掘るも築くも、まずは鉄とコンクリ

新案防空兵器・大防空塔


 戦争だ! と云われたら、防空壕を掘り始めるような気がする。
 敵の空襲は何時・何処の予告なく行われるのであり、疎開すべき地方に縁者無く、公共避難所は何処にあるのか解らぬならば、穴の一つも掘るしかない。

 しかし、露天掘りに雨よけの屋根を付けた程度の防空壕の防護力など、爆風をやりすごす程度のモノでしかない。これはB29にやられる前から想定されていたことで、本土空襲が現実のものとなると、露天掘りよりも山の横腹を穿つ「横穴式」が推奨され、戦後は子供の(キケンな)遊び場になったことで裏付けられている。
 爆弾の危害を逃れるには、鉄筋コンクリ造堡塁のような構造物がやっぱり必要で、そう云う建造物であれば、何も苦労して地中にこしらえる事も無いんじゃあないか、と思うのも道理だ。秘匿するなら土の中に埋めておくのが安心だが、都市そのものの隠しようが無い以上、地中と地上は首の皮一枚の差でしかない。

 毎度おなじみの「国防科学雑誌 機械化」昭和19年2月号は、『防空の機械化』特輯と銘打っている。例の巻頭新案兵器は、『新案防空兵器』の名前で、以下のものを掲載している。
 例によって仮名遣いを改め、読点代用の空白を補う。

大防空塔活躍想像図
 大防空塔 新案防空兵器
 案・画 小松崎 茂


 未来の都市にそびゆるこの大防空塔は その全部が厚い鋼鉄装甲とベトンによってつくられており、一分間に三百回以上の高速をもって回転する 砲弾型の先端はさながら独楽のようである。その素晴らしい跳弾性は もしこれへ敵の爆弾が命中しても、その爆弾のエネルギーを この独楽が起す風圧と回転力によって奪い去り、その屋根の傾斜によって敵爆弾は水壕へ落とされてしまう。

 その周囲には 八門の敵成層圏用重爆撃機を射落とす威力をもつ超重高射砲および照空燈等が据っており、また地下に待機している防空戦闘機は「敵機来襲!」によりエレベーターで運ばれ、カタパルトで射出される。このうち特に面白いのは 海から導かれたこの壕の水を利用して塔より消火水を噴き出し、同時に周辺の消火にもつとめられるように出来ていることである。

 かかる積極的な防空施設を、早く各都市にもたせたいと私は希っている。

 幻想的な画である。しかし、この幻想的な光景は、空襲を受けるまでに敵に押されている状態を示しているのだから、あまり有難いものでは無い。
 それはさておき、相手がお見舞いする爆弾の程度は(核兵器なんぞ持ち出さなければ)予測は出来る。であれば、それに耐えうるベトン(コンクリート)鉄板の厚みと分量は計算することが出来る。爆弾の直撃を跳ね返すだけの構造を持った建造物であれば、あえて地中にある必然性はない。それは工事の楽な地表に設置されるだろう。

 現実世界であれば、場所、資材、費用、工期等の制約を逃れることは出来ぬが、雑誌口絵のように、絵描きを縛るものが、原画のサイズと期日だけ(稿料もあるぞ)であれば、万全なものと事を考えてしまうものらしい。

 これは画の横に配置された補足である。上から、

 塔内からは「敵機来襲!」より早く、防空戦闘機がカタパルトによって飛び出す

 空襲警報発令されるや市民―老人、子供を先ず塔内深くエスカレーターによって待避させる
 (揃いも揃って地味な色彩なのがイヤな感じだ)

 敵機は目的地に至らぬうちに防空塔よりの猛射に遭う

 の説明が付けられている。
 「未来の都市」と断りを入れているにもかかわらず、エスカレータ横のトラックが当時のニッサン180風であり、敵爆撃機がB17を六発にしただけの適当加減なのも微笑ましい。
 塔の構造は、このようになっている。


全体概念図

 防護力のある建物だけで充分なところに、以下の機能がある(描かれている)。

 1)回転する鋼鉄の頭部(厚さ三十吋)
 2)動力装置
 3)塔の周辺を回転するラジオロケーター
 4)消火管槍
 5)防空戦闘機
 6)戦闘機出動後は閉まる(註:戦闘機出撃口を示す)
 7)引込式カタパルト
 8)エレベーター通路
 9)引込式照空燈
 10)超重高射砲
 11)照空燈
 12)通風孔
 13)電車待避所
 14)防空塔地下出入口

 『防空要塞』と呼ぶべき重装備だ。
 ラジオロケーター(レーダー)が装備されており、高射砲は敵成層圏爆撃機(B29として実現する)に充分届くとしているのは、文句ナシの先見の明と云えるし、通風孔をわざわざ描く気の配りようは、「日本三大茂」の名に恥じぬものがある。
 しかし、過剰すぎる・いくらなんでもこれは…な装備もある。厚さ30インチの鋼鉄を、「一分間に三百回以上」回転させる機構がそれである。
 戦闘機の長さを9mとみると、「独楽」の直径は30mにはなるだろう。使う鋼鉄は厚さ約76センチもあるから、コマの断面で云う斜辺も30mと推定した上で、円錐の表面積×鉄板の厚みで体積を算出し、そこに鉄の比重を掛けると、なんと重さは1万トンを超える。重量で云えば巡洋艦まるごと一隻、広さならそこいらの交差点がスッポリ収まる。これが一秒間に5回転以上するのだ。100mを超える塔の上に、こんな物騒なモノを据える。これは恐ろしい。

 これだけの装備なら、一本の塔に詰め込むのではなく、複数の塔に分散させ(消火装置は各個装備でも良いだろう)、それらで一つの『防空要塞』を構成する方が、より現実的―ドイツ『高射砲塔』の如く―に感じられてならない。小松崎先生描くこの画でも、都市の要所要所に一基づつ設置するように見えるので、なおさら思う。これも、一つの器に色々盛り込む日本人の『幕の内弁当指向』の現れなのだろうか。

 全体概念図の比率通りとすれば、塔の高さから水壕の深さも100mは無くてはならず、その下100m近くを大待避所と地下格納庫に当てていることになる。防空施設としての主題は、むしろ地下の方だと思えてならぬ。

 過剰な装備、馬鹿機構と盛りだくさんの「大防空塔」だが、そうなってしまったのには理由がある。
 帝国日本では、庶民は庭や床下などに待避壕、大型建造物なら地下防護室と屋根の補強に監視所あるいは高射砲の設置と、見てすぐわかるような防空専用施設の建設には消極的なのだが、盟邦ドイツにおいては、宮崎 駿が描いて(一部で)有名になった『高射砲塔』だけでなく、文字通りの『防空塔』があるのだ。

 田邊 平學は、昭和16年4月から半年にわたり欧州各国の防空施設を視察して帰国、早急な『不燃都市』の実現を提唱した東京工業大学の建築学者である。彼は戦時中にドイツを中心とした防空建築の啓蒙書を書いているのだが、そこで紹介されている『耐弾防護室』の一種、『ウィンケル式防空塔』がそれである。


ウィンケル式防空塔(田邊 平學『不燃都市』より)
鉄筋コンクリート構造、収容人員400名


ウィンケル式防空塔(出典同じ)
無筋コンクリート構造、塔頂鉄筋補強、収容人員500名

 ドイツでの見聞を記した「ドイツ 防空・科学・国民生活」(昭和17年、相模書房)では以下のように紹介されている。

 従来ウインケル式「防空塔」等と称して、頂上を尖らした円筒状の高塔を設け、内部を防護室にして敵爆弾の命中率を少くし、万一直撃弾を受けても、これを跳ね飛ばそうと企てた案があった。極めて少数ではあるが工場や市内に既に設けられているものもある。現にハンブルグでは昭和十六年五月九日の英機空襲の際、爆弾がこの種の防空塔に命中したが跳飛して地上で炸裂し、塔は勿論、内部の収容者も完全に無被害であったと云う実例もある。

 小松崎『大防空塔』のデザインが、これの影響下なのが明白だ。『大防空塔』が過剰な装備となっているのは、盟邦ドイツが思いも及ばぬスゴイものを考案してやる、と云う絵描きの意志の現れなのである。

 さて、この『ウィンケル式防空塔』、イタリアでも提案されているが、建造には至っていない。同じ視察旅行の記録である「空と国(」昭和18年)では、イタリア現地での、

 低空から爆撃されると、水平爆撃でも爆弾は側壁に命中する場合が多いし、殊に急降下爆撃や砲撃を受ける場合を考えれば、地上に独立した防護室を設けることは危険である

 とする否定的見解が述べられている。造ってしまったドイツにおいても、

 施工も容易でなく、又都市美をも損すると云う理由に依って将来は不可とされ、今後は低い円筒形が適当であろうとしてチューブルン式その他の提案があり、内部の螺旋状階段がその儘収容室の座席に利用されている。(略)その外観も形状から表面仕上げに至るまで相当考慮されており、高さも精々十五米位で周囲の樹木で隠される程度以上に出ていない。(『ドイツ 防空・科学・国民生活』)

 と云う結論に至っている。


チューブルン式防空塔(『空と国』より)


 ちなみに『高射砲塔』も、田邊が敗戦直前に書き上げた、防空建築学の集大成「不燃都市」(昭和20年、河出書房)中に、

 ベルリン市内には各所に第202図に示す如き屋上に高射砲陣地を有する防空塔(防空砲台)も建設されている。この塔の構造・性能は勿論、存在そのものに関してすら従来一切報道が許されていなかったが、昭和18年5月6日漸く禁止が解かれた。


「屋上に高射砲陣地を有する防空塔」(『不燃都市』より)

 と紹介されており、出典は「読売報知」昭和18年5月9日付夕刊とある。
 普通の新聞であるから、小松崎も同じ記事を読んだ可能性はある。しかし『大防空塔』では高射砲を、『塔』の周囲の地表相当面に配置すると云う、全砲門が同一方向を指向出来ない・射界が制限されるミスを犯しており、『高射砲塔』の趣旨を理解していたとは思えない。こちらは戦艦の艦橋周囲の高角砲塔/照空燈群を元にしているのだろう。


左側の方が、射界を広く取ることができる


 いかに堅固に造作された防空施設でも、周囲に火が廻れば中の人は蒸し焼きになり、空調が停まれば酸欠だ。空襲を受ける以上、現場に留まれば露天掘りの壕も、コンクリの塔でも、避難民の墓所になりうるリスク(爆弾の被害に限れば、耐弾された方が圧倒的に低い)がついて廻る。
 壕は墓穴、低層の塔は塚、「大防空塔」ならばエジプトのピラミッドのようなものと云える。

 ふと、不燃都市の実現はおろか、「防空塔」も作るに至らなかった日本でも、墓には石を建てるものと相場は決まっているなあ…と思う。
(おまけ)
 本稿を作成中、防空塔を含む防空「ブンカー」に関するサイト(ドイツ語)を見つけたので紹介しておく。
 主筆はドイツ語を読まぬので、どこに何が書いてあるのか良く解らない。

 http://luftschutz-bunker.de/