赤ちゃん、整然と話す

保険のチラシで78万4千おまけ


 台所でヤカンの湯が吹きこぼれる。下には旅行カバンが置きっぱなしになっている。少しばかし濡れたとて乾けば終わりなのだけど、その下に本屋の袋が2つ3つ! 紙袋は「無いもの」として、ビニール袋を開けると「今月のネタ」が入っていた。


富国徴兵保険のチラシ

赤ちゃんからお母さんにお願い!
是非御聞き届け下さい

 一、私に毎日御湯(おゆ)を使って下さい。柔らかなタオルで体をよく拭いてから着物を着せて下さい。おしめが濡れると気持ちが悪いので泣きます。乳を戴く時私が泣くのは襁褓(おむつ)が濡れて居るからです。

 二、暑からず寒からず清潔な場所で、良い美しい日光を恵んで下さい。太陽のまぶしい時には木陰や母衣(ほろ)の影で御願いします。

 三、眠るのが私の仕事です、その間に私の背丈が伸びて肥るのですから、私の眼を覚まさないように、お乳の時刻までよく寝かせて下さい。

 四、私はお母さんの乳房を吸う事が何より一番嬉しいのです。不規則に沢山頂くのは嬉しゅうはございますが、後で苦しいので困ります。

 五、時々私は泣いたり蹴ったりする運動がしたいのです。私と遊んで下さる時は、心からやさしく取扱って下さい。落としたり傷つけたり小さい頭に強く響かない様にして下さい。

 六、お母さんにだっこするのは好きですが、ゆり眠りをされるのはフラフラしそうになります。寝かせても時々頭の向きを換えて下さい、私の頭の格好が悪くなります。

 七、大声を立てたり荒々しい音の響きは、私の弱い神経を刺激します。柔らかく軽い調子の美しいひびきが伝えられる時は、思わずおとなしくなります。

 八、私は背骨の真直(まっすぐ)な子になりたいのですから、どうぞ歩き初めを急がないで、気長に辛抱して待って下さい。まだ強くなっていない足に、重い体を支えますと苦痛で背骨が曲り、足が鰐足になったり、がに股になったりします。

 九、言葉は私一人で自然に習わして下さい。充分な時間を掛けて正確な言葉を習います。大きくなって役に立たない様な言葉は習いたくありません。

 十、私の体に合わない物をお母さんは食べないで下さい。又いくら吸っても出ない乳首は吸わせないで下さい。

 十一、男と生れて軍人となるのは私共の務めであります。又偉い人にもならねばなりませぬ。それには何(ど)うか安心して勉強の出来る様に今から私に徴兵保険を付けて置いて下さい。

 十二、勉強をしなければ一人前になれず、又出世も出来ませぬ。思う嫁入りも出来ませぬ。如何(どんな)緊縮の世の中でも一生一度の嫁入仕度(したく)だけは立派にして下さい。一時に入り用が重なりますから費用のかからぬ今から私に出世保険を付けて下さい。

 数々勝手な御願いを致しました。お母さんもお忙しいに気をとられて中々お気が付きますまいが 日々の事は兎に角としても私の先き先きの事は今から用意して下さい。夫れには 東京麹町内幸町 富国徴兵保険相互会社が子供の保険では日本一で男も女も加入(はい)れる様に徴兵、出世両保険があります。詳しい事は次の人が説明してくれます。

 赤ちゃんの「関白宣言」だ。
 普段アーとかダーとか叫んでいるのが、私に○○して下さいと云ってるだけで可笑しい。渋いオッサンの声で読むとさらに面白い(そう云う趣向の映画もありましたね)。
 保険屋のチラシであるから、最後は「保険を付けて下さい」―あれは付けるモノだったのか―となるのはお約束なのだが、「お忙しいに気をとられて」なんて妙な気遣いを見せていて、つくづく赤ん坊にしとくには―二十歳過ぎれば只の人になるのだから―惜しい。

 赤ちゃんのお願いは(保険のことを除けば)、健やかに育ててくれと云う、当人にしても真摯な事なのだが、チラシ作製者の育児観が現れて興味深い。いわゆる「赤ちゃんことば」は聞かせず、「おしゃぶり」も使わない。「大きくなって役に立たない様な言葉」、「いくら吸っても出ない乳首」とこき下ろしている。サイボーグの001だって「おしゃぶり」を咥えていると云うのに。

 「勉強しないと出世は無い」価値観が強い。「嫁入り」のためでさえ、学歴―先方より高すぎぬほどほどの―が求められ、立身出世の個人主義な色彩が見える。
 「緊縮の世の中」とあるので、このチラシは濱口内閣の時期、昭和4−5(1929−30)年頃と推測する。それでも立派な嫁入りをさせるのが、親の務めと記すのだから日本は平和なのだ。

 赤ちゃんが、本当にこんな事を云いだしたら、お母さん驚いて「落とす」ぞ。
 裏面は「次の人」(今どきの書き方から『中の人』)による、徴兵保険・出世保険の説明だ。ポイントになるところを抜き出して紹介しよう。

 入営費や学資婚資に
 誰方もお子様方の初声を聞けば直ぐ、さて此子の将来は、とお考えになる事でありましょう。仮令一家を支える大切な青年が御奉公に入営しても 後顧の憂なく種々の出費に事かかさず立派に務めを果たさせる。又我子が入営せぬとて代わって護国の任に当たって呉れる者に対して精神的、物質的の援助をすると云う事は 親として将又人としての務めではありますまいか。単に兵役問題でなくとも学資婚資、さては独立の資を考慮して日頃からの用意即貯蓄が肝腎であります。
 さて其貯蓄が普通の方法によると何かの場合には直ぐ引出されて役に立ちません。夫れには此保険が一番便利です。

 当時の日本人男性には兵役の義務がある。徴兵検査で合格し、現役となれば兵営で生活しなければならない。衣食住は国持ちだし給与も出るが、支那事変頃の一等兵・二等兵で月に5円50銭である(『写真で見る 日本陸軍兵営の生活』藤田昌雄、潮書房光人新社)。
 『「月給百円」サラリーマン』(岩P彰、講談社現代新書、のち『「月給100円サラリーマン」の時代』としてちくま文庫)で紹介されている、昭和6年の一世帯平均の月あたりの実収入は86円47銭で、本のタイトルにあるように月に百円の所得があれば、体面を保った生活が出来たと云う。
 同書にある超一流企業の昭和2年頃の初任給を見れば、三菱合資で帝大工科は90円、法科80円、早慶75円、中央・法政・明治65〜70円で、数年がんばれば「月給百円」に届きそうだ。ちなみに中学程度は35円と云う。兵隊の給料の少なさがわかる。
 家賃はどうか。「月給百円」で引かれる昭和4年のアンケートは、3部屋の借家で最高32円(東京滝野川)、最低13円(宮城仙台郊外、ただし百坪の畑つき)とある。兵隊の給料で家賃を払い続けるのは無理だ。2年の現役を終えて「一人前の男」として、妻を娶って身を固める人生設計が盤石であるわけだ。
 現役入営は男として(フィジカルだけ)資質優秀の太鼓判をもらうに等しいが収入は激減する。入営に限らず、進学、結婚、事業開始にあたり、あって困らないのはお金である。備えの基本はまず貯蓄(貯金)。手軽だがツイ引き出してしまい肝腎な時に手許不如意になりがちだ。そこで…と云うセールストークが成立する。


 御加入の手続
 御加入は徴兵、出世両保険共至極簡単で別に身体検査も致しません。お生まれになると直ぐ(出世保険は男女の区別なく)御加入が出来ます。申込書に保険料を添えてお送り下さればよろしいのであります。
 徴兵保険の満期は勿論御入営の時でありますが、出世保険は十八歳受取、二十歳受取、二十二歳受取、二十五歳受取の四種中から選択御指定を願います。

 出世保険の満期が小刻みに設定されている。それぞれの年齢ごとに人生の岐路があるのですね。

 保険料払込方法
 徴兵保険
 壱年間、四年間、六年間、八年間に払込み了る四種類で払い込み方法は各壱年に壱回又は弐回即ち年掛け、半年掛けの二様があります。
 出世保険
 壱年間と拾年間に払込み了る二種類で掛込方法は各壱年壱回、又は弐回即ち年掛け、半年掛けの二様であります。

 生まれて二十歳になるまで月々払い込んでいくのかと思ったら、期間が1年で済むものもあると云う。払い込みも年1回か半年1回とは思ってもみなかった(毎月一定額を納めるのが難しかったのか?)。ちなみに保険金の上限は「被保険者一人に付最高参万円」(徴兵・出世あわせて)である。「月給百円」の3百倍だが、この時保険料をいくら払い込む必要があるのかはチラシに書いてない。

 保険金の支払
 徴兵保険
 被保険者が徴兵検査に合格し入営された場合には最も迅速に御契約の保険金と配当金とを併せて御支払い致します。
 不合格、抽選外れの為め入営されぬ場合、或は万一死亡された時は払込保険料の全部を払戻し且社員配当金を御支払い致します。
 若し、現役志願兵、短期現役兵、海軍志願兵、教育召集に応じ入営した補充兵、海軍経理学校又は陸海軍の依託学生若しくは生徒になられた場合には保険金の八割と社員配当金とを御支払い致します。
 出世保険
 被保険者が契約の受取年齢に達せられた時は契約の保険金と配当金を直ぐ御渡し致します。

 支払う「保険料」、もらえる「保険金」の関係がどこにも記されてないのが困ったトコロである。入営すれば保険金に配当金までプラスされてお金が戻ってくる。どれくらいの割合で配当が付くのかは、残念ながら書いてない。
 不合格・抽選もれの人、徴兵検査まで生きていられなかった人は払い込んだお金だけが戻るが配当金も出る。志願兵になるともらえる保険金が2割も減る。入営者には「最も迅速に」とあるから、それ以外への払い戻しは後回しになるのだろうか。
 補充兵の扱いはちょっと複雑だ。抽選外れが補充兵になる。入営しなければ保険料の払い戻し+配当金だが、召集に応じ入営したら保険金も8割支払いとなる。ちょっと割に合わない。
 「配当金」「社員配当金」と書き分けているのは怪しい。「利益金の分配」で「(略)契約なされたお方は社員となります。会社の利益金の大部分は社員たる契約者に分配致します」とある。入営者には多く配当を出し、そうでない人には少ない金額を付けていたのではないだろうか。

 低利御融通
 契約者には保険料の払戻金(ママ)が五十円以上になりますと保険證券を担保として低利の御融通を致します。

 配当を除けば払い込み額と戻し額は等しい。50円以上払い込みをしていると、その証書が担保になると云う。50円を戦前1円=3千円で計算すると、150千円、15万円だ。これで倍の100円くらいは貸してもらえるのだろうか。

 チラシの文章だけ見ていると、将来の出費に備える手段として、徴兵保険を考えてもいいかと思わぬでもない。ここで「兵器生活」影の軍師、神戸大学電子図書館の新聞記事文庫を調べると、「徴兵保険」を国営にすべしなる記事が出て来る( 『神戸新聞』昭和13(1938)年8月)。
 支那事変勃発から1年が経過して、徴兵保険は業績をあげているにもかかわらず、時局に即した施策を出していないと批判し、そもそも保険としてアテになるものでもなく、いっそ国営にすれば官僚どもが喜ぶだろうとシニカルに結ぶ。徴兵保険のカラクリを暴く記事なのだ。
 記事は云う。
 「徴兵保険加入壮丁の入営率は平時では二割台」(ちなみに、出生男子10万人のうち2万7千200人が20歳までに死亡する由)
 「入営出来ない者は既払保険料とほんの申訳ばかりの契約者利益配当で辛棒せねばならぬ」
 「徴兵保険の加入するよりも郵便貯金にでも預入して置いた方が遥かに有利である」
 ここまでチラシの文字をチマチマ書き写してきた、主筆の労苦を否定する、辛辣な指摘だ。
 新聞記事では配当を計算する価値すら認めていない。これは悔しい。主筆もチラシ代金500円を払込済みだから、その貯金が出来ぬ人が頼るのが徴兵保険なのでしょうと弁明はしたい。
(おまけのおまけ)
 出世保険のチラシも出てきた。「長期戦に勝ち抜くためにも絶対的に必要なものです」とあるから、昭和14−15年くらいだろうか。


  女の子が指揮している図柄は微笑ましいものだが、戦前って男尊女卑ぢゃあなかったか? なんてつまらぬ意識があると奇異に見える。出世保険は女子も入れるからこう描かざるを得ないのだ。

 受け取りは20、22、25歳のいずれか。0歳から15歳まで加入できるが、20歳受け取りは10歳、22歳受け取りは12歳までに払い込み必要がある。払い込み期間は1年と10年。保険金1万円を受け取るための保険料が記載されているが、そこに踏み込むと今月の更新に間に合わぬ。