私はまったくマエバシを知らない

前橋市観光地図に思う79万6千500おまけ


 「14万8千光年」
 「宇宙の彼方」
 遙かに遠いのはどちらも同じ。しかし、数字が示されていると、荒唐無稽・ハチャメチャなものであっても、倦まず弛まず進み続ければ、いつかは到着出来る気がする。これが「彼方」になると、行けど進めどゴールは遠ざかり、永遠に届かない印象がある。
 目的地jまでの距離(≒所要時間)が解らないままであれば、あの宇宙船は放射能除去装置を取りに行くのではなく、人類が住める惑星を求め宇宙を放浪する道を選んでいただろう。
 どれくらい進めば目的地に着くのか? 制限時間内に戻れるのか?
 距離を知るのは大事だ。

 仲間うちで群馬県は赤城山麓の温泉に泊まりがけで行く。
 JR前橋駅からちょっと歩いて、上毛電気鉄道「中央前橋駅」から「大胡駅」に出て、ここで集合。宿に向かう。
 主筆はグンマをまったく知らない。もと埼玉県人なんだから、隣の県くらい行ったことがあるだろうと思われるかも知れぬが、もと西武新宿線沿線住まいの身に云わせれば、「群馬県」より「イスカンダル」の方が、口にした回数は多い。
 と云うわけで、わくわくして前橋駅北口に降り立ち、中央前橋駅に向う。ところが、昼前に前橋駅に到着したにもかかわらず、宿で酒盛りを始めるまで食べ物にありつく事が出来なかったのである。駅から駅へ歩く途中で、食事のできる店を見つけられず、大胡駅周辺にもお店がなかったのだ…。


(写真は本文と関係ありません)

 宿の部屋で誰かが持ち込んだ、前橋市内の観光地図をパラパラと見る。
 県庁初め商店街市内観光の見どころが、ことごとくJRの駅から離れている事実を知る。昭和3年に出来た県庁舎が現存し、明治に迎賓館として建てられた「臨江閣」なる建造物があり、「100年を越える老舗が並んでい」るアーケード商店街もあると云う記述に興奮する。
 古い建造物は良い古本に等しい。見に行きたいと思うのが人情というものだ。

 中央前橋駅に戻る。仲間のひとりが、前日立ち寄った駅後方のビルにあるうどん屋が旨かったと云う。そこで早めの昼食を摂ろうではないかと行くと、営業を始めそうな気配がしない。やむなく西に向かうと呑み屋ばかりが連なる区域があり、さらに店がありそうな方へ。アーケード中ほどの蕎麦屋で「天麩羅うどん」など喰う。
 昼になったばかりだし、はからずも県庁に少し近づいたことでもあるので、前橋駅に向かう一行から単身分離、市内観光を敢行する。

 観光地図があるから、道に迷う心配はないのだが、この地図―『前橋まちなか&新前橋駅周辺マップ』(前橋観光コンベンション協会)、縮尺(スケールバー)が載って無い。


前橋まちなか&新前橋駅周辺マップ


縮尺(スケールバー)の例
「500米」と「5町」が示されている



地図の一部

 デザイン性を重視しているから仕方ないね、と『前橋まるごとマップ』(前橋観光コンベンション協会)を取り出し「前橋市街地エリア」地図を見るが、これにも描いてない。「歴史好きに訪れてほしい場所がたくさんあります」と記されたパンフレット『まえばし 歴史散策ガイドブック』(前橋四公祭実行委員会)は、50年後に古本屋が結構な値段で売りそうなくらいに充実した内容なのだけど、ここの地図を見てもA地点からB地点までの距離が掴めないのだ。


前橋まるごとマップ


まえばし 歴史散策ガイドブック

 20年前、上海の町中を歩き廻ったとき、現地で買った地図にも縮尺はなく、街路の距離が実際とは微妙に異なっていて、難儀した事を思い出してしまう。都市の地図は軍事機密にあたるので、わざと不正確なものにしていると云う。

 前橋の観光地図もそのクチなのだろうか?
 そうではあるまい。前橋駅から市街中心部・繁華街への距離が明確になってしまうと、観光客が「遠そうだから行くのやめようか」と敬遠することを怖れ、スケールを明記しないのだと私は推察する。
 群馬県庁ホームページの「県庁への交通アクセス」を見てみよう。


ページをトリミングしたもの

 JR両毛線前橋駅下車、バス約6分
 新前橋駅下車、バス約7分
 中央前橋駅下車、バス約7分

 駅から「徒歩」で行く場合が無い。
 「Yahoo! Japan」の地図・ルート検索で、前橋駅−群馬県庁を調べてやると「23分−1.87km」と出る。駅から臨江閣なら「26分−2.11km」。アーケード商店街は駅と県庁/臨江閣の間で1キロちょっとくらいか。
 JR前橋駅から10分15分歩かないと、市内観光の出発点に立つことはおろか、メシを喰うこともままならぬことになりそうなのだ。

 「宇宙戦艦ヤマト」の帰路は、邪魔者がいなくなったため(制作上の『大人の事情』はおいて)あっと云う間に地球に近づいていく。しかし、市内を歩き廻って前橋駅に向かう我が足の歩みは早廻しも中略も無い。駅に続くケヤキ並木は見事なものではあるが、木々が珈琲や酒をふるまってくれるわけでも無い。少なからず面白いモノは見たはずなのだが、駅までの道のりを進めば進むほど、寂しさばかりが募っていくのだ。
 どうして駅を市街のはずれに設置したのか? 理由はあるはずだ。それは今日の眼からは浅慮なものだろう。しかし、それが観光地図に書いてあれば、明治の町づくりがどんな構想に基づいていたのかに気付かされ、不便なところも魅力に転じるかも知れない。そう思いつつ高崎行きの列車で帰宅の途につく。

 前橋市街で、昼のうどん以外で地域経済に貢献したものと云えば、タバコ2箱、文庫版『じゃりン子チエ』1冊(新刊が出たばかりだった)、駅のホームで買ったミネラルウォーター1本だけである。観光客として申し訳なく思っている。
(おまけのおまけ)
 観光してきた証拠をあげる。
 目当ての県庁舎(昭和庁舎)は、逆光線が強烈でロクな写真にならず、ここに掲載はしない(笑)。
 かわりに道路の反対側にある「群馬会館」を載せる。昭和5年に産業会館として建てられた由。


群馬会館

 県庁に向かう途中だったので近寄ることが出来なかった。食堂もあったと後で知る…。

 県庁から北に少し行くと前橋公園、さらに先が臨江閣である。


本館(明治17年)


別館(明治43年)

 最近重要文化財になったのに、入場無料で、公民館別館として使用されていたせいか、別館二階大広間(180畳)から、本館二階控えの間(3畳)に至るさまざまな座敷を、午前・午後・夜間・全日と区切り貸切で使用出来ると云う。驚くしかない(2021年11月現在)。たてもの好きなら、歩いて行くだけの価値はある。
(おまけのおまけのおまけ)
 群馬県庁「昭和庁舎」でこんな展示を見る。


総理大臣出身地マップ

 群馬が赤く大きく書かれ、4人の首相の名前が記されている。日本一総理大臣が出る県を標榜したいらしい。しかし戦前も加えると(群馬は戦後のみ)、最多は長州・山口県の8人(戦前5、戦後3)。続いて東京5人(戦前3、戦後2)で、4人輩出の群馬は3位となる。とは云え、岩手と同数3位であるから、「総理輩出県」として他都道府県人から認められるには、道半ばと云わざるを得ないだろう。