい。

 これら画像データは、印度総督府の大事な資産なのだが、元ネタ自体が印刷物と云う複製物であり、同じ画像を再利用することが殆ど無いので、ページを作ってしまえばそれっきり―パソコンを更新する時には、移動させてはおきますが―である。

 とは云え、夏場は室温30度を超え、冬場は10度を割り込む、冷暖房ナシの総督府で、大枚(と云う程のものは無いが)はたいて買った、可愛い古本古雑誌のとじ目を壊すように、スキャナでいぢめる蛮行を敢えてして作った画像である。そこに廻りの悪い脳味噌から脂汗をしたたらせて書いた文章を付け、10年前から全然進化していないレイアウトで仕上げたものが、わが「兵器生活」のコンテンツであるから、調査・研究の用でもないのに知らぬうちに画像だけ抜かれ、使い捨てにされるのをニッコリ笑って見逃せるほど、自分の人間は出来てはいない。
 もっとも、そう云う事象に激怒した覚えがまったく無いのは、単に「兵器生活」が読まれていないだけなのもあるが、たとえ画像を見つけたとしても、テキストと切り離されたそれが、自分のサイトから抜かれたモノであるかを判別する手立てが無いので、詮索はもちろん、激怒して何かが良くなるのか? との思いの方が大きい。

 と云うわけで、ウェヴサイト管理人が付けた、品の良い加工(『スタンプ』と云えば良いのか?)が施されている『自前の画像』を見ると、羨ましく思う。
 昔の自分に出会えるならば、資料を買ったら台帳に記載しろ、本の置き場所は固定しておけ、普通の本はすぐ捨てろ等々云いたい事は山ほどあるが、「画像に印をつけておけ」もその一つなのだ。今からやっても見苦しいだけだ(笑)。
 「兵器生活」は、ネタ(図版、文章問わず)をじっと見て、切り口と取り上げ方が見えてからページを作り出しているので、世間様に知られていない―見落とされている―ネタの仕入れが、中身のデキを左右する。

 使えそうなモノがあれば、手持ちの資金と相談の上(なぜか置き場所とは相談することが無い)購入する。しかし、中には「サンプル」と称して、存在そのものが面白そうなモノを買ってしまうことも多々ある。
 よって、本屋から出て、呑み屋喫茶店あるいは自室で戦利品の検分をする時点で、ネタ度が弱いだの、何が面白いのか説明できない(書いてある事に関する知識が無いのを初めて自覚する瞬間!)等々の理由で、総督府の限りある空間を占有し、使いたい資料を探す妨げだけに縦横無尽な活躍を見せる資料も、それなりに増えてしまうのだ。
 昔の自分に出会えるならば、「あんまりヘンなものは買うな」、とも伝えておこう。


三河旭園商報

 植物の通販カタログを見るのが初めてで、値段も安かったので、つい買ってしまった資料の一つ。
 愛知県の、「三河 旭園第二場」(本園・第三場、がある)の商報。

 営業種目
 万年青(オモト)
 蘭(金龍邊)
 葵葉変(ゼラニューム)
 仙人掌(サボテン)
 其の他内外鉢植観賞植物生産卸

 発行は昭和10年2月。戦前モダン生活文化花盛りの頃だ。カタログ表紙には何故か「趣味の営利化」と記されている。
 中身は、「真に値打のある品を家庭に居ながらにして求めたい」顧客の要望に「『真に値打ちのある良品』の厳選御提供」で応えたいとの園主謹言、「発送途中破損枯死等の事故は弊園絶対に責任を持ちません」と明記された「販売準則」に続けて、上記の営業種目のページが始まる。

 金龍邊(キンリョウヘン)のページには「園芸会の貴君子」の文字が躍り、「今回新興満洲国の国花に推定せられたるを見る時、今更其の風姿の気高さを思わしむるものがあります」云々と書かれ、ゼラニウムは「美の極致」、そして万年青(これをどうすれば『オモト』と読めるのか!)は堂々「観葉植物界の帝王」だ。
 ちなみにサボテンは「四期の観賞植物」の下に「値下断行!! 大衆価提供」とあり、「尚又近時薬用としても広く用いられておりますから家庭の常備品としても重要欠くべからざる好個の鉢植花弁観樹植物であります」と、新参者らしい微妙な扱われ方となっている。

 以下、カタログ記載の名品をいくつかご覧いただき、戦前園芸道楽事情を偲ぶよすがにしてみたい。


金龍邊蘭銘鑑

 ページの始まりには、このような「銘鑑」が掲載され、あわせて商品の紹介がなされている。
 園芸趣味をお持ちの読者であれば、この銘柄はこんな頃からあったのか! と感銘を受けるところなのだろうが、植物質のモノは、食い物着るものと本ばかりな生活をしているので、お酒か相撲取りの名前にしか見えない。
 教養が無いってみじめなものだなあ…。


「日月」

 日月
 蘭界の元老とも言うべき 古来よりよく知られ最も広く愛育せられつつある品種にて 深緑色光沢よき肉厚葉は 垂性となりて黄白色の深覆輪をかけ容易に巾広大形葉となりて 花付きは最もよき為に 室内の観賞に机上の装飾に広く愛用さるる名品なり。
 二本立 中木三十銭 上木七十銭
 三本立 中木四十五銭 上木一円


 「元老」と云う言葉が時代がかっている。「深緑色〜巾広大形葉となりて」のくだりは、主筆には日本語で書かれた外国語に思えてならぬ。
 銘鑑上中央にある、「全盛貴品 月章」は、上木二本立で40円もする。
 続いてサボテンのページ。こちらには「銘鑑」は無い。


サボテン「牛角」 

 サボテンにも「大和錦30銭」「軍旗5銭」「不知火3円」など、雅な名前にピンキリな値が記載されているが、先のキンリョウヘン、あとに続くゼラニウム、オモトのような説明は付されていない。ついでに云うと、この「牛角」は写真たけしか出ていなかったりするので、値段が解らない。

 今度はゼラニウムである。


ゼラニウム銘鑑

 いよいよ力士か日本酒みたいになってきた。


ゼラニウム「磯千鳥」

 磯千鳥
 楓形青緑葉に 雪白の大小散斑葉面に充散して 濃紫色の蛇の目入る逸品 花は鮮桃色五弁花。
 中苗 十五銭
 大苗 廿五銭


 ゼラニウム「全盛貴品 黒雲錦」は、中苗5円。
 「全盛貴品」も自分には意味不明の言葉であるが、銘鑑など、このカタログの商品に付けられたランクは、「全盛貴品」、「古今稀貴品」、「別格稀貴品」、「稀貴品」、「別格貴品」、「群望品」、「全盛」、「逸品」、「群望貴品」、「貴品」、「美姿品」、「麗品」と様々なものがある。「全盛貴品」以下、どう云う序列になっているのか、決めた本人でもないのでお手上げだ。


オモト銘鑑(これだけ裏表紙の前1ページ分丸々使っている)


和羅紗覆輪 三才苗

 和羅紗覆輪
 鮮麗なる青緑色の 極く巾広き羅紗地葉は 雪白色の大覆輪をかけて立葉形を呈し 真に雄壮なる中葉品
 上苗 八十五銭
 親苗 二円

 ここのページを見ると、名前と値段のレベルが違う。
 「群望貴品 地球宝」(スゴイ名前だね)の親苗は、驚くなかれ220円の高値である。当時の中産階級子女が将来のダンナさんに求める月給の足切りラインが百円と云う事を思うと、完全なる別世界の話だ。
 参考までに書くと、「上苗」は、「2、3才にして葉5、6枚内外の苗」、「親苗」は「4、5才即時繁殖用に適したる苗」。つまり「趣味の営利化」とは、繁殖にあるわけだ。
 さて、冒頭に画像の話をしておきながら、延々と観葉植物(ゼラニウムや蘭が『観葉植物』? 不思議に思われるが、説明を読めば、花の描写が付け足しのような内容であることに気付かれるはずだ)カタログを紹介してきたのだが、目利きの読者諸氏は、植物の写真すべてに「旭」のマークが入っている事に気付かれているだろう。
 これこそが今回の「ネタ」なのだ。

 カタログの説明に美辞麗句を並べ立てても、古来云うように「百聞は一見にしかず」。写真を入れれば同業他社が、さも我が商品として使い廻すのは面白く無い…冒頭に書いた悩みは昭和10年の園芸商店にもあったのだ。
 と云うわけで、本カタログの写真には、すべて「旭園」の商標が入っている。栽培場(温室)の写真にまでマークを入れてあるのだから、念入りにも程がある。ところが、商標をよーく見ていると…


微妙に異なる旭園の商標

 「九」と「日」の大きさ辺の長さ組み合わせのバランスが、すべてとは云わぬが異なっているのだ(オモト『和羅紗覆輪』の写真のように、白抜きでは無いものまである)。

 「ウチの写真を勝手に使われちゃあ困るんだよね」と文句を云いに行っても、「アンタんとこの商標とは形が違っているだろう!」と言い逃れ出来ぬよう、およそ考えつく限りのパターンを用意した…わけでは無いと思う。

(おまけのおまけ)
 カタログ内容紹介が「おまけのおまけ」のようなものだから、今回はありません。
 読んでもよくわからん!と4−5年以上放っておいた資料が、思いもよらぬ方向からネタに化けたので、肩の荷が下りたような気分になっている。