「ヒーロー運動靴」で82万2千2百おまけ
古書店・古書市に行くのが好きなので、古書趣味の本も出れば買って読む。ヘェこんな本があるんだねぇ、だの、俺はまだ引き返せる、など楽しみつつも、取り上げられるのが、自分が読まない、小説・詩集・SF・ミステリィの類なので、肩身が狭い思いもしている。
「兵器生活」のネタとして買っている、時局解説書や実用書、チラシ・カタログ「紙モノ」は、実利のため作成・頒布される。世の中に出た瞬間に一番値打ちがあり、年月を経て古書店・古書市の店頭に並ぶ頃には、「歴史的一瞬芸」の価値しかない。インパクトだけはあるから、目を惹かれツイ買ってしまうのだけど、文章は再読に耐えず(一読すらツラいモノもある)、図版は美観に乏しい―著名な画家・デザイナーが手がけたモノは「紙屑」ではない―から、ネタにした後は、部屋に積み重なって「付喪神」となるばかり。いや「付喪紙」と化して仲間を呼び寄せているのやも知れぬ。
「品触」(そのスジが出す盗品の手配書)を買ったため、当時の品物の値段が知りたくなって商店のカタログ・価格表の類に手を出す。目を通せばそこには消費者でなく、小売店への卸値が記載されている事が殆どで、未だに『値段の風俗誌』、『値段史年表』から離れられない。ネタにもならぬ「紙屑」たちを、ドーしたものかと悩んでいる。
今回は、そんな「鴨屑」からネタになりそうなのを。
『丸松タイムス』大正13年3月5日号
「ヒーロー印」のメリヤス製品販売元、丸松合資会社の商報だ。第一面に謹告と、「ヒーロー運動靴」広告が載る。例のタテヨコ組み替えで謹告をご紹介。
謹告
毎々格別之御引立を忝し奉銘謝候
扨(さて)弊社は卸小売を併業致候為め卸の御得意様に対し種々不行届の点有之候に付昨年関東大震災後の卸部大活躍以来漸次小売部門縮少の計画を採り卸本位と相成居候処愈々本年度夏物の御仕入時季に入り申候間小売部に一層の縮少を加え名実共にヒーロー印メリヤス靴下本舗としての面目を発揮すべく益々地方卸商店及小売商各位に対し充分の御便宜を図り我優秀なるヒーロー印製品の宣伝を致す事と相成候間何卒此辺よく御諒察の上一層の御引立を蒙り度奉懇願候
大正十三年三月
大阪梅田桜橋
丸松合資会社
併業していた小売は縮小するので、各地の卸・小売店様からのお引き立てをお願いする告知である。中身の方は、「ヒーロー印肌衣」「靴下王ヒーロー靴下」「ヒーロー印タオル」「運動服装」などの価格―卸値―が載っている。
「黒労働パッチ」1ダース箱入り11円、「割烹着 黒朱子製 白黒弁慶地」など、興味深い記述はあるが、購入を決心させたのは、この図版。
「ヒーロー運動靴」を取り囲む、「活躍想像図」である。その前に広告の文面を転記しておこう。
運動、登山、通学、上履用
ズック製 ヒーロー運動靴
要部は皮、底は優良ゴム
材料は特に優良品を用い裁縫は丸松式の特別入念品
軽便、堅牢、経済的逸品!
サイズは11文(26.4センチ)から7文半(18センチ)まで。主筆が履くクツは28センチなので今あっても履けない。100年前の日本人の体格の程が知れる。特上品1足1円8銭、1円、並品95銭、87銭とある。「斯界第一の売行き」とあるが、ウラの取りようなんか無い。
改めて図を見る。
テニス、リヤカーでの牛乳配達、(寿司の)出前、女学生のダンス、野球
郵便配達、徒競走
幅跳び、高跳び
登山、自転車で商品配送、新聞配達、女学生のテニス、通学
稚拙ギリギリに味ある画だ。「ヒーロー運動靴」が様々なところで使われている様子が描かれている。運動着はともかく風呂敷包みにも「HERO」と書いてあるのが楽しい。そして靴底の模様(すべりどめ)をシッカリ描く気の遣いよう!
広告で云うほど良い靴なら、オッサン・オバチャンが履いてる画があっても良さそうなモノだがそれは無い。大人の世界では、勤め人を除き、まだまだ草履・下駄が幅を利かせていたと云う事か。
(おまけのおまけ)
この商報には「女子改良肌衣」が載っている。「大阪女子体育研究会考案」とあるから、運動に適した活動的な下着を標榜している筈なのだが、今日の女性下着(写真や画で見ているだけですよ)と比べると旧態依然、活動的には見えない。とは云え、膝を曲げ、脚を前後左右に振り回す―跳ぶ・走る・蹴る―際に裾が乱れることは無さそうだ。腰巻きをしてキモノを着て歩いた事は無いから想像だけで云うが、どれだけ当時の女性が不自由であったのか、と思ってしまう(当事者はそれしか知らぬから、不自由とは感じていなかったのか?)。
右二人は「ユニオンシャツ」。ヒザ上まで一続きになっている。その左は「ユニオンシャツにニッカースカート」膝下がつぼまったパンツスタイル。左端は「ユニオンシャツにペチコート」。夏場は暑そうである。
描かれた顔立ちが何とも云えない。みなさん髪の毛をバッサリ断ち、波打ち立たせている。「モダン・ガール」(毛断嬢)なのだ。
右の二人は下着姿なのにヒールの高い靴を履いている。ベッドに入る時に靴を脱ぐ、完全な洋式生活をする者だけが、この肌着を身に纏う資格があるらしい。