特高野郎「い組」

思想警察官の心得を読み「敵の敵」を知る


 特高警察、略して「特高」こそ、日本現代史最大の憎まれ役だと思う。

 憎まれ役ではあるが、彼等も公務員である。公務員も勤め人であるから、私や読者諸氏と同じ程度に職務に忠実で、同様に怠惰で、おんなじようにメシも喰えば糞も垂れるわけで、つまり取り締まられる側とおんなじ「人間」でもある。

 取り締まられる−身も蓋も無い云い方をしてしまえば「弾圧される」−側の政治信条を持っていたのか、と云うところは、歴史の教科書はじめ色々記されているが、彼等を追い掛け、牢屋にブチ込む側が、どんなモノを考え方をしていたのかについては、浅学にして知らない。

 今回は、別なネタを作る時入手した、「特高必携」と云う書物を題材に、「特高」の心構え・持つべき教養についてご紹介する趣向である。
 総督府所蔵の「特高必携」は、著者 緋田 工、発行 新光閣、昭和7(1932)年2月23日初版印刷、昭和8(1933)年3月30日増補改訂11版(『昭和8年版』)発行、同年4月20日づけで発行されたもの(12版)である。
 改訂にあたり、以下の言葉が記されている。例によって仮名遣い、漢字の改変と改行を追加してある。

 改訂新版に序す
 著者は昨年二月末、新光閣の創立に餞けして本書をものしたのであったが、爾来上司並中央地方の先輩僚友から一方ならぬ援助と支持を蒙り、内地警察官は固より、遠く満洲朝鮮及台湾の警察官の中に極めて多数の知己を得た。
 然るに近時之等の知己から、頻りに小著の新版を出せとの督促と鞭撻を受くるに至った。

 元来社会運動は変化性が多く、ものの一年も経過すれば、その状況が全く一新するものであって、拙書の如きも已に幾分反古化した感がある。
 依って著者は茲に再び禿筆を呵し、改訂新装して読者に目見得ることとなった。旧著以後変化したる箇所は、如何に微細なる点と雖も総て懈怠なく厳重に改訂を施し、且新事項も可成り付加したつもりである。相変わらず貧弱な著作ではあるが、警察官各位のために、所謂『敵を知る』の資に供され得れば至幸である。

 尚終りに臨み、改訂新版に際しても、著者は上司並僚友の厚き御援助と御支持を受けたことを茲に記録し、深厚なる謝意を表するものである。

 昭和八年三月
  著者識

 『敵を知る』と云う言葉を覚えておこう。この「敵」が何を指しているかは、以下紹介する文章を読むことで掴めるものと思う。
 この本が、わずか1年で10回も増刷され、改版までされるのであるから、公僕世界の「上司の支持」の効き目は凄いものだ。「創立に餞け」された版元が、どのような本を出していたのかを、本書巻末に掲載された広告から拾ってみる。
 まず、この本自体が

 内務省保安課全事務官殿御推薦
 全国各府県警察部御採用
 独特の編輯と独特の図表を以て全日本社会運動の現状を一目の下に収めしむる特高警察上無二の良著。

 と、ベタぼめ。「内務省保安課全事務官殿御推薦」で「全国各府県警察部御採用」と云うことは、殆ど教科書と云っているのに等しい。増刷増刷になるわけだ。

 こんな紹介文をつける書肆であるから、他の本も推して知るべしで

 「巡査部長警部考試 受験必携−試験問題集−」 と云う問題集(500ページの本に『受験心得百数十頁を附す』)があり、「最新 警察講演訓示大成」(斉藤首相題字・松本警保局長序 前警視 百鳥喜一氏著)と、その筋向け書籍ばかりである。
 面白そうな本としては

 内務省警保局 大西輝一氏著
 実例対照
 犯罪手口の研究
 内務本省に刑事事務を主管する著者が我が国に存在する一切の犯罪手口と各々実例を揚げ更に之が異名数種を挙げて詳細に説く一大刑事辞典。本邦嚆矢の一大著述と断じて憚らず。

と、大きく構えているものの、「おれおれ詐欺」(『振り込め詐欺』より、この呼び方の方が好きだ)は、多分載っていない本に、

 報知新聞記者 楠瀬正澄氏著
 刑事の眼 記者の足
 捜査戦線秘録
 著者は嘗て警視庁在勤の名記者として其の敏腕を怖れられし人。本書は著者の体験秘録、血で記された醒惨な検挙秘録、一読巻を置くを忘れしむる実益と興味兼備の名著。

 と云う、誰の「実益」になるんだ? と思うものがある。この「捜査戦線秘録」には、『犯罪写真挿入』なんて古本屋さんが大喜びしそうな語句まで書いてある。写真そのものが犯罪的であれば千金万金の価値を認めるところだが、犯罪現場の写真なのだろう。
 社会運動関係では、「戦術を主とせる 共産党運動の研究」(警視総監 藤沼庄平閣下題字、報知新聞記者 楠瀬正澄氏著)、「労働争議の戦術と対策」(前社会運動通信記者 繁田浅二氏著)のタイトルがあり、実務寄りでは、「思想犯罪取締法要論」(司法書記官 大竹武七郎氏著)がある。この紹介文は、「治安維持法を始めとして一切の思想法規を各問題に就き具体的に説明す。煙突男の処分も立入禁止の問題も本書一巻にすべてを解決す。」と書かれている。
 余談はこのくらいにして本題に入る。テキストは「昭和8年版」ではあるが、特高警察官の心構えを記したところは、そのまま引き継がれているようだ。長いものではないので、全文まずは一読のほど。

比儔なき国体と警察官
−序に代えて−

 社会主義運動の発展に伴い、我が国体を無視して、徒に極左思想に走り、ロシアの模倣に日も惟れ足らぬ輩が増加しつつあるが、国家の進運は畢竟その国家本然の独創的改革によってはじめて成就し得るものであって、決して模倣によって招来し得るものでない。

 日本には本来、建国の昔から貴き伝統があり、有難き国風がある。即ち此の国家には深固不抜の国民性が厳乎として存するのである。ロシアの真似も、英国の真似も、アメリカの真似も、すべてそれ等は此の国風を長養する意味に於て摂取する場合に於てのみ意義を発揮し得るのであって、単に模倣のための模倣は決して日本のためにならぬのである。

 其の昔儒教仏教も之が国風化したときに、はじめてそれは日本国家のものとなり得た事実に鑑み、欧米舶来の新思想も亦、之を国風化して日本開展の一資料たらしむる覚悟がなければならぬのである。
 ロシアが暴力革命を行い、無産者独裁を行ったからと云って、日本も之を行わねばならぬものかの如く思惟する共産党員を対象とする特高警察官は、平生此の点に就て明瞭なる見識を持し、彼等に対してよき薫陶を与え、よき反省のための伴侶たり師友たるの実を挙げ得るよう心掛くべきだろう。それは独りその人々の幸福たるのみならず、国家のための至福たるべきものである。


 警察事務のうちでも特高警察は或る意味に於て至難な部門の一つではないかと考えられる。随って等しく警察界に身を置くもののうちでも、特高関係者の教養と心掛には自ら特異なものがなければならぬのではあるまいか。尤も、どの部門に所属するものでも、深き教養を得るためには夫々、特異の研究と鍛錬とが入要なのであるが、特高警察に於てはその特異性に独特のものがあると思われる。

 特高警察官がその対象とする犯罪者は概ね内心、国事犯的矜持を有し、所謂思想犯として自ら持する事甚だ高い傾向があるため、その取締乃至取調には他の犯罪者に対すると相異なるものを必要とするであろう。

 而かも彼等は多く一般的知識程度の高いのは勿論、思想的に教養が高く、其の供述に際しては用語の上にも、事実の上にも、一般警察官としての教養を有するのみでは応待に困難を感ずる点が存するのである。就中彼等の中には、故意に警察官の虚を衝かんとするが如き不所存者も少なくないに於てをやである。
 一般犯罪者の如く、警察官に対して頭から恐れ入っているものを処遇するのと、特高関係犯罪者の如く、警察官を恰も仇敵なるかの如く見傲すものを処遇するのとには、自らその間困難さに特異のものが存するであろう。


 本書発行に関し中村、田中、吉垣及び水池の各内務事務官から種々御懇篤なる御示教と御注意に浴し、且厚き御力添を賜りたることに対し茲に謹みて感謝の意を表するものである。


 這回、「警察思潮」編輯主任たりし上野豪彦氏が新光閣を創立して華々しく出版界に乗り出されんとする首途を卜し、謂わるるままに未熟の研究を取纏めて茲に世に送る次第である。何等か読者を資し得るものがあれば望外の幸である。

 昭和七年二月十一日建国の佳辰に膺りて 

 「社会主義運動の発展」、「わが国体を無視して」、「ロシアの模倣」に目が行くが、見落としてならないのは「国家の進運は(略)本然の独創的改革によって(略)成就し得る」の部分である。進歩的人士を弾圧する国家公務員、と云うイメージの強い特高警察であるが、国家制度の改革・改善をはなっから否定しているわけではないことが読みとれる。

 海外思想の模倣と云うことで、「ロシア」「英国」「アメリカ」の名が出てきており、ここからロシアの真似=共産主義運動の沈静の後は、親英・親米リベラリストが次の対象になるであろうことが、昭和7年の時点で予告されていることがわかる。幸か不幸か大東亜戦争に負けたことでリベラリストへの圧力はなくなったわけだが、舶来の新思想も国風化を経ないといけないと云うのだから、戦争がなかったら、日本版「文化大革命」の一つも起こり、「臣」吉田茂あたりは三角帽子を被せられ飛行機の真似をさせられるところだったのである。

 そして「共産党員を対象とする特高警察官」と「敵」の名が出てくる。
 「彼等に対してよき薫陶を与え、よき反省のための伴侶たり師友たる」とはあるが、やられた側から見れば、何云っていやがる、と本を破り捨てたくなるところだ。特高警官諸氏が、かならずしも「反省のための伴侶たり師友」でなかったところが、日本の不幸だったのだなあと思わせる。

 と云うわけで「特高関係者の教養と心掛には自ら特異なものがなければならぬ」と云う、心構えが改めて示される。特高の相手である思想犯罪者は、「国事犯的矜持を有し、所謂思想犯として自ら持する事甚だ高い傾向が」あり、また「多く一般的知識程度の高いのは勿論、思想的に教養が高」く、「一般犯罪者の如く、警察官に対して頭から恐れ入っている」者ではないため、プライドの高い思想犯罪者(裕福な家庭に育ったインテリも多い)とやり合うには、取り締まり・取り調べる側にも、同等の知識・教養が実務上必要となってくるのである。
 とは云うものの、生まれや育ち、受けた教育が違う以上、恵まれた環境にいるくせに不届きだとばかり、かえってインテリ犯罪者(『罪の自覚』、後ろめたさが希薄な)の、人格そのものを否定する取調行為に走ってしまうこともあったわけだ。
 まあ、「故意に警察官の虚を衝かんとするが如き不所存者」、「警察官を恰も仇敵なるかの如く見傲すもの」が相手であるから、どこかで血を見るのもやむを得ない、と云うのが特高諸氏の偽らざる思いであろう。
 心構えとして、思想犯罪者との対話に困らない程度の教養(知識)が求められることは理解できた。では、特高警察諸氏が身につけておくべき教養−知識−常識とは何だったのか? 目次の項目を見てみよう。
 改訂を急いだのか、編集者が手を抜いたものかは判らないが、目次記載の項番と、本文記載のそれが異なっている部分があるので、適時修正してある。ご了承願いたい。

 一 社会思想解説
  一  社会問題の定義
  二  社会思想の定義
  三  社会科学の定義
  四  社会運動の定義
  五  社会政策の定義
  六  社会革命の定義
  七  社会主義の定義
      広義の社会主義 狭義の社会主義
  八  共産主義の定義
  九  社会民主主義の定義
  一〇 空想的社会主義と科学的社会主義
  一一 レーニン主義(ボルセビズム)の定義
  一二 議会主義と革命主義
  一三 無政府主義の定義
  一四 サンヂカリズムの定義
  一五 ギルド社会主義の定義
  一六 国家主義の定義
  一七 国家社会主義の定義
  一八 国民社会主義の定義
  一九 日本主義の定義
  二〇 皇道主義の定義
  二一 スメラギズムの定義
  二二 農本(自治)主義の定義
  二三 ファシズムの定義
  二四 社会ファシズムの定義

 共産党が主要な敵であることは序にある通りだが、社会思想全般についての基礎的な知識がなければ話にならない。そして、共産主義以外の「今のところ穏健な」ものについても押さえておかないと、相手が敵なのか、そうでないのかが判らないし、過激化して「敵」になったときに始めて、向こうのモノの考え方を勉強しはじめるようでは、国家の安寧は危うく、どれかに当局のお墨付きが出たとき、即座に仲良しのフリが出来る程度の知識がなければ、警官当人の立身も出世もない。
 「定義」と云っても、所詮数行からせいぜい見開き程度の分量に過ぎない。

 前半部分は今日の入門書にもありそうなので、「一九 日本主義の定義」の部分を紹介する。

 日本主義という言葉は随分古くから使われており、一見、別に新しい意味を持つものでないかのようにも見えるが、実は此の言葉の示す意義が近来急転的に変化し、今日社会運動用語としては『天皇制を絶対無上の至尊的指導精神として現在の資本主義を倒し統制経済と勤労者本位の政治を実現せんとする主義』を指すことになった。
 但し斯かる日本主義を、古来の現状維持的日本主義と区別するために特に「革新的日本主義」或いは「戦闘的日本主義」と呼ぶ人もある。
(略)真の日本主義に依れば、我が国の凡ゆる財は皆 天皇有化−手取り早く云えば国有化せられるべきものとなる。唯彼等は、或る程度の私有財産は之を各個人に所有せしむることが、統治上乃至経済上便益であると為しており、結局私有財産の思い切った限定を主張するものである。

 代表的人物として、大川周明、北一輝、鹿子木員信、中谷武世、津久井龍雄等があげられている。
 ちなみに次の項目「皇道主義」は、「大体に於いて革新的日本主義と同一のものと見てよい。唯、日本主義なる語が往々反動的に響くので之と分別せしめんとして此の新名称を採用せるものと見てよい」のである。陸軍のいわゆる「皇道派」もこの系列に含まれることになる。

 二 日本資本主義発達史の概要
  序言
   徳川幕府から明治新政へ−封建制度の転覆
  第一期
   政府の欧米心酔−明治政府の方向転換−明治初年の工場−銀行、会社、鉄道、汽船発達状況調
  第二期
   日本の産業革命−労働問題の発生
  第三期
   資本主義の成長−株式会社払込資本集中状況調−大逆事件
  第四期
   産業革命完成す−金融資本増加状況調−資本主義成熟−主要参考文献

 「一」が前提となるべき一般知識なのに対し、「二」は今日の社会問題の発生のもととである、日本資本主義の歴史(の概略)を述べている。昭和7年当時の日本資本主義が「成熟」していたとは、現代の立場からでは疑問の余地があるが、そう云う史観だから仕方がない。
 当時の日本資本主義を、本書では

 殊に一九二九年末に於ける米国の経済恐慌以来、わが国は益々経済的不況に陥り、銀行の破綻続出し、農村恐慌の海嘯は全農民をして不安のドン底に押込みつつあり、斯くて五・一五事件の発生をも見たのである。
 然し昭和六年の満洲事件以来、日本の資本主義は再び一応の捌け口を発見し、一時的乍らも安定期に入るであろうと主張する一派も存するが、却って逆に、満洲が日本の重荷となり、益々日本資本主義崩壊の勢に拍車がかけられるのではないかと主張する論者もある。
(略)
 之を要するに日本資本主義は、今や苦悶の境涯に在るものと云わねばなるまい。

 と分析している。
 「満洲が日本の重荷」云々は、「東洋経済新報」誌上で、石橋湛山が主張したところとして知られている。
 三 日本社会運動の沿革と現況
  一 沿革及び現況の概要
   端緒時代−再興時代−サンヂカリズム時代−ボルセビズム時代−国家社会主義時代−皇道主義時代
  二 現段階一瞥
   日本共産党及その系統の団体−社会大衆党及その系統の団体−日本国家社会党及その系統の団体−新日本国民同盟及その系統の団体−大日本生産党とその系統の団体

 いよいよ思想・政治団体が登場する。当局のフィルターを通して見た、日本社会運動史である。
 ここで目をひくのは「皇道主義時代」と云う言葉であろう。本文を見ていただくのが早い。

 皇道時代という名称は著者が便宜名付けたものである。
 満洲事件後台頭し、爾後約一ヶ年間、共産主義運動を尻目に掛け、日本の社会運動界乃至ジャーナリズム界を席巻したファシズム(国家社会主義、日本社会主義を中心とす)は、次第に各方面から批判を受くるに至った。
 即ち共産主義者は之を以て「資本主義最後の独裁思想」であるとなした。又革新的日本主義者は之を以て「外来西洋思想の模倣であり、翻訳である」と為し、その依然として西洋崇拝の気持ちより脱し為さざるを哄笑した
(略)
 此の派の行方は、将来共産主義に非ざれば革新的日本主義(皇道主義)であつて、恐らく国家社会主義という名称を固持せんとする陣営は次第に薄弱化するのではないかと思われる。(略)即ち昭和八年の国家主義運動に於いて次第に主役を演ずるに至るものは皇道主義(平たく云えば革命的天皇中心主義)ではあるまいか。是茲に皇道主義時代なる名称を採用した次第である。

 さきに紹介しておいた皇道主義=革新的日本主義が、社会運動の天下を取る、と予測したもの。このころ国家社会主義が失速していたと云う記述にはちょっと驚くが、本書の国家社会主義の定義中には、

 その内容を日本の社会に当てはめて具体的に云えば『天皇中心の下に、或る種の事業乃至或る限度以上の私有財産を国家の所有に移し、やがて此の世の中から搾取関係を無くしようとする思想である』ということになる

とあり、日本版国家社会主義と革新的日本主義の違いは、結局所属団体くらいに過ぎない。
 その後の歴史を見ると、無産政党の社会大衆党が、軍備拡張と抱き合わせの社会政策を訴えて躍進、政治的には皇道が唱えられ、経済面では支那事変の戦時統制で、まさに著者の読み通り。ただし大戦争勃発で、軍による(軍のための)民からの搾取までは想定できなかったことになる。
 しかし著者は続けて「共産党は今後益々勢力を拡大するのではないかと思われる」と述べ、警戒を崩さない。その成果が戦争中の「横浜事件」とまでは云わないが、いかに共産党を危険視していたかが伺え、敗戦の時期に赤色革命を危惧したところまでつながっていくのである。
 四 日本共産党の沿革と現況
  共産党の伝来−暁民共産党の成立−日本共産党の成立−再建運動−綱領−福本イズムと七月テーゼ−共産党員はどの位あるか−大衆的運動−解党派の発生と其の動き−党中央部公判の結果−総選挙闘争−シンパ検挙−赤色ギャング事件−之等の事件の外−新テーゼの採用−昭和七年中の起訴者−党関係治安維持法違反事件人員表

 ちょっとばかし偏見の混ざった、日本共産党史である。
 「之等の事件の外」では、

 共産党が資金獲得のために採用した戦術は硬軟多様であって、その大胆且つ突飛さは吾々を驚かすのであるが、わけても「美人局」をはじめ「妾」の周旋までをも敢行している。
 尚茲に読者の注意を喚起しておきたいと思うのは、共産党が暴動戦術の一つとして飛行機の獲得にまで手を述べた事実である。将来万一、飛行機が党の手に入る等のことがあれば、空中より帝都の要所に爆弾を放下せらるることとなるのである。恐るべきの事象であると云わなければならぬ。

 と、記されている。「要所」とは、やはり宮城か。しかし、この怖れようは何とも理解し難い。
 五 日本共産青年同盟の沿革と現況
  濫觴−全日本無産青年同盟の創立−綱領−中心人物−日本共産青年同盟の成立−共青の目的−無産青年同盟の結社禁止−新青年同盟準備会の組織−四・一六事件と共青−学連の解消−メーデー暴動化−機関紙活動−昭和七年の起訴状況−現況

 「共産党に亜いで重要視されるべき共産主義団体」で、党員養成組織の性格をもつ。
 「間断なき検挙と周密なる取締」(立場を替えると『弾圧』)のため、この時点では「特異とすべき行動はない」としながらも、「一味の魔手は猛然として表現化するの危険がある」と結論づけている。
  六 全協の沿革と現況
   全協とは何か−日本労働組合評議会−評議会の再建運動−「全協」成立−全協とプロフィテルンの関係−内部の思想対立と刷新同盟の出現−全協の組織替−規約及行動綱領の採決−現況−機関紙の発行状況

 「全協」とは「日本労働組合全国協議会」の略称。「日本労働総同盟」の左翼派が分離した「日本労働組合評議会」の結社禁止後、再建されたもの。
 記事の分量は多くはない。興味深い記述として、

 総じて機関紙が続刊せられるということ、殊に定期的に発行せられるということは、その団体の中枢機関が或る程度の確実さを以て存在するということを物語る一証左であるから、その発行に対する査察と取締に対し一層の努力が払われねばならぬのである。

 と云う結びをあげる。
 つまり、「編集兼発行人一人だけの自称『団体』」であっても、中枢機関が存在=相応の組織=一層の査察・取締が必要=発行・即禁止、発行人拘禁(と『よき反省』の強要)が待っていることになる。反社会的内容のブログなんぞを書いているとバッサリやられるのだ。
  七 反帝、反戦運動の沿革と現況
   反帝運動の発端−対支非干渉同盟の成立−戦争反対同盟の成立−反帝同盟の成立−反帝同盟の性質と運動−満洲事件と反戦宣伝−参考主要文献

 満洲事変勃発による「国民の異常に緊張せる愛国熱と、他面当局の適切なる取締のため」、特筆すべき事件もないので記述量は少ない。戦争が国運伸張の手だての一つとされた時代である。
 八 学生社会科学運動の沿革と現況
  一 発生期
   前史−東大「新人会」の誕生−全国学生連合会の組織
  二 発展期
   学生社会科学連合会の成立−女子社会科学連合会の成立
  三 潜行期
   三・一五事件と学連−学連の解体
  四 現況
   治維法違反者数と学生−党関係治維法違反起訴者学歴調−参考文献

 「特高必携」が書かれた当時の学生運動は、

 所謂「学生運動」なる何等か特殊の社会運動が存するわけでなく、単に共産青年同盟の運動を学生が行うこと或いは赤色救援運動を学生が行うこと等を指すものである。(略)
 即ち今日の学生運動は「共産党」乃至「共産青年同盟」の行動を、学生がその身分、その立場に適する方面から行っていると見るべきであって、何等か学生として特殊の運動を行っていることが、延いて党、同盟を支持することになるという性質のものではないのである。

 と当局から認識されていた。学生運動家=共産党・共産青年同盟と構造を単純化してしまえば、警察は迷わず見つけ次第検束してしまえばよいことになる。
 九 労働組合運動の沿革と現況
  一 発生時代
   我国最初の労働組合−我国最初の労働雑誌
  二 沈潜時代
  三 復活時代
   友愛会綱領
  四 サンヂカリズム全盛時代
   好況後の金融恐慌−最初のメーデー−現実化への先駆(知識階級排斥)
  五 サンヂカリズム凋落時代(現実化時代)
   総連合組織の決裂−サンヂカリズムからマルキシズムへ−総同盟の方向転換
  六 ボルセビズム発展時代
   総同盟の第一次分列−残留組−分裂組−左右の抗争−総同盟の第二次分裂
  七 極左翼潜行化時代(中間、右翼結成時代)
   極左翼派の動き−中間派の結成−右翼派の大結成−総同盟第三次の分裂−日本労働倶楽部の結成−参加組合−加盟条件−目的
  八 国家社会主義台頭時代
   国家社会主義の台頭−日本国家社会労働同盟の組織−日本労働同盟の創立−綱領−日本労働組合会議の成立−組合会議構成団体−指導精神−総同盟の第二次方向転換−綱領−昭和七年中の労働争議−現段階鳥瞰−国家主義派の現況−右翼乃至中間派の現況−合法左翼派の現況−極左派の現況−無政府主義派の現況

 当局が怖れる、暴動の有力な担い手が労働者である以上、かれらを糾合し政治勢力(特定政党への支持から、夢の大罷業・蜂起における『兵隊』の供給まで)たらんとする労働組合運動の沿革が、相応の分量で記されるのは当然である。
 しかし、「愛国熱昂揚に伴う社会運動の不人気及インフレーション政策の発生に伴う幾分の好景気の出現」で、昭和7年の労働争議は前年より百件、参加者も4万人の減少を見ており、労働組合運動全般よりは、共産党系の「全協」に対する警戒が已然必要との認識を示している。
 一〇 労働組合争議件数一覧

 内務省社会局の調査による、大正7年から昭和7年6月末までの表。
 一一 農民組合運動の沿革と現況
  一 誕生発生時代
   前史−日本農民組合の誕生−綱領−役員−日本農民組合の無産政党組織−町村会選挙と農民組合
  二 分裂時代
   全日本農民組合同盟の創立−全日本農民組合の創立−日本農民組合総同盟の創立−府県会選挙と農民組合−国会選挙と農民組合
  三 合同時代
   左翼と中間派の合同(全農の成立)−全国農民組合の綱領主張役員−極右翼の合同(全日農の成立)−右翼の大合同−日本農民組合の綱領及役員
  四 再分裂時代
   全農全国会議の生誕−総選挙と農民組合−国家社会主義台頭と農民組合−日本農民総同盟の生誕−綱領−役員−日本農民組合の組織替−運動方針書−自治農民協会の農村救済請願−昭和七年中の小作争議
  五 現況
   参考文献
  小作争議事件数一覧

 「我国に於いて農民騒動の起ったのは決して近年のことではない。」と、足利時代から「土一揆」、「百姓一揆」が繰り返されてきたと冒頭に一言入れて、「その目的に於いて、又その組織力に於いて全然相違するものがある」と農民組合運動を記している(農村にも目を向けないといけない、と暗に云っているわけだ)。 
 とは云うものの、

 近来農民組合は萎縮気味で、(略)客年の「農村救済請願」などに際しても、駆け出しの「自治農民協会」あたりにお株を奪われ、唖然としているところなどから推すと、なるほどその指導精神乃至戦術等に誤謬が存するのであろう。

 と、揶揄される有様である。
 一二 水平運動の沿革と現況
  一 発生時代
   水平運動発生の社会的根拠−前史−全国水平社の誕生−綱領−役員
  二 プロレタリア運動化時代
   糾弾事件の続発−無産運動との接近−日本水平社の創立
  三 沈衰時代
   三・一五事件と水平社−全水解消派の発生
  四 現況
   差別事件の糾弾−参考文献

 部落差別について、その原因を「単なる伝習」「陋習」と批判して、運動の歴史と組織の現状を述べたもの。
 思想警察的な見地からは、一時期はプロレタリア運動に走ったものの、三・一五事件で左翼分子が検挙されたため、極左翼の「実際運動としては、依然として殆ど無力」とし、水平運動自体も「公称参加人数の多数なるに似ず、活動力極めて微弱である」と結論づけている。
 一三 無産政党の沿革と現況
  一 沿革
   無産政党の濫觴−政治研究会の成立−農民組合による政党組織−左翼を除いて再生−極右政党の誕生−中間派政党の誕生−地方選挙と国会選挙−極左政党の禁止(再建運動)−労農派の結党−中間七党の合同−労農党の再現−社民党最初の大分裂−普選第二回国会選挙−中間派の再合同−中間派陣営の拡大−国家社会主義派の台頭−昭和七年総選挙−社会大衆党の成立
  二 現況
   一 国家社会主義派
    日本国家社会党
     沿革−主なる運動状況−綱領−主張−非常時政策−役員
    新日本国民同盟
     沿革−主なる運動状況−党誓−綱領−役員
   二 右翼・中間派
    社会大衆党
     綱領−建設大綱−役員
  三 現段階の鳥瞰

 「無産党早わかり」と云う冊子をネタにした時、このあたりにも少しふれた。ここで使われている無産政党の発生状況図解が欲しくて、この本を買っているのだが、「新聞集成 昭和史の証言3」(本邦書籍)にブル政党まで含めた図があったので、使うことが無かったのだ。本記事は、買った資料の再利用なのである。
 一四 プロレタリア文化運動の沿革と現況
  一 プロレタリア文化運動とは何か
   プロレタリア文化運動の意義−日本のプロレタリア文化運動団体
  二 プロレタリア文学運動の発生
   概説−『文芸戦線の生誕』及『プロレタリア文芸連盟』−日本プロレタリア文芸連盟綱領−『プロレタリア芸術連盟の生誕』−『労農芸術家連盟』の創立−全日本無産者芸術連盟の生誕−『ナップ』の組織替
  三 日本プロレタリア文化連盟の創立と現況
   組織−参加団体−日本プロレタリア文化連盟「目的」−日本フロレタリア文化連盟構成図解−中心人物−連盟の活動状況
  四 構成団体の現況
   一 日本プロレタリア科学同盟
    沿革−中心人物−目的−機関紙
   二 日本プロレタリア作家同盟
    沿革−目的−機関紙−国際関係
   三 日本プロレタリア美術家同盟
    沿革−目的−機関紙
   四 日本プロレタリア演劇同盟
    沿革−目的−機関紙
   五 日本プロレタリア映画同盟
    沿革及目的−機関紙
   六 日本プロレタリア音楽家同盟
    沿革−目的−機関紙
   七 日本プロレタリア写真家同盟
    沿革−目的−機関紙
   八 日本プロレタリア・エスペランチスト同盟
    沿革−目的−機関紙
   九 新興教育同盟準備会
    沿革−基本的任務−機関紙
  一〇 日本戦闘的無神論者同盟
    沿革−目的−機関紙−国際関係
  一一 無産者産児制限同盟
    沿革及目的−中心人物−機関紙
  一二 共立図書雑誌回読会
    沿革及目的−参考文献

 「プロレタリア文化運動は労農独裁実現のための革命運動の一翼である。故に共産党からは陽に或いは陰に、直接に或いは間接に指導を受けるものであることに疑いはない。」と云う視点の下で、各団体の成り立ちが紹介されている。よって、
 「共産党をはじめ各種極左運動の理論中には、プロ科の最高幹部に於いて立案せられたものがあり」(日本プロレタリア科学同盟の項)
 「又一般大新聞をはじめ諸雑誌に対しプロレタリア漫画を掲載している」(日本プロレタリア美術家同盟の項)
 「当局が予め脚本を削っていても、観客の中に混入せる一味の策動によって舞台と観客とが調子を合わせ、宣伝価値を上げるのに務める等、取締上油断の出来ぬ」(日本プロレタリア演劇同盟の項)
 「『こども』(子供のビラ撒きごっこ、牢屋ごっこなどを撮影せるもの)」(プロレタリア映画同盟の項)
 「プロ音楽の普及と闘争の激化に資している」(日本プロレタリア音楽家同盟の項)
 など、主要団体の活動について、細かい目配りを見せている。ここだけ切り出してネタに出来そうである。
 一五 消費組合運動の沿革と概況
  一 消費組合運動の目的
   (A)右翼的な消費消費組合運動の目的
   (B)左翼的消費消費組合運動の目的
  二 我国消費組合の沿革
   我国消費組合の濫觴−消費組合連盟の創立−関東消費組合連盟の分裂−日本無産者消費組合連盟の成立
  三 現況
   一 右翼派
    消費組合連合会
     綱領−主張−役員
   二 左翼派
    日本無産者消費組合連盟
     行動綱領−役員
  四 学生消費組合運動の概況
   東京学生消費組合−全国学消協議会の成立−現況−参考文献

 「生協」のご先祖にあたる、消費組合運動について記述したものだが、「右翼」「左翼」とあることに注意されたい。
 「中間階級は勿論、時には相当の有産階級と雖も消費者の立場に於いて」組織される「右翼」消費組合と、「階級闘争の一翼として、共産党或いは同党系団体の活動を援け、労農革命実現のため活躍せんとする」「左翼」消費組合運動は区別されなければならないのだ。確かに「オイコラ」とやった相手が「相当の有産階級」の人だったりした日には、警官本人・上司のクビが危うい。
 学生消費組合運動の組織力は弱いとされているが、「左翼学生は之等消費組合の手を通じて左翼文献を入手する傾向が多い」と留意を呼びかけている。
 一六 無産婦人運動の沿革と現況
  前駆期−無産婦人団体の濫觴−組合婦人部−婦人運動と政党の関係−日本国家社会婦人同盟の創立−綱領−主張−役員−社会大衆婦人同盟の成立−綱領−役員−現況

 さほどの注意は払っていないような記述に終始している。
 この時点での主要無産婦人団体は、社会大衆婦人同盟(社会民主主義系)と日本国家社会婦人同盟(国家社会主義系)の2団体になるのだが、その中心人物は、社会民主主義陣営から国家社会主義に鞍替えした赤松克麿の妹、赤松常子が社会民主主義系で、克麿の妻にして歴史教科書は大正デモクラシーの項でおなじみ吉野作造の娘、赤松明子が夫に随って国家社会主義系と云う、義理の姉妹が対立する構図となっていて面白い。
 一七 資本家団体の沿革と現況
  資本家団体の性質−沿革−全国産業団体連合会−日本工業倶楽部−大日本紡績連合会、日本船主協会、石炭鉱業連合会

 労働運動の拡大に対抗するため、資本家によって設立された団体のうち、主要なものを紹介している。当局には、資本家が国体を変革するかもしれない、と云う意識は無いようで、記述もあっさりとしたもの。
 一八 国家主義運動の沿革と現況
  一 沿革
   『日本人』及『日本新聞』−『日本新聞』の主張−日本主義の変遷−猶存社の創立−国家社会主義の創唱−日協の成立−大日本生産党の創立−主張−政綱−政策−役員−日本社会主義研究所の創立−名士の暗殺頻発−神武会の創立−主義−綱領−五・一五事件の突発−国家社会主義政党の成立
  二 現況
   伝統的日本主義派の現況−新興的日本主義派−国家社会主義派の現況

 著者は国家主義運動を、
  一 伝統的日本主義派
  二 新興的日本主義派
  三 国家社会主義派
 の三種にわけ、伝統的日本主義派の団体は、二、の急進的・戦闘的団体の母体となったに過ぎないものとし、取締上比較的重要性は少ないと見ており、「右翼」の街宣車が、歩武堂々(『歩いて』はいないが)騒音をまき散らすのが放置されているようにしか見えないのは、警察の伝統なのか、と認識を新たにした思いがする。
 しかし一、と二を隔てているのは、資本主義制度に対する態度の違い(容認と否認)にあるので、これら団体の活動・思想が先鋭化し、日本主義の左傾化=革命志向化するかどうかを、特高警察官は「至大の注意を」もって見なければならないとしている。
 一九 国家主義団体一覧
  はしがき
   目次−国難打開連合協議会−大同倶楽部−神武会−行地社−大日本生産党−改造日本社−回天時報社−明徳会−大日本青年同盟−愛国勤労党−皇国農民同盟−勤皇維新同盟−スメラギズム研究所−里見日本文化学研究所−国体主義同盟−国粋大衆党−全国大日本主義同盟−日本旭光社−独立青年社−血盟団−護国堂−紫山塾−建国会−洛北青年同盟−帝大七生会−愛国社−愛国青年連盟−愛国学生連盟−愛国法曹連盟−錦旗会−皇民会−大日本正義団−立憲養正会−国本社−明倫会−日本国家社会主義学盟−国家社会主義全日本学生協議会−新日本国民同盟−日本国家社会党−日本中小商工連盟−国家社会主義青年同盟−自治学会−愛郷会−国民解放社−先駆者同盟−農村青年共働学校−農本共働塾−自治農民協会−日本村治派同盟−修養団−金鶏学院−国維会−希望社−興国同志会

 今日国家主義団体なる言葉の意味が昔日のそれと異なり、甚だ多く新意義を附加し来たっていることは読者の既に理解せらるるところと信じる。随って国家主義団体を茲に一覧的に紹介するとなると、個々の団体に就いて一々その指導精神を解説せざる限り、甚だ雑然たるものとなり、そこに誤解も生じ易いのであるが、何等かの参考とはなるであろうから比較的著名団体のみ以下記述することとする。

 と云いつつ、これだけの団体があり、それぞれに創立日だ、中心人物だ機関紙だと記載があり、同じ人物が掛け持ちしていたり、実は「準備中」だったりと、著者の意図がはかりかねている。
 目をひくところとしては、「一日一善」の笹川良一が所属していた「国粋大衆党」の創立が、昭和6年2月21日であること、ロッキード事件の児玉誉志夫が「独立青年社」と云う団体を組織していたこと(目的、資本主義制度の倒壊、政党政治の拒否、赤色思想及行動の討滅、天皇政治の実現)、赤尾敏は「建国会」中心人物として登場し、安岡正篤は「金鶏学院」「国維会」に名を連ねている。
 面白いところとして、

  希望社 大正七年六月一日創立。婦人を中心とする修養教化団体。中心人物後藤静香(但し最近堕落行為のため後藤没落に伴い、表面は隠退、裏面から之を牛耳っている)。

をあげておく。


 二〇 府県会衆議院対照全国選挙区及定員数総覧

 定数表がある。
 二一 社会運動団体主要機関紙(誌)調
  日本之部
   極左翼
    国際共産青年−赤旗−党建設者−兵士の友−無産青年(無青)−反帝新聞−救援新聞(救新)−労働新聞(労新)−労働青年−農民新聞−プロレタリア文化−大衆の友−働く婦人−プロレタリア科学−われらの科学−科学開拓者−産業労働時報(産労)−インタナショナル−産業労働通信−文学新聞(文新)−プロレタリア文学−演劇新聞(演新)−プロレタリア演劇−戦闘的無神論者(戦無)−われらの世界−読書の友−大衆産児制限−音楽新聞−映画クラブ−美術新聞−カマラード−新興教育
   極左翼系
    ソヴェートの友−新ロシア−消費組合新聞(消新)−消費組合運動
   左翼
    前進−労農文学−レフト−土地と自由
   無政府主義系
    自由連合新聞−労働者新聞
   右翼乃至中間派
    社会大衆新聞−労働経済−消費組合時報
   国家主義
    日本国家社会新聞−日本中小商工新聞−婦人戦線−新日本国民新聞−錦旗−勤労日本−国民思想−国家社会主義−大日本青年新聞−月刊日本−日本第一新聞−生産党の旗の下に−改造戦線−回天時報−明徳論壇−国協会報−社会と国体−生命線−皇民運動−スメラギズム−国本新聞−愛国新聞−興国−興国新報
   農本主義
    農民解放−農村研究−農村新聞−先駆者
   外国之部
    露西亜語之部−独逸語之部−仏蘭西語之部−英語之部(英国−米国)

 古本屋の目録みたいになってきた。改題をしたものは、元の表題も記載されているので、読み込むと使い道があるかもしれないが、政治系には深入りしないことにしているので、内容紹介は略す。
 「外国之部」では、「イズウェスチヤ」「プラウダ」などソ連のものは、表題が日本語で表記されているのだが、「国民社会主義独逸労働党(ナチス)」の機関雑誌は「ナチオナル・ゾチアリステイツシエ・モナーツヘフテ」と舌を噛みそうな表記、米国の「ザ・ニユー・マツセズ」(The New Masses)は「日本の『サンデー毎日』の型」と云う紹介のされ方をしている。
 二二 労農ロシヤ事情の概要
  ロシアとはどんな所か−「帝政期」のロシア−何故ロシアに革命が起こったか−遂に革命起こる−戦時共産主義期−「新経済政策期」とは何か−「五ヶ年計画期」に入る−第二次五ヶ年計画−ロシアの国家組織−労働階級の独裁−ソヴェート制度の構造−ソヴェートの法則−ソヴェートの軍備(註:目次では『運命』と表記)−農業の社会化−ソフホース−コルホース−言論機関−新聞−雑誌−出版物の取締状況
  五ヶ年計画の要領
  第二次五ヶ年計画の要領
   ロシア関係主要文献

 共産党の総本山、ソ連の基礎知識が記載されている。前半は中学高校の世界史教科書レベルの記述。
 ソ連の軍備は「平時に於ける陸軍兵力は約百万(日本の平時陸軍兵力は約二十万)を算し、水陸飛行機は約千五百台(日本は六百台)に及んでいる」の記述が見られる。また「共産主義政権に反対する言論はその如何なるものたるを問わず、断然禁止せられ(略)まずこの国には言論の自由は全然存せぬと見るより他はあるまい」と出版状況を結論づけている。日本の方が自由だと云いたいらしい。
 二三 満洲事情の概要
  一 満洲の地理的、経済的事情
   満洲の三大物産−日本の投資と富源開拓−満洲は日本の生命線
  二 支那の排日貨運動の実状
   反日運動違背者の処罰

 「満洲は日本の生命線」と云う項目でおおよその内容が推察されるところなので、ここも省略。当時の一般知識が書かれていると見てよい。
 二四 満洲国警察制度の概要
  旧軍閥の警察制度−新制度の骨子−首途警察庁−警察庁−特殊警察隊−満洲国警察組織図解−警察官の教養−警察官の給与

 「満洲国」の警察に関する基礎的知識を述べているところ。「未だ施設充分ならざる点も存する様子であるが、同国の我帝国にとって生命線たるの位置に鑑み、国民は一致してその完成に努力するの必要あるものと考えられる」と結ばれている。このへんは専門外であり、本書の記述も多くないので詳細は略する。
 二五 各種インタナショナルの解説
  はしがき
  一 第三インタナショナル
   沿革−目的及政策−機関−「規約の制定」−加盟者数−労農政府との関係−日本支部
  二 共産青年インタナショナル
   沿革−日本支部−機関紙
  三 赤色労働組合インタナショナル
   はしがき−沿革−構成分子及加盟者数−コミンテルンとの関係
  四 国際革命闘士援助協会
   機関紙−加盟者数−日本支部
  五 国際労働者救援会
   はしがき−沿革−日本支部
  六 国際反帝同盟
   概説−目的−日本支部
  七 国際戦闘的無神者同盟
   沿革、目的−加盟者数−日本支部
  八 革命的美術家インタナショナル
   沿革−目的−日本の赤色美術
  九 国際革命演劇同盟
   沿革−目的−日本支部
  一〇 国際革命作家同盟
   沿革−目的−加盟者数−日本支部
  一一 赤色農民インタナショナル
   機関紙
  一二 赤色スポーツインタナショナル
   沿革−目的−大会開催状況−加盟者数−日本の赤色スポーツ
  一三 教育労働者インタナショナル
   沿革−日本支部
  一四 第二インタナショナル
   沿革−加盟者数−機関紙
  一五 アムステルダムインタナショナル
   沿革−加盟者数−機関紙

 第三インターナショナル=コミンテルンをはじめとする、国際的無産運動団体について、「此の種国際的結合の状況を知らずして今日の無産運動を理解することは困難となっている。」との見地で解説したもの。「一」から「一三」までが極左派・極左系で「赤色派」、残りは右翼派(『極左より右』と云う程度)で「黄色派」と記載されている。
 二六 支那に於ける共産主義運動の沿革と現況
  三つある支那の政府−支那の共産党−支那共産党の勢力

 この時点では、蒋介石の「南京政府」、汪兆銘の「広東政府」、瑞金にある「ソヴェート政権」の三国鼎立状態。中国共産党の情報は、著者のところまで届いていないようで、中心人物の名も見えない。第一次国共合作とその破綻の概略が記述されている。中国に統一国家は成立しない、と云う見方をしている。
 二七 国際連盟の構成と本質
  国際連盟の組織−国際連盟図解−国際連盟の拘束力−国際連盟の本質−英仏と独伊−小国の立場

 国際連盟について、英仏の現状維持派・独伊の現状打破派・連盟を「守り本尊」として自国の存続を保とうとする小国が、それぞれの思惑で参加してるとし、「連盟外交の大勢を握るものは、結局に於て豊富なる財力乃至強大なる軍備を有する国家である」と、日本が連盟の常任理事国として遇されているのは、強大な軍備あってのことである、とシビアな見方をしている。
 二八 満洲問題と日・米・露関係
  一 日本の基本的国際的立場
  二 日本と米国の対立
   満洲事件と米国の干渉−世界の金貸、米国−米国の外交戦術−満洲事変−要約的考察
  三 日本とロシアの対立
   ロシアの外交−ロシア平和主義の正体−満洲問題とロシアの態度−日露不侵略条約問題−露支国交の恢復−要約的監察

 日本が近代国際社会に登場した背景から、満洲をめぐる日米、日露の対立を解説したもの。日本が帝国主義政策に乗り出した理由を、こう記している。

 日本は本来、恰も無産勤労階級の有産階級に対して均霑(註:うるおう)的生活を要求するが如く、世界の資源乃至領土の過当占有国に対して、之が公平なる分配を要求するに至らなければならぬことを語っているのである。

 この理屈、××党(勿論『共産党』)の階級闘争と同じじゃあないのか?
 二九 独逸ファシズムの解説
  国民社会主義独逸労働党の素描
   はしがき−ヒットラーの経歴−ナチスの指導精神−党の勢力−機関紙−ナチスの将来
  独逸国粋社会労働党綱領
   綱領−『声明書』−『農民及農業に対する国民社会主義労働党の態度に就いて』の正式宣言

 ナチスが議会を制した直後に書かれた(厳密に云えば、記述の半分以上は昭和7年版のものを流用しているようである)記述とし云うところを頭に入れて読むと面白い。ナチスの正式名称を「国民社会主義独逸労働党」と訳しているところに注目である。
 この本では、「国家社会主義」と「国民社会主義」を別な項目に数えているのだが、大差はないとしており、ナチスのためにあるような項目である。「祖国意識」の強さの度合いが分かれ目である。
 ここでは、共産党が政権を掌握すれば、ヴェルサイユ条約の破棄、賠償金の帳消し、国際連盟の脱退、軍拡に走るだろうと解説し、「ナチスもヴェルサイユ条約の破棄、賠償金の帳消しは叫んでいるが、共産党程猛烈でない」とさえ注記している。
 三〇 社会運動取締関係法令
  治安維持法
  治安警察法
  行政執行法
  暴力行為等処罰ニ関スル件
  出版法、新聞紙法
  警察犯処罰令
  違警罪即決例
  調停法(争議、小作、借地借家)
  鉄砲火薬類取締法
  盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律

 条文と解説・判例が記載されている。当然のことながら「治安維持法」の扱いが一番大きい。条文自体はそれなりに知られているし、条文紹介のサイトもあるから、いちいちここに記述する繁は避けるが、何も書かないと手抜きみたいなので、一部を紹介しておく。

 治安維持法の解説より。原文は濁点ナシの漢字カタカナだが、主筆の便宜をはかるため、ひらがなにした。
 一 国体及国体変革の意義
  国体とは主権の所在、換言すれば統治権の総覧者が何人たるかの問題なり。(略)故に所謂国体の変革とは一切の権力を否認し、延いて主権の存在を否定せんとするが如きは勿論、万世一系の天皇を廃し、他の者をして統治権の総覧者たらしめんとするが如き、(略)天皇は之を認むれども統治権の実を失わしめんとするが如き(略)行為を謂う。

 「天皇制の打倒」は当然だが、今日の「象徴天皇制」のように、存在は認めても実際の主権者が別なところにあるのも「国体変革」にあたると云うこと。
 ただし、解説では統治権の行使方法、形式、つまり政体については、治安維持法の規定するところではないので、「政体の変革」に際して、「国体の変革」のように見えたとしても、治安維持法には触れない、として、上から何かやろうとするのは、おかまいなしの姿勢を見せている。

 二 私有財産制度及之が否認の意義
  私有財産制度とは私人が財貨に対して絶対の支配権を有することを是認する制度を謂い、所有権を中心とする観念なり。(略)総ての経済活動は此の制度の存することによりて行われ、社会の進歩は此の活動を俟って期待することを得べし。
 (略)故に共産主義者の如く、自然(土地、鉱物等)並資本、即ち生産資料(生産手段又は生産機関)及之を利用することに依りて生ずる結果、即ち消費財貨の総てに付私有を許さず、社会の共有たらしむるが如きは勿論、狭義に於ける社会主義者の主張の如く、自然並資本は之を挙げて社会の有と為し(略)唯単に消費財貨に付てのみ之が私有を認めるが如きも亦、現在の私有財産制度を危殆ならしむるものにして、該制度の否認に外ならず。
 然れども鉄道国有論又は土地国有論と謂うが如き、単に財産の一種としての鉄道又は土地の所有権移動に関する政策上の一立場に過ぎざる場合には本条に所謂私有財産制度の否認に非ず。
 但し(略)其の意私有財産制度を破壊せしめ、又は其の存在の実を失わしめんとする行為の一顕現、又は一階梯として認むべきものなる場合に於いては本条に所謂私有財産制度を否認することを目的とするものと謂わざるべからず。

 これも政治家、官僚が上から政策として国有化論をぶつのは基本的に容認している。
 治安維持法と普通選挙がセットで登場したと、歴史の授業で習ったことを思い出すと、当時の為政者は、天皇を頂点とする、皇族、華族、士族、平民の階層社会と、私有財産制度(資本主義)の舌での格差社会存続を「治安」と云う言葉で表したのだな、とわかる。
 三一 無産運動記念日調

 無産運動記念日と云うのは、無産運動者達が、彼等の仲間に於ける知名の先輩の死亡せる日、或いは有名なる事件の起こった日などを選み、それの記念を名として諸種の宣伝煽動行為を行う日を云うのである。
 その該当日に於ける運動の主なるものとしては街頭示威行進をはじめとし、ビラ撒、ポスター貼りの外、演説会、座談会を開催し、又プロレタリア芸術団体に於いてはプロ美術展、プロ演劇及プロ音楽等の催しを為すのである。

 当局が調べたものであるから、その説明も当局流で、「三・一五記念日」は、「昭和三年三月十五日 日本共産党の一斉検挙が行われた」(それを小説にしたのが、小林多喜二である)だし、「五・三記念日」は「一九二八年五月三日、支那国民革命軍と日本軍が衝突し、日本軍が大勝した日」(『甲冑将校』金丸中尉の活躍で、『兵器生活』上では有名)といった具合である。
 ここで云う「プロ」は、プロフェッショナルの意味ではない。
 これで目次及内容紹介は終わりである。

 特高警察と云えば、当局の犬だ、資本家の手先だと云われる役どころである。しかし、資本家地主有産階級から見れば秩序の番人不逞の輩を懲らしめる正義の人に他ならない。
 と云うわけで、世が世ならTVの刑事ドラマの半分は特高警察モノになっていても何ら不思議ではない。派手なカーチェイス、銃撃戦、人情話もあれば、毎回××党の最高幹部を取り逃がすお話だって無いとは云い切れまい。

 特高警察ドラマをテレビ放映する際に、やっぱり『共産党』は別な名前になり、赤い旗は別な色に染められてしまうのだろうか?