ビフテキは横綱だ

「お総菜栄養番付表」で80万6千5百おまけ


 「ドリトル先生」の、作品名はトウに忘れているのだけれど、作中、ブタが「こんだて表を読むのが好きだ」と語っていたのを覚えている(お話は忘却の彼方なのに)。食べられるアテも無いのに、メニュー読んで何が面白いんだろう? と不思議に思ったのだ。
 それが「兵器生活20年」を超えた今、昔の料理の話があれば読んでみたくなり、博物館に展示された、戦前の料理屋のメニューを食い入るように見てしまう。古書店・古書市で有名な料理屋・ホテルのメニュウが見つかれば、買いたいとさえ思う(要価格相談)。
 人生は面白い。

 いつかどこかの古書市で、こんなモノを買う。


「お総菜栄養番付表」

 『主婦之友』昭和9年2月号附録、「お総菜栄養番付表」だ。
 お総菜―ご飯のおかず―を、「動物性食品を主としたもの」、「植物性食品を主としたもの」と、東西に分け、横綱・大関・関脇・小結が各1つ、前頭(幕内)が16、東西あわせて40品目の料理が紹介されている。
 勧進元は云うまでもなく「主婦之友」。行司は「満田百二、北山義雄」。監修の先生方だろう。「年寄」として「鰯のバタ焼」、「味噌おでん」が記されている。

 番付中央の細かい文字は、この表の「使い方」になっている。例によって仮名遣いなど調整したものを記す。

 (一)この栄養番付表は、どこでも得易い材料で、実際に料理したものの栄養価を、一目で判るように表したものであります。料理法は、どなたも御存じの、極く平凡なお総菜向きのものばかりを選んでありますから、この表をご覧になっただけで、すぐ毎日のお台所に応用して頂けると思います。

 「どなたも御存じの」とあっても、昭和9(1934)年当時である。現在では名を聞かない料理・こんなモノがあったのかと驚く―無知な主筆が知らないだけかも知れぬが―料理も載っている。内容は後ほどご紹介するが、番付の体裁を取る関係で、調理法までは記載されてない。「平凡なお総菜」だから、材料の分量があれば、何とか出来るだろうと云う事のようだ。

 (二)日本人の一日に必要とする標準健康食量は、蛋白質八〇瓦(グラム)、熱量二四〇〇カロリーとなっています。そのうち、主食として胚芽米五〇〇瓦摂るのが適当であります。胚芽米五〇〇瓦中にある蛋白質四一瓦と、その熱量一七七五カロリーを引いた、残りの蛋白質四〇瓦と、熱量六二五カロリーを副食から摂ることになります。その副食を朝昼晩に三分すれば、一回が蛋白質一三瓦、熱量二〇〇カロリー余となります。この表は、大体その標準によって選びました。

 戦前の食品の「カロリー」表示は、現在は「キロカロリー」で表記される(本来キロカロリーと表記すべきを、栄養学者が『カロリー』と表記した文献が大もとになったためだと云う)。よって、一日「二四〇〇カロリー」は「2400キロカロリー」の事。現代の農林水産庁「実践食育ナビ」では、「活動量の少ない成人女性の場合は、1400~2000kcal、男性は2200±200kcal程度が目安です」とあって、当時の「標準健康摂取量」は現代より若干多い。移動手段・家事労働の強度が違うのだ。もっとも、それを万人が摂れていたかどうかは、別な話であることには留意しなければならない。そして、この表で問題にされているのは、あくまでもカロリーとタンパク質の量だけだ。ビタミンなどの栄養素をバランス良くとらないと、身体を壊してしまう。

 (三)表中、蛋白質とカロリーが一定しないのは、実際に副食として食べる場合、量としてこれだけあれば充分だからです。職業や体質によって、これ以上を必要とする人は適当に分量を増し、子供や老人は、減らしていいわけです。(老人はなるべく植物性を主にする方がよい)

 標準的なものはあるが、年齢・職業(身体を動かすか否か)で、必要カロリーは変わる。運動部の学生やプロレスラー、相撲取りが大食いなのを思い出してもらえば良い。同じ人だって中高年になると「食が細くなる」。
 「老人はなるべく植物質を」とあるのが興味深い。最近の本屋では、年寄りは肉を喰った方が良いと提唱する本を目にすることが増えた。考え方が変わったのだろうか?

 (四)番付の順序は、カロリーの高いものを上位としました。調味料は極く少量の場合のほか、すべて計算に入れてあります。価格は糧秣本廠の調べによりましたが、地方により、また時価によって、変動のあるものと御承知下さい。

 おいしさでも、値段・格式でもなくカロリーの多寡で序列が決まる。相撲の番付より合理的だ(笑)。それでもタイトルに挙げたように、牛ステーキ「ビフテキ」が東(動物性食品)の横綱なのである。「ビフテキ」の言葉が纏うオーラは、熱量に裏打ちされたものだったのだ。
 「糧秣本廠」は、「陸軍所要の糧秣の調達・製造・貯蔵等を担った」部署(アジ歴グロッサリー『陸軍糧秣廠』より)であるから、この「価格」(一人前を記載)は、軍隊での調達価格と見なすことが出来る。材料が「一人前」の分量―グラム単位―になっているのも、軍隊的≒科学的と云える。
 献立を一通り書き写して(キーボードだから『打ち写し』だね)みると、東の「動物性食品を主としたもの」が、肉・鶏・魚料理になるのはアタリマエなのだが、西の「植物性食品を主としたもの」も、材料をヨーく見ると、肉類がそれなりに入っているモノが少なくない。「主としたもの」なのだから別にいいぢゃあないか、と思われる向きもあろうが、ドーピングしているようで主筆は面白くない。そうしないと必要なカロリーが摂れないからか、おいしくならぬのか子細はわからない。どこに肉が隠れているかは、一部を除いて、読者諸氏へのお楽しみとしておくので、戦時中の小学生にでもなった気分で探していただきたい。

 番付の料理はこんな感じで記載されている。


東方の前頭の一部

 この大きさの画像で紹介しても、何と書いてあるのか読めないし、絵もモノによっては料理の実際を表しているのかドーか判別できないものもあるから、文字で紹介して行く。
 この部分にあるのは、右から「烏賊の肉詰」「チャプスイ」「鮪のさしみ」「鯛の塩焼」である。これらは前頭の二段目に載っている。つまり、それ以上にカロリーの高いものが紹介されているのだ。

 先にも触れたが、番付外の「年寄」の一つ、「鰯のバタ焼」のカロリーは「305」と群を抜いて(ビフテキよりも)高い。残る「味噌おでん」も「278」あって、これまたビフテキより熱量がある。ただし「具」が何なのかは不明。牛スジかクジラの肉でも入っているんじゃあないだろうか。
 まずは、東の横綱以下、三役まで見ていく。一人前の材料がグラムで紹介されているが、主筆は自炊をやらない―冷蔵庫も電子レンジも持たない(昔はカレーも煮るし野菜炒めくらいは作っていたのだが)―ので、記載された分量の多寡を語ることが出来ない。ただ、この分量は、先にも述べられているとおり、胚芽米を一日500グラム、つまりは米を三合半(茶碗9-10杯分)、一食一合少しを食べる前提で算定されたものである事は意識していただきたい。一日に必要なカロリー2400のうち、1775は主食が受け持っているので、おかずは一食200(キロ)カロリー、タンパク質13グラムくらいあれば上々となる。
 原文は「瓦」、漢数字表記だが、判りづらいので改めてある。ルビは略すかカッコ書きにしている。

 横綱
 ビフテキ
 蛋白質 18グラム
 カロリー 271
 一人前 27銭
 材料 牛ロース肉百グラム(約28匁)、玉葱一個、人参30グラム(細いもの約二寸)、バタ5グラム(茶匙一杯)、馬鈴薯(じゃがいも)50グラム(約半個)、塩、胡椒、トマト、ソース。
 注意 馬鈴薯と人参、玉葱は、付合(つけあわせ)とします。


 肉100グラムでタンパク質18グラムだと云う。そんなものなのか。とは云え、さすがは横綱、カロリー・タンパク質ともに標準より高い数値になっている。材料費も横綱相応、ごちそうですね。
 しかし、「トマト」「ソース」ではケチャップになってしまい、それをステーキにかけるのですか? と待ったをかけたくなる。


 大関
 さつま汁
 蛋白質 13グラム
 カロリー 252
 一人前 7銭
 材料 豚肉30グラム(約8匁)、人参20グラム、牛蒡30グラム、甘藷
(さつまいも)20グラム、大根50グラム、葱20グラム、各適度、生姜少々、味噌40グラム(大匙2杯半)。

 「大関」なのに、ガクッと格が落ちた気になるのは、主筆が(それでも)現代人だからか。ビフテキ27銭に対しこちらは7銭と材料費も違い過ぎる。


 関脇
 鰤
(ぶり)の朝鮮焼
 蛋白質 18グラム
 カロリー 252
 一人前 9銭
 材料 鰤75グラム(一切)、葱30グラム(少々)、胡麻5グラム(大匙すり切り一杯)、片栗粉5グラム(茶匙山一杯)、砂糖、醤油。


 ドコが「朝鮮」なのかサッパリ解らない。ゴマとネギだからか? 照焼にゴマをかけ、ネギを添えるだけのヨーにも思える。調理法が書かれていないのがもどかしい。


 小結
 鶏
(とり)のもつソテー
 蛋白質 11グラム
 カロリー 235
 一人前 12銭
 材料 鶏内臓
(もつ)80グラム(約25匁)、玉葱150グラム(大一個)、バタ5グラム(茶匙一杯)、食塩少々。
 注意 内臓(もつ)と玉葱のバタ炒めです。

 バターではなかったが、鶏モツを炒めた料理は、実家住まいの頃、何度か食べた覚えがある。鶏モツが旨いと思えるようになったのは、呑み屋でヤキトリ・煮込みの味を覚えてからの事である。ヤキトリ屋の「もつ煮」はコッテリしていても、アッサリしていても好きです(ケダモノの『モツ煮』は汁がドロドロしてる方が、肉も軟らかくなっているから良い)。
 対する西方(植物性食品を主としたもの)の上位はこうなっている。

 横綱 きな粉入すいとん
 蛋白質 14グラム
 カロリー 261
 一人前 4銭5厘
 材料 きな粉30グラム(約8匁)、メリケン粉50グラム(約13匁)、菠薐草
(ほうれんそう)百グラム(約28匁)、鶏骨(がら)、醤油
 注意 煮出汁(だし)は、鶏骨を煮出したスープで作ります。

 「ビフテキ」の対抗馬、輪島VS北の湖、千代の富士対大乃国、つまり野球で云えばジャイアンツとタイガースとも云うべき(歳がバレる)取り組みの片方が、まさかのコレだ!
 「植物性食品」と云いながら、鶏ガラスープなのだから、これはドーピングの疑いが濃厚だ! モノ云いを付けるどころか横綱審議会が黙ってないぞ。しかも「きな粉入」。どんな味になっているのか、あまり想像したくない。横綱の品格は…。値段の安さも強烈だ。


 大関 野菜うま煮
 蛋白質 13グラム
 カロリー 255
 一人前 8銭
 材料 八つ頭50グラム(里芋大一個ほどの大きさ)、百合根50グラム(小一個)、くわい70グラム(小三個)、莢豌豆
(さやえんどう)10グラム(約3匁)、鶏肉20グラム(5、6匁)、砂糖、醤油。
 注意 鶏肉は煮出汁の代わりです。


 材料200グラム中、鶏肉が10%も含まれている。横綱・大関がこれでは場所が思いやられる。とは云え、お酒のつまみには良さそうだ。


 関脇 ぜんまい油炒め
 蛋白質 17グラム
 カロリー 254
 一人前 5銭
 材料 ぜんまい50グラム(約13匁)、油揚
(あぶらげ)30グラム(約8匁)、胡麻油5グラム(大匙半杯)、砂糖、醤油。
 注意 油揚はせん切りとして加えます。


 ようやく肉気抜きの料理となる。タンパク質は油揚げ。これぞ正統派の「植物性」。そしてこれも、ご飯のおかずと云うより呑み屋のつまみ感が強い。


 小結 野菜シチュー
 蛋白質 14グラム
 カロリー 250
 一人前 3銭5厘
 材料 がんもどき30グラム(約8匁)、里芋50グラム(大一個)、人参30グラム(細いもの約二寸五分)、大根百グラム(直径一寸長さ二寸弱)、牛蒡30グラム(細いもの約二寸七、八分)、メリケン粉10グラム(大匙一杯半)、胡麻油、食塩、胡椒。


 文字だけ見ていると、「洋風煮物」な印象があるが、具は和風。メリケン粉を入れず、出汁で炊きあげれば小料理屋のメニュウになりそうだ。横綱ビフテキ27銭で、小結3銭5厘とは格差社会である。
 東の前頭筆頭から4つ。

 魚の玉揚(たまあげ)
 蛋白質 20グラム
 カロリー 229
 一人前 5銭
 材料 小魚80グラム(2、3尾)、豆もやし50グラム(約15匁)、人参20グラム(少々)、乾
(ほし)椎茸一個、生姜少々、味噌10グラム(大匙三分の二)、醤油、砂糖、揚げ油。

 小魚をすりつぶし「つくね」「肉団子」にして素揚げしたあと、味噌仕立ての汁に入れるのか、味噌だれをかけるのか? 絵をみると団子の底にドロリとしていそうな「何か」が描いてある。「ミートボール」と思えば立派なおかずだ。


 牡蠣フライ
 蛋白質 11グラム
 カロリー 229
 一人前 15銭
 材料 牡蠣百グラム(中粒約15、6個)、馬鈴薯二百グラム(中2個)、レモン一切れ、ラード、パン粉、メリケン粉、玉子、ソース少々。
 注意 馬鈴薯は空揚げにして、付け合わせとします。


 ひとり15、6個は多すぎる気がするが、原文が「十五六個」とあるから、そのままにしてある。値段は、やや「ごちそう」級。子供の頃は、あの汁が苦手だったのに、今では汁気がないと「熱加えすぎだろう」と思うのだから、人間わからないモノだ。


 牛肉(ぎう)なべ
 蛋白質 24グラム
 カロリー 227
 一人前 17銭
 材料 牛ロース肉40グラム(約12匁)、バラ肉(約12匁)、玉葱一個、白滝20グラム(少々)、焼豆腐80グラム(五分の一丁)、菠薐草50グラム(少々)、割醤油
(わりした)

 ほうれん草が入るのが目新しいが、ほぼ「すき焼き」ですね。長ネギでなく玉葱だから、牛丼のアタマと云う方が近いのかもしれません。ビフテキほど値段が高くないのは、ロース肉が少ないからだろう。タンパク質がビフテキ(18グラム)より多いのに注目です。ここでは玉子なし。


 鯉こく
 蛋白質 16グラム
 カロリー 225
 一人前 5銭5厘
 材料 鯉50グラム(一切れ)、牛蒡百グラム(4、5寸)、味噌30グラム(大匙二杯)、生姜少々。
 注意 鯉はつつ切りに、牛蒡はささがきにして、濃い目の味噌汁で仕立てます。


 今ではこんなに安く材料を揃えられない気がします(よそ様の池から掬ってきてはいけません)。鯉が一切れ単位で買えるものなのか疑問に思うが、家族ぶんを魚屋の店先で切ってもらうのだろう。独り暮らしが長い―死ぬまで続くんだ―と、つまらない事が気になってしまう。
 西方です。

 味噌汁
 蛋白質 16グラム
 カロリー 225
 一人前 3銭5厘
 材料 味噌60グラム(大匙4杯)、豆腐百グラム(約四分の一丁)、揚玉10グラム(約大匙二杯)、青菜50グラム(少々)、煮干粉。
 注意 揚玉は、天ぷらをするとき油へ散った衣の玉のことです。


 「おかず」と云って良いものか? 日常の家庭料理は「具だくさんの味噌汁」で充分、と唱えている方ありますが…。
 揚げ玉があるとは云え、案外カロリーがあるのだなあ…と、しみじみ思う。揚げ玉の説明が載っているところに、天麩羅を揚げていた家庭の多く無さを感じる。


 野菜サラダ
 蛋白質 14グラム
 カロリー 220
 一人前 15銭
 材料 キャベツ30グラム(大の葉半枚)、胡瓜80グラム(中くらいのもの三寸)、トマト50グラム(三分の一個)、蟹缶50グラム(約13匁)、ちしゃ三枚、マヨネーズソース。


 「ちしゃ」は、レタスの和名。タンパク質はカニ缶の担当だから、これもドーピング。
 近所の呑み屋で出している「ツナサラダ」からツナと若布を除くと、これに近くなることに気付いて驚いている。キャベツは千切りでトマトは3切れ。さすがにドレッシングにはなっていますが、マヨネーズも添えてある。


 けんちん汁
 蛋白質 13グラム
 カロリー 217
 一人前 5銭
 材料 豆腐150グラム(三分の一丁)、里芋70グラム(中二個)、人参20グラム(細いもの約二寸)、牛蒡30グラム(小を約二寸八分)、大根50グラム(直径一寸長さ一寸)、胡麻油5グラム(大匙半分)、醤油、削り鰹。


 おとなの料理だとしみじみ思う。残り汁にご飯を入れて「おじや」にして喰ったもの。

 蒟蒻の白和え
 蛋白質 14グラム
 カロリー 217
 一人前 5銭5厘
材料 蒟蒻百グラム(約四分の一枚)、人参150グラム(洋人参小一本)、烏賊30グラム(約8匁)、豆腐70グラム(約六分の一丁)、白胡麻20グラム(大匙すり切り約4杯)、白砂糖、食塩、鰹節。


 これも酒のアテ同然。こんにゃくを短冊に切り分け、切れ目を入れそこからひねって茹で、カツブシかけたのを喰わされたのを覚えている。
 東の前頭。この段は実力派揃いである。

 蛤鍋
 蛋白質 20グラム
 カロリー 220
 一人前 8銭
 材料 蛤50グラム(大粒約7,8個)、焼豆腐90グラム(約五分の一丁)、葱200グラム(中4、5本)、味噌30グラム(大匙二杯)、鰹節少々。
 注意 蛤はむき身にしたものの量です。


 新鮮な蛤なら味噌仕立てにする必要はないだろう。気の利いた料理屋が、殻つきで3個で良い値段で出して来る。汁はご飯にかけて食うと旨い。実家ではあさり・しじみの味噌汁がせいぜい。


 鰻の蒲焼
 蛋白質 21グラム
 カロリー 217
 一人前 15銭
 材料 鰻125グラム(約35匁)、醤油、味醂
 注意 一人前の値段は、家庭で焼くものとしての予算です。


 自炊をしない=スーパーの食品売場に行かない、のだから、鰻125グラムがどれくらいの大きさになるのかサッパリ解らない。しかし、「値段は、家庭で焼くものとしての予算」と註記されているところに、「外で喰えば高い」料理であることが伺える。外で喰うには蛮勇を振るわねばならぬが、日本酒のアテにして喰うと七転八倒するくらい旨いンだ。


 海老天ぷら
 蛋白質23グラム
 カロリー 217
 一人前 23銭
 材料 海老百グラム(車海老小5尾)、大根おろし30グラム(少々)、メリケン粉、玉子、揚げ油、天汁
(てんつゆ)

 実家で喰ってたエビは、天麩羅でもフライでも小さいもので、外で食べると何でこんなに大きいんだろうと不思議に思ったものである。もちろん、自宅で食べたのはクルマエビではない。


 ポーク・カツレツ
 蛋白質 20グラム
 カロリー 210
 一人前 16銭
 材料 豚肉百グラム(約28匁)、キャベツ30グラム(大二分の一枚)、トマト20グラム(約二切れ)、パン粉、メリケン粉、玉子、ソース、食塩、胡椒。
 注意 キャベツのせん切りとトマトを付け合わせました。


 肉を叩いて薄くするのかドーか、この記述から読み取るのは不可能である。これは今の「とんかつ」なのではないだろうか。
 西方に移ります。

 豆麵(とうめん)のぬた
 蛋白質 15グラム
 カロリー 208
 一人前 5銭
 材料 豆麵(春雨)20グラム(約四分の一把)、干若布5グラム、葱50グラム(4、5寸)鯖50グラム(切り身小一つ分)、味噌30グラム(約8匁)、砂糖、酢。
 注意 春雨は茹で、若布、葱、鯖と一緒に酢味噌で和えます。


 これはドー見ても居酒屋の「お通し」の世界だ(当然、鯖なんか入らない)。春雨を「ぬた」にして食べるのかと驚いている。


 卯の花炒り
 蛋白質 15グラム
 カロリー 206
 一人前 6銭5厘
 材料 牛肉細切40グラム(約11匁)、卯の花150グラム(40匁)、葱百グラム(2、3本)、胡麻油、食塩、醤油、砂糖。
 注意 牛肉と葱をまず炒め、次に卯の花を入れてよく炒め、味つけします。


 牛肉が入っていて、この値段。卯の花(おから)は実家の食膳に何度となく上がってきたが、肉ではなく油揚げか「ちくわ」か魚の煮たもの(おそらくは刺身の古くなったやつ)が入っていたものだった。ネギもそんなには入っていなかった。ひじきも入っていた。「おから」は好きですね。「おかず力」は低い(口の中がパサパサになってしまう)のですが。


 油揚ともやし炒め煮
 蛋白質 17グラム
 カロリー 203
 一人前 4銭
 材料 油揚70グラム(大一枚)、もやし50グラム(13匁強)、砂糖、醤油、食塩、胡麻油。
 注意 油揚と豆もやしを、油でさっと炒めて味つけしたもの。煮すぎると、栄養も味も減ります。


 現代人の目から見ると、いささか寂しい「おかず」である。もっとも、これで肉を入れると東側になってしまう。


 生揚の付焼
 蛋白質 17グラム
 カロリー 201
 一人前 2銭5厘
 材料 生揚159グラム(40匁)、大根おろし70グラム、砂糖、醤油。
 注意 生揚に砂糖醤油をつけて、焼いたもの。大根おろしを添えます。


 小料理屋なんかでは「厚揚げ焼き」と称されてたりします。近所の呑み屋は火であぶって、刻んだネギ載せて醤油かけて喰わせてます。砂糖醤油を使うと照焼みたいになるのだろうか。
 東方。

 烏賊の肉詰
 蛋白質 23グラム
 カロリー 209
 一人前 10銭5厘
 材料 烏賊小一尾、牛挽肉20グラム(約5匁)、玉葱一個、馬鈴薯百グラム(大一個)、菠薐草50グラム(少々)、塩、胡椒、ブラウンソース。
 注意 野菜は全部、挽肉と一緒に烏賊の胴に詰め、ブラウンソースで煮込みます。


 「プラウンソース」(バタと小麦粉を茶色になるまで炒め、ブイヨン―洋風出汁―でのばしたソース。ビーフシチュウやハヤシライスの汁の素)で煮込むとあるから、立派な「洋食」。こんな食べ方は初めて知りました。


 チャプスイ
 蛋白質 13グラム
 カロリー 204
 一人前 10銭5厘
 材料 豚肉の細切れ50グラム(約13匁)、もやし50グラム(約13匁)、葱40グラム(中一本)、青菜20グラム、片栗粉10グラム(大匙すり切り二杯)、砂糖、醤油。


 戦前の読み物で名前は見るが、実態がいまいち掴めない料理である。
 『家庭百科重宝辞典』(『婦女界』附録昭和8年)を引くと

 (1)支那料理の一種、鮑、豚肉、筍、椎茸、豆もやし、葱その他の野菜を細かに切り、筍はさっとすでておき、鉄の支那鍋にラードを溶かし野菜を炒め、更に鮑と豚肉を炒めて加え、酒と砂糖を少し加え、醤油を注ぎ、片栗粉を溶いて交ぜたものが即ちそれ。
 (2)アメリカでは米国化した支那料理を総括してチャプスイの名で呼んでいる。全米を風靡しているといってもいい程の大流行である。

 八宝菜、中華丼の上にかけるやつ相応と見て良さそうだ。「中華丼」の名称は、(2)から転じたものではなかろうか。
 以前、小竹向原駅近くの喫茶店のランチで食った時は、中華丼の具を細かくして、とろみを無くした感じの汁かけメシ然としたモノが出てきた。これが「チャプスイ」かと喜んで匙を付けたところまでは覚えている。


 鮪のさしみ
 蛋白質 12グラム
 カロリー 200
 一人前 11銭
 材料 鮪60グラム(20匁)、大根少々、醤油。
 注意 鮪は、とろのところの計算になっています。脂肪
(あぶら)のない上身ならば、これよりカロリーが少なく、反対に値段が上がります。

 昔は「とろ」が安かったことを物語っている。「まぐろの刺身」、外で食べると、これほど値段で味が変わる(高いほど旨い)モノもない。


 図を眺めると、刺身よりお新香・沢庵か、かまぼこを薄切りにしたヨーにしか見えない。脂身だから薄く切っていたのだろうか。


 鯛の塩焼
 蛋白質 23グラム
 カロリー 193
 一人前 23銭
 材料 鯛120グラム(小鯛一尾)、寄せもの40グラム(一切れ)、剣生姜一本、塩、酢少々。
 注意 寄せものに剣生姜を、付け合わせとします。


 「寄せもの」は、溶かした寒天・ゼラチン・葛などで、小間切れにした材料を固めたもの。「剣生姜」は、料理屋・旅館の焼き魚のお皿に斜めに添えてあるアレ。値段から云って「ごちそう」の類に入る。実家で喰った「鯛」は「たい焼き」がいいとこである。
 西方。豆腐系が占める。

 高野豆腐炒り煮
 蛋白質 16グラム
 カロリー 201
 一人前 6銭
 材料 高野豆腐20グラム(一個)、ひじき10グラム(大匙一杯くらい)、玉葱200グラム(中二個)、胡麻油、砂糖、醤油。
 注意 高野豆腐は、薄い灰汁
(あく)かソーダの温湯に浸けて、軟らかくもどしてから用います。

 今どきの高野豆腐なら、もう少し手軽にもどせると思う。我が家では玉葱は抜きで、高野豆腐とひじきにおからと竹輪(の薄切り)を甘辛く煮付けたモノが出てきて、「おかず力」無いなァと思いながら(文句ばかり云ってる)喰っていた。


 納豆葱和え
 蛋白質 20グラム
 カロリー 187
 一人前 4銭
 材料 納豆百グラム(約27匁)、葱30グラム(小一本)、芥子
(からし)、醤油。
 注意 納豆は箸でかき廻して、糸をよく立て、みじん切りの葱とまぜて芥子醤油をかけます。


 ただの納豆です。臭いと糸引きが大嫌いなので、とうとう家では食べずに通してしまった。今でも、これだけは出されても残す。滋養がある、長生きできる、身体に良い話はさんざ聞いているが、嫌いなものは嫌い。嫌なものは嫌だ。


 豆腐のあんかけ
 蛋白質 14グラム
 カロリー 182
 一人前 3銭5厘
 材料 豆腐220グラム(約半丁)、片栗粉15グラム(大匙山一杯)、生姜、醤油、砂糖、鰹節。
 注意 あんかけの豆腐は、大切りの方がよく、生姜は卸して薬味とします。


 この段は、地味なおかずばかりである。お燗酒に合いそうではある。

 湯豆腐
 蛋白質 20グラム
 カロリー 181
 一人前 7銭
 材料 豆腐220グラム(約半丁)、鱈30グラム(約8匁)、葱20グラム(約二寸)、柚子、醤油、鰹節。
 注意 葱は薬味、柚子は酢を搾って醤油と合わせます。


 呑み屋で喰えば、鍋の中に昆布のひとつも仕込んであるものだが、家庭料理だからかそこまで材料を凝らない。これも「おかず力」に乏しい料理で、我が家の湯豆腐は、ここから鱈を抜いたものだったから、豆腐だけ先に片付けてしまい、残った、かつぶしに醤油をかけたモノでご飯を食べておりました。
 東の最後である。

 オムレツ
 蛋白質 14グラム
 カロリー 187
 一人前 8銭5厘
 材料 牛肉細切(こまきれ)30グラム(約8匁)、玉子50グラム(一個)、玉葱40グラム(中半個)、菠薐草40グラム(少々)、食塩、胡椒。
 注意 菠薐草は茹でて、付け合わせといたします。


 挽肉ではないトコロが興味深い。料理屋で喰えば玉子2つは使ってくれそうなもの。我が家では「玉子は一人一日ひとつ」だから、皮が破れ挽肉がこぼれているのが常だった。家と外で、出来上がりの見てくれが全然違う料理の筆頭だと思う。


 鯖味噌煮
 蛋白質 26グラム
 カロリー 183
 一人前 6銭
 材料 鯖百グラム(一切れ)、味噌20グラム(大匙一杯半)、菠薐草百グラム(約28匁)、生姜、砂糖、醤油各少々。
 注意 鯖は粒味噌がよく合います。


 酒を呑むようになって、旨いと思えるようになった料理のひとつ。肉に比べ、魚は安い。外食世界では(店にもよるが)逆転した感がある。


 茶碗むし
 蛋白質 13グラム
 カロリー 175
 一人前 10銭5厘
 材料 玉子50グラム(一個)、竹輪20グラム(2、3切れ)、鶏肉25グラム(約7匁)、くわい一個、菠薐草少々、乾椎茸一個、砂糖、醤油、鰹節。
 注意 菠薐草の代わりに、小松菜でも三つ葉でも結構。


 「おかず」と呼べるか悩ましい一品。旅館の食膳にあると嬉しいが、これでメシを喰えと云われると当惑してしまう(いつ食べるのかも悩ましい)。ほうれん草が入ったものは食べた覚えがない。

 塩鮭クリームかけ
 蛋白質 19グラム
 カロリー 157
 一人前 5銭5厘
 材料 塩鮭60グラム(一切れ)、キャベツ百グラム(大一枚)、メリケン粉、食塩、胡椒、味の素少々。
 注意 塩鮭は茹でて、クリームソースをかけ、キャベツを付け合わせとします。


 材料に、クリームソースになるモノが入っていない。「牛乳」を書き落としたか? これだけに「味の素」が記載されているのが興味深い。
 西方の最後である。

 ゆばのおろし和え
 蛋白質 22グラム
 カロリー 176
 一人前 9銭
 材料 ゆば50グラム(約13匁)、大根百グラム(直径一寸長さ二寸弱)、海苔、砂糖、醤油。
 注意 ゆばは水にもどし、砂糖と醤油でざっと下煮して、大根おろしで和えます。


 これも「おかず力」が感じられない(味を濃くすればよいのだろうが)。

 大豆の煮豆
 蛋白質 17グラム
 カロリー 175
 一人前 1銭5厘
 材料 大豆40グラム(大匙山二杯)、昆布5グラム、砂糖、醤油。
 注意 カロリーは足りませんが、一度にこれ以上、普通は食べられませんから、不足分は他のもので補います。


 一人前の値段は最も廉価。「一度にこれ以上、普通は食べられません」とあるのが怖ろしい。これも食卓に何度も見た。たしかに他のおかずもあった。「身体にいいんだからちゃんと食べなさい」と、毎回云われた記憶がある。今なら、箸休め程度に少しあると嬉しいかも。


 ふろふき大根
 蛋白質 18グラム
 カロリー 169
 一人前 4銭5厘
 材料 大根300グラム(直径二寸長さ三寸弱)、黒胡麻5グラム(茶匙軽く二杯)、砂糖20グラム(約大匙二杯)、味噌40グラム(約11匁)。
 注意 大根は厚切りにして、軟らかく湯煮し、胡麻味噌をかけます。


 呑み屋の定番料理だ(胡麻味噌ではないが)。煮大根に固いトコロがあると心底腹立たしい。


 酒粕汁
 蛋白質 19グラム
 カロリー 117
 一人前 4銭
 材料 酒粕50グラム(約13匁)、味噌30グラム(大匙二杯)、塩鮭20グラム(一切れの三分の一)、大根80グラム(直径一寸長さ一寸五分)。


 身体が温まると云われる一品。しかしカロリーはそれほどでも無いので、ちょっと驚いている。近所の呑み屋が最近よく出している。別な呑み屋が酒粕仕立ての小鍋を出していた。ご飯と玉子入れて「おじや」にすると、酒臭さが軽くなって実に美味かった。

 番付は、これでおしまいだ。
 実家でいやいや食べていた料理が意外とある。「おかず力」は低いが、「つまみ力」は侮れないし、外食だとかえって食べられないものが多い。惣菜屋、スーパーで買えるものもあるが、総督府には冷蔵庫が無いし、保管する場所も無いから、この先食べる機会が無いものも、あるかと思うと、ちょっと寂しい。
 記載された料理を一通り見ると、カレーが無い。ハンバーグ・コロッケも無い。「野菜炒め」も無い。「中華料理」は「チャプスイ」くらいしか出ていない。野菜に目を向けると、南瓜、茄子、白菜が無いかわりに、ほうれん草がやたらと使われている。玉子料理は、「オムレツ」と「茶碗蒸し」くらいなものだ。玉子焼き・目玉焼きが無いのは平凡すぎるからか? 鶏肉も案外と使われていない。豆腐類は年中あるからか、それなりの数になっている。何にせよ、どう云う基準で選んだものかはサッパリ解らない。

 家庭―『主婦之友』が買えるだけのお金はある―のお総菜だから、あまり高い材料は使えないのだろう。40種を値段ごとに拾うと、
   1~ 5銭未満 10
   5~10銭未満 17
  10~15銭未満  5(鶏もつソテー・烏賊の肉詰・チャプスイ・鮪のさしみ・茶碗蒸し)
  15~20銭未満  5(牡蠣フライ・牛肉なべ・鰻の蒲焼・ポークカツレツ・野菜サラダ)
  20銭以上      3(ビフテキ・海老天ぷら・鯛の塩焼)
 こう云う構成となる。野菜サラダが、案外高級品のポジションにある(カニ缶効果だろう)のが面白い。番付には無い料理がどのレンジに入るのか、想像してみるのも一興だろう。

 最廉の「大豆の煮豆」は1銭5厘、最高価の「ビフテキ」が27銭。戦前値段計数2~3千倍を適用してみると、煮豆30~45円にビフテキ540~710円となる。材料代だけでも差が大きい。10銭が200-300円になるので、他の料理の程度も推し量れよう。
(おまけの熱量)
 これを書いていて、ふだん食べているモノが、何カロリーあるのか気になったので書き出してみる。
 カロリーメイト(チョコレート味)4本で400キロカロリー。タンパク質8.7グラム。朝2本、昼2本に分けて喰ってる。
 某コンビニエン・ストアの「おつまみナッツ」50グラム入り296キロカロリー。タンパク質10グラム。「大豆の煮豆」より高カロリー。会社でおやつ代わりに食べる(カロリーメイトは腹持ちしない)。
 同じコンビニの「三色パン」418キロカロリー。夕方に喰う。あんこ・クリーム・チョコクリームが分かれて入っているパンで、パンより中身の方が目方がありそうな一品。それほど腹は膨らまないのに、カロリーの高さに驚愕する。「ちぎって食べる塩バターデニッシュ」は、驚くなかれの512キロカロリーだ。あとは朝にヤクルト1000、昼には野菜ジュースを飲む。
 夕食はカタチある野菜が欲しいので「五目ソバ」(中華そば)。カロリーは不明。
(おまけの読み物)
 『「おふくろの味」幻想 誰が郷愁の味をつくったのか』(湯澤規子、光文社新書)読む。
 「おふくろの味」とは何か? その概念が、いつから、誰によって見出され、どのように拡がったのかを、家庭・家族・ジェンダー・生活文化・地域振興と、幅は広く、歴史の視線は奥深く「『味』から社会を描く」(プロローグより)本。

 育った家を出て、自分自身の一家(単身所帯でも良い)を構えた時、はじめて「おふくろの味」は生まれる。故郷を離れて、はじめてふるさとを、かけがえのないものと思う。国家もそんなモノなのだろう。褒めるのは照れる。憎まれ口も叩きたくなる。そこにいるのだから仕方がないよ。