女・婦人・ガール

『婦人職業案内』で81万2千800おまけ


 背後に積み上げた本が崩れ、くるぶしに硬いトコロがコツンと当たる。本に冊子、万年床に拡がるモノをかき集めていたら、こんな冊子が出て来る。


「最近調査 婦人職業案内」

 『婦人倶楽部』(大日本雄弁会講談社)昭和6年11月号附録「最近調査 婦人職業案内」。
 昭和初期の女性に、どんな仕事があったのか、その概略とお給金の程度がなんとなく分かる読み物だ。類書・参考書あわせてウラを取れば、真面目な読み物に仕立てあげられるだろう。しかし、婦人史読み物を探せば、しっかりしたモノがあるだろう、と、あえて興味本位な取り上げ方で紹介する(例の通り、タテヨコ変換・仮名遣い改変をやっている事は断るまでもあるまい)次第。

 記載されている職業は、
 (一)資格を要しない職業
 (二)講習又は学校を出て就く職業
 (三)資格を要する職業
 に大別される。ある職業の中に、異なる仕事が記述されている事もあって分類は雑。
  ともあれ、記載されている職業を列記していこう。

 (一)資格を要しない職業
  1 銀行会社事務員
  2 郵便局事務員(三等)
  3 鉄道局事務員
  4 簡易保険局事務員
  5 百貨店の店員
  6 婦人記者
  7 婦人秘書
  8 家庭教師
  9 筆耕婦
 10 婦人外交員
 11 婦人写真師
 12 婦人看守
 13 駅の出札係


 ひと昔前なら「OL」と呼ばれていた「銀行会社事務員」が筆頭。「大学生の男子が売れ残っているのに、婦人の口はきまっていく」と云う。女学校出の大半は常識はあるが珠算・簿記が出来ず字も下手で、実務学校出はその逆と云われている由。
 「家庭教師」は「良家の家庭に出向いて、小学校又は女学校初学年程度の人に予習復習等のお相手をする」仕事だが、給金は「所謂謝礼」なので、本職とするには掛け持ちが必要と云う。
 「婦人写真師」が、資格を要しない職業にあるのはいささか解せぬ。本文では「写真館に年期を入れる」、「写真学校に学ぶ」二通りの道が書かれ、写真学校の学費など記されているから、「(二)講習又は学校を出て就く職業」に含まれるべきだろう。
 「婦人外交員」は家庭/会社を個別訪問して、保険・ミシン・広告・出版物(の予約)などを販売する仕事だ。保険の場合、固定給をもらう者は給金の150倍がノルマとされ、「五十円の固定給の人は一ヶ月七千五百円」の契約を取ってこないといけない。

 14以降しばらくはカタカナ職業が並ぶ。昭和初期感が匂い立つトコロだ。

 14 マネキン・ガール
 15 エア・ガール
 16 マリン・ガール
 17 マニキュア・ガール
 18 エレベーター・ガール
 19 ゴルフ・ガール
 20 列車食堂ガール
 21 麻雀ガール
 22 ガソリン・ガール
 23 セールス・ウーマン
 24 ダンサー
 25 モデル


 「○○ガール」の類が集められている。
 「マネキン・ガール」は昭和史読み物でお馴染みのお仕事。衣料宣伝なら「最新流行の衣装を着けて、沢山の客の面前で魅力ある表情と姿態とで其の品の広告をします」。商品説明や広告ビラ配り、広告写真のモデルもやる由。
 「エア・ガール」は、のちにスチュワーデスと称されて女子憧れの職業のひとつとなる、今日の客室乗務員の祖。文句ナシの最先端だ。
 マリン・ガール」は遊覧船上にあって、眺望の説明から「輪投げのお相手」まで努めるお仕事。
 「ガソリン・ガール」は、ガソリン・スタンドの店員。今では珍しくも何とも無いが、自動車普及の度合いが低いから尖端職業の一つにはなる。看板娘として愛嬌も求められていた由。
 「セールス・ウーマン」は先の「婦人外交員」とは別物で、外国人相手の商店店員の事。例示されているのは帝国ホテルの売店。
 「ゴルフ・ガール」はミニゴルフ(パターゴルフなんて云い方もある)場の、「麻雀ガール」は雀荘の店員である。このあたりは、仕事自体は今日なお栄えているが、呼び方だけが滅びてしまったものが多い。ガールでなくても出来る仕事だから仕方がない。

 26からは一口に何系とは云えない職業になる。

 26 映画館案内人
 27 玉突ゲーム取り
 28 スピード・ガール
 29 遊覧自動車案内人
 30 自動車車掌
 31 婦人船掌
 32 女優
 33 楽劇団員
 34 管弦楽団員
 35 音楽家
 36 画家
 37 女給仕
 38 カフエー女給
 39 派出婦
 40 女中
 41 駅の売子
 42 掃除婦



玉突ゲーム取り

 「映画館案内人」は、映画館の客席案内をする人。懐中電灯で客の足元を照らして席に導く仕事と云う。独立した職業なの? と思わぬでもない。
 「玉突ゲーム取り」はビリヤード場の得点を数えるのが主な仕事だが、ゲームの相手も出来ればお給金も増える由。バスガイドとバス車掌は説明不要。
 「船掌」は巡航船のキップ切りなどやる「新職業」との事。車掌の船版。
 「楽劇団員」はレビューの踊り子。ここでは松竹楽劇部練習所が紹介されている。
 「女給仕」は役所・会社の「お茶くみ」「お使い」「受付」などをやるもの。義務教育を終えた若い男子の仕事―商家の小僧・丁稚の類―だったのが、女子にも門戸が開かれてきている、とある。後年は一般事務職に取って代わられる職業だ。
 「カフエー女給」は、「兵器生活」読者であれば説明不要だろう。と終わりにすると怒られそうであるし、読むと興味深いトコロもあるので紹介しておく。

 白いエプロン姿―或は一際美しい着付けで、彼女達は並んだ卓子(テーブル)の間を金魚の様な鮮やかな姿態をもって泳ぎます。それは明るく爽やかな近代美です。
 女給という名称は、主としてカフエー、バー、レストラン、喫茶店に働く婦人の上に用いられています。
 女給といってもピンからキリ迄ありますから一概には申されませんが、兎に角十七八歳から二十五歳位迄の容姿美しく愛嬌ある人で、一通りの作法心得が必要です。
 客扱いの上手下手は要するに頭脳の働きの問題で、これが直ちに収入に関係してまいります。と云う訳は彼女達には普通固定収入というものが無いのが多く、収入は客からの心付(チップ)が唯一のものだからであります。そして其の収入は、月三十円位の人もあり、五十円位の人もあり、又一流の店ですと百円二百円の人もあって一定して居りません。但し、食堂、純粋の喫茶店等の様な地味な店では給料十五円乃至二十円位を出して居ります。
 何しろ客の接待をする仕事ですから、結髪料衣装代には人知れぬ出費がありますが、それも例えば同じ和服でも銘仙で済む店、錦紗でにければならぬ店もあって、それらは店の格式に依ることですから、一口には申されません。
 志願者には学歴の必要はなく『女給さん入用』の貼紙又は新聞広告を見て、直接店の帳場に申込めばよいのです。堅い店では戸主の承諾、保証人等を必要とします。
 通勤は早出と遅出とあって、それを一日乃至二日交替に実行しています。住込の店も沢山あります。どちらにしても夜分は十一時を過ぎなければ身体は楽になりません。
 それから料理や飲み物の代金は総て女給の責任ですから、不埒な客のあった場合には、代弁しなくてはなりません。食器類の破損の場合も同様ですから、気苦労は相当大きいものと覚悟して掛からねばなりません。志願者は人生修行の一つと心得て、ゆめゆめ浮ついた心で飛び込む事は慎まねばなりません。

 「明るく爽やかな近代美」と持ち上げつつも、カフエー女給には、「固定収入というものが無い」、「人知れぬ出費」、「十一時を過ぎなければ身体は楽になりません」、「気苦労は相当大きい」と、キビシーことばかり書いてある。
 「人生修業」とまで書かれた職業は、この冊子でこれだけだ。「食堂、純粋の喫茶店(『純喫茶』である)等の地味な店」と「女給」で一括りされているのが、今の目で見ると興味深い。

 「派出婦」は一日から数日単位で家事手伝い・接客をするお仕事。旅館・待合・料理屋などへの派遣は禁止されている由。
 「女中」は家庭で家事をやるものと、旅館・料理屋で働くものとまとめて語られていて、編集が雑なのか、当時の職業観がおおざっぱだったのか、この冊子だけでは解りかねるトコロがある。
 「駅の売子」「掃除婦」も説明は不要だろう。

 「スピード・ガール」は、説明の全文を紹介した方が解りやすい。

 これは極く最近東京に出現したスピード時代が生んだ最も新しい婦人職業の一つです。名を聞いただけでは、一体どんな職業か一寸判りかねますが、所謂『街の案内娘』とも云うべきもので、銀座、浅草、上野、新宿等の盛り場を始め、市内の要所又は交通頻繁な交差点等で、その付近の名所、古跡は勿論、銀行、会社、官衙、学校、劇場等の所在や、電車、バスの乗降、乗換等を教える外、何処の百貨店では目下どういう大売出しをやっているかとか、何劇場の演(だ)し物は今何であるとかいうようなことまで、手に取るように親切丁寧、明瞭に無料で教えて上げるということが、この仕事の目的ですから、初めて上京して土地不案内な田舎の人などには大助かりな社会奉仕的の職業です。
 採用の条件としては、年齢十六、七歳から、二十四、五歳迄の高等小学校卒業以上の者、仕事が仕事ですから、人好きのする明るい感じの人で、言葉遣いがハッキリしていて地方訛りのない人が要求されて居ります。
 採用の上は、当分、市内の地理その他案内に必要な事柄については、一通り教授して呉れることにはなっていますが、教わらないでも、相当に市内の状況を知っている人でなければなりません。
 勤務時間は、午前九時から午後四時迄で、通勤です。収入は一日一円ですから、一月無休で勤めれば月収三十円になる訳です。服装は制規の洋装することになっています。
 就職方法は、履歴書に写真を添えて、東京府下東中野町小瀧○○(註:番地は伏せた)小島蓮太郎氏宛申込めばよいのです。

 「最も新しい」職業と云う。交通案内・観光案内・イベント案内を引き受けると云うのだから、今の観光ガイドの前身と云うトコロか。客には「明瞭に無料で教えて上げ」るのに、収入が「一日一円」と云うのだから商売として矛盾している。一ヶ月休みナシでやればそりゃあ月30円にはなりますが…。
 小島さんには申し訳ないが、自分の娘がやりたいと云ったら「よしなさい」と云ってやる。主筆に娘はいないけど。


「スピード・ガール」

 その先は「女工」が続く。

 43 製菓会社女工
 44 製薬会社女工
 45 紡績会社女工
 46 印刷会社女工
 47 専売局女工
 48 造幣局女工
 49 印刷局女工

 
 製菓・製薬ともに仕分け包装箱詰めのあたりを担当する。
 製造現場に直接従事するのは「紡績会社女工」、「専売局女工」(当時の煙草は専売制なので、専売局配下の工場で製造されていた。JTの前身。巻きたばこの刻み・巻きから包装までやる)くらいなもの。印刷会社での解版(組んだ活字を一つひとつにバラして仕分けする)が女性の仕事だったのは初めて知った。
 「女工」と云うと、紡績会社で酷使されているイメージが強すぎるのだが、それ以外の工場で働いていれば、それも「女工」となるわけだ。

 「女工」のあとは、「師匠」が続く。これも職業なのだな。

 50 生花師匠
 51 琵琶師匠
 52 茶の湯師匠
 53 三味線師匠
 54 琴師匠
 55 和服裁縫師匠


 このへんも解説の要はいらんでしょう。和服の仕立てが「お稽古ごと」の後に続くのが面白いトコロ。小唄長唄義太夫と云ったあたりが入っておらず、「職業」から排除しようとする、編集者・指導者の意図を強く感じる。
 そう云う観点で挙げられた「資格を要しない職業」を見ると、芸娼妓が載せられてないことが解る。婦人雑誌の立ち位置として、家庭の安寧を乱す、花柳界を黙殺していると云って良い。カフエー女給だって、健全な家庭から見れば、敵のものになるはずだが、「婦人職業案内」を謳う以上、どうあっても入れざるを得ぬ「職業」―資格不要・学歴不問で募集が多い―と云うことか。主筆は、興味本位でこの冊子を紹介する立場であるから、その是非は云わぬ。

 (二)講習又は学校を出て就く職業
  1 電信事務員
  2 電話事務員
  3 簿記会計係
  4 タイピスト
  5 速記者
  6 女子製図士
  7 婦人図書館員
  8 製糸教婦、養蚕教婦
  9 歯科技工士
 10 栄養士
 11 和服裁縫師
 12 洋服裁縫師
 13 手芸師
 14 プレッシング
 15 授産場教師
 16 婦人伝道師
 17 社会事業従事員
 18 保護婦


 さまざま、としか云いようが無い。
 「電信事務員」は電鍵を叩く・電信を書き取る技術者なので、一年間逓信講習所で教育を受けなければならない。
 「電話事務員」は電話交換手のこと。こちらは選抜試験合格のち三ヶ月の講習を受けて配属の由。
 「女子製図士」は、製図科のある学校に入り、卒業時に就職先を斡旋してもらうのが良いと云う。陸軍技術本部では百名の女子製図士を擁している由。
 「和服裁縫師」と「和服裁縫師匠」の腕前の違いが解りかねるのだが、和裁学校を出ていれば、百貨店の裁縫部から仕事を廻してもらえる。自活のため数をこなすには学校を出ておくに越したことはない、らしい。
 「プレッシング」は「新式クリーニング法」のことで、「極く新しい仕事で光式プレッシング研究会が最初らしいですが」と微妙な記述があるのに、「今後は盛んになる見込みです」とある。その広告が載っている。


「光式プレッシング」広告

 広告文面を読むと、「これは危ない」と云う気持ちになる。21世紀初頭を超えた令和の現在、クリーニング店は街のあちこちに(取次所ばかりだけど)あるのに、「プレッシング」の名を見ないのだ。
 「婦人伝道師」が職業なら、尼僧も職業になりそうなものだが…。

 (三)資格を要する職業
  1 美容術師
  2 婦人理髪師
  3 自動車運転手
  4 看護婦
  5 助産婦
  6 按摩鍼灸師
  7 薬剤師
  8 歯科医師
  9 女医
 10 幼稚園保母
 11 小学校教員
 12 中等学校教員
 13 婦人ガイド


 医療従事者、教員、床屋美容院と、無資格でやられると困ってしまう仕事の中に、なぜか「婦人ガイド」がある。
 「スピード・ガール」と何が違うのか? 紹介文を読んでみよう。

 外人観光客に付き添って、名所旧跡其他を案内するのがガイドの役目です。年齢や容姿等に特別の制限はないが、正式には警視庁外事課で毎年施行される案内者試験に合格して免状を受けねばなりません。
 試験科目は日本地理及歴史、外国語としては専門学校卒業程度の和文欧訳、欧文和訳で特に会話に秀でていることが肝腎です。更に頭脳(あたま)が機敏で、世上百般に対する常識豊富な人であるなら、一層好適です。
 収入は、警視庁の公認は一日十円で、同行者ある場合には一人を増す毎に二円以内の割増ということになっています。食費とか乗物その他の費用は実費で先方持ちですから、収入としては割がよい仕事です。休む日があるにしても、月収平均百二三十円から百四五十円は下らぬそうです。
 観光客は今後増加する見込みですから、有望な職業です。
 東京以外、北海道、長崎、兵庫、京都、神奈川等、貿易に関係ある土地又は観光客の多い地方の志願者は、府県庁保安課についてお尋ねになれば一層詳細のことが判ります。(略)
 猶、目下願書提出中の新職業にパイロット・ガールというのがあります。これも観光客を主とする名所案内人で、鎌倉と熱海の両駅にあって、一時間七十銭の案内料で観光客のため便宜を計るそうです。まだ此方は決定的ではないが、観光客相手のガイドが、益々需要の多いことを物語るものです。

 外人向けなのである。「スピード・ガール」が、これの田舎者向け版であるのが良く解る。紹介されている職業の多くが、月何十円と云う(カフエー女給でも)トコロにあって、「一日十円」は凄い。「パイロット・ガール」なる新職業(名前だけは)を目論む人も出て来るわけだ。
 東京が警視庁外事課、よその府県は保安課が見ていると云うのだから、ガイドの傍ら防諜のお仕事もやらされそうな(そっちの方が主業になっている)気がして来る。
(おまけのおまけ)
 文化裁縫女学校(現在の『文化学園』、『文化服装学院』、『文化女子大学』の方がピンと来る人の方が多そうだ)の広告が面白い。


 広告や学則をすぐ信用するな
 先ず学校の設備内容を調べよ

 広告で、広告を安易に信じるな、事前調査はやっておけ、と堂々過ぎる主張―ヨコに「理想的校舎増築落成」とシレッと書いてあるのが可笑しい―を掲げている。さすが新宿南口、甲州街道を西側に幅のやたら広い校舎を擁し、創立百年を迎えただけの事はある。
(おまけの予告?)
 掲載された職業の羅列と、気になったトコロの再録だけで分量を取ってしまう。
 各職業には、仕事の内容だけでなく、お給金の程度が必ずといって良いほど記載されている。これを整理すると、お給金の相場から見た、昭和6年当時の婦人労働の様相が見えてくるんぢゃあないか、と思っている(と記すのは、手をつけて無いからである)。