春だ、野山だ、歌本だ!

ハーモニカが男の道具だったころ


 遠足の必需品はおやつだけでは無い。往復のバスでの無聊を慰める「歌本」の存在を欠かすわけにはいかない。

 私が世間知らずの少年だったころは、「ザ・ベストテン」等の音楽番組の全盛期にあたり、今でこそカラオケで歌える曲が「死ね死ね団の歌」と「スーダラ節」しか無い私ですら、毎週TVにかじりついていたものであった。懐かしいねえ…。

 しかし当時の歌番組と云うやつには、まだ歌詞を画面に表示させるシステムが未発達であり、「いったいこの歌はどう云う歌詞なんだあ?」と煩悶することが少なく無かった。歌詞が解らないと自転車に乗りながら歌えないじゃあないですか(笑)。

 そう云うわけで、遠足でクラスの好き者が配布する「歌本」と云うやつは、私にとって貴重な情報源だったのである。その「歌本」をどうやって作っているのだろう、と当時疑問に思っていたのだが、たまたまクラスメートが「明星」だか「平凡」だかの付録の「歌本」を読んでいるのを発見して、世間じゃあこう云う手段で最新歌曲の情報を得ていたのかあと感心した記憶がある。


 「なつメロ」「軍歌」が過去の日本において最新歌曲であった時代、どうやってレコードの買えない庶民が歌詞を覚えられたのだろう、と云う疑問を持ったことはありませんか?

 歌詞を覚える王道としては、「何回も聴く」に限るのは云うまでも無いのだが、現代のようにカセットテープなどと云う便利なモノが無かった時代、そうそう「覚えるまで聴く」ことが出来たとは考えられない。私の経験では(大袈裟だなあ)、一度目は「おおっ」と云う感動が来る。まず特定の歌そのものが、他の有象無象の歌から区別されるわけだ。二度目には既に記憶してやろうと云う意識が働き、旋律の5〜6割と、サビの部分の歌詞が記憶される。その後4、5回は聴かないとちょっと声を出して歌うには恥ずかしい。しかし遠足等で流行歌謡を歌わされる場合、何故かまだ歌うのが恥ずかしい状態で出番になるのが常で、歌詞を覚えきれずに恥をかくのである。「歌本」が有り難たられる所以である。

 状況は戦前戦中も同様のようで、芸能雑誌がメジャーになる以前は大衆向け総合雑誌が「歌本」の供給を行っていたようである。


 前置きが異様に長くなってしまったが(笑)、今回はその「歌本」がネタである。例によって見づらい画像をどうぞ。

歌本1

 「講談倶楽部」昭和15年(1940年)新年号付録である。モロ「時局」なのが嬉しい。背景に富士山、子供を抱くお母さん、子供は兵隊サンの格好で喇叭と日の丸、お母さんの手には「慰問袋」が抱えられている。この「歌本」を慰問袋に入れて戦地の兵隊サンに送って下さい、と云う無言の圧力がひしひしと感じられる表紙である。タイトルも「軍歌愛国歌流行歌謡集」と時局便乗型である。

歌本2

 こちらは新潮社の「日の出」のもの。奇しくも同じく昭和15年新年号。こちらは同じく時局便乗と云いながら、お嬢さん軍団で固めている。一度くらいこうやって見送られて見たいものである(笑)。中央のお姉ちゃんが何物なのか判断に苦しむのだが、芸妓風、女学生風、事務員風、深窓の令嬢風と考えられうる女性を配置したようである。

 時局下における「歌本」の性格を知るには後書きを読むに限る。まずは講談倶楽部のものから…(原文は当然旧字、総ルビ付き)

 愛読者諸彦の御勧説と、各方面の要望に応えて、本誌はここに「軍歌愛国歌流行歌謡集」を編纂、新年号付録として刊行することになりました。
 歌謡付録については本誌は研究と経験とによっていささか自ら負う所があるのでありますが、今回は特に現下の非常時局に鑑み、力めて堅実雄勁、勇壮活発なる歌詞を数多く収録いたしました。時局下好適にして、且つ有意義な付録と、確信して居る次第であります。

 収載の歌詞は、いづれも戦線銃後に愛誦されつつあるもので、特に最近の歌謡は、出来るだけ収録することに努力いたしました。掲載の順序は最近のものから逆に流行の年代順になって居りますから、御諒承願います。

 猶本付録編纂にあたって、種々御指導、御援助、御便宜をお与え下さった方々に対し、ここに深甚なる謝意を表します。

 昭和14年11月 講談倶楽部編輯局


 せっかくの昭和15年新年号付録なのに正直に「昭和14年11月」と書いてしまうところに編集者の良心?を見るようである。



 では新潮社の方はどうであろうか。「編輯後記」から…。こちらにはルビが付いて無い。こう云うところで対象読者層に微妙な差異を見せているわけだ。


 支那事変の勃発と同時に、火のように燃える国民の愛国的感情は、あらゆる社会層にさまざまな形となって現れたが、中にも大衆の声として生まれた軍国歌謡は、眞に空前の隆盛を示した。

 同時に、ともすれば生活に潤いを失いがちな時局下に、豊かな情緒を盛って絶えず明るさを与える流行歌も、大衆の要求に応じて蔟生(総督註:そうせい)し、一時期を画したかの観がある。

 ここに収録した軍国歌謡・流行歌は最近最も世間一般に愛唱され、又将来大流行を期待されるものばかりで必ず大方の絶賛を得ることと思うが、編纂するに当たり各レコード会社の寄せられた好意に対し、深甚の感謝を表する次第である。


 こちらの編集後記には日付は無い。
 どちらもキーワードは「時局」である。この前提を押さえつつ、講談社は「戦線銃後に愛誦されつつあるもの」、新潮社は「最近最も世間一般に愛唱され」と、どちらも「これさえ押さえておけばOK」的方針であるが、新潮社はさらに「又将来大流行を期待されるものばかり」と追い打ちをかける構えである。いずれにせよ、それなりに力を入れた付録であるのは変わりが無いことは確かである。

 これで終わってしまうと「兵器生活」ネタとしては失格である(笑)。まずは「戦線銃後に愛誦されつつ」あり、かつ「最近最も世間一般に愛唱され」ている歌曲がどのようなものであったかを紹介する。例によって新かなになおしてある(本当は旧かなにしたいのだが、入力してると気違いになりかねないので…。とうとう辞書に「気違い」を登録してやったぞ!)

 「軍歌愛国歌流行歌謡」曲目(目次登場順)

 出征兵士を送る歌・空の勇士・戦車隊の歌・くろがねの力・銃後の日本大丈夫・聖戦二周年を迎う・世界一周大飛行の歌・征空行・大日本傷痍軍人歌・興亜奉公の歌・のぼる朝日に照る月に・英霊賛歌・広野の開発・支那の花嫁・節子の歌・男のゆく道・明るい月夜・築地明石町・日本の妻・純情二重奏・青空讃えて・宵待草隊長・馬と兵隊・荒鷲の歌・土と兵隊の歌・泥濘進軍・花と兵隊・鈴蘭物語・東京の屋根の下・花咲く街かど・雨の上海・ポプラ並木で・青いチョコリ・支那の夜・長崎物語・太平洋行進曲・月下の歩哨線・砂漠の守備兵・愛染草紙・旅の夜風・愛染夜曲・悲しき子守唄・満洲娘・上海の花売り娘・長江ながし・別れ路の歌・女性の戦い・純情の丘・古き花園・広東ブルーズ・港シャンソン・旅のつばくろ・一杯のコーヒーから・胡弓の哀歌・上海夜曲・軍歌の都・九段の母・愛国娘・楽しき伍長・母子馬車・日の丸馬車・父よあなたは強かった・兵隊さんよありがとう・愛馬進軍歌・愛馬行・上海ブルース・雨のホノルル・青い空僕の空・黒き薔薇・弾雨の中から・母子船頭歌・雨の戦地で・俺は船乗り・夢のゆりかご・島の船歌・親恋道中・おしどり道中・追分道中・軍国横町・若い兵隊さん・大陸行進曲・護れ大空・漢口だより・広東だより・北満だより・嗚呼南郷少佐・武漢陥つとも・遂げよ聖戦・国土・大建設の歌・千人針・愛国行進曲・日の丸行進曲・前進・つわものの歌・別れの君が代・麦と兵隊・戦場投げ節・別れのブルーズ・故郷のあの唄・雨のブルーズ・ガーデン・ブリッヂの月・チンライ節・心の子守唄・進軍の歌・皇軍大捷の歌・露営の歌・続露営の歌・従軍手帖から・坊やも軍人・戦線日記・月下の吟詠・陣中髭くらべ・風流部隊・カタカナ忠義・戦線子守唄・戦場の子守唄・上海だより・南京だより・北京だより・戦地から故郷から・軍国夫婦郵便・黄塵衝いて・北支前線の歌・黄昏の戦線・涯なき泥濘・慰問袋を・我は再び銃執らん・上海の街角で・青い背広で・流転・皇国の母・軍国子守唄・君は戦線・満洲想えば・ああ我が戦友・守備兵ぶし・銃執りて・満洲吹雪・祖国の護り・生命線節・君は満洲・主は国境・満洲行進曲・空中艦隊の歌・肉弾三勇士・千古の雪を戴きて・朝日に匂う・太平洋の波間より・陸軍行進曲・進軍・討匪行・橘中佐・日本陸軍・戦友・陸奥の吹雪・婦人従軍歌・勇敢なる水兵・軍艦・雪の進軍・皇国の守・凱旋(道は六百)・元寇・抜刀隊・敵は幾万・独立守備隊の歌・朝鮮国境守備隊の歌・皇軍の歌・帝国在郷軍人会会歌・皇御国・海ゆかば・国の鎮め・吹きなす笛・足曳・命を捨てて・水漬く屍(以上176曲)番外として講談倶楽部の歌

 「最新流行歌選集」の曲目

 愛国行進曲・純情二重奏・上海ブルース・東京新地図・大陸の街・上海の花売娘・想い出のブルース・ルンバ東京・純情子守唄・愛国娘・日の丸音頭・男のゆく道・月の夜のタンゴ・歌で暮らせば・月下の歩哨線・世界一周の歌・ふるさとの・旅の夜風・愛染夜曲・夜のルンバ・港シャンソン・支那のランプ・出船の唄・熱海ブルース・別れのブルース・雨のブルース・東京ブルース・皇国の母・親恋道中・麦と兵隊・愛染草紙・青空讃えて・東京の船唄・若妻ごころ・旅のつばくろ・月夜のワルツ・或る雨の午後・月に啼いてか・名月赤城山・北満花嫁だより・花咲く街かど・くろがねの力・出征兵士を送る歌・青い空僕の空・支那の夜・築地明石町・啄木の歌・情熱の詩人・里恋峠・バンジョーで唄えば・男のいのち・港のセレナーデ・満洲娘・黄昏の悲歌・夜のタンゴ・広東ブルース・支那夜曲・男船乗り・東京ブルース・伊豆おけさ・日本の妻・忘られぬ瞳・大利根月夜・北京覗き眼鏡・印度の夜・二人ゆく人生・節子の歌・追分道中・浅草詩情・上海夜曲・荒鷲の唄・戦場投げぶし・朝月夕月・青春ブルース・林檎花咲く頃・泪のタンゴ・父よあなたは強かった・古き花園・上海碼頭・マリネラ・白衣の尺八・軍国子守唄・男召されて・残菊物語・純情の丘・支那の花嫁・興亜の歌・湖上の尺八・日の丸子守唄・上海航路・流れの花びら・意味ない左様なら・秋のエレヂー・アイルランドの娘・戦線お国自慢(以上95曲)
 多分上の曲目を総て読んだ人は一人もおるまい(笑)。最新(当時!)の「戦時歌謡」から一昔前の流行歌、明治の黴付き軍歌までのオンパレードである。「馬鹿馬鹿しいとお思いでしょうが、打ってる本人大まじめ」の心境である。

 この二つに収録されている曲目を抽出すれば、昭和14年末における日本の流行歌のトレンドを掴むことが出来るのだが、面倒なので今回はパス。

 「出征兵士を送る歌」は今でも右翼の街宣車が大音量で無理矢理聴かせてくれる名曲なのだが、もともと大日本雄弁講談社が募集したものなので、新潮社「最新流行歌選集」では扱いが不当に小さいのである。講談社の「歌謡集」には大々的に広告を打っているので紹介する。

出征兵士を送る歌

 「一家に一枚」、「出征入営の壮行にはゼヒこの歌を!」まさか右翼の街宣車御用達ソングに成り下がるとは誰も思わなかったことであろう。

 「歌謡集」の「世界一周大飛行の歌」と「選集」の「世界一周の歌」は同じもの。ニッポン号世界一周飛行に合わせて作られた曲である。私は聴いたことが無い(笑)。


 こう云う昔の歌本の何が面白いかと云えば、「時局に便乗しすぎて、今では誰も知らない曲」を紹介することにある、と云っても過言ではあるまい(笑)。戦時歌謡や軍歌の類は世間に研究書の類が少しはあるのであるが、「兵器生活」読者諸氏の便宜を諮り、以下に紹介する!歌謡曲の歌詞を引用・掲載することは日本国内において、極めて危険なことなのであるが、戦前・戦中文化を語る上ではどうしても避けて通れない道なのである。したがって読者諸氏は当局に密告する等の行為はつつしまれるようお願い奉るものである。

 と云うわけでまずは「愛国娘」。佐藤惣之助 作。テイチク、服部富子吹込(「選集」より)。なお原本は歌詞については総ルビであるが、必要と思われる部分にのみカッコにて表記した。また、旧カナ等についても改めてある。

   若い黒髪きりりと結び
   臙脂(べに)もつけずにエプロン姿
   街の夜明けに工場(こうば)の笛に
   行くよゆきます愛国娘

   昼と晩とのニュースを聞いて
   胸にしみこむ戦地の便り
   地図をひらいて印をつけて
   家(うち)の兄さん手柄はまだか

   雪も降れ降れわが家の窓も
   戦地思えば露営のこころ
   弱い母ァさん寝かして置いて
   針の仕事も忘れちゃすまぬ

   お嫁どころか休みの日には
   かえる白衣の勇士を迎え
   もゆる感謝の涙をためて
   駅へ行きます 愛国娘

 こう云う歌曲を作っているから日本の歌謡曲界は歌詞の引用をいやがるんだよな、と云うのがミエミエである(別に佐藤氏及び当時の作詞者・作曲者を批判しているわけでは無い。一部の「平和活動家」のような了見の狭いことを云う程「兵器生活」はケツの穴は小さくは無い!)


 続いては「軍国横町」東辰三 作(「歌謡集」)

  何処もしがない暮しの所帯
  吝(けち)な長屋の横町だけど
  向う三軒御国の為に
  揃って誉れの勇士を出した
  これを名付けて軍国横町

  かねて戦死は覚悟の倅
  ならば斯うしてしてさっぱり垢を
  落とした肌着で死なせてやりたい
  話す健気な母さんに
  みんなホロリと井戸端会議

  鳶の三公の便りを読めば
  敵の陣地へ一番乗りを
  したときゃ日の丸纏(まとい)のように
  立てて木遣りで鍛えた声の
  万歳何度も唱えて候(そろ)

  悪いと知ったらあっさり詫びて
  後はカラリの男と男
  泣いて喚いて加勢にすがる
  隣のお国の蒋さんとやらに

  見せて上げたい長屋の喧嘩

 笑ってしまうが、ヤな歌である。今となってはマイナーになった歌と云うのは、あまりにも時局に便乗しすぎて、「兵器生活」などと云うやくざなページを運営している、現代人の私が読んでもいやあな気分になるものが多い。


 続いて「別れの君が代」。佐藤惣之助 作

  暫く駐屯していたが
  今日は別れだ 僕達は
  新戦場へ いでて行く
  街よ民家よ さようなら

  日の丸かざして 皆来たか
  支那の可愛い 子供たち
  教えてあげた「君が代」を
  ここで歌って 別れましょう

  左様ナラニッポン 兵隊サン
  ミンナオ礼ヲ 申シマス
  オ馬モタンクモ 自動車モ
  ミナサン万歳 バンバンザイ


  あの子もこの子も 有難う
  みんな達者でいておくれ
  名残りが惜しいが泣くじゃない
  馬が勇んで 待ってます

  馬上はるかに見かえれば
  雨になるのか 城壁も
  寂しく遠く 暮れてゆく
  街よさよなら さようなら


 もう絶対公共放送では流せない(笑)「チンライ節」時雨音羽 作

  手品やるアル みな来るヨロシ
  うまくゆナラ 可愛がっておくれ
  娘ナカナカ きれいきれいアルヨ
   チンライ チンライ
   チンライ チンライ チンライ ライ

  刀なんぞは 不要(プヨプヨ)アルヨ
  ケンクワ良くない 麦蒔くヨロシ
  チャイナナカナカ ひろいひろいアルヨ
   チンライ チンライ
   チンライ チンライ チンライ ライ

  手品うまいアル 良くみるヨロシ
  娘きれいアル 見惚(と)れるヨロシ
  うまくゆナラ 耳輪買ってオクレ
   チンライ チンライ
   チンライ チンライ チンライ ライ

 ゼンジー北京か006の世界である。結構この手の中国人のイメージは多い。大きな声では云えないが、私はこのイメージが実は好きである。

 「歌」とくれば「鳴り物」が必要なのが世の常で(笑)ある。ポータブルカラオケセットも無く、さりとて楽隊を連れて歩くわけにも行かない、戦地の兵隊サンが重宝したと思われるのが「ハーモニカ」である。漫画映画「桃太郎 海の神兵」中で名曲「アイウエオの歌」を吹いていたシーンを思い出す方も多いと思う。

 ハーモニカにも種類が色々あるらしいが、私は詳しく無いのでそのへんの蘊蓄を垂れる資格は無い。が、携帯楽器として優れているだろうことは想像が付く。小学生が演奏出来るくらいのお手軽楽器なのである。最も真面目にやると驚くような演奏までやらかしてしまう程、奥が深いものでもあるらしい。「軍艦マーチのすべて」(キングレコード)の中でミヤタハーモニカバンドによる軍艦マーチの演奏が収録されているのだが、中々楽しい演奏である。

 閑話休題。当然商魂逞しい当時の商人がこの楽器に目を付けないわけがなく、ちゃんとこれらの「歌本」にも広告が掲載されている。

ミヤタバンドハーモニカ広告

 「ハーモニカ界の元老 宮田東峰先生責任監製」のミヤタバンドハーモニカそのものズバリの広告である。さりげなく「ハーモニカ上達の早道」なる冊子の宣伝もしているところがニクい。


 新潮社は「選集」はどうかと云うと、

プロペラ広告

 読者は「ハーモニカを持っていて当然」とばかりにハーモニカ用音響増幅装置「プロペラ」(何故プロペラなんだ?)の広告で対抗する。正面のミゾにハーモニカ本体を挿入して使用するようである。


 思えば小学校でのハーモニカ教育と云うのは戦地に行って流行歌を吹くための練習だったのである。

トンボハーモニカ広告

 「ボクは唄うからキミは吹くんだぞ」と云うのが泣かせるトンボバンドハーモニカの広告である。時局便乗の好きな「歌謡集」の裏表紙である。「無敵皇軍と支那軍とは先づその精神が違うのだッ!」と来て「無敵トンボバンドと他のハーモニカとは第一材料や製法が違うのだッ!」本当か? どう見てもこの広告にあるトンボ印と先のミヤタバンドハーモニカ広告にあるトンボ印は同一にしか見えないのだが…。

 下手そうな歌を唄っている兵隊が「歌本」を持っていることに注意したい。


 春の行楽シーズンに備えて、押入の奥深く眠っているハーモニカが日の目を見ることを祈って本稿を終わる。