「一億総中流化」とも呼ばれる日本人の中流意識の定着をデータ上で示すものとして、内閣府世論調査の生活程度に関する回答結果が示されることが多い。

生活程度に関する調査結果(図録2288)(国民生活に関する世論調査)

 例えば、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の「一億総中流」の項目では、こんな風に叙述されている。

「1991年のバブル崩壊と同時に、一億総中流の社会も崩壊してしまったとする意見や、それによって反共産主義系の労働運動が追求した「全国民の中産階級化」の理想がついえたとする意見もある。しかし、政府の『国民生活に関する世論調査』の中で「生活程度」についての意識調査の結果を見る限り、バブル崩壊後も日本国民から一億総中流の意識は抜けていない。「生活の程度は,世間一般から見て,どの程度と思うか?」という質問に対する回答で、「下」と答えた者の割合は、1960年代から2004年に至るすべての年の調査において、1割以下である。」(2006.6.27)

 政府の白書類でも同様の記述が見られる。

 私は、確かに日本人は中流意識をもっていると思うが、生活程度で「中」と答える者が多いからという根拠づけはおかしいのではないかと感じていた。金持ちも貧乏人も、少々の貧富の差は無視して、自分を「普通」「中」と見なす傾向があるのではなかろうか。特段の豪邸に住んでいたり、あるいは、飢餓線上にあって医療もまともに受けられない場合は、「上」あるいは「下」と回答するだろうが、それ以外では「中」の範囲に自らを位置づけるのではなかろうか。貧乏人は貧乏人の階級の中で「中」と考えるだろうし、金持ちは金持ちの階級の中で「中」と考えるのが通常ではなかろうか。そもそも、そういう風に感じて日々の精神の安寧を保とうとするために階級が出来るのであるというのが私の考えである(図録2450参照)。

 中流意識の国際比較が出来れば、この点が実証できる筈であるが、データが2つ存在する。

 まず、世界価値観調査である。世界数十カ国の大学・研究機関の研究グループが参加し、共通の調査票で各国国民の意識を調べ相互に比較する「世界価値観調査」が1981年から、また1990年からは5年ごとに行われている。各国毎に全国の18歳以上の男女1,000サンプル程度の回収を基本とした個人単位の意識調査である。この調査の中で生活程度が調査されている。

 この設問に関する対象国は、29カ国であり、国名を「中」(中の上、中の下を含む)の多い順にあげると、ベトナム、スペイン、米国、カナダ、チリ、イスラエル、ヨルダン、アルゼンチン、トルコ、インドネシア、セルビア・モンテネグロ、日本、ペルー、ベネズエラ、イラン、エジプト、バングラデシュ、プエルトリコ、中国、スウェーデン、インド、南アフリカ、メキシコ、モロッコ、フィリピン、タンザニア、ナイジェリア、ウガンダ、ジンバブエである。

 図を見れば明解であるが、自らの生活程度を中(中の上、中の下を含む)と見なしている者の割合で日本は決して上位にあるわけではない。ベトナム、米国、チリ、インドネシアといった国が日本より中流意識の高い国と言ったら誰が賛同するであろうか。

 以上のような点を踏まえて、さらに図を見ると、「上」と回答した者が多い国は、やはり格差の大きな国と言えるだろう。イスラエル6.9%、ナイジェリア5.2%、イラン2.9%、南アフリカ、フィリピン2.8%などが目立っている。イスラエルを除くと、必ずしも経済の発展した国でない点が目立っている。

 「下」と回答した者が多い国には、貧困国が多い。アジアではバングラデシュが19.7%と目立っており、20%以上の国はほとんどがサハラ以南アフリカである。特にジンバブエの50.5%の多さが目立っている。こうした国では、「中」と感じたくても感じられないほど、厳しい生活条件や理不尽な社会的地位の中で生活している者が多いのだと考える必要がある。同じ貧困国でも「中」が最も多い(「中の下」が大半だが)ベトナムは貧しさを皆で分かち合えているのであろう。

 もっとも、設問の英語原文は以下であり、これを見ると「中の上」と「中の中」は中産階級、「中の下」は労働者階級とされており、これらを合わせて日本の「中流階級」に対応させるとはいうのはやや無理があり、これまでの分析にも限界があると考えざるを得ない。

V235. People sometimes describe themselves as belonging to the working class, the middle class, or the upper or lower class. Would you describe yourself as belonging to the:
1. Upper class
2. Upper middle class
3. Lower middle class
4. Working class
5. Lower class
9. Don't know [DO NOT READ OUT]

 世界価値観調査以外の国際比較調査でも"Working class"を「下」の手前に位置させて区分するパターンになっている(例えば"ISSP 2009 SocialInequality W"調査)ので、やはり、日本と世界との比較にはやや無理がある。ところが、日本の研究機関が行う国際比較調査であると同種の設問は日本風に翻訳されて実施されているので、こちらだと、公平な比較が可能である。統計数理研究所のアジア・太平洋諸国を対象にした調査がこれに当るので、2つ目のグラフとして掲げた。

 中流意識の割合の高い順に国名を挙げると、シンガポール、ベトナム、オーストラリア、台湾、日本、韓国、上海、北京、米国、香港、インドである。

 これを見ると、やはり、日本の中流意識の割合は、アジア・太平洋諸国の中でも中位にあり、特段、多かったり、少なかったりするわけではない。欧米的な国であるオーストラリアでさえ、日本より中流意識の割合が高いのである。上に述べたように、やはり、日本人の中流意識の多さの証拠として、この種の世論調査結果を掲げたのはミスリーディングだったといえよう。

 なお、インドで「上」の回答が約1割と格段に多くなっているのが目立っている。他の国では、金持ち、セレブを自認するそんなに多くない人数が「上」と回答しているのであろうが、インドの場合は、カースト制度上で「上」とされる階層に属する者が現在はそれほど金持ちでなくとも「上」と回答するのであろう。カーストが下位の者がつくった料理を食することを禁じられているので、インドのコックやシェフは皆、バラモンの出身者ばかりだというのを思い出させる結果である。

 以下に、メキシコの所得階層意識をきいた調査結果を掲げた。ここでは「上」の代わりに「富裕層」、「下」の代わりの「貧困層」という用語できいているが、貧困層意識の者は、結構、大きなシェアを占めていることが分かる。対象者の貧困層意識を調べるには、こうした聞き方をするのが、なかなかよいアイデアだと思われる。


(2006年6月23日収録、2015年6月17日世界価値観調査設問原文追加、また統計数理研究所の国際比較調査結果を追加、2016年3月2日メキシコ・データ掲載)


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