「新聞によりますと」

戦前エロ三面記事で78万5千おまけ


 「なんだこれは!?」
 東横デパート古書市で私は声を上げそうになった。
 チラシなど差してある箱に、こんな紙切れを見たのだ。


紙切れの一部

 売る側も考えたもので、扇情的な言葉だけが目立つよう、紙を折って全体は見えぬようにしてある。値段も紙っきれ何枚かと思うと、決して安いモノではない。記されている文字列は、新聞記事の様式そのままだが黄変は見られない。つまり古新聞を切り抜いたものでは無い。誰かが、わざわざ新聞調の紙片を制作しているのだ。

 しかし、

 こんな文字列を見てしまったら、浅ましい知識欲と好奇心が合わり理性は崩壊する。代金の何千円は問題にならない。買う以外の選択肢はないのだッ!

 総督府に持ち帰り、中を改める。
 文庫本の見開きより一回りほど大きい紙が4枚ある。下の文字が透けるような薄い和紙だ。
 そのひとつを拡げると、こんな感じになる。

1枚目

 あらためて眺めても、「なんだこれは」としか云いようがない。

 これは何なのか?
 読めば地方紙に掲載された記事を抜き書きしたことは解る。しかし、誰が何のために…と云うトコロは見当もつかない。そもそも、タイトルすら読み下せないのであるから、調べる手がかりすら無いのだ。


タイトル部分

 弱ったモノよと途方に暮れつつ、まずは記事をテキスト化すべく紙片に向き合うと、こんな文章が混ざり込んでいるのに気が付く。

 一九三二年
 春雨
 エロだ……グロだ……ナンセンスだ……といっている内に三回の春を温湯の街で迎えました。
 日本語やアッチ語やら解らない言葉の流行せる此の頃エログロとはこんなものかと思って刷て出した久寿賀娯(すかご)が屑籠にも投げ込まれず好評を得ているかと思うと汗が出ます。
 私の悪趣味の一片を幸いに後援して下さる親友もあるので心強く感じております。
 どうかよろしく応援の程を。(昭和七、一、一夜)

 ここから解る情報は、
 ・タイトルは久寿賀娯(くすかご)
 ―「くす玉」(久寿玉)と屑籠をかけたモノ。紙屑からキラリ光る記事を拾い上げる発行人の自負、所詮はイロモノである自嘲が入り交じる。
 ・書き手(編集・発行人)は「春雨」と名乗る
 ・昭和7(1932)年に世に出ている
 ・すでに2年間発行しており、3年目に入る(よって創刊は昭和5年)
 ・「エログロナンセンス」な記事を紹介する意思がある

 古雑誌、紙屑たまにガラクタを買って、誰も読まない記事を毎月生産している、「兵器生活」主筆の先輩みたいな人ですね。
 関西大学図書館 長澤文庫に「久壽賀娯 ; 附録」として『五十音順賣女異名集』( 浪速友荒・編)なる書籍が存在しているが、編者が「何はともあれ」.だから、戦前出版史のB面―エロ系出版―に踏み込んで行っても、正体が判るかドーか知れたものではない。
 何はともあれ、『久寿賀娯』第17〜20号が手許にある。

 見出しだけで充分に「ネタ」だ。しかし、記事本文も戦前庶民生活の、人目に触れさせたくない記録であるから、これを使わないのはモッタイナイ。と云うわけで今回は第17号掲載分を紹介する。
 例によってタテのものをヨコにして、かな遣いは改変、新聞記事は改行・読点を使わぬ傾向があるので適宜空白も使用してある。見出などの改行は「/」に置き換える。
 なお、2020年10月現在の人権意識に照らして適当ならざる記述が含まれるが、歴史的・資料的価値を優先して、そこの書き換えはしない。ただし住所は一部伏字としたことをお断りする。

 久寿賀娯第17号非売品
 新商売往来ドライブしながらエロサービス
 自働車淫売出現考えついた新職業!!
 西成区東○○町清原幸太郎(三四)は高等密淫媒合の常習者であるが 過般來再三再四引続いての検挙に考えぬいた揚句が商売往来にない新商売! 自動車淫売というものを新考案!
 知り合いの朦朧(もうろう)運転手と結託して心斎橋や道頓堀、新世界のさかり場に出没して 旦那阿倍野街道を別嬪さんとドライヴしませんかと釣り込んでサービス運転料共で十円という約定、土井つや子(十九)という美人と某銀行支配人に 思いの儘エロ取組みをさせながら知らぬ振りして阿倍野橋新街道を真っしぐらに馳(は)しっていたのを検挙されたものであるという、何んと世の中もスピード時代ではあると係員も感心していた(六、六、十五新世界新聞)

 今でも密かにやっていそうな商売だ(刑法174条―公然わいせつ―で捕まります)。「朦朧運転手」は素行の悪いタクシー・ドライバーのこと。法外な料金を請求したりする。「雲助タクシー」なんて言葉もかつてはありました。
 料金10円の程度を『値段史年表』(週刊朝日編)で見ると、日曜にゴルフコースで一回りすると5円、高等官初任給が75円、帝国劇場一等席4円80銭、芸者の玉代/花代が1時間3円、吉原の大店で一等良いとこで一晩遊ぶと10円だとある。銀行支配人のようなお金持ち相手の商売なのが良く判る。「係員も感心していた」が庶民感情ですね。
 しかし、どうやって警察は商売の現場を押さえたのだろう? 最中、たまたま交差点で停車したら、交通整理中の巡査に丸見えになっていたのだろうか。


 変態ルンペン男女湯を覗き悦に入る処御用
 八日午後十二時頃、西区本田通り三丁目、川口軒と云う料理屋裏手風呂場の窓に 蜘蛛の様にへばりついて悦に入っている男を川口署員が発見、申すまでもなく風呂の中には折柄入浴中の仲居連が美事な裸形でチャプチャプの最中、件の蜘蛛男早速フン掴まえられて本署に連行
 「此奴余程の変態に違いない」と取り調べた処変態も変態、徳島生まれ当時ルンペン松本巳之助(二六)と云い 懐中にはキレイ紙や女持ちハンカチその他女の所持品多数を捻じ込んでいたばかりでなく ちゃんと名刺を持っていて、それに「世界放蕩大学名誉校長獣(じゅう)一位食一等男酌道楽博士極道与太郎」とあった(六、六、一日大阪時事)

 風呂場の覗きである。覗きだけで「余程の変態」と決めつけられてはたまったモノではないが、女物の小物が出てきてしまっては、「ツイ出来心で」と情状酌量を願う事も出来ぬ。
 しかし何と云っても、持っていた「名刺」の肩書きがスゴい。『ゲゲゲの鬼太郎』のねずみ男は、「怪奇大学不潔学科」出を自称しているが、「世界放蕩大学名誉校長」で、「獣(じゅう)一位食一等男酌」(従一位職一等男爵をもじったか)の「道楽博士」になると、印度総督(自称)の何倍偉いのか知れたものではありません。身は「ルンペン」に成り果てたとは云え、こんな肩書きをこさえるくらいであるから、旧制高等学校あたりに在席していたのではないか? 『喜劇新思想大系』(山上たつひこ)に出てきてもおかしくない怪人物だ。


 美人女工にまつわる蛇のような執念男
 岡山県児島郡福田村○○○無職小坂竹松(三六)は妻子ある身でありながら 昭和四年十月頃飾磨町福紡(ふくぼう)工場に通勤していた 当時同工場の通勤女工飾磨郡○○村大釜駒蔵長女岸本たき当時(十六)=仮名=の美貌に迷い 同人の下宿している市外花田村上原田新在家喜蔵方に毎日のように出入りし 機会ある毎にたき子に情交を迫ったが刎ねつけられ、何日かもたき子が○○村に帰る途中を狙って想いを遂げんとしたがこれも果たさず、なおその後も執拗に情交を強い 同十一月中旬の正午ごろ たき子一人が新在家方で休養中を無理矢理に暴力に訴え 遂に情交関係を結んだのをきっかけに、その後数回に亘って情交をつづけ同月下旬ごろ甘言をもってたき子を自分の郷里に連れ帰り 自宅付近の三澤某の宅に監禁同様に住込ませて散々弄んだのち 同地の某工場に働かせていたが たき子は数日ののち竹松の隙を窺い同家を逃れ出て 印何郡西志方長谷川メリヤス工場に働いていたが 程なく竹松はかぎつけ再び連れ返らんとしたので 本年六月ごろ市内京口町の日毛工場に入社していたがこがれる竹松が突止め さる二日ごろまたまた岡山から連れ出しに来たがこれに応じなかったので無理矢理に寄宿舎からおびき出し 市外市川橋付近の松林に連れ込み存分の獣欲を遂げていたことを 父親駒蔵から再三の保護願によって姫路署員が探知し、このほど同人を引致し ほかにも同様被害はあるらしく誘拐罪として厳重取調べ中(六、八、二三中国日日)

 官能小説のあらすじか「頁を飛ばすところ」を、無理矢理読まされるようなヒトイ話だ。
 郷里に連れ帰って監禁同様に住み込ませながら、それでも働きに出させるとは…。平成・令和の世なら風俗業界で働かせそうなモノだが、他の男の手がつくような所には置きたくなかったのだろう。身勝手にも程がある。 正直、書き写して気分の良い記事ではない。


 大事な所を斬られたと訴う
 廿五日午後十時頃 京都市七条上ノ口巡査派出所へ一人の鮮人の男が駆け込み 只今暴漢に大事な所を斬られましたと訴え出たので 直に同人宅へ急行取り調べたが 暴漢の侵入した形跡なく追求すると 同人が宵の口から寝込み一物を露出していたのを 色気たっぶりの鼠(そ)公に噛みつかれ驚いて交番に駆け込んだものと判明 右は朝鮮生まれ朴金龍(三三)である(六、八、一八勢州毎日)

 笑い話である。しかし、ちゃんと医者に行って消毒してもらわないと、後日大変な事になってしまう気がして、笑い飛ばす気になれない(噛みちぎられてないかも心配だ)。主筆が小学生の頃はまだ、赤ちゃんがネズミにかじられる事件はあった。
 8月19日付新聞で25日午後とあるなら7月の出来事となろう。総督府もクーラーが無いので7月の夜の暑さは骨身に染みている。丸出しで寝ていたか越中フンドシが緩んでいたんだろうなァ…。

 紙面の末尾は「以謄写替印刷」の文字がある。書き写して印刷の替わりとする、の意味になるが意味が通じない。本来は「以印刷代謄写」―商業出版物ではない(出版法・新聞紙法の統制下にない)印刷物を表す常套句―とする所だろう。

 転載された? 記事の出元の殆どは消えてしまった新聞たちである(戦時中、地方紙は1県1紙に統合された)。
 この17号では「新世界新聞」「大阪時事」「中国日日」「勢州毎日」の4紙で、以下
 18号「岡崎朝報」「近江新報」「名古屋毎日」「岡崎新報」
 19号「大阪時事」「国民新聞」「夕刊大阪」
 20号「尾州新聞」「伊勢日日」「岐阜日日」となる。
 『久寿賀娯』発行人は、名古屋・大阪どちらかに在住し、もう一方の都市にいる読者/協力者から地元記事の提供を受けていたのものと思われる。楽しそうだ。

 「非売品」とはあるが、会員組織を持って「会費」を徴収していたのではないだろうか。

(おまけの余談)
 今回エロ寄りの話となったので、『思わず興奮する 性生活の日本史』(玉造潤、KAWADE夢文庫)を買って勉強する。
 神代の世界から、日本人はフリーセックスを謳歌していた(明治維新まで)と云う史観に基づく面白い読み物なのだが、明治時代に西欧を意識する余りに、混浴や往来で裸体を晒すことを禁じ、性愛の前に清い恋愛だろうと「性の統制」をやったと記した次が、もう戦後の話なので愕然となる。明治・大正・昭和戦前は、語るべきモノ(語られた文献)が無いと云っているようなものだ。いわゆる「地下本」の複刻は細々と刊行されてはいるのだが、「実用」に傾いており、雑学の方に浮かんできてくれないもどかしさは感じている。「遊郭本」の新刊はあるが、戦後の「赤線・青線」志向があるようだ。

(おまけの今後)
 手持ちの『久寿賀娯』は4号分から選りすぐって一挙紹介しようと思ったが、俗悪に過ぎるトコロがあり一度に読むと精神衛生上よろしく無いので、小分けにして行く。
(おまけの俺も見たかったんだ)
 「新聞によりますと」は、昭和TV史上燦然と輝く「テレビ三面記事ウィークエンダー」で、事件を紹介する時の決まり文句である。
 主筆は教育に悪い、と見せてもらえなかった。思い返せば子供の頃、俗悪なモノから離されていたので、興味をこじらせこんなページを作るようになってしまった気がする(笑)。
 親が密かに観ていたかドーかは判らない。