「キルクヒール」で75万おまけ
読者の皆さま、如何お過ごしでしょうか。
「兵器生活」アクセス・カウンター値が75万を超えました。
絶滅危惧種の”個人のホームページ(スマホ非対応)”スタイル、ツイッター宣伝ナシ(話題になることもありません)、地味で非力なウェヴサイトが、皆さまのご愛顧(と訪れられた偶然の積み重ね)に支えられ、ここまで続けることができました。主筆以下総督府一同、この場を借りまして御礼申しあげます。
そういう回でもございますから、何かおめでたいものを、と思うのですが…、例によってありモノで手早く仕立ててしまいました。悪しからず♪
「秋のお買物案内」(『婦女界』十月号附録)
雑誌『婦女界』の附録です。発行年月日の記載はありませんが、中の広告文に「1931年の尖端をゆく美容術」とありますから、昭和6年の発行とみて良いでしょう。「のらくろ」連載開始の年、満洲事変の年。「エログロナンセンス」が「非常時」に替わっていく時代と申せます。
「村山大島の新柄」(東京近郊武蔵村山で織られた”大島”、本場の1/5の値段で買える由)
「多摩結城時代」(東京近郊八王子で売り出したもの)
「今秋の銘仙」など、お着物の新柄のご紹介から、新型の帽子、ベルトに装身具といった女性向けファッションだけでなく、「趣味の花器」「便利で重宝な台所用具」(例:『組立蠅帳鼠いらず』7円)と云う、新所帯・ご進物向け用品まで載っております。
今回ご紹介いたしますのは、「キルクヒール」と申します、読者の皆さまのご容姿をアップ(マァ!)させる商品でございます。
百%の姿態美を発揮!
百%の姿態美を発揮!
―キルクヒールをご愛用下さい―
時代と共に、女性美の要素が変わって来ました。単に目鼻立ちや、明眸皓歯(めいぼうこうし)を美人の要素と考えた時代は、過ぎ去りました。
では、この頃の女性美の標準は、どこにおくのでしょうか?
先ず第一に、スラリと均整のとれた姿態美をあげるでしょう。
すると、背の低い人は、どんなに美しくても、近代美人の中へは、入れないのでしょうか? 何か背を高くするいい方法はないものでしょうか?
ありますとも、而もそれがむつかしい外科手術などではなく、一瞬の中に、見違える程背を高く見せ、姿態美を増す方法があるのです。
焦らさずに、早く教えて下さいませんか。
この頃女優さんや、おしゃれのお嬢様や、奥様達の間で、盛んに愛用されているキルクヒールってものがあります。それをご使用になりさえすれば、忽ち姿態美が百%に発揮出来ます。
百%の姿態美を発揮するキルクヒールって、一体どんなものですの?
キルクを心(しん)にして、軟らかい皮を張った踵の台ともいうべきものです。これを足袋の踵へお入れになるだけで、驚く程背が高く見え、見違える程、格好の良い姿になります。
でも、キルクヒールを入れたら、足の調子が重くて、歩き難くはないでしょうか?
ところがです。このキルクヒールは、極めて軟らかくて、履き心地がいいのが特徴です。重かったり履き心地が悪くては、とても常用出来ませんが その心配は全然ありません。特製の足袋も出来ています。普通の足袋なら、平素用より半文大きいのを用います。キルクヒールを入れると自然反り身になれるので、とても姿勢がよくなります。又これを入れると、足が冷えないということです。ですから一度入れ初め(ママ)たら、止められなくなります。
秋から冬に向うと、散歩に、音楽会に、お芝居見物に、結婚式にと、外出の機会が多くなります。この時是非このキルクヒールをお試み下さい。
そして貴女(あなた)の姿態美を百%に発揮して下さい
定価
婦人用 3円20銭
特高 4円
男子用 2円70銭
特製足袋 二足80銭
儀式用綾絹足袋 二足1円30銭
(送料何れも15銭)
婦女界社代理部及び日本橋三越、新宿三越、銀座三越、松屋、松坂屋、大阪の三越にあります。
商品拡大
スラッとした姿と、背が高い(≒そう見える)ことが、いつのまにか同じになって、最新の女性美と結びつけられ、「背の低い人は、どんなに美しくても」、”近代美人”と認めてもらえませんよ、と脅しているのです。背筋を伸ばした立ち居振る舞いだけで充分、”近代美人”なんてお断りヨと言い返せる方ばかりでしたら、婦人参政権は戦争に負けなくても獲得できたかもしれませんねェ…。
平成時代の方なら、ヒールのあるお靴を履くだけで解決してしまうんでしょうけど、主流の和装で、それをどう実現するかを考え、足袋の中に”秘密のしかけ”を入れて解決策としているわけです。
”シークレット・シューズ”はもとより、ハイヒール、厚底靴などの「背を高く見せる靴」は、「脱ぐとバレる」最大の弱点から逃れられないわけですが、足袋(≒靴下)の中に”秘密”を入れる方法は、「コペルニクス的転回」と呼びましても、けっして大仰ではございません。
とは申せ、踵を高くしたまま、お座敷にお通しされてのお食事や、ご不浄(御手洗い)でしゃがむ―洋式便所の普及は戦争に負けたあとです―際に、お尻に喰い込んだり、よろけたりしないのかしらとチョット心配になります。
広告の文面を読みますと、書き手が『婦女界』読者をどう捉えていたかが伺えて、興味深いです。
「外出の機会」は、「音楽会」、「お芝居見物」、「結婚式」などハレの舞台になっています。日常のお買い物は使用人(女中・書生)や出入りの商人まかせなのでしょう。
「女優さん」をファッション・リーダーにするくらいにセンスは開けてますが、”近代美人”の当落にうろたえてしまうのですから、自立しているとは云えません(その自覚もないでしょう)。使用人も、一個の人間であるとは考えることもないように思います(女給・娼妓は論外)。
現代消費社会の良い「カモ」と申せましょう。
この広告の外側に、婦人参政権獲得や、売買春禁止・娼妓の解放が叫ばれ、「エログロナンセンス」の陰に農村は困窮して子女の身売りもあったわけです。昭和モノは、ヒトケタに限る、と云われる所以です。
(おまけの競合商品)
「兵器生活」も19年目、主筆の気力・体力も落ちてしまい、つくったコンテンツが、よそ様と被ってしまった時に蒙るダメージは耐え難くなっている。
と云うわけで、「キルクヒール」をネット検索してみると「むかしの装い」(昭和7-9年頃の髪飾りや装身具など)が出て来て、「ラッキーヒール」、「ファインゴム」という同類・競合商品があったことを知る。
「ラッキーヒール」は概要を掴むことが出来なかったので諦め、「ファインゴム」の、当時の広告画像をいろいろと見る。これが面白い。
その画像をコピーして、ここに貼り付けたいが、印度総督を自称する者が、人様が手間暇お金をかけて載せた画像を、パクる真似はしたくない(ウィキペディアにある画像は別)。
ならばそれが手に入るまで黙っていれば良いぢゃあないか、と云うご意見もあろう。しかし、そうすると今月の更新は出来ず、そこで得ている気づきを事実上葬り去るのも、あまりにも惜しいのだ。
ともかく広告絵はがき 〜大東京三十五区より(「ファインゴム」(裏))の記事をお読みいただきたい。
画像があるつもり(冷汗)
「お買い求めの時キルク○○○とかいうすぐ痛むニセモノに御注意下さいませ」とあるのだ。それが「キルクヒール」を示していることは明白だろう。主筆は帝国アゲゾコ界における、キルク(コルク)対ゴムの、壮絶な死闘の現場に触れてしまったのである…。
「キルクヒール」広告の「重かったり履き心地が悪くては、とても常用出来ませんが」は、ゴム製競合品に対する、痛烈な攻撃なのである。「足が冷えない」のも同様だろう。ゴム側がキルクを「すぐ痛む」と云うのもまた、結構イタい所を突いていると思う。
身長180センチの主筆には全く縁のない世界、”対岸の火事”なので、それを必要とされている方には大変申し訳ないが、高見の見物としゃれこんでいる。
(おまけのナゼ?)
日本人は、ながらく床に座る生活を続けていた。身分の上下は、目下が平伏する(低くなる)ことで、つど表現されていたのだから、江戸時代までの日本人が、身長の高低だけで自他の優劣を覚えるとは考えづらい。
開国・文明開化の世の中になって、西欧人との比較で、日本人の体格が云々されるようになって、はじめて身長の意味付けが変わり、シークレット・シューズの類や、背を伸ばすための薬や術を必要とする人が出現したのだろう。それは何時、そして誰がと疑問を抱くに至る。
先に検索して見つけた『主婦之友』附録からとおぼしきファインゴム広告画像には、
キルク製のものは、十数年以前に売出した事もありましたが、コツコツと音が出るのと壊れ易い欠点がある為どうも評判が悪く、色々と改良の結果現在の優良ゴムになりました。本誌記者が推奨する一理由もここにあります。
とある。昭和ヒトケタの「十数年前」なら大正はじめか明治の末だ。ご維新後に生まれた人の子どもが成人した頃、背が高い方が良いとする意識が芽生え、商魂・商品となるに至ったのだろうか。ここから先は主筆の手に余る。
(おまけの余談)
キルクVSゴムは『婦女界』VS『主婦之友』の争いでもあった事まで知れてしまう。