跳ね返せッ! 踏み潰せッ!

螺式突撃砲戦車


 「帝国陸軍の戦車はショボかった」と云うのが、世間おおかたの印象であることは、たとえ全国5千万(希望)の帝国陸軍戦車ファン諸氏が、「九七式中戦車は当時の世界水準にあった戦車である」と声高に叫んでも、有限会社ファインモールド(愛知県豊橋市にあるプラモデルメーカー)が精力的に旧軍戦車のプラモデルを市場に投入しても、おいそれと改まるものでない。

 評価する当人が、「これでいいのだ」という気持ちにならない限り、状況は変わらない。帝国陸軍の戦車を「ショボイ」と思っている世界がファンの外にある以上、帝国陸軍戦車の評価を改めるものは、ファンしか読まない市販の書籍ではなく、ファン各位が世間様に向けて発する言葉、作って見せる模型の出来映え、映像表現者の気合い(とプロデューサーからいただく製作費の金額)と作品の興業成績にかかっている。
 現実の戦車のことは余所様に任せておいて、古本古雑誌からネタを拾ってくるのが印度総督府のつとめであるから、今回は「機械化」昭和18年2月号に掲載された「未来の新案兵器」と云う記事から一つご紹介する次第。

 「戦車」と云うには、あまりにも禍々しい「地を這うもの」。この、モスラの幼虫に迷彩を施したような車輌、一体何なのか?
 メンコの画みたいだ、なんて事は云ってはいけない。

 これこそ! 未来の新案兵器「螺(ラ)式突撃砲戦車」なのだッ!

 未来の新案兵器
 螺式突撃砲戦車


 この戦車の特徴は さざえの貝殻のような その防御装甲に有る。斜面を利用して敵戦車砲弾機銃弾を弾き返えす。
 弾丸を正面から受けた場合と 斜めから受けた場合を考慮して作られた新兵器である。
 
 画は禍々しく、華々しい「未来の新案兵器」と云いながら、断面図に付けられた解説を読むと、螺旋状正面装甲板を高速回転させて岩盤を砕いたり、地面に潜る特殊な仕掛けはどこにもなく、「殺人光線・怪力線」の類も出さない。なんとも見かけ倒しでつまらない。
 口径100ミリはある大砲が積んであるようだから、火力だけは実際の帝国陸軍の戦車(の殆ど)より強い。装甲の程度はわからないが、M4シャーマンに勝てないようでは「未来」の看板が泣くと云うものだ。
 活躍想像図に飛び交っていた黄色い線は、レーザー光線ではなく、跳ね返される敵弾なのであった。

 「未来」と云うよりも、第一次世界大戦の戦場にあった方が似つかわしいと思うのは、主筆だけではあるまい。
 この禍々しくも愛らしく「突撃砲戦車」なんて勇ましい名前まで付いている戦車にケチをつけるのは本意ではないが、なにも「さざえの貝殻」にしなくても、後半部のようななだらかな曲線で全体を仕上げれば目的は達せられると、戦車ファンなら誰でも感じるところだろう。
 断面図を見れば、潜望鏡までつけて前方視界を得ようとしているのが読みとれるが、車体そのものに必要な高さは、せいぜいアンテナが突き出しているところまでで、貝殻の前二段も車体正面装甲板を斜めに接合すれば、車体そのものを小さくすることが出来る(下図参照)。

 そして、赤線のところで車体を切り取ってやると…

 実在の突撃砲(モデルはソ連のSU−100)になってしまうのであった。空想が戦争経済の現実に打ち負かされた瞬間を、われわれは目の当たりにしているところである。「さざえの貝殻」の先端にあたるモノが、砲身の付け根に付いているのがご確認いただけるだろう。突撃砲の出始めの頃には、こう云う工夫は無かったから、ここに関しては、空想と現実が一致を見たわけである。
 さすがに「潜水艦でドイツに持ち込まれた『機械化』を見たドイツの技術者は、早速この工夫を模倣した」なんてことは、いくら夏バテしたアタマでも書くわけにはいかない。もちろん「東京から密かに写真電送された図版を参考にして、ソ連で開発中の突撃砲の細部仕様は詰められた」もダメである。
  このソ連製突撃砲に見られる主砲基部の覆いは、むしろドイツ突撃砲・駆逐戦車に多く見られるもので、「キングタイガー」(世代が判ってしまいますね)のそれは、本当に巻き貝の先っぽを彷彿とさせる。と、空想戦車から実在戦車の話になってきたところで、日本軍戦車ファン各位は手持ちの本をひっくり返して唖然・呆然、冷や汗をかき始めたのではないだろうか? 
 学研「歴史群像」太平洋戦史シリーズ34、「帝国陸軍 戦車と砲戦車」は、『欧米に比肩する日本の対戦車戦闘車輌の全貌』と云うキャッチフレーズ勇ましく、読んでタメになる本なのだが、写真・CGで紹介される実在・計画のみの戦車・砲戦車の数々を見ていると、「さざえの貝殻」の先を模した防楯を備えたものが、わずかに三式砲戦車くらいしか見つからないのである(砲身下に駐退複座機を露出させるのが、日本戦車のアイデンティティである)。


三式砲戦車(前)、三式中戦車(後)


 『財団法人 機械化国防協会』が主宰し、『国防科学雑誌』を名乗る雑誌に掲載された、「未来の新案兵器」に示されたアイデアが、当の本国において真剣に顧みられなかったところに、先の戦争の敗因の一つを見てしまったような気持ちになるのである。
 ※三式砲戦車の写真は、デルタ出版「日本軍兵器総覧(二) 帝国陸軍編 昭和十二年〜二十年」より