時代の尖端を奔れ!

モダン旅館用品の数々


 「なんだこれは!」
 「こんな頃から」
 「こうだったんだ」
 古書店で出会う『紙モノ』の面白さは、上の三つに尽きる。今回ご紹介する「加賀屋商報」(加賀屋土肥商店発行)に記載されている商品の数々も、その例にもれない。


「加賀屋商報」

 こう云うモノの通例として、発行時期は不明である。
 しかし、中央には「15.6.24」の日付が入っている「上州草津温泉 富久住旅館」の入浴記念スタンプが押してあり、以下にご紹介する商品の数々から見て、発行時期は、昭和10年代初め、東京でのオリンピック開催が決まる、昭和11(1936)年の少し前から支那事変勃発から1年後の13年あたりではないかと推測している。

 カタログ冒頭に登場するのが、
 

特製御手富喜台
 正価 金12円也(但しハンカチーフ別)
 

 「特製御手富喜台」(スゴイ当て字をしたもんだ)である。
 商品説明は

 各便所の御手洗所のそばに、なくてならぬ設備品です。
 手をふきさえすれば自然にハンカチは下へ落る仕掛になって居ります。


 実に便利で衛生によく御客様へのサービスとして申し分無き他に類の無い品であります。
 洗濯は自由 加賀屋の特撰品です。



 香が焚いてあったり、小便器に氷が詰めてある、料理屋・呑み屋の洗面台には、しばしば筒状に丸めたハンドタオルが積んである。使用後は、近くにある籠/箱に放り込むようになっているのだが、この「御手富喜台」も、発想はまったく同じだ。

 呑み屋の手ふきを一個失敬して、店から叩き出されることは無いと思う(損料も代金に含めておくのが経営の常道だ)が、あるだけゴッソリ持って行くのが見つかれば、警察に突き出されても仕方がない。お客様にはいつも新しい手ふきを使って欲しい、しかし持って行かれてトラブルになるのは面白く無い。そんな店主の悩みを、手ふきに穴を開け、台に固定したリングに通すことで解決した、当時の貧しさを物語る?セコい商品である。

 続いては、正価7円50銭の『軽便御手富喜台』。
 使い終わった「お手ふき」が、台の下にブラ下がったままなので、体裁優美とは云いかねるシロモノである。『特製』と『軽便』の違いはそんな程度だ。

 『特製』『軽便』どちらも『ハンカチーフ別』のお値段だ。
 お手ふきは、『クローム○付』の特別なものが、百枚につき「金六円也」つまり一枚6銭となる。戦前の物価は、2千から3千倍すると、おおむね今の価格に近くなる。つまり一枚120円〜180円。一枚もらって帰っても見逃してもらえそうだが、10枚くすねるとタダでは済まないことが納得できる。
 手を拭く前に、尻も拭いておかねばならぬだろう。
 おどろくなかれ、ロールペーパーだ!



 (4)便所用紙巻器
   金一円八十銭(但紙別)
 (5)便所用巻紙器(木製)
   金一円六十銭(但紙別)


 ペーパーホルダーが『紙巻器』と表記されているのも面白いが、巻紙そのものの値段が、「一打二円也」=1ダース2円すなわち一個16銭と、『御手富喜』より10銭も高い。今の価格にすると320〜480円にもなる。
 これでは普及は出来まい。
 このカタログ、「実用新案特許品いろいろの旅館料理待合各商店にゼヒ必要品」(カタログ記載の文句より)を掲載したものである。
 と云うわけで、コンナものも載っている。
 御迎い 御見送り
 団体旅行等に御使用願う


 本モス(曲尺) 長三尺五寸 巾二尺四寸 壱色染
 一本 金三円五十銭


 富士絹製 金五円
 (二色染は五十銭上り)


 真鍮玉付 黒塗り棒 一本五円也

 旅館のお迎えが持っている旗だ。図版には、実在の旅館名が使われているようだが、下手に詮索して記述すると、間違えていた時に困るから、あえてやらない。
 しかし結構な値段だ(棒は漆でも塗っているのか?)。
 旅館のように、不特定多数の人が集まる施設では、荷物の取り間違えなどが起こりやすい。
 そこで札の出番だ。


セルロイド札と徽章

 セルロイド札
 食券、御預り札、下足札、に御使用願ます。


 (23)小判型紐附 百組 金拾五円也
 (24)角形紐附   百組 拾五円也 鈴附は百個弐円増し
 (25)丸形紐附  百組 金拾八円也

 (26)セルロイド徽章 百組 金廿円也

 百組(200枚)単位の商売であるから、相応の規模を持ったところを相手にしていることになる。
 こんなものも取り扱っている。
 御食事後又は御目ざめの時
 一度使のはみがき附御楊枝をゼヒ…


 上千本金拾五円也
 特金拾八円也


 使い捨ての歯ブラシ―粉の歯磨き粉(中央の三角形の包み)つき―だ。今では珍しくもない宿グッズだが、昭和10年頃にはあったのかと思うと、けっこうビックリする。
 袋の『お早う御座います』のメッセージが嬉しいが、夜用もあるのだろうか?
 部屋に入り、夜になれば電灯をつけることになる。


私設電灯

 停電又は昼間線代用の場合 一時間一銭割の電灯料で使用出来る 取付簡単 御用意下さい
 ナショナル乾電池使用に付入替自由 電池ハ何処にも有ます


 大型 金弐円五十銭 光度十ショク位
 小型 金一円五十銭 光度五ショク位


 自家発電ではなく、市販のバッテリーで電灯を追加しようとするもの。大小の違いは乾電池を入れる箱の大きさによる。

 用事があれば、仲居さんを呼び出すわけだが、


 もう内線電話が存在しているのだ。

 (32)室内電話
 各室へ一個宛御備え附になれば女中さんの手が今迄の半分で間に合う事になります
 何度も往復せず共一度の御電話で全部の用事を御聞して御客様に御満足を与える事が出来ます


 此の室内電話はドナタでもコードさえ有れば何処へでも持って行けます
 御都合で取附参上致します

 各部屋一ケ付
 金弐円拾五銭


 交換台
 五部屋分 四十円
 拾部屋分 七十五円


 特上コード代は一間に付 金参拾銭

 云うまでもないが、交換台がなければ意味がない。各部屋に電話をつけようと思ったら、百円(20〜30万円)近い出費を覚悟しなければならなかったのだ。
 図の、交換台のところへは電灯線から電気を引いているところに注目されたい。当時、コンセントが据えてある部屋は珍しかったと云うことだ。

 いまどき、高級温泉旅館から連れ込み宿まで、フロント直通の電話が無いところはないだろう。それゆえに、内線電話の無かった当時を想像するのが難しい。客室の隅に控えていたら気詰まりで、用も無いのに廊下に一日待機するのも馬鹿馬鹿しい話なのだが、始終「オーイ」「ちょいと」と呼び声(これだってどんな声をかけていたんだか…)が飛び交っていては旅情も何もあったものではない。

 宿屋の楽しみは、何といってもメシ(と酒)である。暖かいご飯を提供するため、こんな器具もカタログにはある。

電気飯櫃

 一度炊た御飯が一日中絶対サメヌ事保証
 夏は御飯が絶対に腐りません


 金属外郭タメ色塗中櫃アルミニューム
 電力五拾ワット使用に附
 定額にして月壱円二、三十銭也


 三升入 二拾五円也

 戦後普及したと思ったら、今では炊飯器の機能の一つに格下げされた電気ジャー。
 一日保温されたメシを出される客から見ると、さほど嬉しくもない設備なのだが、冷や飯だったり、傷んだご飯が出てくるよりは顧客満足度はあがる…のだろう。
 おなじ温める設備なら、卓上コンロの方が夢があってよろしい。
 経済にして早く用事の出来る炭の十倍の能率
 ガスより安い石油又はガソリン使用


 (28)金弐拾円也
 (29)金弐拾円也


 「ガスより安い」と売り出してはみたものの、今日の卓上世界は、カセットコンロとホットプレートの支配下にある。しかし、登山/キャンプ用品世界では、冬場でも火力が衰えぬところから、その価値は依然高い。
 ガソリンコンロの取り扱いを誤れば、食堂、厨房、客室に火の手があがる。
 お客を避難させ、消火につとめるとともに、再起の元手は残しておかねばならぬ。

非常袋
 
 火事はいつ何処から出るやらわかりません。
 イザと云う場合に此袋さえあれば 重用品は全部一纏にして此の中へ入て出す事が出来ます。
 折畳んで箱入になって居ります。御帳場へ御備附を


 金参円五拾銭
 店名入は金五十銭


 店の名入れで追加料金が発生するところに、まだまだ商売上の工夫の余地がある(笑)。競合他社は無かったのか…。
 さて、このカタログ、旅館等で使う用品を取り上げたものであるから、客が絶対に存在を窺い知ることの出来ぬ設備も載っている。こう云う「日常生活と縁のないモノ」と出会えるから、『紙モノ』はやめられぬ。


各室塞空調査器

 此器械は、御客様が何番の部屋に 何人御出になるや 又何番が空いて何番が塞がって居るかを 一目見てわかる為に是非必要な器械です。
 部屋名及番号、人員数は御指定により書入て御貴館様の部屋名又は番号にピッタリ合う様に製作致します。
 御帳場に一台、是非御備え附を願います…


 正価 二拾部屋分 金三拾円也(一部屋増しに金一円五十銭高)

 現代のホテル・旅館なら、コンピュータを使って予約から精算まで連携させる仕組みを使っているだろう。一人暮らしの主筆には未来永劫必要無い設備だが、手持ちの設備が「一目でわかる」ものには、心惹かれる何かがある。
 さきの「調査器」と似たようなカタチをしているが、これは「旅館。料理。食堂用計算器」と云うもの。

 「室番号」の下に、「受付女中」「客数」「酒又はビール」の札をはめ込み、計算させる仕組みのようで、図は「部屋番号:一番、担当:花子、客:5人、飲み物:3本」を意味するようだが、飲み物が出たところか、注文を受けたところなのか(ビール一本、サイダー二本だったらどうするのだ)、説明が無いのでわからない。役に立つ設備なのかどうか、何とも云えない。

 弐拾室(セル札二百枚附) 金二拾円也
 参拾室(セル札二百枚附) 金参拾円也



 いよいよ精算・支払だ。


金銭整理器

 「金銭整理器」、計算機ではありませんよ。

 壱銭・五銭・拾銭・五拾銭を 上より一度に入れれば 下迄金が落ちる迄に 全部別々に整理されてツリ銭を出す時に実に早くて便利な器械です
 高サ 一尺六寸、間口 一尺五寸、奥行一尺
 絶対無故障責任附
 金拾五円也


 レジスターにしか見えぬこのマシン、上から硬貨をジャラリと入れると、下の引出に、1銭・5銭・10銭・50銭を選り分けてくれる「だけ」の機能を誇る―「ツリ銭を出す時に実に早くて便利」としか書いてない―モノ。さすがにそれだけでは売れないと思ったのか、さらに、紙幣や帳面を入れる引出をその下につけ、ダイヤル式のカギまで付けて、金庫としても使えるようにしたと云うもの。金勘定は、今まで通りソロバンでやらねばならぬ、ちょっと悲しいハッタリ商品なのだ。

 このカタログに載っている商品を使うところなら、ちゃんとしたレジスターが置いてあると思う。
 「時代の尖端を奔る」と謳っている商品のほとんどは、今では当たり前に存在しているか、もう少し便利なモノが出ていると云って良い。しかも、一般家庭の中にも入り込んで久しい。宿泊施設専用の使い捨て歯ブラシも、コンビニに行けば、もっと上等なものが買え、急の宿泊に備えることすら出来るのだ。

 昭和10年代と現代の違いは、電化製品の数と種類の違いである。普及はしなかったが、電気冷蔵庫・掃除機・洗濯機・扇風機はすでにあり、テレビは実用化の途上にあった。これらは現代では生活必需品のようなカオをして、家庭に収まってはいるが、それが無くても(主婦と女中の労力で)なんとかなっていたのである。
 現在憧憬をもって語られる、昭和30年代とは、昭和10年代から帝国陸海軍を取り去ったもの、と云うことさえ出来るのだ。

 「大東亜戦争」が無かったら、停滞・閉塞と云われる、今の日本社会が20年早く訪れていただけかもしれない。

(おまけ)
 旅館用品カタログの中には、一般家庭にあっても重宝するモノも載っている。


洋服カバー

 御客様又は御自分の御洋服を 此カバーに入れて掛けて置けば ホコリが着ず気持のよいサービスになります

 壱個 金参円五拾銭

 モノの出始めは、とかく値段が高いものだが、いくらなんでも一つ3円50銭(7千〜1万5百円)はないだろうと思う。