愉快痛快みな殺し

「フマキラー」広告漫画で75万2千おまけ


 蠅を見なくなった。
 原因は「衛生観念の発達」につきる。発生の防止と駆除の徹底。防止の功労者を水洗便所とすれば、駆除の立役者は、”殺虫剤”をおいて他には無い。

 中野「まんだらけ」で、「フマキラー」の広告チラシが安く出ていたので買う。


専売特許 登録商標 NEOフマキラー漫画
発売本舗 大下回春堂

 中央の”マル公”マークがあるが、殺虫剤の公定価格がいつ決まったのか調べきれなかったため、このチラシがいつ頃印刷・配布されたかは不明だ(昭和14年10月の価格等統制令公布以降、とは思う)。
 マンガの下には「於昭和博覧会優等賞金牌受領」など、表彰状の写真が載っている。

 広告のマンガの多くはつまららないと思う。
 画は稚拙、商品の持ち上げ方が露骨で強引。要はセンスが悪い。しかし、あえて自腹を切って持ち帰り、ネタになるかならないかの一点で、しかと見つめてみると、ヘボさの中にも味わいがあるような気になってくる。今回は、その微妙なさじ加減を、読者諸氏にお裾分けする次第。

 例によってタテをヨコに、かな遣いの改変を行うのとあわせ、今回はカタカナをひらがなとして、少しばかり漢字にしたり、句読点の追加なども施した。原文のままでは解りづらいためだ(それも『味』と云えばアジ)。


(1)
 これはステキ、これはステキ!
 フマキラーを吹くとハエや蚊が面白い程落ちるので 清チャンのうちではこれこの通り、くじで順番をきめて…
 清「母チャン、ずるいやずるいや、早く次へまわしてヨ」

(2)
 フマキラーで蠅や蚊やノミ等殺すのが余り面白いので、フマキラーを奪いあうように皆がするので、父はコッソリこんな表を作っておりました

 「新商品」は、その効能以前に、それを使うこと自体が楽しい事を教えてくれる。虫がバタバタ落ちてうれしいんだろうなあ。とはいえ、毎日虫が湧く(寄ってくる)家は、殺虫剤をまく以前に、虫がたかる原因を明確にし、その対策をとるべきなんぢゃあないかと思う。毎日薬剤散布しなければいけないのは問題だ。



(3)
 父チャン一生懸命自分の役目の花壇へ行って花の害虫を殺しております
 プープー、花は虫がいなくなるので こんなに美しく咲きました
 (注意)植物に吹く時は多量に吹いては枯れます

(4)
 清チャンも負けずに一生懸命吹いています 鶏は害虫に食い付かれんので毎日卵を沢山生みます

 「多量に吹いては枯れます」の身もふたの無さが素晴らしい。
 使いすぎに対する注意・啓蒙は、しょっぱい味噌汁、お新香の醤油から、衣料用柔軟仕上剤の「香害」まで続く、永遠の課題だ。



(5)
 清チャンにフマキラーを教わった隣のおじちゃん達も、今日からフマキラーを吹いて面白そうに夕涼みをしています
 フマキラーを吹いたので小虫や蚊やノミ等姿を見せません

(6)
 フマキラーのない家では蚊や蠅で御飯もゆっくり食べられません
 子供は蚊にさされる故 大騒動して泣く

 片や外で一家団欒の夕涼み、片や虫が暴れる食卓でメシもおちおち食ってられぬという対比。広告とはいえヒドイ描き方だ。蚊帳を吊れ、蚊帳を(笑)!



(7)
 清「安兵衛君、君は人を斬るのが上手だが、こんなに一寸の間に蠅や蚊は殺せまい。プープー」
 安兵衛「清氏、高田馬場で叔父の仇討十八人斬りの拙者でござるが、蚊や蠅や蚤には閉口閉口。ウーン是は面白い面白い。一ビン売り申さぬか。ハハハハハ、是は面白うござる」

(8)
 安兵衛からこの事を聞いた武田信玄、大石良雄、加藤清正、西郷隆盛、皆フマキラー党になった
 清正「拙者虎狩りの折、南京虫にさされて困った。今度はフマキラーを持って行けば大丈夫だ」
 隆盛「オイどんは犬のシラミを取ってやろうで御座る」
 清はこんな夢を見た

 「こんな夢を見た」で始まる映画があった。
 18人を斬り倒した堀部安兵衛に、ふと吹き/一瞬の間に行える殺生を誇る子供。今の感覚だと殺伐に過ぎる。それだけ命がはかなく、蠅・蚊が嫌われていたということだ。
 「フマキラー党」メンバーの取り合わせが何ともいえない(笑)



(9)
 先生「皆さん伝染病にかからないには どうしたら良いですか」
 清「ハイ、フマキラーでハエや蚊やドブ等にいる害虫を殺すのです」
 先生「さよう、良く出来ました」

(10)
 号外 号外!
 フマキラー出現の号外で 蚊蠅ウジ虫蟻等皆泣いています
 僕等の世の中も終わりだ

 学校を舞台にして伝染病と害虫の関係が語られている。模範解答は、害虫を発生させないことなのだが…。虫を別なものに置き換えて考えてみるべし。

 「号外」を読み泣いている虫たちのショボクレ方が可愛い。「号外屋」の蚊がブラ下げてるモノは、人間の号外売りが腰に付けていた鈴のツモリらしい。



(11)
 医者「どうもおかしい どうもおかしい 此頃一寸も病人がなくなった どうもおかしい」

(12)
 医者「あーわかった 病気をふりまく蠅や蚊を殺すフマキラーが出来たからだなー アハハハハ」

 現在では、蠅や蚊が少なくなり、結核に回虫などの寄生虫、花柳病だって、当時に比べれば根絶に近いところまで行ってるはずなのに、ナゼか医療費は減らないと聞く。



(13)
 馬「清チャンは有難いねー、フマキラーを毎日朝晩吹いて下さるので蚊もささず、さす蠅も陰を見ず 肥えた肥えた」
 牛「実際実際その通りその通り、此れこの様に肥えたぞ、君もか。フマキラーは有難いね、シラミも死ぬるよ」

(14)
 馬「此うちのオヤジはひどい事を使って、夜は蚊ぜめだ。自分は酒ばかり飲んでフマキラーを買う金がないんだ。明日から仕事はしないよ」
 牛「其の通り其の通り、おれも明日からやれない。此の様にやせては歩くにも大儀だ仕事どころか…」

 しあわせな家畜と不幸な家畜の対比。(14)の馬牛の表情も何とも云えない…。
 虫がいなくなるだけで家畜は肥えるものだろうかとは思う。とって付けたとしか思えぬ「シラミも死ぬるよ」も良い。
 不幸な家畜たちは、同盟罷業(ストライキ)を目論んでいる。
 とは云え、酒か殺虫剤かと問われたら、フマキラーには申し訳ないが答えは決まっている。




(右側)
 使用の注意
 風のない室内にて使用する時は必ず上に向て吹く事。さすれば霧は丁度煙の如く室内全部に充満します故、全部の蠅蚊が取りつくせます
 少量の霧にふれた蠅は食物や人にとまりに来ることなく、蚊は刺しに来る気力がありません。時間の立つにつれて次第次第に動けなくなり、次に死にます。生戻る事は絶対ありません

 「刺しに来る気力がありません」「次に死にます」この実況中継的説明が面白い。「生戻る事は絶対ありません」も良い。

 霧吹器の説明
 霧吹器は図の示す如く【ろ】の筒の口を【い】の筒の中位に置き、上下にならざる様使用さるべし

 ボタンを押せばガスが出る、のではなく「霧吹器」をビンに差し、使用者が「プーッ」と吹くのだ。モデラーの読者には、エアブラシのエアを人間がやってると云えばわかってもらえると思う。よって、下に向けると液がこぼれてしまって使い物にならない。噴霧器が求められる所以だ。
 広告中、ゴキブリ(油虫)が出て来ないのは、やっつけようにも逃げられて、「次第に動けなくなる」ところが見られず、下手をすると「生き戻る」からではないかと思う。

(左側)
 試験成績書(写)
 広島市川上祇園町○○○番地
 第三二四号 依頼者 大下大蔵殿
 一、品名 フマキラー
 一、試験の目的 人畜害否試験
 一、試験の為め本所に提出したる品は黄緑色透明の桂皮臭を有する液なり本品に就き右試験を行いたる結果人畜無害なるものと認む
 昭和四年七月八日
 広島市立衛生試験所
 所長 医学博士 天野勲
 主任技師 服部宣元

 どう云う試験をやったのか。

(おまけの余談)
 虫がわいて困る話と云うわけで、古今亭志ん生の『なめくじ艦隊』、『びんぼう自慢』(ともにちくま文庫版)を買ってきて、家賃タダ・敷金不要で入った長屋のくだりを読む。その長屋が本所の業平と云うから、今をトキメく東京スカイツリーと、渋谷から都落ちした「たばこと塩の博物館」の間に位置していた事に驚き、その長屋に入る前は、今の京王線、笹塚界隈を転々としていた云うのでまた驚く。

 『びんぼう自慢』から引く
 夜になって帰ってみると、おどろきましたね。あたしんとこ一軒だけが灯りが点ってるから、蚊の野郎が、そこんとこにだけ集まって、運動会をやってやがる。
 「おう、いま、けえったよ…」
 っていおうと思ったら、途端に蚊が二、三十も口の中へとび込んで来やがって、モノがいえやしない。

 あの辺はほんとうに蚊の多いとこですが(略)、いるなんてえ生やさしいものではない。夜が忙しいから、ひる間はてえと、天井なんぞにはりついて休んでやがる。まっ黒に見えるほどいるんですよ。

 そんな所でよく生きていられるなと思うが、(ボロではあるが)蚊帳は持っているのだ。

 いるのは蚊ばかりかと思うとそうじゃァない、蠅がいて、なめくじがいて、油虫がいて、ネズミがいるってんですから、人間のほうがついでに住んでいるようなものです。

 『なめくじ艦隊』では「足の長いコオロギ」(カマドウマか?)「ノミ」も出たとある。これだけ色々わいているのに、語られているのは蚊とナメクジばかり。貧乏暮らしで蠅がたかるようなモノがなかったのか、慣れっこで語るまでもなかったのか、残念ながらわからない。
 このヒトも、「酒ばかり飲んでフマキラー買う金がない」党であった。