蜜蜂は昆虫界の武士

養蜂副業推奨広告で80万おまけ


 中村橋の古本屋で、こんな雑誌を買ってしまう。


「後援」大正2年3月号

 帝国軍人後援会―軍人遺族・傷痍軍人・在営者留守家族などで、生活に困窮している人を物心両面で支援する団体―発行の『後援』だ。

 東條英機の父、東條英教陸軍中将が「国防とは何を為すことか」と云う記事を寄せている。大東亜戦の責任者として刑死したヒトのオヤジ。陸軍大学一期生の俊英ながら中将どまりだった―息子の方が出世しちゃった―人が、ドンナ国防観を持っていたのか、読みたくなったのだ。
 八甲田山の雪中行軍で九死に一生を得た、小原伍長の「八甲田山雪中行軍実況」(講演録)も載っている。

 「国防とは何を為すことか」読む。
 「大正政変」―明治45/大正元(1912)年秋、陸軍の二個師団増設要求を拒絶した第二次西園寺内閣が、陸相辞任・後任不在で(陸軍の嫌がらせである)総辞職。後を継いだ桂内閣が国民の激しい反発を受け、大正2(1913)年2月に総辞職に追い込まれた出来事―のまっただ中に書かれたもの。この政変、主筆が学生のころは、「第一次護憲運動」として教科書に載っていた。尾崎行雄が内閣を批判した時に使った、「玉座を以て胸壁とし、詔勅を以て弾丸に代えて」の言葉が知られている。

 東條中将は、

 政論を取り扱うような雑誌を見ると、国防に関する論説を掲げぬものはないようである。又苟も、政治を談する輩で、口に国防論を唱えぬ者はないようである。想うに雑誌にして、国防論を掲げなければ、売れ行きが悪く、国士にして、国防論を口にしなければ、気がきかぬというのが、当世なのであろう。

 の感慨を洩らす。素人が軍事に口を挟むのが不愉快なのだ。
 この感慨に続き、彼が目にした「国防論」をふたつ挙げる。ひとつは「海島国の国防は、強勢なる海軍を以て、四囲の海上を制し、敵をして、国土に近づき得しめざるを以て、最良手段とす」、つまり海軍だけあれば良いと云うもの。ふたつ目は、「日本の陸方面の防禦としては、朝鮮の北境に於ける地形に拠って、敵の進入を喰い止むれば足れり」、と、明治43(1910)年の韓国併合を受け、これからの日本の防衛は、朝鮮半島の北限に防衛線を敷き、そこで敵を撃退する、専守防衛(!)で行こうと云うものだ。中将は、どちらも「浅薄幼稚」な俗論と切り捨てる。

 以下、興味深い論が続くのだが、それを記事に仕立てるには時間が足りない。
 と云うわけで、今回は「後援」に載っていた広告を紹介する次第。ここまで読み進み、タイトルの「蜜蜂」がドコに出て来るか不安になった方、国防論の続きが気になって仕方のない方、併せてお詫び申し上げます。

 『後援』に、こんな広告が載っている。


大正元年直輸入 蜜蜂

  在郷軍人・廃兵の副業に、養蜂を勧める広告だ。
 例によってタテのモノをヨコにして、仮名遣いを改め、適宜句読点がわりの空白を置いてある。

 ●蜜蜂は昆虫界の武士
 蜜蜂の 蜂王を愛し 共同一致に富み 敵に向て勇敢 人に対し温柔 又花に戯る風流は 昆虫界の武士と称すべし 而も高尚にして趣味あるは軍人諸士及在郷軍人諸士の美しき家庭に好○(1文字不明)せる興味ある副業なり

 ●養蜂の趣味と実益
 蜜蜂の卓越霊妙なる本能の研究 蜂群の増殖花蜜の採集子別の盛況は 其の愉快譬うべき者なし 亦外国種の逃げず刺さず飼養管理の容易なるは厭う事を知らず

 年々我が国に輸入せる二億万斤の砂糖も 従来雨露に委棄せる花蜜を採収せば之を補うて優に余りあるべし 亦一群の種蜂も三四年の後には年々数百金の利益を収むる事容易なり 而も純種を飼養し採蜜の傍ら種蜂を分与せば 意外の利益を見らるべし 苟も憂国の志士は自他共に斯業の隆盛を謀り以て国利民福の増進に勉めらるべし 現に欧米にては蜂蜜は国産の一と成れり

 ●弊園の責任
 苦心の結果原産地より輸入のサクセスコールデン種とカーニーオランの純体純種を提供し 徳義と責任を貴び必ず成功を保証す 予は小学校の教員なり 決して寸毫の不正を好まず 幸いに御信頼を乞う

 山口県大島郡屋代村 松永閑農園

 在郷軍人廃兵諸彦及後援読者諸君に限り 特に定価の五分引にて高需に応ず 委細御照会を待つ

 「蜜蜂は昆虫界の武士
 この言葉を、とにかく紹介したかった。
 ミツバチは、王(女王だが)を愛し、敵には勇く立ち向かい、人にはやさしくしかも花を愛でる風流さまである(それは本能だろう、とまぜッ返してはイケナイ)。だから武士・サムライなのだ。飼えば蜜が採れ、砂糖の輸入が減って国富を護り、飼い主には年数百円の利益―控えめな数字だ―が得られる。「憂国の志士」を気取るなら蜂を飼え、と云うのだから、カブトムシなんぞは、夜中に樹液すするだけの虫ケラに過ぎぬと云う気までしてくる。
 広告では武士と云っているが、やってる事を思えば、「商家の掛取り」(代金回収人)の方が実態に近い。

 「昆虫界の武士」なんて言葉を選ぶのだから、販売元も「徳義と責任を貴び」「寸毫の不正も好まず」で、「成功を保証す」と云いきってしまっている。「予は小学校の教員なり」も、信用して良いような気になります。世間では安月給の見本に見られている小学校の教員だって、おハチ様々で蜂売り商売の広告まで出せるのだ。
 それでいて、在郷軍人に廃兵、「後援」読者を「特に」割引優待するのに、5パーセントしか安くしない。もとが薄利だから出血割引は出来ない、と云う設定なのか。
(おまけのおまけ)
 『後援』表題横、「要目」の飾り罫が洒落ている。タテのものをヨコにしてお目にかける。


 銃剣つきの小銃、軍艦の錨でデザインされているのがお分かりいただけたろうか? 「参月号」の部分は背嚢(外套を括り付けてある)を用いている(冒頭の画像で確認されたい)。