フランとドルでフランドル

帰ってきた怪しい商品カタログ


 埼玉県所沢市の某県立高等学校近くに「フランドル」と云う画材屋があった。

 「フランドル」とは、ずいぶん渋い名前を付けたものだと感心したのだが、美術の先生に、「あれは『フラン』と『ドル』で『フランドル』なんだよ」と.云われ、世の中夢もロマンも無いもんだ、とガッカリした記憶がある。
 先日、百貨店の古書市で「株式会社内田洋行商品総合型録」(昭和9年版)を、4千円出して買った。今回は、その中にあった商品のご紹介である。


 特許
 ドルセーリ
 金銭計数結束器


 ドルセーリは多年金銭取扱の経験上、従来の包封方法の不備不便を痛感の結果、研鑚考究遂に創意完成を見るに至ったものであります。
 現在行われている紙包は今直ぐ之に代えて万一の誤謬を防ぎ能率増進を御計り下さい。又お金の計算に、保管に、取扱に、幾多の不便を忍ばれた方は本器の御利用に依って其繁雑と手数は完全に一掃されましょう。是非一器を御使用下されて繁劇な世運に御備え下さい。

 無駄な脳力の消耗は莫大な損失

ドルセーリの特長
 1.一々数える手数が要らず短時間に勘定出来る。
 2.計数に便利であるから徒に貴重な脳力を費やす事が無い。
 3.監査引合わせに手間取らず頗る能率的である。
 4.内容は一目瞭然であるから受渡は明朗に行われる。
 5.受取った面前で読み改めの不愉快は除かれる。
 6.保管持運びに至便である。
 7.人間通有の弱点欠陥より起る誤謬は完全に防止出来る。
 8.結束法が拡まる程硬貨の運用は敏活円滑となる。


 本文を読むと、お金を束ねる器具のようである。お金を束ねると云えば、『札束』だったり、通俗時代劇でおなじみの『山吹色の包み』を思い浮かべる。
 悪代官・悪商人間の金銭授受であれば、「おぬしもワルよのう」でフトコロに入り、領収書もいちいち書いたりしないから、紙包みの中に小判が何枚あろうが、誰も気にしない。しかし、正常な商取引における、代金授受においては、「いくら」あるのか知らずに持ちかえるわけにはいかぬ。小判何枚、銭何枚なのか数えてやらないと危なくていけないが、払った側から見れば、キチンと数えてあるのに、また数えなおすのか、と思うのも人情だ。
 そういった心配が過去のものになると云う「ドルセーリ」、この、いかにもなネーミングはさておき(笑)、いったい、どんなカラクリなのだろうか?
 ドルセーリの使用法
 絶妙の考案は常に斯くの如く最も単純であります。 


結束せんとするの図

(イ)図面に示された様に1セン、5セン、10セン、50センの記号を彫刻した四筋の半円溝があります 其溝へ夫々の銀銅貨を一杯に詰めますと正五十枚にて定額となりますから 計数容易です。一杯に詰める最終のものは端の方へ御入れ下さい 五十枚の手触りを直ぐ感じられる様になります。

(ロ)一杯に詰めた中からニ枚乃至三枚を抜取りてバンドを掛け、其の抜取たニ枚乃至三枚を中程へ挿入れて押具で押込めば、キッチリ気持ちよく結束されます。押具は一気に力を平均して押して下さい。そうすれば出来上りは綺麗です。 

 図は、説明文(ロ)を示す。図左下にある「バンド」を取り、硬貨入れの「溝」に収まった硬貨にそれを掛け、二枚を差し入れ、50枚を上から「押具」で押さえつけようとしている所である。
 その結果が、下の「結束を終りたる図」だ。


結束を終りたる図/封印紙を貼用したる図

 云われれば「なあんだ」で、日常生活に無くてはならないモノだとは、とても云えないが、

 銀行、信用組合、郵便局、公私鉄道、バス、官衙、役場、学校、会社、商店、社寺、浴場、映画館、マーケット等多額の金銭又は日々沢山の小銭を御取扱いの先は必須の事務用品です。

 と云われれば、大いに同意する。
 今日、コンビニ・スーパー・商店で、「おつり」を受け取らんとする際、店の人が「少々お待ち下さい」と、透明フィルムにパックされた百円玉、十円玉を、「ガツン・ポキン・ザァーッ」とレジの小銭入れにぶちまける所を見ることがあるが、それのご先祖様なのである。

 と云うわけで、結束用バンドは、その名も「ドルバンド」と無駄に勇ましい。

 ドルバンドの結束
 一見して金額が明かですから収受者に多大の好感と満足を与えます。軟弱な包紙と異なり、強靭にして数度の使用に耐えます。

 封印紙の応用
 封印紙は取扱者の責任押印用に供します。又ドルバンドの結束を一層強固ならしめるものであります。

 実に良いことづくめな「ドルセーリ」、しかし、昭和9年当時には、現代では想像もつかない落とし穴があったのである。

 (注意)日銀直轄外の地方、即ち台湾、朝鮮、満洲の如きは硬貨の新陳代謝緩慢の為磨損せるもののみが通用していますから、本器を以て計数の正確を得る事が出来ません。御注意下さい。

 「磨損せるものが多く通用」ではなく、「磨損せるもの『のみ』が通用」とある。その硬貨の出所を考えると、ちょっと怖い。


 「エンソロエ」「ポンドタバネ」なるパチモンの一つ二つあってもよさそうだが、このカタログを買うまで、こんな器具があることすら知らなかったのであるから、ニセモノどころでは無いらしい。
 気になるお値段は?

 ドルセーリ「ドルバンド四種25本宛百本及封印紙百枚添付す」で一組3円。ドルバンドは五十銭用(白)、十銭用(青)、五銭用(紫)、一銭用(赤)が、各千本につき1円。1種類一万本の注文に対し、ネーム入れのサービスがつきます。

 弗を整理で「ドルセーリ」、大阪的ネーミングに勝利の凱歌が上がって今回のネタとなっているわけだが、それほど帝国日本の商売は、アメリカ頼りだったのか? そして大東亜戦争勃発に伴って、「ドルセーリ」の名称はどうなったのか、興味はつきないが、これにておしまいなのであります。
 古道具屋で見かけたら是非お買い求めいただき、「繁劇な世運に御備え」下されん事を!