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日本工業協会研究会資料「規定時間外残業ノ利害及残業時間ノ限度ニ就テ」で72万6千おまけ


 健康で文化的な生活を営む資金を得るための労働が、諸般の事情はあるにせよ、心身を病み、果ては生命を失う原因になるのは、勤労者の一人としてやりきれない。

 「労働基準法」には「労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」(第一章・第一条)とあるのだが…。

 古本屋で、こんな冊子を見つける。


「規定時間外残業ノ利害及残業時間ノ限度ニ就テ」

 戦前にあった「日本工業協会」と云う団体の研究会資料だ。

 帝国日本が、米国英国らと干戈交えた戦時中、重要産業とされなかった企業・町の商店の従業員のみならず、学生・女性・朝鮮半島からも多くの人が、「お国のために」軍需産業で働かされた話は良く知られている。そこは、敵に一矢報いるため、増産のため病を押して働き続けて命を失う「事件」でさえも「美談」として報じられる、「一億総ブラック企業」な世界でもあった。

 しかし、戦時中の異常さをハカリにして戦前すべてを断罪するのは軽率であろう。戦前にあっても、時間外労働の得失についてマジメに考えている人はいたのである。
 今回は、この資料を使って、当時の残業観について考えてみることにする。例によってタテをヨコに、と云うところだが、この冊子は横書きなので、ヨコはヨコのままである。ただし原文は漢字カタカナ文なので、ひらがなとし、かな遣いも現代に近いものに改めてある。

 
 第10回全国研究会は「規定時間外残業ノ利害及残業時間ノ限度ニ就テ」と云う課題で、昭和11年11月5日より3日間岐阜市に於いて開催される。本資料はそのために集めたものである。

 残業には2種あって、1は残業が殆ど常態になって居るもの、2は特に繁忙の際に行うものである。現在の我国の重工業は1の場合になって居る。然し残業が行われても、結局軽工業の規定時間と同じであると云うことが屡々ある。かかる点から考えるならば、残業問題は先ず規定時間の検討から出発せねばならないことになる。以上の次第で本資料が「工場に於ける労働時間」の資料となったことは止むを得ない所であった。
 本資料を利用する人々のために特にお断りして置く。

昭和11年11月
日本工業協会


 文中、重工業の常態化している残業が、「結局軽工業の規定時間と同じであると云うことが屡々ある。」とあるのは、当時、企業が従業員に課していた一日あたりの「規定時間」(定時間)の長さが、業種・会社によってバラバラだったためである。
 本資料に掲載されている例を見ると…

 業態 工場数 最長  最短  平均 
 染織工業  5  11時00分 9時00分   10時12分
 機械器具工業  21  10.00  8.25  9.07
 化学工業  15  12.00  9.00  10.13
 飲食物工業  4  10.00  9.30  9.53
 其の他の工業  12  10.00  7.40  9.36
 計 57   12.00  7.40  9.48
 東京工場懇話会提出資料より(昼勤)

 同じ「最長」であっても、化学工業の「12時間」と機械器具工業などの「10時間」の間には、2時間もの開きがある。化学工業を「軽工業」と呼ぶ是非はさておき、ある工場での残業込み労働時間が、他の業界では定時に過ぎないとの指摘は、今日では想像できないが、どこにでもある話だったようだ。

 同じ残業1時間でも、規定時間が朝何時から始まり、夕方何時に終わるかについても、留意する必要はあるだろう。本資料に掲載されている例では

業種  開始  終了 
染織 AM7:00  PM4:00 
染織 AM7:00 PM5:00 
染織 AM7:00 PM6:00 
機械器具 AM7:00  PM5:00 
機械器具 AM7:20 PM5:00 
機械器具 AM7:30  PM4:00 
機械器具 AM7:30 PM4:10 
機械器具 AM7:30 PM4:30 
機械器具 AM7:30 PM5:00 
機械器具 AM8:00  PM4:25 
機械器具 AM8:00 PM4;30 
機械器具 AM8:00  PM5:00
化学 AM6:00  PM6:00 
化学 AM6:30 PM5:30 
化学 AM7:00 PM5:00 
化学 AM7:20 PM5:20 
化学 AM7:30 PM4:30 
化学 AM7:30 PM5:00 
化学 AM7:30 PM5:30 
化学 AM8:00 PM5:00 
飲食物 AM6:00  PM4:00 
飲食物 AM7:00  PM5:00 
飲食物 AM7:30  PM5:00 
飲食物 AM8:00  PM6:00 
其の他 AM7:00  PM5:00 
其の他 AM7:10  PM4:20 
其の他 AM7:30  PM5:30 
其の他 AM8:00  PM3:40 
其の他 AM8:00  PM5:00 
東京工場懇話会提出資料より作成

 同じ「昼勤」でも7時始業から8時始業まで1時間の開きがあり、終業も午後3時40分(これは女子のみ)から午後6時までと幅がある。何にせよ始業時間は今の感覚で考えると早い。
 同じ「2時間の残業」であっても、化学「F工場」男子の定時「自午前7時 至午後6時」と、同業種「O工場」の「自午前8時 至午後5時」では、終了時間がそれぞれ午後8時と午後7時となる。つまり「F工場」労働者の方が、疲弊しやすく生活にゆとりが取れないと云える。

 今日の「労働基準法」では、「使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。」としている(勤労者である読者諸氏には断るまでもないが、例外措置は認められている)。

 「序」に続いては、会員に向けた「課題」の説明となる。

 課題説明
 工場では註文品数量の多寡、納期の長短等のために、常に一様な作業状態を継続し難い場合が多い。
 其対策として、従業員の正規の作業時間を臨時に延長する所謂残業時間の伸縮によって、生産能力(事務の場合には仕事のハカドリ方以下同じ)を調節する事は、一般に行われて居る方法であり、又至極当然な処置のようにも考えられる。

 然しながら、人間の能力には自ずからの限度があって、長期に渉り且つ長時間の残業を継続すれば、従業員の保健上有害であるばかりでなく、其結果平均1日の生産能力が減退して、所期の目的に相反した結果となったり或は又製品の品質(事務の場合には仕事の出来栄え以下同じ)が低下するような例が少なくない。
 之れは実行方法の如何によっては、正規作業時間を10時間から、9時間或いは8時間に短縮する事によって、反って平均1日の生産能力を増加した実例の乏しくない事から考え合わせて、決して等閑に附すべき問題でないと思われる。

 たとえ残業による生産能力の調節は、臨機の処置として、企業経営上止むを得ないとしても、只徒に長時間、従業員を働かしさえすれば、生産能力を増加し得るものだと盲信するのは誤りであって、それが従業員の保健、生産能力、製品の品質等に及ぼす影響を成るべく詳細に、事実に基づき、統計的に調査し、之れを種々の角度から眺めて、其利害得失を検討する事は、企業経営上欠くべからざる重要な事項であると思われる。

 此の問題は次のような諸観察点から考究して見たいと思う。
 (1)従業員に対し一律に課する残業の可否。
 注文品が増して工場が忙しくなれば、工場員一同に対して、十数日或いは数十日に渉って、毎日一律に1時間或いは2時間ずつの残業を課する場合が多い。
 この方法は甚だ簡単で、一応尤もな処置のように思われるし、又企業の種類によっては止むを得ない場合もあるが、詳細に之を観察して見れば、各従業員は必ずしも一様に仕事量が増加するものではない。又人によって作業速度に遅速があるから、残業は真に必要止むを得ない範囲の従業員にのみ之れを限定し、且つ作業工程を厳守するために必要な時間を、各従業員に対し別々に査定して決定してはどうか。

 所謂請負制度の下に於ては、出来高によって、各従業員の収入が定まり、必ずしも終業時間の長短によらないのであるから、各従業員がなるべく短時間働いて、しかも1日の生産高を増加したいと努力するのは当然である。そのために請負作業に従事する従業員は、一般に残業を厭う傾向があるように見受けられる。
 然るに常雇制度の下では、生産高の多少に拘らず、只労働時間の長短によって、賃金が支払われる関係上、従業員は概して残業を喜ぶようである。其の結果管理者は余程注意して居ないと、自然に長時間残業を継続する事となり、外見上は大いに努力して居るように見え又多額の賃金を支払って居るに拘らず、1日当りの生産能力は却って低下して居ても、管理者は之れに気付かない場合が少なくない。

 (2)継続残業の限度
 残業を長時間に渉って継続すれば、従業員の健康を害し、自然に生産能力が低下するのは止むを得ない次第である。又従業員が自己の健康保持のために、最初から適当にユックリ働いて居る場合もある。
 之れ等は企業の種類によって異なるのは勿論であるが、之れを次の通り分類して考えて見る必要があろう。

 a作業種類別労務者
 b設計従業員
 c会計従業員
 d庶務従業員
 e倉庫従業員
 f其他

 而して仮に毎日1時間ずつ残業する場合には継続し得べき最大の日数はどれだけか。
 同上 2時間の場合
 同上 3時間の場合 等々

 (3)残業を最少限度に止めるにはどうすればよいか。
 与えられた仕事を正規の就業時間中に完了さす事は最も必要であって、只ダラダラとした能率の悪い執務振りが、工場管理上最も厭むべきであるのは、誰でも知って居る処であるが、長時間に渉って、ユックリ働くために、1日間の生産能力を減退させるばかりでなく、製品の品質を粗悪ならしめる事の屡々あるのは、工場で実地の経験を有するものの気付く処であって、如何にして緊張した仕事振りで、短時間に、多量の仕事を完了し得るように指導し得るかは、工場管理上最も技能を有する事柄である。

 ヘンリー・フォード氏は労務者は勿論、部下の事務員でも残業すののは極度に厭い、其日の仕事を正規の時間内に完了し得ないものは、一般に無能力者であるとの見解を懐いて居るようである。
 それで事務員が残業したいと思う場合には、一々支配人の許可を要するのであるが、従業員は一般に残業を願い出るのを恥辱と考え、何とかして正規の時間内に、其日の仕事を完了さすように極力努力する。其結果工場内は非常に引締った、活発な働き振りであるように見受けられる。緊張した工場でなくては、能率増進も、製品の品質改善も望まれない。

 残業を無くするためには、各人に対する仕事の分配が適当でなければならないのは勿論であるが、或は又其反対に、残業時間を厳格にやめる事を実行すれば、各人の能力に応じた適量の仕事量を見出す事が割合に楽であるとも考えられる。
 何れにしても、なるべく残業を禁じて、就務中は寸時の暇もなく緊張して、従業員を活動さす工夫は無いであろうか。


 (4)其他残業時間の問題として、残業時間に対する給料割増の有無と其割合、残業に対する休憩時間監督方法、徹夜作業の交替時間等も考えられるのであるが、此種の問題ならば何でも包含して考えてもらいたい。

 結語
 本問題は工場管理上重要な問題であるから、各団体会員に於かれては、なるべく速やかに本課題研究の特別委員会を設置せられて、資料を広く蒐集し、周到なる研究を積まれた上、現在諸工場で実行されつつある実情並に改善に関する具体的御意見等詳細に報告せられるよう希望する。
 以上

 「(略)9時間或いは8時間に短縮する事によって、反って平均1日の生産能力を増加した実例」の記述は見逃せない。今日の労働基準法が定めている「八時間労働制」を先取りするような指摘がなされているのだ。これはILO(国際労働機関)が1919年の第一回総会で決定した「工業的企業に於ける労働時間を1日8時間かつ1週48時間に制限する条約」を意識しているのだろう。
 午前7〜8時だった始業時間を遅らせ、昼間の休憩時間を増やすことで「八時間労働制」は成立し、始業が遅くなったことで長時間通勤が可能になったと考える事も出来る。


 この文章に書かれている残業観は、現代とさほど異なるものではないと思う。しかし、昨今の長時間労働問題が、もっぱら労働者の健康(さらには、いわゆる『クオリティ・オブ・ライフ』)が損なわれる点に注目されるのに対し、この資料では第一には、仕事の生産効率/品質が低下することへの危惧が語られているところが決定的に違う。
 この点は、最近のビジネス書で謳われる時間短縮・事務作業効率化の目的が、現在行っている仕事―作業と呼び替えてもよい―の質をあげたり、量を増やすのではなく、高い職位へのランクアップや、新たな仕事を考えたり私生活を充実させるための時間を捻出するところにある事を考えると、非常に興味深い。

 「残業を禁じて、就務中は寸時の暇もなく緊張して、従業員を活動さす」のくだりは、以前に読んだ現代ドイツについての本に紹介されていた、彼らの働き方に通じているように思う。

 本資料には、この課題を受けて資料を提出した団体ごとに、報告が掲載されている。その団体は以下の通り。ただし、どんな企業が所属していたのかは、この資料だけからは読み取れず、報告者も明示されてないものがある(このあたりを調べる始めると、違う読み物になってしまうので踏み込まない)。

 東京工場懇話会
 鉄道省
 大阪府工業懇話会
 神奈川県工場協会
 岡山県工場協会
 岐阜県工場会
 北海道工場協会
 兵庫県工業会

 報告の内容は、それぞれの団体が独自の様式でまとめているため、そのまま紹介すると冗長に過ぎ、主筆の書写時間が過大となるわりに面白いものにはならない。主筆の眼前の興味は、戦前の平時は何時間くらいの残業をやっていたのか、当時にも残業は何時間までとの見解があったのか、と云うところにある。よって、今回はそこに絞った記述を拾い上げていくことにする。
 さらにその中でも、「東京工場懇話会」の報告から、記述を拾うに留めたことをお断りしておく。

 東京工場懇話会が会員に出した設問、「残業の時間に制限ありや 若しありとすれば何時間なりや」へは、
 「1時間30分」、「2時間」、「3時間」、「12時間を限度とす」など、何らかの制限をしている所、制限自体は「ナシ」としているが、「4時間を限度とす」、「3時間半位」、「保護工は2時間」(『保護工』は当時の工場法で定められたもので、15歳未満の若年者と女性が該当する)、「12時間をこえることは不可なり」と残業出来る時間に言及しているもの、「大体午後10時まで」、「午後10時30分」と終業時間で答えているものが混在している。「定時」同様、残業時間への見解も対応もまちまちである。戦前の不平等を解消しようとしているのが、現行の労働基準法なのだ。

 「残業と能率との関係」についての設問では、
 「平常に比し1割位減ずるものと認む」(染織C工場)
 「平常より2割乃至3割減の見込」(機械器具F工場)
 「午後10時以後は時間長くなるほど能率も減ずる様なり」(機械器具M工場)
 「大体に於て3時間のとき2分から1割2分位 3時間以上のときは2割乃至3割低下する様なり」(化学D工場)などの回答が寄せられ、能率低下が発生していることを認めている。

 設問「残業により享くる従業員の利益及損失」への回答は、利益としては「収入増加」の一言でまとめられるものが多い。しかし、労働者への利益を認めているところでも、損失として
 「自己の時間を失う」(化学A工場)
 「暴飲し胃腸を害し酒色に堕し家庭円満を欠くおそれなきにしもあらず」(機械器具K工場)
 「保健上好ましからず、子女の教育上好ましからず。修養娯楽の暇を少なくす」(機械器具L工場)
 「過度の残業は能率を低下し、健康を損ない且労働を強いられる様に感じ、興味を失い修養の時間を失い生活に倦怠を生ず。」(機械器具U工場)
 と、近年いわれる「ワーク・ライフ・バランス」問題に類する指摘もある。なお、長時間残業に関しては、「2時間以上の残業は健康を害するおそれあり」(機械器具P工場)の声がある。

 連続残業の制限についての設問に対しては、
 毎日1〜4時間と時間に幅はあるが「毎日曜休日とす」つまり連続6日(染織E工場)
 「毎週1回の使用機具の掃除日及休日出勤日を除き、他の日は男子3時間、保護職工2時間の残業をなさしむ」(機械器具A工場)
 「制限なきも概ね午後9時までを最長とす。これは長き為翌日の緊張をかく観あり 午後8時の残業はその弊を認めず」(機械器具R工場)
 「10時間位までならば作業成績を低下さす程のことなき様なり」(其の他A工場。1日の労働時間を云っているようだ)
1時間残業なら7日連続、2時間は6日、3時間で3日、4時間なら2日が、従業員の緊張を失わさず働かし得る日数と予見して回答(機械器具B工場)
 などが寄せられている。週休二日ではなく、祝日の数も現在より少ない(四方節・紀元節・明治節・天長節の4つ。現代の名称にすると元旦―各社の年始休みに含まれる―・建国記念日・文化の日・昭和の日、本来の意味合いで云えば天皇誕生日)ためか、連続残業に休日出勤を含んでいると云う考え方はしていないように見える。

 設問「従業員は一般に残業を悦ぶや否や其の理由」では喜ぶ者とそうではない者に分かれる。
 「悦ぶ者は其の収入の増加による。悦ばざるは家庭的慰安 心身の疲労ついに身を害すと云う。」(染織F工場)
 「収入増加することにより2時間位なら悦ぶ」(機械器具C工場)
 「約8割の人員は悦ぶ」(機械器具P工場)
 「悦ばず(自己の仕事家庭の仕事が出来ない為)」(化学A工場)
 「2時間位なら悦ぶ様なり」(化学K工場)
 「収入増加により2、3時間位ならば悦ぶ様なり」(飲食物C工場)
 「余り悦ばざる様なり、帰宅に不同を来すため」(化学G工場)

 ここで面白い回答を寄せているのが、機械器具工業のU工場である。

 不況にして作業閑散の折之を悦び、好況収入潤沢の折は之を悦ばざるは人間の通弊である。
 又年少者ほど早く帰りたがる 入社早々はよく働き そのうち仕事の単調倦怠を感じ 本工になるころより仕事に興味を持つも小遣いを使う時間をほしがり、妻帯者に至って始(ママ)めて過度ならざる限り残業を嫌わざるに至る。

 あたりまえの話だが、誰も過度の残業をしようとは思ってはいない。
 これらの設問回答を総合して、東京工場懇話会が下した「残業調査分析の総合」は以下の通りである。

 (1)企業主は大体に於て残業する事を欲せず、納期逼迫及註文過多の為に止むを得ず残業を行って居る状態にあり
 (2)従業員は残業により収入増加の為短期間又は短時間の残業を欲して居る
 (3)適度の残業なれば疲労及障害疾病には余り影響なし

 面白くもなんともない。
 しかし、残業(化学工業のように『定時間』が、他業種での『適度の残業』を包含している例もある)による能率低下が存在している事は確かだ。
 「結論」はまず、能率低下の原因を残業による疲労であるとする。

 T 残業に因る疲労と障害を減少する対策
 疲労は作業時間の長短に正比例すること勿論であるが 連日の残業による疲労の累積は最も恐るべきものである。併し実際の疲労は 残業時間外に於いて自ら求めたものも少なくないが ここでは残業による疲労に限る事にして置く、障害の直接原因は 作業速度と従業員の心理状態に存すること多きも 作業速度に対する注意力を欠き又は不愉快にして明朗を欠くが如き関係原因は 疲労が其大部分を占めて居ると云う事は 学者実務家の意見の一致する所である。

 (1)疲労による障害を減するためには次の対策を講ずべきである
  (イ)作業時間数と作業の烈しさとを出来るだけ減少せること(業種により期節により標準作業時間と連続による最長時間を制限して設定すること)
  (ロ)残業を1週に2、3日又は2、3週間とせず全期に亘り少時間とすること
 (2)生産速度による障害を減ずるためには安全及防傷装置を考慮して 生産速度過大を緩和する機械施設を工夫すること。
 (3)心理状態による障害を減ずる為には安全週間運動の如き方法により従業員の精神を作業に集中せしめ放心不注意の状態を減ずること。

 疲労の原因は、残業以外のところにある(終業後の過度の飲酒、夜更かし、あるいは帰宅後に『兵器生活』のネタ作りをする、等)事を指摘してはいるが、企業としては残業疲労と、それによる障害(事故)を減少させるべく、作業自体の身体・精神への負荷軽減をはかること、残業は期間を通して少なくなるよう配慮すること、従業員が作業に集中する策を講じることを提言している。

 つづいては能率低下の防止策が語られる。

 U 残業による能率低下を防止する対策
 (1)疲労と能率は反比例する性質を有する、従って前項述ぶる所により生産過程に於ける疲労減退の方法を講じて 能率増進又は減退防止の方策を工夫すべきである。
 (2)疲労障害対策の外 下記の通り工場管理を改善して残業による能率の低下を防止すべきである。
  (イ)従業員の作業分析をなし 賃銀と手腕に応じて仕事を按配すること。
  (ロ)全従業員の出勤率を向上すること。
  (ハ)従業員の代休を認め疲労増進を防止すること。
  (ニ)作業操作及従業員訓練により 残業による疲労増進と能率の低下を調整して 合理的なる生産速度を維持せしむること。
  (ホ)業種に応じ余り疲労せざる前に適当なる休憩時間を按配すること。
  (ヘ)通風、暖房、照明、安全装置、其の他の工場施設の改善を図ること。

 各人の能力に応じた業務の割り振り、欠勤者のフォローのため同じ職場の人への負荷が高まらないようにし、長時間残業の疲労恢復のため、休養を与えると云う、あたりまえだが案外実行が難しいことが述べられている。

 個々の回答レベルでは、回答者の個性・本音が出ていて興味あるモノが少なくないのに、こうやって結論にまとめられると、何故面白くも何ともないモノになってしまうのだろう。「東京工場懇話会」として残業は1日×時間までとする、的な結論が出て来るのだろうと云う、主筆の期待は見事に裏切られたのである。
(おまけのおまけ)
 今回は、あえて時局に便乗するネタを取り上げてみた。
 時間の制約により(10月の連休を、アニメーション映画『この世界の片隅に』の舞台、呉行きに費やし、休日出勤もやらざるを得なかった)、東京地区の調査結果だけを紹介するカタチになってしまったが、他の地域からの報告にも実は見るべきところは多いのである。

 近いうちに紹介してみたいと思っている。