南極妻、帰る

暑さでネタ作りも出来ぬ78万3千おまけ


 暑いです。
 クーラーの無い、わが総督府の室温は、36.3度となっております(2020年8月16日11時42分現在)。
 室内は直射日光は入らぬ―朝の一時期は除く―ので、体温の急激な上昇はありませんが、汗はとまりません。濡れた下着を取り替えますと、昨日、コインランドリーで廻した乾燥機の余熱でほこほこします。知的な営みなんぞ出来ません。ましてや痴的な行為なんざヤル気にもなりません。夜中になっても30度より下がらぬこの部屋で、読者の見えぬ書き物(今お読みいただいてるコレ)をマジメこさえる気力は失せました。

 くそ暑いです。ネタを考えることが出来ません。手近なトコロにあった古雑誌を引っこぬいたら、こんなモノが出てきました。



『日本週報』439号(昭和33年4月15日号)

 8月の暑さに打ち勝つには、地球の反対側に行くしかないのでしょうか。

 南極妻(ダッチワイフ)処女で帰る

 インパクト満点です。
 この表紙の画像だけ載せて終わりにしても、誰も怒らないんぢゃあないか。しかし、それでは読者諸氏に申し訳が立たぬ気もいたします。
 と云うわけで、今回は戦前・戦中とは関係ありませんが、対談の一部をご紹介する次第です。
 対談記事「丸裸の越冬報告」は、南極越冬隊(第一次)隊員の中野征紀(医療担当)、菊池徹(地質担当兼犬係)と、『日本週報』編集人兼発行人の湯川洋蔵との座談会です。
 見出しを拾うと、「肺結核も癒る無菌地帯」、「空しく消えた日本高原」、「樺太犬の悲劇 失恋した比布(ひっぷ)のクマ」、「犬を残したいきさつはこうだ!」、「ダッチワイフとワイ画ワイ本の効用」、「まずかった酒とうまかったカルピス」となっております。映画「南極物語」(1983年公開)に登場する観測隊の話と云えます。
 表紙のイヌが「比布のクマ」。例のタロ・ジロの同僚です。失恋の傷が癒えず? 観測活動中、行方不明になってしまいました。

 ここから「ダッチワイフとワイ画ワイ本の効用」の前半になります。文章は、例によってタテをヨコにして、(笑)の位置が読点のあとに付いているのを改めるなどしてあります。なお、「本社」とあるのが湯川の発言となります。

ダッチワイフとワイ画ワイ本の効用
 本社 先程の話にでた犬の交尾などを見て、人間の方は刺激されませんでしたか。性欲処理の方は、行く前からずいぶん問題になっておりましたけれども、どうだったんですか。これは中野さんの領分ですが、例の人形はだいぶ話題になっておりましたネ。

 中野 あれはバージンで帰りました。あんなものを持っていてもだめですネ。結局あの人形は失恋してしまって(笑)…。
 第一、やったあとは局部を洗ったりしなければならぬでしょう、めんどうですよ。人間ならそんなことをしなくてもいいけれども(笑)…。零下二十度くらいのときには、ちょっと性欲も起こらぬですよ(笑)。
 冷たくて、それにお湯であっためるような装置もあるんですけれども、お湯を沸かしているうちに、十分も二十分もかかったら性欲がなくなってしまう。それで結局、僕が医者として管理していたんですけれども、バージンです、だれも使っていません。


 本社 それではあんな大騒ぎして持っていく必要もなかったようなわけですネ。

 中野 みんなが必ず持っていった方がいいと言うし、毛唐なんかは女がゾロゾロいながら、わざとあんなのを使っているくらいですから、これはいいかもしれぬ、効果があったらいいナと思って持っていったが、全然御用に立ちませんでしたよ。

 本社 使ってみようという気も起こらないんですか。

 中野 いいうちで、部屋もあったかいならいいけれども、零下二十度で、時期も建設に忙しいときは、とてもそんな面倒なことをやっているひまはない、
 やはり使うとすればひまになってからですが、そうすると気候は寒い、火の気はないというところでだめですネ。みんな興味を持っていて、見には来るんですが、ウヘッとふるえて帰っちゃうんです(笑)。


 本社 あのことを知っている者の間では、あの人形はどう扱うのか、非常に帰るまで興味を持っていましたが、結局二体そのままそっくり…。

 中野 いや一体は前に宗谷が積んで帰って(い)きまして、一体だけ持っていっておいたのですが、その報告はちょっと電報で知らせるわけにいかぬですからネ(笑)。電報で何も知らせずにおいたのですが、こんど吉岡ドクターに合ったら「また作ってきたぞ」(笑) 「いや、あれはだめだよ」 「去年のよりもっと改良して作ってきました」(笑)というわけです。

 菊池 装備なんかで報告しなかったのは、あれだけですね。
 僕たちが行ったのは、ことしのための越冬という意識が非常に強く、また要求されたものですから、ある期間ごとにまとめてあの品物はどうだ、これはどうだとまめに報告したんですけれども、あれだけは入ってなかったナ。


 本社 報告がなかったから、よほど効果的に使われていると思ったんじゃないですか。

 中野 ところがあれは、観測隊と宗谷の船員とでは違うんですネ。
 宗谷に積んだ一体の方を倉庫に入れておいたら、医者が油断している間に、
だれかやったらしくて、局部が腐敗して、臭くて臭くて困ったからぶん投げたと言っておりましたよ。
(以下略)

 零下20度の中、丸出しにして、冷えた人形(お湯を入れれば『人肌』になる触れ込みなんでしょうが…)を抱いていたら、オレの人生って何だろう…と考えてしまうンでしょうね。
 性欲問題については、「郷愁の余りノイローゼになったり、隊員の間に争いが起こる」徴候は出て、中野医師は「君、少しオナニーなんかしたらどうだ」と、「ワイ画かワイ本」(今で云うエロ画像、エロ小説)を勧めたと、この記事で語っています。


パンテイをはいたダッチワイフ(記事キャプションより)

 粗い写真を見ての話になりますが、夜道では会いたくないなあ…。
 どう云う状態で、基地内に置いてあったのか、非常に気になります。写真のように座らせてあるのか、棺桶みたいな箱に横たえてあるのか(10キロくらいはありそうじゃあないですか)。

 黎明期の南極観測隊の生活は、興味深いものがありますが、さりとて映画「南極物語」―高倉健が菊池徹氏の役を演じている―を観るか、とは行かぬのが、夏の暑さのキビシさなのであります。

(おまけの余談)
 「南極観測隊のリアルな日常」を描いた、『南極で心臓の音は聞こえるか』(山田恭平、光文社新書)に、「南極観測関係の情報発信(この本もそうだ)をするに当たっては、「節度を守って」と言い含められている」とあります。2017年12月から18年2月まで、第59次日本南極地域観測隊の一員として南極に滞在(日本出発は2017年11月)した著者が綴ったこの本、便所・排泄の話は載っていますが、性欲の話は記されていません。
 「節度」の分水嶺は、そのへんにあるのでしょうか?