『チッソ・リン酸・カリ』で63万5千おまけ
春が来た。(註:2013年4月記)
世間一般では前向きなものとして、とらえられている「春」ではあるが、事務方会社員の我が身にあっては、『年度の境目』と云うことで、ふだんやらなくて良い仕事を大いにやらねばならぬ時期なのである。
ある人は、「4月1日は営業の正月」だから大いに羽を伸ばすと云っていたが、そう云う時にも働くのが裏方の務めである。
会社で働いた報酬を以てメシを喰い、家賃を支払い、新刊・古書を買い、そして「兵器生活」のネタを作るので、春はネタ作りの時間がどうしても減るのはやむを得ない。決して『春眠暁を覚えず』を地でやっていたワケではない!
と云うわけで、今回は古本屋で買ったチラシ一枚のご紹介である。
一叺一袋 これ銃後の護り!!
春肥 夏肥 には鈴鹿の元祖完全肥料
燦然たり五十年の歴史!!
中国の城壁を攻め立てる戦車と歩兵を描く、化学肥料の時局便乗広告である。歩兵の鉄兜に巻いた偽装の草を、『麦』に描く芸の細かさがうれしい。
チラシを見ると、会社名を始め、文面は右書きである。ところが、中央の「100%」が左書きにならざるを得ないため、それを導く「肥効正に」までも左書きとなってしまっている。矢印の右側も「稲・麦」「桑・」「蔬菜類」の順で読むべきなのだろう。蚕のエサとなる『桑』が稲・麦の次に記されているところに、生糸の重要な地位が見てとれる。
城壁下のカコイは
保証成分
鈴鹿完全改良一号
窒素全量 六・〇〇
アンモニア性窒素 四・〇〇
燐酸全量 六・〇〇
水溶性燐酸 四・〇〇
加里全量 一・〇〇
水溶性加里 ―
と記載されている。植物生長の三要素、『チッソ・リン酸・カリ』が配合されているから『完全肥料』と云うわけだ。主筆は農業に従事するでなく、草花を育てる趣味も無いので、この言葉を使うのは学校の理科の時間以来なのだが、チラシの文面を読んだとたん、『チッソ・リン酸・カリ!』と叫んでしまった。
覚えているもんですなあ…。
チラシの裏面は、以下の文が書かれている
一叺! 一袋!
これ銃後の護り鈴鹿完全!!
元祖 鈴鹿完全肥料・・・
祖国の荒野を開拓し今日輝く銃後の護りを全うした肥料報国の遠き歴史は鈴鹿完全より出発した。
五十年來一叺これ肥料報国の一念を以て元祖完全肥料として久しく皆様の御引立に預り居ります。鈴鹿完全は其の輝く伝統と歴史を持つ他の完全の絶対追従を許さない特点を具備いたして居ります。
近代的化学設備も愈々完成し銃後の護りとして完膚なきを期して居ります。
肥効
米、麦、桑、果樹
蔬菜類
ウチの肥料を使って下さいと訴えているだけの文であるが、妙に自信タップリなのが気になる。
チラシの作成者である『鈴鹿商店』については不明、で済まそうと思っていたが、「新興肥料商の成長と貿易商―鈴鹿保家商店と兼松房次郎商会」と云う論文があったので、ここから抜き出すと、明治時代後半(明治29―1896年)より、江戸時代以来の「魚肥」―イワシ、ニシンを原料とする―ではなく、オーストラリア産の動物質肥料(牛・羊の骨・肉・血を原料としたもの)の販売を始める。後には、硫酸アンモニア(硫安)―化学肥料―輸入にも先鞭を付け、論文に引用された言葉にしたがえば、「化学肥料開拓の先駆者」となる。なるほど自信たっぷりなのもうなづける。
広告文面にある「五十年」を、この1896年に加えると1946年(これじゃあ戦後ではないか!)になってしまうので、創業―肥料を取り扱う前―の1886年から数えているらしい。これなら1936(昭和11)年と一見妥当なところだが、支那事変の一年前にあたってしまい、「時局先取り」広告になってしまう。
改めて、チラシに描かれた「鈴鹿完全報国号」を見直してみる。
「報国号」の名は、海軍に献納された兵器に付されるものなので、戦車の旗は軍艦旗を描くべき、と無粋なことは云わない。この絵に対して、これは何式だと考えるのもナンセンスな話だが、足回りは支那事変前に登場している八九式中戦車ではなく、より新しい九四式軽装甲車・九五式軽戦車に似ている。と云うわけで、このチラシが印刷・配布されたのは、昭和12(1937)年以降、城壁を南京城―12月陥落―とみれば翌13年のものと考えたい。「五十年」の計算が合わなくなるが、キリの良い数字を出しているのだろうと思うことにする。
(おまけのおまけ)
本屋では合わせてこんなモノも買った。
いさを化成
水稲に!! 陸稲に!!
増収の女神 世界一・・・
カ3
リ12
チ5
この偉力!
この真価!
いさを化成の 世界制覇だ!
これは「新潟硫酸株式会社」の化学肥料『いさを化成』のチラシである。黄色のカコミには
遂に吾等のいさを化成は・・・・・
水稲に! 世界新記録を樹立した
正にいさを化成の水稲連覇の偉業です、新進化学の整備せる新工場と学理と実際のピッタリ一致したいさを化成肥料は断然他の如何なる化成も追従を許さざる特質を具備して居ります
水稲に・世界一・吾等のいさを化成を!!
と、今日ではどう世界新記録で、連覇なのかサッパリ判らぬ言葉が並ぶ。稲を強調した文面は新潟の会社だからだろうか。
色のヘンな五輪―赤インキを使ってない―が描かれているので、昭和15(1940)年の東京五輪―決定は昭和11(1936)年/返上昭和13(1938)年―に便乗したチラシの可能性が高い。色数が少ないのは、戦争の影響と云うよりも、単に印刷代をケチったからだと思う。