記憶略号1984(イクワヨ)

栓抜きチラシで64万5千おまけ


 『栓抜き』の将来が心配でならない。

 料理屋・呑み屋で、瓶のビールだ、サイダーだジュースだと注文すれば、今でも王冠シュポンと店員が恭しく持って来てくれるから、明日にも滅びることはありえぬのだろうが、自分でコンビニ自販機売店で飲み物を買う時は、プルトップのカン入りかスクリュウキャップ付きのボトル、あるいは紙パックと、栓抜きいらずの商品を選んでしまっている。
 総督府には冷蔵庫が無いので、キンキンに冷やしたビールの蓋を、栓抜きでコンコンと叩き、気合一閃ポン!とやる楽しみをしばらく味わってないので、なおさらそんな感じを持ってしまう。

 例のことく、古書市で大枚はたいて買った反故の中に、栓抜屋のチラシが入っていた。昭和の初め頃の印刷と思われるが、印刷年月日なんぞ記載されてないので、詳細は不明。栓抜きが頑張っていた頃を物語るネタとして、ご紹介する次第。
 


「フクロ栓抜」

 「フクロ栓抜」実用新案「175906号」
 ○王冠にかかる処の幅が六分位ありますので、ビール、サイダー、牛乳、醤油壜、お酒の王冠は曲がらずに真っ直ぐ抜ける許りでなく海苔、又はラッキョ壜詰及アンカーの様な大きな王冠も力が入(ママ)らず楽にあきます。

 ○一ケづつ ボール箱、入れになって居てこれが一打、入れのボール箱に入って居ます。
 大(ニッケルメッキ)  十打 十円
 小(クロームメッキ製) 十打 十二円

 大10ダース10円、1ダース1円、1個8銭ちょい、小10ダース12円、1ダース1円20銭、1個1円。ニッケルメッキより、クロームメッキの方が高級なのがうかがえる(昔のカメラみたいですね)。
 イラストを見れば、何の変哲もない「ただの栓抜き」だが、『実用新案』と書いてある。何が、どこが新案なのだろう?

 チラシにある、他の商品を見てみる。


1.軽便「栓抜き」



2.沖式広告用「栓抜」



3.万能栓抜
 
 1〜3どれも「栓抜」である。
 「広告用として団扇やカレンダー又は手拭より以上の価値」、「只で貰って嬉しく 捨てては惜しい」(1)
 「使用の際に指が痛くありません」(2)
 「如何なる大きい王冠壜詰、又はアンカー壜も楽に」開く(3)
 それぞれ特色を持っているが、図をよーく見ると、どれもビンの口に引っかけるところの幅がなく、板状の本体を、蓋に対して「タテ」に当てるようになっている。一方、さきに挙げた「フクロ栓抜」は、「ヨコ」かつ幅広く当たる。力のかかる面積が大きければ、それだけラクに開けられることになり、そこが実用新案なところなのだろう。

 これらのカタチをした栓抜きを見た記憶はないが、『スイス・アーミーナイフ』に付いている『栓抜』が、このタイプに近い。
 アーミーナイフ附属の「栓抜」を使った方なら御存知と思うが、この型の栓抜きは実に使いづらい。若気の至りで一本持っていたことがあるが、ビンの口とは「点」で接しているようなものだからグラグラし、一発で開けられぬから王冠はグニャグニャになり、力余ってビンを持つ指をひっかくオマケまでついたので、二回くらい使ったものの、以後は缶切りとセットになった栓抜きを持ち歩くようになった。

 タテがヨコになって、劇的に使いやすくなったはずの「フクロ栓抜」のセールスポイントが、『王冠は曲がらずに真っ直ぐ抜ける』とだけ、表記されるのは何故だろうか?

 答えはここにある。

固定栓抜

 固定栓抜

 壜保険
 開栓自由自在

 ○低い所に取り附ければ、お子さんでも壜を持ってあてがえば、目をつぶった儘楽に開きます。
  (モクネジは一ケに弐本づつ、差し上げます)

 ○王冠が曲がらずに開きますから半分、飲んで、もと通り、又蓋が出来ます。

 ○それ故汽車、電車、汽船の中に取附けてあれば、飲みたい時に飲めて而も半分、残して蓋が出来ますから、大変、御便利です。

 拾打 金七円弐拾銭

 「王冠が曲がらない」が、どうしてセールスポイントになるのかは、ペットボトル飲料が、どう云う飲まれ方をしているかを観察すれば、たちどころにわかる。「飲み残しが出来る」のだ。
 しかし、ペットボトル飲料のキャップは簡単に開け閉め出来るが、開けた王冠を「もと通り」はめ込むのは、結構手間がかかり、開けるにはまた栓抜きの助けがいる。かと云って軽くフタを押さえただけでは、何かの拍子に外れて中身をこぼしてしまいかねないので、結局のところ飲みきってしまうか、水筒に移す方が安心と云える。

 この「固定栓抜」、図のものよりもハイカラなやつが、一昔前の客車には、灰皿とともに備え付けてあり、子供時分に使った覚えもあるが、「楽に」開けられた記憶がない。
 チラシには、こんなタイプも載っている。


二徳栓抜

 タテ式栓抜きとヨコ式栓抜きが組み合わさって「二徳」。
 タテ式を使わねば、開けられぬ蓋―口径の大きなもの―があったと考えるしかない。「フクロ栓抜」のところにある、「海苔、又はラッキョ壜詰及アンカーの様な」モノがそれだろう。
 「アンカー」が何なのかは不明。「機械栓」を「アンカートップ」と称する例はあるが、関連はわからない。


機械栓の例

 (2013.8.27追記)
 読者の「L」さんからの投稿により、「アンカー瓶」と呼ばれる規格があることが確認出来た。
 「ノザキ」コンビーフの歴史
 「やきもの以外の参考品たち」の『食品瓶』タグ付きコンテンツに、『アンカー○号』と刻印された瓶がいくつか掲載されている(蓋は無い)。


安全栓抜

 このタイプはどこかで見たような記憶がある。
 この売り文句も「王冠が曲がらずに開きますから半分飲んで、又蓋がもと通りキチンと、はいります」。
 ここにある商品をみていると、「栓抜」と云いながら、実のところ『フタ開け』ばかりである。次に紹介するのも「抜き」とはあるが、やはり『フタ開け』。


(紙蓋)牛乳壜「キャップ抜キ栓抜」

 (紙蓋)牛乳壜「キャップ抜キ栓抜」

 ○此の「キャップ抜き栓抜」、一ケあれば、御家庭で朝夕、大変御便利の訳です。

 ○女、子供でもキャップを開ける時に静かに開かりますから、牛乳の汁が少しもはねかえりません。(之が本器の特徴です)又(ロ)は王冠抜キですから、王冠の牛乳壜は勿論の事、其他、ビール、サイダー、醤油壜、お酒は勿論、海苔、又はラッキョ壜詰、及アンカーの様な大きい王冠も楽に開きます。((イ)は紙蓋開け(ロ)は栓抜です

 100ケ づつ ボール箱入れです。
 定価 1,000ケ 金三拾円

 オールドタイプの「牛乳瓶の紙キャップ開け」である。ここにも「ラッキョ壜詰」が出てくる。チラシ文面を書いている人は、毎日ラッキョばかり喰わされていたんぢゃあなかろうか、と同情してしまう。
 図の下側が「紙蓋開け」だ。先端が『針』ではないのに注意してほしい。

 次も「紙蓋開け」


(紙蓋)牛乳壜「キャップ抜キ丸錐」

(紙蓋)牛乳壜「キャップ抜キ丸錐」

 ○最近、牛乳壜が段々キャップの広口になりましたから、本器の柄の方へ焼印で、御店名を入れてお得意様へ配るのも御販売拡張、又は宣伝上、大いに効力があります。

 ○事務書類、又は成績表など机の上で整理の際に、本器があれば甚だ重宝です。

 ○夏向きには、氷割りにも使用されて甚だ御便利で、一挙両得です。

 どう考えても、「千枚通し」を流用しているとしか思えぬモノ。牛乳屋さんが紙蓋を採用する(国産『紙蓋』の生産は大正11年とされる)際、開ける道具の事までは考えてなかったと云うことだろうか。
 書類の穴開けと氷のカチ割りを、同じ道具で行い、さらに牛乳ビンの蓋まで開ける、これは「一挙両得」ではなく、ただのケチである。

 これらが改良・洗練され、古代ローマの浴場技師を驚かせると云う余談はさておき、この器具、しばしば呼び名知らずなモノとして扱われるが、ここでは『キャップ抜き』と表記されている。

 ビン入り牛乳も、近頃は紙蓋ではなく、プラスチック製の広口キャップが出て来ており、すでに近所の銭湯には『キャップ抜き』がない。早晩紙蓋も無くなるのだろう。紙蓋コレクター諸氏にとって、コレクションのゴールが見えたと思えば福音のような気がするが、誰かが「完全無欠のコレクション」を完成させてしまう心配と、新しいコレクターが参入しづらくなることを思うと、むしろ喜べないのかもしれぬ。
 (おまけのおまけ)

 タイトルの「記憶略号」の謎解きをして、本稿を締めくくろう。


 単なる電話番号1984番の語呂合わせである。

 この沖商会、ご覧の通り、缶切りと栓抜きの製造卸会社なのだが、誰でも考えつきそうな、栓抜きと缶切りを組み合わせた商品が、このチラシに記載されてないのが不思議でならない。すでに他社が特許を取ってしまっているのか、当時の人は、そこまで思いが至らなかったのか、世の中わからない事だらけである。