文部省非推奨映画 「桃太郎 海の神兵」
祖父の時代もすごかった(笑)

 


 ミッフィーやキティちゃんのような「可愛い動物」が銃を取って戦う映画があったら、世間の良識ある人達によって糾弾されるのは必至である。しかし大東亜戦争中、日本動画技術者は、その全力を以て一編の映画を制作した。 「桃太郎 海の神兵」である。


 昭和20年4月公開。戦時中の動画映画そのものを観る機会は非常にまれで、10本近い映画(短編含む)が公開されているにもかかわらず、実際に私が観ることが出来たのは、この一編だけである。10年ほど前に松竹の大船倉庫からフィルムが発見され、深夜TVで放映された。その後ビデオ化もされたが、現在は絶版になっているようである。レンタル屋にまれに置いてある場合があるので、一見をおすすめする。


 この 「海の神兵」 はメナドへの海軍落下傘部隊降下に取材したものである。当時の 「漫画映画」 にしては長編で、制作者と海軍の気合いの入り方を感じさせる。桃太郎の手下として有名な猿、雉、犬、そして何故か熊、兎が唯一の人間である桃太郎司令官の元、 「鬼ヶ島」に空挺作戦を展開して、 (当然) 勝利するという内容である。この設定だけでもすでに結構ヤバいのであるが、実際に作品を観ると、日本共産党や現在の朝日新聞が血の泡を吹いて卒倒するような描写が多く、私のような 「黒い」 物好きにはたまらない内容になっている。動画自体もディズニーを意識したフルアニメで、犬や猿の表情がフルアニメ特有のぬめぬめした動きで細かく制御されているのを観ているだけで震えが来てしまうのである。


 物語冒頭は犬、猿、雉、熊が休暇をもらって郷里に戻ってくるところから始まる。郷里は当然日本の原風景である田園地帯で、犬の両親は畑を耕している。猿には小さい弟がいて、兄が戻ったのを知ると、鞄をひったくる歓迎ようである。 「兵隊さん」 は村の小学校で海軍生活の話しをする。航空兵になって 「嬉しかったのは単独飛行を許された時だなあ」 と話しをしている猿であるが、兵器ファンは落下傘兵のはずの猿が何で落下傘の話しをしないのか、という背景に気が付かなければならない。
 猿の弟が兄の帽子を拾おうとして、川に転落するエピソードを経て、休暇を終えた兵士 (といっても犬、猿、雉に熊なのだからテキスト打ってる方は、何か妙な気分である) が村を離れる時が来る。村のはずれで猿兄弟は空を見上げている。一陣の風が吹き、たんぽぽの綿毛が風に舞う。兄がそれを遠い目をしてながめていると (この顔がイイのだ!) 「(ブザー音)降下30分前、総員落下傘着け!」 の声が被さってくる…。


 多忙な現代人の目から見ると、ここまでの進み方が少々まどろっこしいのだが、ここから描写がすごくなってくるのだから、ここでビデオを止めてはいけない。


 舞台は南の島に飛ぶ。兎の海軍設営隊が、地面にひもを張っている。兎は棒を持っていて、鹿が角にひもを付けて兎の耳の指示のもと、棒の周りを軽やかに走る。象や犀が木々や岩を掘り起こす。云うまでもなく、鹿や象や犀は原住民である。こいつらが歌を歌いながら、日本軍に奉仕しているのである。作業は順調に進み天幕が張られ、南の島に海軍前線基地が出来上がる。
大空にエンジン音が響き渡る。椰子の陰からヒヒやマンドリルが何事だと空を伺う。繰り返しになるが、これら南方猿は現地のインテリ達である。そして垂直尾翼に桃のマークを付けた96式輸送機が大量に着陸してくる。ドアが開いて降りるは恰幅の良い桃太郎である! 「おやおや立派な人が降りてきた」なんて歌っている場合じゃないぞ、南方猿!


 日本軍は戦争を進める一方で、亜細亜民衆を教化訓導しなければならないので、日本語教室を作って現地人 (しつこいようだが象だのワニだのインテリ南方猿だのと云った連中である) を教育する。

<特別企画 (笑) これでボクラも小国民 日本語講座>>
 用意するもの:黒板、以上
 1.まず黒板に 「ア」 と大きな字で書く。やや角張った字体を使うとよい
 2.「ア」 と大きな声で云います
 3.両手を左右同時に頭にあてて 「アタマ」 と云います
 4.右手を右足にあて 「アシ」 と云います
 5.両腕を大きく上ののばして 「アサヒ」 と云います

 これで日本語がしゃべれたら苦労はしない (笑) 。現地人は動物の声しか出せない。そのうちに象のイスがつぶれたり、豹の子供がいたずらをはじめたりして授業はメチャメチャ。帽子を顔にずり下げて 「やれやれ」 という表情をする犬。猿と熊は後ろでにやにやそれを眺めていたが、猿がポケットからハーモニカを取り出して一曲吹き始める。名曲(笑)「アイウエオの歌」である。歌詞は 「アイウエオ カキクケコ…」 と 「…ワヲン」 までひたすら50音が続くだけ。ちなみに作詞はサトウハチロー先生である。ふざけていた現地人もその歌に合わせて大合唱になる、当時はおそらく感動、現在では只の危険きわまりない名場面である。


 司令官たる桃太郎はその間毎日きび団子を食べていたわけではない。鬼ヶ島攻略のために各方面からの情報を集めていたのである。司令部は電話の嵐。兎の通信兵が「もしもし」 「もしもし」 と通信に忙殺され、あるいは文書を持って走り回る。

 雉達航空兵が桃太郎に召集される。いよいよ鬼ヶ島への強行偵察である。98陸偵らしき飛行機が飛び立っていく。この機体の作画だけがマンガチック過ぎるのが、兵器ファンには気にくわないところだろう。しかし搭乗員が出撃前に鳥篭の鳥 (自分も鳥なんだけど…) に餌をやるときに手袋を、くわえてはずすという芸の細かいところを見せる。

 偵察機はなかなか戻らない。心配する基地の一同。ようやく偵察機が戻ってきた。機体には穴が開き、片翼はちぎれている。桃太郎のもとに報告に行く搭乗員。3名で出撃したはずなのに1名いない。 「1名戦死しました。以上」おいおい、である。制作者の証言によれば、その後戦死者の埋葬シーンがあったとのことであるが、さすがにこれは当局によってカットされたという (何かの本で読んだのだが、出典を忘れてしまった) 。



 貴重な敵地上空からの写真をもとに作戦は練られ、いよいよ出撃の時迫る!96式輸送機に乗り込む落下傘兵達。機内食は日の丸弁当だ!
 輸送機のパイロットも細心の注意を払って飛行を続ける。操縦席には人形のマスコットがぶら下がっている。 「ハワイ・マレー沖海戦」 にも同様のマスコットが登場しているのに注意したいところである。
 飛行機は嵐を突いて飛行する。窓を横に流れる雨。機体の所々から雨漏りがしている。熊は自分の身体を屈めて、大事な落下傘が雨に濡れないようにしている。そしてブザー 「降下30分前、総員落下傘着け!」


 これ以上書きつづると、これからこの映画を観る方に失礼になるので本編についての説明は突如として終わる。ちゃんと鬼ヶ島は桃太郎によって (実際に戦っているのは部下だけど) 制圧されるので、ご安心下さい。


全編通して感じたのは、 「これってヤバイよな」 という戦後生まれの人間なら誰でも抱く一種の狂気である。犬が、猿が銃剣付きの小銃を振り回す、手榴弾を投げる。現地人を労働させ、教育を 「施してやる」 。戦後の 「自虐史観」 的映画等とちがって、登場人物はどう見ても白人に角を生やしただけの「鬼」( こいつらがフルアニメで腰抜けぶりを発揮してしまうのには笑いながら、寒さも覚える )以外善人で、任務に忠実で、親孝行で、弟想いで、動物をかわいがる、漫画映画の住人である。しかも声は桃太郎も含めて殆ど子供の声を使用しているのである。音声だけ聞いていると、子供が戦争ごっこをしているようにしか思われない。作画と音声の同期から、あらかじめ録音された声にあわせて作画された可能性も否定できない。>
 

 手塚治虫は、すでに見せるべき子供達のいなくなった映画館でこの映画を観て、日本動画の実力に感動したそうである。宮崎駿が当時この映画を観たかはわからない。こういう映画は何も知らない子供にはみせるべきものではないな、というのが私の率直な感想である。その一方で、兵器ファンの皆様方には万難を排して観て欲しい。 「マクロス」 「紅の豚」 以前にここまでリアルなメカ描写を行った漫画映画があったことを知っておくのは良いことだと思うし、日本の南方政策の一端を知るいい教材でもある。ただし、日本がどういう経緯で南方に進出せねばならなかったか、また、その結果がどうであったかは事前知識として理解してもらいたい。少なくとも 「自由主義史観」 を無条件で正しい、と思っている連中にはこの映画について語ってもらいたくはない。

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