天地に恥じぬ選挙をしよう

警察から県民各位のお願いで74万1千おまけ


 衆議院の解散・総選挙が近いと云う(2017年9月23日現在)。
 納税・勤労の二大義務(教育を受けさせる子弟は居ない)に、日々消耗させられている我が身にとって、国政選挙こそ、ロクデモナイ事ばかりやっている(ように見える)政府与党に鉄槌を下す唯一の機会である。

 選挙権を得て以来30年、鉄槌は軒並み空振りしているのが不本意の極みだが(無理に当てに行った一回が、自分のスネを叩いた事はある)、そこは倦まず弛まずの精神で行くしかあるまい。

 そんなわけで、投票率の低さ=棄権率の高さがもったいない。反政府・反与党なら政権交代の根拠、自民党びいきなら憲法改正海外派兵先制攻撃なんでもござれの白紙委任状の束が、投票所整理券・選挙公報・投票用紙その他もろもろゴミとなっているわけだ。

 長引く経済低迷・社会の閉塞感、かつては日本の一部てもあった某国との戦争不安(先方は『国体護持』の保障と、核兵器という『満洲国』を維持を訴え、当方は経済制裁・国交断絶を呼びかけているのだから、歴史の神様が1941年のやり直しを迫っているようなモノである。と、世間が落ち着かないのは、戦前、普選運動に取り組んだ人達が、草葉の陰から日本人よ目を覚ませと、社会不安を煽るような事を敢えてしているんぢゃあないか、とさえ近頃は思う。

 総督府の本の山をほじくり返していたら、こんな紙切れが出て来る。


警察から県民各位へ

 警察から県民各位へ
 選挙の法令が改正されました。皆さんは正しい選挙を神様に祈願されました。警察も全力を挙げて厳正公平に取締る方針であります。天地に恥じぬ選挙を安心して行って下さい。
 取締を恐れたり、義理を案じたりなどして棄権してはいけません。正しい選挙はお国の為、身の為です。
 投票に就ては次のことを堅く守って下さい。


貴重な一票は

 金や飲食では取引せぬこと
 小作や貸借り、利得問題等に釣られぬこと
 日頃の義理や情実に迷わされぬこと

 尚不案内な事は最寄の駐在所にお聞き下さい。

 昭和十年九月
  茨城県警察部

 戦前の茨城県で配布された、選挙に関するチラシだ。
 当時は買収がおおっぴらに行われていた、と云われている。それを裏付けるような「金や飲食では取引せぬこと」と云う文言があり、「利得問題」「義理や情実」と、あまり公平ならざる投票事情も伺える。正しい投票が「身の為」とは大袈裟に思えるが、近頃の内閣のやり口を思うと、そうも云ってられぬ気がする。

 チラシが頒布された昭和10年時点で云う「選挙の法令が改正」とは、昭和9年6月の「衆議院議員選挙法」改正のことである。
 『神戸新聞』記事(昭和9年12月29−31日付)に、

 去る六月二十三日法律第四十九号をもって改正衆議院議員選挙法が公布になり、十一月十二日勅令第三百二十五号を以て更に同法施行令の改正規定、又同日内務省令第二十九号を以て同法施行規則の改正規定及び逓信省令第六十七号を以て選挙無料郵便規則の改正規定次いで十二月十二日内務省令第三十六号を以て衆議院議員選挙運動等取締規則が夫々官報紙上に公布され(略)

 とある。
 改正された法令に基づく衆議院議員選挙は、議会の解散がなければ昭和11年度まで実施されないため、内務省は「国民の政治教育の趣旨もかねて衆議院議員の総改選に先だち明年秋全国一斉に行われる府県会議員総改選の際 特に改正選挙法の一部を実施し、峻烈なる取締りと選挙民の啓蒙運動とを併用して選挙粛正の目的達成に努力することに決定」(『神戸又新日報』昭和9年8月13日付)している。このチラシは、その府県会議員選挙に向けて作られたものだった。

 改正の要旨は、「第一は買収犯防止のもの、第二は選挙費用低減の為のもの、而して第三は所謂選挙干渉防止の為のものである。」(『神戸新聞』記事(昭和9年12月29−31日付))とされている。
 全国の府県会議員選挙がほぼ終わりつつあった、昭和10年10月の『国民新聞』(10月1−3日付)は、「『華々しい前景気の立たぬ』『出足の遅い』『官憲の取締に威圧されて』『明朗性のない』等々まるでお葬式選挙のような悪評をたたかれた」と評されるものとなった事を伝えている。それでもこの記事では「今回の選挙取締は公平を持したと見ることが出来る」、「約三ヶ月間に亙って続けられた粛正運動が予想以上の効果を挙げ得たことは疑いない事実」と改正の結果を好意的に見ている。
 「お葬式選挙」とは云われたが、「棄権率も全般的に増加したがその程度は僅少で特に粛正運動の逆作用とか官憲取締の弊害のためのみとは認められぬ」とし、むしろ各地の投票が集中した日に台風接近の豪雨による棄権率増加ではなかったかと推測している。
 なお、この時の棄権率は、一部府県の選挙が終わってないため「全国平均大体二割四分程度」と予想されている。「投票率76%」であるから悪くない数字だ。気になる法令違反による検挙者は、『神戸又新日報』昭和11年2月4日付の報じるところによれば、11,325件の19,834人で、改正前の「昭和六年度に比しその検挙件数実に十倍という有様だった」と云う。
 地方選の段階で「お葬式選挙」の元凶とされ、しかも前回の10倍もの違反検挙者を出した改正選挙法は、本番とも云える昭和11年2月の衆議院選挙を迎えるにあたり徹底的にこき下ろされた(『/』は改行)。

 「余りの煩雑さに選挙法を改正/各方面の非難高きに鑑み内務省側も準備」(『大阪朝日新聞』昭和11年1月29日付)
 「神経衰弱的新選挙法/欠陥続出の醜態/当局も根本的改正痛感」(『報知新聞』昭和11年1月29日付)
 「選挙法の欠陥次から次へ暴露す/しどろもどろの内務省では再改正を企図/総選挙後に実現!」(『神戸又新日報』昭和11年2月4日付)

 各紙の文章を引く。

 もともとこの選挙法は 内務省案として議会に出して議員から突込まれぬように 全智能を絞って細目に亙りでっち上げた選挙法案に対し 更に揚足取りを得意とする議員が重箱の隅を突付くように 法案に文句をつけてでき上ったものだけに 選挙法は全く法縛りの観がある窮屈なものになっている(『大阪朝日新聞』)

 官僚・議員ともに批判されているが、厭味たっぷりな書き方が味わい深い。

 一、立候補以前の選挙運動を禁止した結果 有為なる新人の立候補を困難ならしめた
 二、選挙犯罪必罰主義による末節的取締規定の強行は選挙民を甚だしく萎縮せしめた
 三、余りに微細なる点にまで取締規定を設けた結果は かえって実際問題として注文解釈上の疑義を激増せしめ、内務省が莫大な国費を投じて印刷した『改正選挙法の話』『改正選挙法令質疑並に判決例』等 十数万部を各関係者に配布したにも拘らず警保局に対する質疑の照会は毎日数十件に達している
 四、これ等質疑中には 当局においても断定明答し難いもの多々あるという奇現象を呈している
(『報知新聞』)

 ビジネス文章の書き方指南に、よくわかりやすくするため「箇条書きにする」と良い云々とあるものだが、なるほどこれは解りやすい。

  その取締方針が徒らに法規の枝葉末節に拘泥し、しかも又選挙界浄化の名の下に 各警察官が検挙数の多寡を競争したる多くの疑いをなし その取締に緩厳の度を失し、却て呑舟の大魚を逸し 悪質違反は地下に潜ると云う脱法的新戦術を生むに到ったのである(『神戸又新日報』)

 「脱法的新戦術」を生んだ、取締方針の欠陥を批判している。
 改正選挙法は失敗・無意味と云わんばかりである。先の府県選挙チラシでも「警察も全力を挙げて」と明言していたわけだが、「立看板を起した、演説会場の電灯をつけてやったと云うような全然悪意なき道徳上、寧ろ当然の行為も労務提供となって違反に問われ」る(『神戸又新日報』)のでは、政党の領袖から末端運動員まで弱り果てたことだろう。

 結局、この時の選挙違反者は「起訴一万二千名の中買収犯実に一万」(『大阪毎日新聞』11年8月31日付)に上る。

 『選挙違反の歴史』(李武嘉也、吉川弘文館、2007年)と云う、初めての衆議院議員選挙から、平成17年までの選挙違反の実態を通して、近代社会の成立・国政に参画できる資格の変化を「ウラからみた」ユニークな本によれば、この昭和11年の選挙時の12,103人をピークに、12年4月の衆議院選挙では、法令改正前7年2月の6,842人をも下回る4,800人に検挙者は激減する。政党解散後の17年4月の「翼賛選挙」でも4,111人止まりで、候補者・政党関係者の意を受け、新聞ががこきおろした選挙法改正は、併行して行われた選挙粛正運動と相俟って、一応の成果は収めたのである。


『選挙違反の歴史』

 とは云うものの、官憲が取締に手心を加えたからではないか? の疑念は残る。

(おまけの床屋政談)
 『選挙違反の歴史』では、選挙違反の減少とあわせて投票率の低下が起こっていると指摘している。棄権率(あえてこう云う)が大きいと云うことは、選挙権なんて必要無いと思っている人が少なからず存在する事を意味する。
 投票所整理券は、住民票に基づいて郵送されるのだから、国政選挙を3回連続で棄権したら向こう5年間の選挙権を停止すれば、母数が減った分だけ投票率はあがるだろう。いっそのこと棄権者の「一票」を自治体が千円くらいで買い取って、欲しい政党に1万円で売る「合法的買収」をやれば、投票所で働く人も少しばかりは潤うと云うものだ。ついでに投票結果を当てる公営ギャンブルで選挙を盛り上げるのも面白いだろう(どのみち与党が勝ってやりたい放題になるのだ。地域経済に刺激があった方がマシだ)。

 我が「鉄槌」は今度も空振りになってしまうだろう。
 一部の政治家諸氏は、選挙に勝つと白紙委任状を得たとばかり、選挙中は口をつぐんでいる微妙な話まで「国民の信任を得ている」と強弁するはずだ。

(おまけの参考)
 本文に引用した新聞記事は、すべて神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫による。

 議会政党および選挙(39-158)
 神戸又新日報 1934.8.13 (昭和9)

 議会政党および選挙(41-087)
 国民新聞 1935.10.1-1935.10.3 (昭和10)

 議会政党および選挙(41-114)
 大阪朝日新聞 1936.1.29 (昭和11)

 議会政党および選挙(41-113)
 報知新聞 1936.1.29 (昭和11)

 議会政党および選挙(41-115)
 神戸又新日報 1936.2.4 (昭和11)

 議会政党および選挙(42-044)
 大阪毎日新聞 1936.8.31 (昭和11)

 この場を使い御礼申し上げる次第であります。
(おまけの戦争反対)
 北朝鮮にも「すずさん」は居る(夫がミサイル基地や核実験施設に務めているなら、野草を喰う事は無いんだろうが…)。