その意気やヨシ!

桐生市『海軍感謝週間実施の意』チラシで66万おまけ


 骨董市で、こんなチラシを見つけたので買う。


海軍感謝週間実施の意チラシ

 海軍感謝週間実施の意

 桐生市民諸兄、南太平洋に死闘する、我海軍の忠勇義烈なる、敢闘に心から感謝せよ、
 敵米兵は「ドル」の力に物を言わせて、言語に絶する残虐な戦闘行為をなしいるのだ、われ等は鬼畜の如き、敵米英を断乎としてこの地球上から抹殺するのだ、今年こそ一大決戦の年だ、戦艦を建艦せよ!!われ等の力で『戦艦桐生』を、献納する気魄で立ちあがろうではないか、われ等同人は市民諸兄の愛国心に訴え恨み骨髄の米国をたたきつぶすため、この運動を提唱するものである。


 附言
 以上の目的を達成すると共に、海軍将兵に感謝を捧げるため、海軍感謝週間を設けた、また週間中、木造船を献納するため、立木献納運動も開始した。
 峻烈なる愛国心に燃える、全桐生市民の御参加を熱望してやまぬ次第である。
 昭和十八年二月
 提唱 両毛文化会

 銃後市民の赤誠を(お金で)表す運動の趣意書である。主催は「両毛文化会」「帝国在郷軍人桐生市連合分会」「桐生翼賛壮年団」「大日本婦人会桐生支部」の連合、これに「桐生市役所」が後援すると云う、かなり気合いの入ったもの。

 海の無い群馬県で「海軍感謝週間」を提唱するところも面白いが、『敵米兵は「ドル」の力に物を言わせて』や、『敵米英を断乎としてこの地球上から抹殺するのだ』―これって『自存自衛』の戦争なんぢゃあなかったのか?―の文句も、『神国日本のトンデモ決戦生活』(合同出版/ちくま文庫)『「愛国」の技法』(青弓社)の早川タダノリ氏が喜びそうな、「香ばしい」ものがある。

 しかし、このチラシの真価は何と云ってもこの、

 『戦艦桐生』を、献納する気魄 に尽きる。

 軍用機や戦闘車両に「愛国号」「報国号」(国民がお金を出して献納した兵器に付けられる名前)があるのは知られているが、戦艦を献納したと云うスケールの大きすぎる話は聞いたことがない。その意気やヨシ!と云うところだが、附言に『木造船を献納するため、立木献納運動も開始』とあるのだから、文を書いた人自身がドー思っていたかは知れたものである。
 『戦艦を建艦せよ!!』と感嘆符を連装していても、この頃の帝国海軍は、すでに戦艦をこしらえられる状態ではなく、めでたく戦艦一隻分のお金が集まったとしても、敗戦までの2年のうちに完成するかは怪しい。
 チラシの後半は行事予定が記されている。

 海軍感謝週間行事
 二月八日(第一日) 趣旨徹底日、立木献納提唱日
    九日(第二日) 海軍々人遺族慰問日
    十日(第三日) 前線海軍将兵慰問文募集日
   十一日(第四日) 海軍将兵感謝日
   十二日(第五日) 海軍魂昂揚軍楽行進日
   十三日(第六日) 海軍講演日
              場所 桐生市 西国民学校
              日時 昭和十八年二月十三日(午後一時)
              講師 海軍省報道部員(交渉中)
   十四日(第七日) 建艦資金献納、芸能祭日
   演芸出演者 歌手 奥山採子・コロンビア音楽団
           舞踊 八田トキ嬢・コロンビアリズムボーイズ
           あやつり人形宗家 結城孫三郎一座 以上

 「週間」と銘打ってはいるが、三日目は慰問文をかき集める日で、四日目は海軍の兵隊さんに感謝の念を贈る日と、実態の薄い日も混ざっている。そもそも、一週間かける必要のある活動なのか?

 講演の場所と時間は明記されていても、肝腎の講師が未定だったり、一番の呼び物「芸能祭日」の出演者は押さえてあっても、どこで何時から始まるかが書いてない所に、(とうの昔に終わってしまった事ながら)一抹の不安を覚えてならない。

 さらに云えば、本文記載の「コロンビア」を、「コロムビア」の誤植と断言して良いものか、ものすごく不安なのである。
(おまけのおまけ)
 『彫刻と戦争の近代』(平瀬 礼太、吉川弘文館)に、

 『美術文化新聞』は、大本営からソロモン群島の第三次血戦で日本がはじめて戦艦を失ったと発表され、その犠牲者が発表されるや一億国民の間には期せずして戦艦献納の機運が高まりつつある、と報道している(一九四三年一月十日)。大政翼賛会斡旋のもと、まず芸術家が率先してこの運動を開始することになり、全芸術界こぞっての愛国運動として(略)一九四二年十二月二十四日に大政翼賛会本部で打ち合わせし、翼賛会文化部の斡旋で具体的運動に着手することに決定したという。

 との記述を見つける。
 両毛文化会提唱の「海軍感謝週間」も、この運動の一環だったのかもしれない。