無敵! ローラー大作戦

戦車要塞


 山海堂発行「国防科学雑誌 機械化」と云えば、「日本三大茂」の一翼、小松崎茂が「未来兵器」の数々を描いて世に出た雑誌として名高い。今ではそれが災いして読みたいのに読めない、古本屋にもあまり出てこない、出れば結構な値段がする、と著名なわりに実態が知られていない雑誌でもある。

 「未来兵器」とは、今日いうところの架空兵器・夢の超兵器のご先祖様であるから、「兵器生活」でも取り上げたいものだと常々思いつつも、現物入手の困難さになかなか実現しないのが実状でもある。
 今回、ようやく念願かなって何冊かを入手することが出来たので、一つご紹介する次第である。
 空想の兵器が、プロの技術者が図面を引き、近代科学の粋を集めた製造工場で製作されるもので無い事は、お断りするまでもない。ゆえに将来を予見した凄いものから、単に思いつきを画にしてみました(汗)と云うモノまで千差万別あるわけで、結局絵・模型または文章で表現する人の力量が露骨に試されるもので、下手をすると発表されてから、60年以上もたって、色々書かれたりしてしまう事すらあるのだ。

 「機械化」昭和19年10月号掲載の「戦車要塞」は、以下のように説明されている。

 未来兵器「戦車要塞」
 この戦車要塞は、地下より電動によって回転する一大円筒で鉄とペトンで造られた戦車障害物である。現在の独ソ戦に見られる如く、現代の戦車群は数千台の戦車が群れを成して来襲してくるのである。こんな場合如何に砲が多数でも一々撃破することは出来難く、殊に夜間などの場合は甚だしく、進入を食い止めることは困難である。
 この一大防備は彼等の進入によって彼等の全滅を招くものであって、難攻不落、鉄壁の要塞といえるであろう。

 クルスクでの大戦車戦(近年は、何千台規模での戦車戦は無かった、と云われる)を意識していることが伺える。現在では「戦車の敵は戦車」が常識として通っているところだが、それを対戦車障害物そのもので粉砕してしまおうと云う、相手が迂回したらどうするのか? と、ちょっぴり心配になる趣向である。

 構造はこうなっている


概念図

 地中に巨大モーターを設置、その動力を「動力伝動軸」を経由して、コピー機の紙送り機構に良く似たローラー(文章では『一大円筒』図の上半分)を回転させ、戦車を殲滅しようと云う、恐ろしい対戦車障害物なのだ。
 「地下入口」「展望室」まで描いてあるところ、芸が細かい。

 このローラーがどのように戦車をやっつけるかと云うと

 円筒の回転方向に戦車は振落とされ急回転する時は爆弾もはね飛ばす

 のである。振り落とす以前に、戦車でも乗り越えられない高さのように思えるのだが、むしろ戦車を巻き込んでペシャンコにしてしまっても良さそうなものだ、とも思う。あるいは、編集者からそのような意見が出て、「戦車がそんな簡単につぶれますか? つぶれたにせよ、積んである砲弾が爆発したら一大事ではありませぬか?」といったんは論破したものの、夜中あわてて画と文を直したのかもしれない。

 さて、構造図には「ロケット砲」の文字と、砲塔の画もある。これらは何をするのか?


要塞上空の敵機はロケット砲で見事撃墜

 上空を通り抜ける、あるいは要塞を爆撃せんとする敵航空機を撃退するのである。地上にあるロケット砲の砲弾が、爆撃機(どう見ても米軍のB26にしか見えない)の上方からも襲いかかっているところに注目だ。
 かような障害物は切れ目無く設置されるだろうから、迂回は許されず(『迂回できる』なんて思ってしまったら、こんな『未来兵器』、いくら仕事とは云え描けるものではない)、敵は遮二無二乗り越えなければならない。そして、そんなことは「想定の範囲」である。


備えは万全

 敵は当然こんな手段も考えるであろうがロケット砲がこれを許さぬ

 橋をかけても、飛行機を飛ばしても無駄なのだ(ロケット砲の砲弾が無くなったらどうするのか? などと云う反論は許さぬ)。「戦車空輸機」のカタチも、クリスティーあたりが考えていたものに似ている。

 妙に凝った対戦車障害物である「戦車要塞」であるが、一体どんな形をしているのか?


「戦車要塞」活躍? 想像図

 御覧のように、凄い光景である。
 一見、「ドイツの新兵器巨大ローラーに挑む連合国戦車隊の勇姿」と間違えてしまいそうだが、チャーチル戦車はすぐ溝に落っこち、シャーマン戦車は今まさに対戦車砲の一撃を喰らったところである。
 上空にはロケット砲弾が飛び乱れ、英国双発戦闘機「ホワールウィンド」が火を吹いて墜ちていく…。

 この「迂回? それがドーした」と云わんばかりの迫力・説得力(チャーチル戦車のサスペンションが動いてキャタピラがたわんでいるのがお分かりいただけるだろうか?)こそが空想兵器の真骨頂、命である。

 あらためて冷静に考えれば、戦車爆弾をはじき返すだけの回転速度を出す「一大円筒」を動かす動力があり、このような巨大構造物を迂回の余地もないほど展開させる資源労力エネルギーがあれば、その分戦車なり飛行機なりを大量に作った方が、戦争には勝てるのが道理である。このローラーを動かせるモーターがあるなら、そのまま転がって行くことだって夢ではあるまい。
 …しかし、活躍想像図を見ると、そんな事はどうでも良くなってくる。
 この、良くできたプラモデルの箱画を彷彿とさせる、「戦車要塞」の考案・画は、小松崎茂その人である。