未来軍艦

ただし60年前の…


 人間の想像力が、いくら無限の可能性を持っているとはいえ、当人の所属する時代が求める常識、知識、感覚…すなわち<時代の空気>までをも飛び越えた想像をすることは、極めて困難であると云える。

 これは特にビジュアル表現分野に顕著に表れるようで、19世紀末に描かれた<100年後の世界>の住人は、依然として山高帽を被り、コルセットで締め付けられた胴体を誇示して恥じるところが無い。
 日本においても、江戸後期の黄表紙において、やっぱり未来人は、髷を結い、黒い羽織を着用して通ぶっている。
 服飾面において、未来人が未来的服装をするようになったのは、恐らく1920年代のSF雑誌においてであると思われる。その背景には、やはり第一次世界大戦の中で、兵士の服装から過剰な装飾が排除され、婦女子にも活動的衣装が要求されるようになった事情があると思われる。特に航空機搭乗員の皮つなぎと、ガスマスクが一般人に与えた衝撃は大きいはずである。

 <未来服飾>と云うネタは、うまく大系づけることが出来れば、学位論文&商業出版にまで至る大ネタなのであるが、ここは「兵器生活」であり、今回のタイトルが示す通り、話は軍艦である。

 これが「学生の科学」昭和15年10月号に掲載された<未来の軍艦>である。ここで云う<未来>を何年と取るかによって、この想像図と実態(つまり現在および現在考えられている<未来の軍艦>)とのギャップの大きさが変わってくるのだが、まあ60年も経過しているし、そもそも原本にも時期の記述が無いので、このあたりは触れないでおく。


 例によって記事全文を紹介する。

 この図は未来の軍艦を想像して描いたものである。想像ではあるが決して無稽のものではない。空軍と艦隊と、今回の独英の戦が現実的に訓えたものを根拠にしている。
 将来の軍艦は艦形は勿論、砲塔や艦橋等すべて流線の形を採り、大砲魚雷爆弾等の直撃弾を避けるように工夫されるだろう。特に前部甲板は鯨の背型をした凌波性のものに変えられるであろう。
 敵の攻撃に対し防備を厳重にするために、艦の重量は現在よりずっと大きくなるが、このために艦の速力が鈍ってはいけない。軍艦の生命は何と云っても速力にある。1ノットの速力の差は、直ちにその艦の死活を決定する。快速力を出すためには強力なディーゼル・エンジンが使用される。
 独英の戦う北海や軍艦の活動の自由でない海峡地帯の例を挙げて、空軍対軍艦を云々して軍艦の持つ重大な役割を忘れてはいけない。我々は太平洋を持っている。北海は太平洋に比べるとまるで湖だ。太平洋を持つ我々に軍艦がますます必要であることは云うまでもない。


 <軍艦対飛行機>問題は、ここでも注目されていたことがわかる。それにしても<北海は湖だ>とはなんと素晴らしいフレーズであろう。
 与太はさておき、図版の説明を続ける。

流線の形をした船殻

艦の外側は流線の形をなし、砲弾・魚型水雷等が命中しても直撃弾を蒙らないようになっている。

艦の上部構造は直撃弾を防ぐため流線形になっている。
どこかしら<宇宙戦艦ヤマト>を彷彿とさせる射撃指揮室と方向探知器である。

 後部艦橋後方には、飛行機格納庫が備えられている。
 スクリューではなく、ウォータージェットで推進することになっているようだ。
 格納庫後ろだけでなく、艦尾にもカタパルトが設置されているが、図のデリック(後部砲塔上)・クレーン(艦尾)では格納庫から届かないように見える(笑)。

 鯨の背の格好をした艦首甲板 錨巻揚ギア 波除甲板 前部砲塔

 <未来の軍艦>と云うよりは、<既存の軍艦を未来風にアレンジしてみました>とした方が正しいような気もしないでもない。

 この図版には、艦の諸元がまったく書かれていないので、まずは用途から想像するしかないのだが、兵装が主砲21門(三連装×7基)、高角砲24門(連装×12基)、速射砲108門(18連装×6基)と云うところから見て、戦艦と判定するのが妥当である。
 戦艦と云えば大口径の主砲であるが、昭和15年と云う時期を見れば40センチ以下と云うことはあるまい。
 となれば大和も吃驚の超弩級戦艦である。


 未来モノの中には、<時代の空気>が含まれる、と冒頭に述べたが、この<未来軍艦>に関しても、それが云える。わざわざ指摘するまでも無いが、大砲を主兵装とした<戦艦>であることと、砲爆弾防護策としての<流線形>である。

 現実の歴史では、主砲の有効射程距離より遠くで露払いをするはずの航空機が、余計な仕事をやりすぎてしまったため、戦艦の主砲の存在価値が怪しくなってしまったことは、読者諸賢の知る通りである。
 流線形の方はどうか? 航空機の発達があと10年停滞していたら、試験的に建造されていたかもしれない。しかしわざわざ構造物に丸みを付ける手間を考えると、直線構成のまま、鉄板の厚みを増す方向に進むように思える。以後の軍艦のスタイルを見る限りでは、このアイデアはアイデア倒れのようである。

 <鯨の背型>の艦首の必然性も怪しい。そもそも鯨に限らず水中遊泳生物の背中が丸いのは、遊泳時の水の抵抗を軽減するものなのではないだろうか。そう云えば<鯨>と云うのも充分時代がかっている。今なら<イルカ>であろう。日本人と鯨の関係を物語る貴重な資料である。


 60年前の発想を、現代の素人がケチを付けるのも不毛な話であるので、褒める。対空防備の充実は、たいしたものである。速射砲が、英国の<ポンポン砲>風になっているあたりも時代である。<方向探知器>も必需品である。個人的には<電探>となっていた方がうれしい。さらに云えば方向探知器を使って、夜間でも敵を攻撃出来る、なんて書いてあれば、私的ポイントは10くらい上がるのだが、「帝国海軍の技量を信用できぬのか!」と怒られてしまいそうである。


 60年の時の流れは、レーダーと誘導弾そして兵器運搬手段としての航空機の発達で、対艦攻撃兵器としての戦艦を用無しにするだけでなく、魚雷(魚型水雷)の地位まで低くしてしまった。さらに核兵器の存在は、戦艦だけが持っていた、フネそのものの防御力まで無意味にしてしまったと云える。昭和15年当時では想像も出来なかったことばかりである。

 昨今発表された<未来の軍艦>は、形態こそ昭和15年の<未来の軍艦>に似ているが、その鋭角的フォルムは弾を跳ね返すためではなく、レーダーに写りにくくするためなのである。