いたずら大歓迎

「東京科学博物館」開館記事で82万3千3百おまけ


 古書市でこんなモノを見つける。


『よみうり少年新聞』(画像は一部)

上野公園の竹の台に
いたづらや―実験大歓迎の
生きた博物館が完成
来る七月五日から一般に公開

 『よみうり少年新聞』昭和6(1931)年6月28日付。
 「東京科学博物館」(今の国立科学博物館『日本館』)が完成・一般公開も近いと伝える記事。博物館のフロアガイド、館長から子供たちへのメッセージが掲載されている。
 例によって、タテ書きを横書きに改め、仮名遣いなどを調整して全文を引く。

 熊が木の上にのぼっていたり、トウドウと砕けては飛ぶ波の花白く、海鳥の群れ飛ぶ海辺に「アシカ」が遊んでいたりする自然の景色が、東京の真ン中で見られるとしたら何と愉快でしょう! ところがこういう方面に特に力をそそいで、活きた科学教育と、学術研究のために、みなさんの博物館が出来ました。上野公園の竹の台に新築された東京科学博物館がそれで、いよいよ来る七月五日(日曜日)から開館する運びとなっています。

 もとこの博物館は本郷お茶の水にあったのを上野に移転したもので、鉄筋コンクリート建四階、白塗りの堂々たる建物であります。今左に各階に亙(わた)って陳列の模様を述べて見ますと、

 地下室=研究標本室に充てられていて主として昆虫、貝類、魚類、鳥類、鉱物、岩石、化石等の学術標本数万点を保存してあります。この外特設されたエッキス線、紫外線等興味ある実験をすることが出来る様になっています。

 第一階=理工学部で、航空、電気、自動車、ラヂオ等其他今日一般の人が知って置かねばならぬ知識について親しく機械を動かし種々実験をすることが出来る様になっています。

 第二階=動物学部で、この室には森林の動物とか、田畑の益鳥害虫などが自然に生活している有様を示す為に、ヂオラマ式陳列がしてあります。本文の最初に書いてある熊や「アシカ」はさながら生きているものの様にこの室に陳列してあります。

 第三階 植物、地学部

 第四階及屋上 天文気象部のあるところで、八吋(インチ)の望遠鏡が据付けてある外 各種の観測機械が装置されていて、天文研究の趣味の普及と気象学上の常識を養わしめる様になっています。

 この外学術講演、集会等をする為めの大講堂があり、少年少女が自由に機械や標本をいぢくりいたづらをしながら科学知識を得ることの出来る子供室、完全な科学標本を持たない学校や学生の為めに二百人位もはいる教室が用意されてあります。

 「自由に(略)いぢくりいたづらをしながら科学知識を得る」子供室! そこで展開される「いたずら」の数々が、ドーいうモノで、何時まで許されていたのか、トテモ気になるが、オープン前の記事なので解りようがありません。

 館長の談話は、開館を目前にしているせいか、明朗そのものだ。


北海道の自然をありのまま観(み)せるジオラマで、
大アシカと並んで立てるは東京科学博物館長秋保安治氏。

 いたづらをしに遊びに来い
 東京博物館長 秋保安治
 皆さん
 うんといたづらをして遊びながらこの博物館を利用して下さい。理工学部の機械は皆さんがいくらガラガラやってもなかなか壊れない様に舞鶴の海軍工廠で作って貰ってあります。現在は設備が完成して居りませんけれどもだんだんよくします。一度や二度でなく何遍でも遊びに来て下さい。而(そ)してこの博物館のいたづら遊びの中から、世界に誇る未来の大科学者がどしどし出ることを。心から希望します。

 「遊びに来い」
 慈愛ある言葉に、「いたづらをしに」が重なる。善意、期待、そして自信。「舞鶴の海軍工廠」のおじさん達が、子供たちがいじくり回しても「なかなか壊れない様」、軍艦を造る手を休め実験設備をこしらえてくれた。科学博物館の実験設備(の一部なのだろう)を、軍の工廠で作っていた事が微笑ましい。なぁに軍縮で仕事が無かったからだろう、なんて野暮は云いっこナシだ。「武人の蛮用」と「子供のいたづら」、どっちが乱暴なのか、お手並み拝見だ(見ようが無いが)。
 「世界に誇る大科学者」が、みんな一度は「いたづら遊び」をやったか知る由は無いが、一度は科学博物館に足を運んでいるモノと私は信じる。

 館長談話に「設備は完成して居りませんけれども」とある。博物館の沿革を読むと、9月に建物が竣工、11月2日に開館式挙行の由。
 この建物、平成20(2008)年に「重要文化財」に指定されている。


2026年6月21日撮影

 先の記事には「白塗りの堂々たる建物」と記してあるが、現状はご覧の通り。タイルを貼る前に書かれたものか。

 記事に付されたもう一枚の写真がこれ。


熊が足にほうたいをしているから動物の病院だろうなんて…あわてちゃいけません。
写真は陳列準備中の博物館内の光景です。

 配置を待つ動物の剥製たち。「ぬいぐるみ」みたいで愛らしい。建物が重要文化財になるのだから、この標本類も、現存していれば立派な文化財になってもおかしくは無い。

(おまけのおまけ)
 現在の博物館の外観写真くらい載せないと、読者諸氏に申し訳ない。と云うわけで現地に赴き、寄付金つきの木戸銭を払い(常設展だけなら高校生以下はタダで入れる!)、館内を一通り見て廻り、先に載せた写真を撮って来る。

 江戸時代の時計や天測器具は美術・工芸品同然だし、産業用機械・機械式計算機・電子計算機・テレビの御先祖様も骨董品の趣があって、文系の主筆でも見て楽しい。


「20センチ屈折赤道儀」

 記事で「八吋の望遠鏡」と書かれていたモノだ。2005年まで73年間に亘り使われていた。「わが国で初めて作られた本格的な赤道儀」と解説にある。台座まわりが「真鶴海軍工廠」で製作されていたら嬉しくなってしまうのだが…。

 「子供室」の後身、「親と子のたんけんひろば コンパス」には入れなかったので、「地球館」にあった体験型展示の注意書きを見る。


 タングステン・銅・アルミなどが載った「シーソー」を指で持ち上げ、1モルの違い―重さ―を体感させるる設備の前に掲示されていた。この設備に海軍工廠は関与していないようだ(笑)。
(おまけの余談)


 太陽系コーナーに掲げてあったプレート。
 「水金地火木土天海冥」と覚えていたのが、一時「土天冥海」になったと聞いて驚き、さらには「冥王星」が2006年に準惑星に格下げとなって驚天動地となる。博物館のプレートが「水金地火木土天海」になっているのを見ると、本当に太陽系惑星から外れてしまったんだなぁ…と感無量だ。発見されたのが1930年だから科学博物館が出来た当時は「新惑星」バリバリだったわけで、星に罪はないが、「冥王」の名も空しい。

(おまけの心残り)
 二時間以上館内を歩き廻るが「大アシカ」見つけられず。何処にしまい込まれているのやら(涙)。