『婦女界』予約票で82万4千おまけ
「兵器生活」主筆の部屋にクーラーは無い。
雑誌駄本紙屑ガラクタ壁面塚と連なり、機械据付ける足場無し。昨夏、休みなく廻し倒した扇風機は、前に秋口春先まで本雑誌少しずつ「防風林」を形成、8月の25日を過ぎてスイッチ入る事無し。
夜も室温30度下らぬ日続く。会社から戻れど書き物する気力無し。休日自室に籠もれば熱中症の道行きで居られず。昼乗合バスで隣町の喫茶店で涼み、銭湯で汗を流し呑んで帰る。酔いつぶれて寝れば夜中の熱中症が怖し。呑む量に手心加えるゆえか、おかしくなる事(今のところ)無い。
と云うわけで、「兵器生活」の更新に手を付けないといけないなぁと思いつつ月末を迎えつつある中、本の山が崩れ出て来たのがこれだ。
例によってタテ組をヨコにして、仮名遣いなどを調整してやる。
タッタ五十銭で簡易銷夏法
婦女界
素晴しい八月号
タッタ五十銭の婦女界一冊で、迚(とて)も重宝な簡易銷夏(しょうか)法ができます。頁を繰る毎に涼風颯爽!! 思わず夏の暑さも忘れ、居ながらにして避暑旅行の感ある読物、夏を忘れる涼しい料理や手芸、美容など全四四八頁にギッシリと充満しています!
『婦女界』は明治43(1910)年創刊の婦人雑誌。昭和18(1943)年休刊とウィキペディアにあり。
「8月号」とは何時のモノなのか? この紙の裏面、「内容の一端」に、「若槻首席全権と語る」のリードあり。「今度の軍縮会議」の文字見る。若槻全権・軍縮会議ならば、首相退任後の若槻禮次郎が全権として赴いたロンドン海軍軍縮会議だ。昭和5(1930)年1月から始まり4月に調印。この年の「8月号」と見るのが妥当だろう。わが帝国海軍が主張した「対米7割」を僅かに下回った結果に対し、野党が「統帥権干犯」の声を挙げ、政治問題化させたことが、後々響いてくるが、それは余談。
紙面には、主要な記事が紹介されている。
・愛読者の夏の旅行座談会(旅行の成功失敗等を公開して楽しい旅行の仕方を紹介
・婦女界寄稿家の故郷調べ(日頃誌上でお馴染みの方々の主人と奥様の故郷と追憶等
・故郷の山川風物と思い出(細田民樹、南薫造、菊池寛、安達内相、若槻有格等六氏
・夏の野菜料理三十種公開(愛読者方の秘蔵の野菜料理の美味な拵え方を詳細公開
・アイスクリームの拵え方(家庭で出来る美味なアイスクリームの作方を分りよく
・美味なゼリー三種の秘訣(夏のお子様方のおやつに相応しい美味なゼリーです!!
・涼しい果物料理七種公開(夏のお客の接待にとても喜ばれます。手軽な秘訣公開
・避暑地にも向く一品料理(手間もかからず経済的で而も美味な一品料理の秘訣を
・夏の牛乳の取扱い方秘訣(牛乳の色々な知識、夏の牛乳の取扱い方を親切紹介
・最新型夏の婦人パジャマ(ご婦人方の夏の寝衣に迚(とて)も便利重宝なバジャマの作方
・子供の夏の病気看護経験(一時に三児の疫痢を助けた話等六編、親達の必読記事
一文字一文字書き写していると(打ち写しているのが実態だが)、「アイスクリーム」「ゼリー」に涼味を覚え、「牛乳の取扱い方」に、電気冷蔵庫が普及していなかった(氷で冷やすモノはあった)当時、牛乳飲むのは怖くなかったんだろーか、と背筋が凍え、「一時に三児の疫痢」を見て、古くなった牛乳が当たったんぢゃあないのか? と同情する。
欄外には「買い落さぬように今からご注文おき下さい」とある。
裏側は、『婦女界』特約店「新井大正堂」名義の注文票になっている。
版元が提供しているものなら、店名空白で店のゴム印でも押すようにしておけば、一つ作って各地に送り付けてやるのが合理的だろう。新井大正堂が独自に作成したのだろうか? しかし、「婦女界八月号の詳細内容見本は、最寄りの書店か本社へお申込み下さい!!」とも記載されているので、書店独自のものか、版元支給のものか、早々に結論は出せぬ。
こちら側の記述を見よう。
婦女界八月号の内容の一端です。いずれも見逃し出来ぬ記事ばかりです!!
若槻首席全権と語る
今度の軍縮会議に於て世界的大政治家として評判の高かった若槻氏のお土産話
「若槻首席全権」は、先に記した通り、若槻禮次郎。この年の11月、濱口雄幸首相撃たれ職務遂行不能となり(それが元で死亡)、昭和6(1931)年4月に後継の首相となる―第二次若槻内閣―が、9月の満洲事変勃発にして対応を巡り政権運営が混迷、前内閣から留任している安達内相が造反し12月内閣総辞職、野党政友会の犬養内閣が発足することになる(翌年犬養首相は五・一五事件で暗殺される。『統帥権干犯』を騒ぎ立てた人と知った今、なんだかなあと思う)。
恋の岩田専太郎画伯
独学自啓して今日を築く迄の貧と恋の数々の悩み、そのエピソードを赤裸に公開
岩田専太郎は、当時人気の挿絵画家。古書店に並ぶ、ビニールに包まれた古雑誌(当然安くない)に、「岩田専太郎挿絵」と書かれた値段表が入っているのを何度か見た。
別居している夫婦の手記
不便な山間の産婆となりて。一年に五十日より逢えぬ船員の妻、夫を車両主とするため別居して奮闘。新婚早々家の普請や夫の病気で等四編、体験を其のままの実話!!
「一年に五十日より逢えぬ船員の妻」! エログロ時代の香りがしますね。
他に「ソプラノの大家関屋敏子の為に書いたトーキー映画ストオリーを本誌で紹介」と云う触れ込みの川口松太郎の小説「子守唄」に、「わたしゃお前に身も心も浮の空、滑れや地獄の綱渡り―女騎手をめぐる悲劇!!」と謳う、竹田敏彦の戯曲「曲馬団の娘」が記載されている。
申込蘭の下には、婦女界社発行『麻雀競技早わかり』が「タッタ三十銭」と紹介されている。
本誌を読めば面白い事が書いてあるんだろうが、主筆の興味はそこまで強くないし、内容に立ち入ってしまうと今月の更新に間に合わない。こんな紙切れがありました、と云うのが今回のお話である。取得価格はタッタの200円。
(おまけのおまけ)
新井大正堂は、「長野市西長野町(附属小学前)」と記されている。
ネット検索すると、「松永弾正の本屋紀行 其の参拾弐 新井大正堂書店(長野)」と云う、新井大正堂への訪問記が見つかり、ちょっと驚く。
https://bookshop-lover.com/blog/post-20016/
大正元年の創業で、出版も手がけていたと云う。であれば、この予約票は本屋特製の線が強い。
(おまけの本誌広告)
実際の誌面がドーなったのかが気になって、新聞広告で確かめようと思う。
近所の図書館で、『朝日新聞』縮刷を探す。先に推測した通り、昭和5(1930)年7月の15日夕刊に掲載されたものが見つかる。
「タッタ五十銭」は同じだが、予約票の「簡易銷夏法」が「避暑生活」になっている。「銷夏法」にあたるモノは、
夏を忘れる服飾
夏を忘れる手芸
夏を忘れる料理
夏を忘れる読物
と集約されている。わかりやすくしたのですね。しかし月並みだ。
翌16日朝刊は、一面の半分を使う大広告だ。雑誌表題が広告の1/4くらいあるのだが、縮刷版作成時にツブれている―色刷りをしていたのではないか?―ので、そこをカットして載せる。
同じ雑誌とは思えぬくらい印象が違う。
予約票に出ていた―キーボードで打ち直した―記事が埋没して、自分が払った手間は何だったのか、とさえ思う。詰め込み過ぎだ。
(おまけの同業他社)
同じ新聞紙面の下半分は、競合誌『婦人公論』広告になっている。コピーが切れてしまったので全部は載せられない。値段は70銭。
レイアウトがスッキリしていて読みやすい。20銭の差はこう云うトコロに出るか。
「女心迷心」「ホテル秘話」と気になる読み物に、
蒲田俳優と子爵令嬢の灼熱結婚
十四で処女を盗まれた少将の娘
中佐未亡人の堕胎事件
と、エログロの香り高い見出しが光る(読むとツマらないんだろうなぁ…)。しかも「新長篇 女給」が載っているではないか(広津和郎の小説。名前だけは知られている)! 古書市・古本屋の店頭で、この『婦女界』と『婦人公論』がともに2千円以下で並んでいたら、迷わず『婦人公論』を買う(笑)。
ちなみに、婦女界社、中央公論社どちらも丸ビル(建て替え前)に入っている。婦女界社は3階、中央公論社は5階。原稿の売込、稿料の前借りには便利だ。
(おまけのまぬけ)
雑誌の8月号の発売は7月だと云うのに、その予約を取るための紙片の紹介を、8月の終わりになってやっている。元ネタが崩れた資料の山から出たのが先日のこととは云え、時期を逸している自覚はある。
太陽のせいやがな。