怪漢、社長宅に現る!

ホントに戦時中の話なのか? 79万8千おまけ


 「門松」話(初歩的な誤認をやって悔しいのでリンクはしない)を書くために、『朝日新聞』昭和18年12月24日付夕刊をコピーして、こんな記事が釣れる。


怪漢拳銃を発射

 怪漢拳銃を発射
 (註:昭和18年12月)二十三日午後十時三十五分、小石川区小日向台町一ノ○○(註:伏字とした)製粉会社社長正田貞一郎氏方で同家の雇人横田徳次郎さん(四一)が邸内を巡視中怪しい人影を発見したので誰何したところ 怪漢は拳銃二発を発射して逃走したが被害はなかった、犯人は五十七八位、黒もじり外套を着た小男で現場には靴が遺留してあった

 目を疑う。
 昭和18年12月23日と云えば、中国と終わりが見えぬ戦いを続けていながら、アメリカ・イギリス相手に戦争を始め、丸二年が過ぎたトコロだ。そんな時期に、深夜の社長宅に侵入者があり、見とがめた使用人にピストルを二発も放って逃走したと云うのだ。
 当時の日本では、護身用に拳銃を所持することは許されているから、悪用した犯罪者がピストルをぶっ放しても不思議なことでは無い(やたらにあるとは思えぬが)。しかし、それが昭和18年が終わろうとする時期なのが、目を疑うところなのである。警察は何をやっているのだ(人手不足なのか…)?

 小石川区は、戦後本郷区とあわせ文京区になったところで、小日向台町は現在は文京区小日向の一部になる。高台の(高級)住宅地だ。
 「雇人」が「邸内を巡視」するような邸宅の主、「製粉会社社長正田貞一郎氏」とは如何なる人物かと云えば、日清製粉の社長であり、上皇后(昭和後半生まれの自分は『皇太子妃美智子さま』とツイ呼んでしまう)陛下のおじいさまにあたられる方だ。立派な邸宅だったのだろう。金目のモノがありそうに見えたのだろう。
 これだけで「怪人二十面相」の世界である。もう少し想像を逞しくして、製粉会社では軍のため密かに特殊な―食べると肉体が鋼鉄のように強靭になるとか、巨大化するような―小麦粉を開発中で、その製法を記した書類を、某国のスパイが奪いに来た、と来れば、軍事探偵小説の世界ですよ。

 妄想はさておき、記事を読めば読むほど、「怪漢」の間抜けぶりが気になる。弾の出るピストルを持っているのだから、堂々?土足で忍び込み、家人に見つかったら居直れば良さそうなものではないか。仕事にしくじるだけでなくり、靴を置き忘れて逃げ出すとは、「裸足で逃げ出す」そのものではないか。情けないにも程がある。
 実際のトコロは、横田氏が拳銃を撃ったのではないか? そう思えてならぬ。そう考えれば、靴を脱いで忍び込んだ侵入者が、裸足で(足袋か靴下は履いていたとは思う。冬だから)命からがら逃げ出すのも納得出来る。

 実際のトコロはどうだったのか? 記事を何百回読み返したところで解るわけが無い。
 (おまけの課題)
 実は正田貞一郎の伝記はある。自宅に泥棒?が侵入するなんて事は、生涯そうそうある話しでは無いから、何かしらの記述があるような気がしている。ただし非売品とのことで、調べた限り普通の公共図書館には置いてなく、国会図書館と群馬県立図書館にあるのみと云う(古書市場には出ているが、載ってなかった時の事を考えると、二の足を踏んでしまう)。
 前橋まで行こうと考えている(世の中が落ち着いたら)…。