「ランキング」より「番付」

『現代常識百番付』で70万4千おまけ


 「ネタに詰まったらランキング」
 ネットニュース編集者の辞書に、そう書いてあるんぢゃあないのか? と思うくらい「ランキング」を目にする。

 売上の多寡・成績の高低・素行の善し悪し、あんなことこんなこと、「客観的」に世の中を示してくれる便利な道具である。しかし、そこには「上・下」の評価しか入らない。ゆえにモノサシの使い方によっては、ある一面だけの評価で事足れりとし、人の言動を抑圧するモノにもなりうる。

 と云うわけで、私は鋭利一徹なランキングよりも、融通無碍で人間臭い「番付」―相撲のではなく、それを模した世の中の見取り図としての―を愛してやまない。
 もちろん「番付」も、上は横綱・大関から下は序の口までを載せた「ランキング」と見なすものだろう。しかし東西に別けることで、対称的なランクづけを一望にしてみたり、上下の扱いに困るモノを「行司」「年寄」の立場に祭り上げて併記するなど、物事を複眼的に見ることが出来るのだ。
 こんなモノに序列をつけてどーするんだ、と云う面白いモノが出て来るのはランキングでも同様であるが、二つの表をあわせることで、面白さは指数的に増大する(こともある)のが「番付」なのである。

 例によって古本屋で買ってきたのがこれ。


 雑誌『実業之日本』昭和10(1935)年新年号附録「現代常識百番付」である。

 はしがきにいわく

 ■本書は本誌昭和六年新年号附録『現代世相百番付』の増補改訂版であって、数字、資料、配列等に於て更に万全を期したものである。

 ■採用数字は何れも各方面の調査機関に就いて、その最新発表の分を登載したのであるが、然らざるものは主として帝国統計年鑑によることとした。

 ■人物、趣味、その他の番付に於ても、配列順序は出来るだけ厳正公平を旨としたが、間々異論なきを保し難いものもあるであろう。然る向きは文字通り『御免蒙る』ことにする。

 「政治経済産業」「世界」「社会世相」「学芸」「人物」「地理」「趣味スポーツ」のカテゴリに104の番付が収まり、口絵ページにも5つあるから、「百番付」のタイトルは決して誇大なものではない。

 番付の数には入っていないのだが、『実業之日本』の発行元である実業之日本社の「本社出版 図書版数番付」が冒頭に掲載されている。
 東の横綱は九条武子『無憂華』(372版)、西の横綱は西勝造『西式 強健術と触手療法』(207版)だ。


 西式の健康法本が西方、東方前頭四枚目に『東郷元帥愛国読本』があるのは、狙っているようにしか見えないが、相撲番付同様、格上―ここでは版数の多い方―が東方に載るように作られている。
 版数の多さ=売れた数と云い切れるモノではなかろうが、そこには触れようがない。

 掲載された番付は、先に述べたように百を超えるが、主筆の趣味でいくつかを挙げるのみとする。抽出にあたり読者諸氏にも色々思いはあるだろうが、「文字通り『御免蒙る』ことにする」のだ。

 また、以下掲載事項について毎度の与太を書き連ねてあるが、浅学非才付け焼き刃・一夜漬けの思い込み・「急ぎはたらき」のイキオイで書いている部分もままあるので、そのあたりも「蒙御免」と願い奉る次第。

 まずは「世界各国統治者年齢番付」。東方は年長、西方は年少である。


 東の横綱はチェコスロバキアのマサリク大統領87歳、西はユーゴスラビアの「皇帝」(と記載されているが『国王』)ペータル2世13歳。
 西方前頭五枚目に入るべき日本の統治者は、内務省警保局の「物言い」必至で記載がない。

 「行司」としてマクドナルド(英国首相)、スターリン、ムッソリーニに岡田啓介の四人が挙げられている。
 マクドナルドの場合は英国国王への配慮。スターリン、ムッソリーニは老若どちらに載せても前頭何枚目になるので大物への処遇として問題がある。日本人が何処にも書かれてないのは如何なものかと云うわけで、岡田首相も「行司」に収まる。
 現代から見れば大物中の大物のはずのヒットラーがどこにいるかと見れば、西方前頭十枚目の位置だ(『宰相』と表記されている)。一人置いて蒋介石、ルーズベルトと続く。昭和9年末時点では売り出し前なのだ。

 続いて「本邦歳入歳出高番付」。
 こうやって見ると、貸借対照表も一種の番付になる事に気付く。


 東西横綱はどちらも公債がらみである(東:歳入補填公債及繰替借入、西:国債整理基金繰入)である。所得税(現在の『法人税』も含まれる)より酒税からの収入が多いのに驚く。

 『事典 昭和戦前期の日本 制度と実態』(吉川弘文館)を見ると、この時期の「所得税」は大正15年に改正された制度に基づき、
 「第一種所得税」(法人所得、内地に本店を持つ法人は総益金から総損金を引いた金額の5%、その他法人は10%。ただし所得が資本金の10%を超えると超過所得としてさらに課税される)
 「第二種所得税」(公社債・預金利子所得、4〜5%)
 「第三種所得税」(第二種以外の個人所得、0.8%〜36%までの累進課税)に分類されていた。
 本書に掲載された表には課税の最低限が1,200円とあり、月収百円に満たない庶民層は所得税を払う必要がなかった。
 この「番付」での日本の人口は約6,800万人である。しかし第三種所得税を納めた人数は、昭和2年100万人(1.5%)、昭和10年までは70〜90万人台(1%〜1.3%)なのだ。所得税を納めるだけで「結構なご身分」になれるのであった(嗚呼)。

 歳出は関脇「年金及恩給」、前頭4「普通教育費」を除くと、主要なものは軍事費になっている。「1935、36年危機」を煽りまくった結果がここに現れている。「海軍軍事費」「艦艇製造費」「艦船整備費」「航空隊整備費」と海軍向け費目が目立ちすぎる。
 こう云う待遇を受けていた事を知ると、海軍のエライ人が、対米戦は出来ません、と公言出来なかったのも納得出来るような気がするが、そのツケは余りにも大きすぎるものであった。

 「番付」の様式を取らない「番付」もある。
 「世界主要国軍事費番付」。

 棒グラフは上から「行政費」「国防費」「国債費」の、歳出に占める割合を表したもの。
 主要国の国防費の割合は、日本34%、イタリア26%、フランス23%、アメリカ14%、イギリス12%、ドイツ8%になる。
 金額(千円―昭和9年の)は、日本659,228、イタリア5,256,029、フランス9,456,465、アメリカ699,081、イギリス104,364、ドイツ674,470となっており、イタリア・フランス国防費の多さが際立つ(予算総額自体も突出している)。日本の国防費の歳出に占める割合は大きいが、金額ではまだまだ伸ばさないといけない、と読ませる表と云える。
 「勧進元」が「太平洋」「満露国境」なのが、「1935、36年危機」丸出しなのである。

「本邦輸出入貿易品金額番付」


 輸出の横綱は生糸、小結まで繊維製品である。
 輸入の横綱が、鉱油・鉄をグンと引き離して綿花なのが面白い。それだけ石油の価格が安かったと云うことか。

 「世界各国国富番付」
 「総額」と「一人当たり」に分かれている。


 アメリカが世界一の金持ち国なのは頷けるが、一人当たりで見るとキューバが横綱なのが不思議に思えてならない。
 総額で小結の日本は、一人当たりになると前頭七枚目だ。人口の多い(4.3億)中華民国は、総額が38,286百万円あるのに一人前に割り振るとたったの101円にしかならない。

 普通の? 「番付」はこのへんにしておいて、ここいらから趣味で選んだモノを紹介していく。
 まずは「近世富豪大寄付番付」から。
 「本表は比較的最近のもの、成るべく形のあるもの、また独立的のもの」から選ばれていて、合同して行った寄付は含まれていないと云う。


 今日も健在なもの(三井報恩会、服部奉公会、東京帝大講堂―安田講堂、中(之)島公会堂等)、時代の変遷に応じて改編・改称したもの(東京大倉高等商業→東京経済大学等)、官立化され今に至るもの(明治専門学校→九州工業大学)、何に使われたのか今では良くわからなくなってしまったもの(国防整備費)様々ではある。

 高所得・低納税(今と比べて)の時代だったゆえ、これら多額の寄付が出来たことは疑えまい。講堂・公会堂など今日「名建築」と云われる建物がこれらに含まれ、惜しまれつつ取り壊された建築物の多くも、「富豪」の経済活動の過程で求められた事を思うと、戦前国家の舵取りの誤りを悔やみきれない。

 「現代名士出世番付」


 三役部分を拡大しておく


 横綱の高橋是清(ほどなく2.26事件で命を落とす)の「奴隷」は今日でも良く知られているが、堂々特筆大書されていると笑うしかない。
 講談社の野間清治、森永製菓の森永太一郎、「真珠王」御木本幸吉と今も続く企業の創設者もいる。

 小僧は商店店員、給仕は官公庁・企業の事務補助―「お茶くみ」―をする人である。今の感覚で云えばバイト先で頭角を現して、正社員登用後そのまま重役に上り詰めたり、取引先などにスカウトされるようなものだ。
 
 他に面白いところは、「代用教員」→「朝鮮総督/陸軍大将」宇垣一成(世が世なら総理大臣にもなれたのだから凄い出世だ)、「人足」→「小説家」長谷川伸(モノカキ、アーチストは現在でも出世番付が成り立つ世界ではある)、「古本行商」→「星製薬社長」星一(SF作家星新一の父)といったあたりか。
 「消防夫」から「元逓信大臣/代議士」になった小泉又二郎は、小泉純一郎の祖父。

 出世は富裕と同義でもある。「出世番付」に載るだけでなく、高額納税者にまで上り詰めた人もある。




 出世の西横綱 もと「製図工」大川平八郎の税金56,412円、もと「田舎新聞記者」藤原銀次郎59,184円、もと「保険医」矢野恒太28,641円が見える。

 5万円の税金を払うためには、さきに引いた第三種所得で単純に換算すると22万円弱―「戦前3千倍」で換算すれば6億6千万円!―の所得がなければならない。
 他の「番付」で所得に関するものを見ると、日本銀行総裁の井上準之助(金解禁断行時の大蔵大臣、のち暗殺される)がもらった退職金が20万円(所得税額は46,000円となる。ちなみに横綱は鐘紡の武藤山治の退職金300万で税額も99万円とケタが違う)。

 エライ人の棒給を見てみる。東京市長棒給は20,000円。単純に税額を算出すると2,600円になるが、勤労所得控除が6千円以上で10%あるので、18,000に課税されて3,780円。呉市長の5,000円は6千円未満20%の控除が受けられるから4,000円からの税額200円。
 内閣総理大臣が9,600円(所得控除後の税額691円)、朝鮮総督6,800円(同398円)、陸海軍の大佐4,150円(同166円)となる。

 『「月給百円」サラリーマン』(講談社現代新書)では、昭和初期のサラリーマンならボーナス込みで月100円、年1,200円がそれなりのところと記している。この場合の税額は7円68銭となる。さきにも述べたように、国民の殆どは所得税を納める必要が無かったのだ。軍事費の増大に伴う増税・税制の変更がなければ、今でも所得税を収めるのがステイタスの一つかもしれない。
 1万を超える税金は、給与所得だけで課せられるものではない。

 「現代綽名番付」


 故人傑作代表「オコゼの干物」(犬養毅(近代日本人の肖像))、5.15事件で殺害)はなるほど傑作。
 「ローソクの燃え残り」(加藤友三郎(近代日本人の肖像))は、云われればそんな感じがする(そもそも風貌から来たものかどうか保証の限りではない)。
 「ベーロシヤ」(奧繁三郎)は、
 「べえろしや・・・真言宗の僧侶を罵りていふ語。べえろしやは経文、オンガルボキヤ、ベエロシヤナ、之を繰返して読誦するより出づ」(東京語辞典)「べいろしや・・・真言宗の僧侶間にて、酒に酔って舌がまはらなくなつた者のことをいふ。光明真言の『おんあぼきやべいろしやのう』から言つたもの」(かくし言葉の字引、以上二点『隠語大辞典』より)
 「ベーロシャ[尾廬左]@下(ママ)が回らなかったり、意味不明のことをしゃべったりする人。真言宗の僧侶を嘲って言うことば。(略)A酔っぱらい。『ベーロシャー』とも言う」(『日本俗語大辞典』用例と出典は省略)と辞書にはある。この人が年中酔っぱらっていたのか、晩年ろれつが回らない人だったのか、ご本人に会えぬ以上は不明である。
 「ボーフラ」(高見之通) 「ガマ口」(森律子) 「金魚の刺肉」(床次竹次郎(近代日本人の肖像)) 「エモン竹」(各務謙吉(近代日本人の肖像)) 「ゴム人形」(内田康哉(近代日本人の肖像)) 「サッカリン」(植原悦次郎)と珍妙なモノも多い。「逆螢」(児玉秀雄)は、マア探して下さい。

 現在でも歴史の本などで見かけるのは、「ライオン(宰相)」(浜口雄幸(近代日本人の肖像)) 「憲政の神様」(尾崎行雄(近代日本人の肖像)) 「ニコポン」(桂太郎(近代日本人の肖像)) 「ビリケン」(寺内正毅(近代日本人の肖像)) 「おらが大将」(田中義一)の政治家と、文化・風俗から「エノケン」(榎本健一) 「ターキー」(水の江瀧子)あたりだろうか。
 宇野千代が「和製クレオパトラ」と云われても、晩年の姿の印象が強くて信じられないのだが、本書掲載「現代美男美女番付」にも前頭四枚目に付けているくらい美人ではある(美しく『お高い』感覚か?)。

百も「番付」があると、こんなモノも載せられる。
 「動物寿命長短番付」

長命の部
 横綱    亀 300年
 大関    象 200年
 張出大関 鯉 200年
 関脇    鷹 162年
 小結    烏 100年
 前頭    鵞鳥 100年
(以下略)

 「人間50年」の時代に鳥が100年(鷹の端数は何だ!)も生きると云うので仰天する。「年寄はくちょう102−300年/いそぎんちゃく20−100年」も凄い。どんなネタ本を使ったものか見てみたい。

 短命側の横綱「かげろうもどき 瞬間」も相当なものである。
 「現代常識」と云えばハヤリモノをはずしてはなるまい。
 「現代流行番付」


 行司の「有閑夫人/ジゴロ」も冴えているが、取締の「デパートメント/アパートメント」は秀逸。

 東方「ファッショ」 「ゴルフ」 「素人株式投資」 「転向」 「レビュー」 「レコード小唄」 「ライカカメラ」 「新官僚派」 「スキー」 「16ミリ」(アマチュア映画) 「赤字公債」 「犬」 「ラジオ体操」 「競馬」 「ドライブ」 「支那料理」(中華料理) 「ラグビー」 「コリント」(パチンコの元になったと云われる玉入れゲーム、スマートボール)

 西方「キツネの襟巻」 「ハイキング」 「聖典講話」 「収賄」 「社交ダンス」 「流線型」 「テレビジョン」 「政民連携」(政友会と民政党の) 「釣」 「三原山投身」 「拳闘」(ボクシング) 「アンゴラ兎」 「ホルモン注射」 「囲碁」 「小型自動車」 「小料理屋」 「スケート」 「仏蘭西人形」

 雑多な言葉が挙げられているのが、かえって当時の「現代」を切り取った感を残している。
 「素人株式投資」「アンゴラ兎」(毛皮を取ってお金にする)の利殖に関わるもの、「ゴルフ」「スキー」「スケート」「ラグビー」などのスポーツに、「16ミリ」「ライカカメラ」「小型自動車」など新しいライフスタイルを支えるモノ。「レビュー」「社交ダンス」は享楽的都市文化を物語り、「聖典講和」「三原山投身」はモダン社会に乗り切れない人達が抱える不安の存在を示している。「ファッショ」「転向」「新官僚派」日本の行く先に影を落としていく存在も拾われているのだ。
 クレイジーキャッツの名曲「無責任一代男」で、上役へのゴマスリに「ゴルフ」「小唄」「(囲)碁」が使われるのは、上役達が戦前文化の申し子である事を物語っているのである。

 この『現代常識百番付』、「常識」と銘打ってはいるが、誰でも知ってるものなら、敢えて冊子にする必然は無いわけで、知っておくべき知識と云うのが実際のところと見てよいだろう(今時の雑誌にも通じるところだ)。

 乗り物の速度記録や、生き物の寿命番付のように、科学の発達で常識が書き換えられていくものがあり、「名士」と呼ばれる人々のように大臣、高額納税者など出世を極めていても、今では忘れ去られて久しい。王や皇帝の多くは国を追われ、国名も変わったところもある。

 世の中の何と空しいものであることよ(一向にネタがウケない現状も含む)。