犯罪が多いか少ないかについて調べるのは、国際比較でも時系列比較でも困難が伴う。

 犯罪統計は普通は各国の警察の業務統計として作成されているのであるが、国際比較では、国により、犯罪定義などの法体系が異なり、また警察がどこまで犯罪を犯罪として取り上げるかや犯罪件数カウントの方式が異なるので厳密な比較が難しい。したがって警察統計による国際比較統計は、犯罪の性格上、取り扱いの違いや定義上のちがいが比較的少ない殺人統計(Homicide Statistics、他殺統計)ぐらいしかない(殺人統計による各国比較ついては図録2776a参照)。

 そこで幅広く犯罪を国際比較するためには、同じ定義の犯罪の被害にあった者がどのくらいの比率でいるかを直接国民に聞いて調べる方式しかない。このための国際共同調査である「国際犯罪被害者調査」が、国連地域間犯罪司法研究所(UNICRI)と国連薬物・犯罪局(UNODC)によって、多くの国の参加を得て実施されている。この調査の結果は図録2788などで、当サイトでも、すでに多く取り上げている。

 それでは時系列比較の方はどうであろうか。同じ国の警察が同じ法体系の下で作成している業務統計なのだから信頼できそうにも思える。しかし、交通事故統計すら自らが属する部署の成績をあげるため改竄されるという事件がしばしば報道されると犯罪件数自体本当に正しいのかと心配となる。また警察の犯罪への対処の仕方が時期で変われば犯罪件数が実際の犯罪件数とは異なる動きをすることだって考えられないことではない。

 さきの国際共同調査に日本側として参加しているのは法務省の法務総合研究所であるが、日本国内の調査を「犯罪被害実態(暗数)調査」として2000年から4年おきに実施している。図録として掲げたのは、この調査の結果による犯罪率の推移である。対象となった犯罪のいずれかの被害を過去5年間にこうむった人の割合は、2000年の41.2%から2008年にかけて32.3%まで漸減したが、その後、2012年にかけて34.4%と再度やや増加している。

 対象となった犯罪被害の中で最も多いのは自転車盗であり、これに自動車損壊、バイク盗、車上盗が続いている(この割合はそれらの乗り物を有している者に占める割合)。置引、すりなどの私物盗難やこそ泥を含む不法侵入、及び不法侵入未遂は3〜4%と乗り物関係よりは少ない。それぞれの犯罪は全犯罪と同じような推移である場合が多いが、私物盗難や不法侵入未遂は最新年で最も多くなっている点が異なっている。

 さて、それでは国民への直接調査によるこうした犯罪率の変化を警察発表の犯罪件数(普通は犯罪認知件数が犯罪が起こった件数とみなされている)の推移と比較してみよう。


 一般に犯罪件数の推移は犯罪認知件数の推移としてあらわされる。警察が犯罪が起こったと認知しなければ犯罪が発生したとはされないのである。警察が知らないところで起こっている事件については、あるいは起こったとしても警察官が軽微な犯罪なので当事者を教え諭したり、和解させたりして事件として認知しなければ、犯罪があったことにはならない。

 日本の犯罪は窃盗が非常に多いので、窃盗とそれ以外の一般刑法犯(交通事故の過失犯などを除く)とに分けて表示した。窃盗犯は1990年前後には150万件程度で推移していたが、1990年代後半に増加に転じ、2002年に238万件のピークに達した後、減少傾向となり、2007年に150万件を下回ったあとも減少を続け、2013年にはついに100万件を下回った。窃盗を除く一般刑法犯はピークが2004年と窃盗より2年遅れてだった点と最近は減り続けているとはいえ、なお、1990年代よりはかなり多い水準である点を除けば窃盗と同じような推移である。これは米国の犯罪件数の動向と一時期かなり増加した後、最近は減少傾向を辿っているという点が似ている(図録8808)。

 おそらく、先進国では、犯罪対策として、基本的には、検挙・処罰という事後対策だけでなく、割れ窓理論に基づき、地域環境の改善や市民参加の防犯体制づくりといった事前対策を積極的に進めるようになった結果、犯罪が減少傾向に転じたと考えられる。

 それでは、それ以前に、日本では2002〜04年ごろのピーク、米国では1991〜92年ごろのピークに向けて犯罪が急増したのは何故であろうか。これは実際に犯罪が急増したのではなく、それまで取り上げなかった事件まで犯罪事件として警察が取り上げるようになったからなのではないかと考えられる。

 調査による犯罪被害率に合わせ、犯罪認知件数の5年平均を計算し、犯罪率の推移と比較した2つ目の図を見ると、2000年から2004年にかけて認知件数は窃盗もそれ以外も増加しているが、犯罪被害率はむしろ低下している。つまり、犯罪は増えていないのに犯罪がより多く立件されるようになったのだと推測できる。警察や警察官は時代の変化に対応し、それまで自らの裁量で事件のうち一定部分を内々に収めてしまっていたのを改め、積極的に犯罪は犯罪として認める方向に転じたのが原因ではないだろうか。

 この時期、犯罪認知件数の毎年の増加をマスコミは治安の悪化と報じた。「1995年から2005年頃にかけて、治安の悪化が叫ばれ、認知件数や検挙率といった犯罪統計が頻繁にマス・メディアに登場するようになった。当時、青少年を中心とするモラルの低下や教育・家庭の崩壊などと一緒に語られることで、治安の悪化は、有識者を含めて、多くの国民にとって既定の事実として受け入れられていた」(浜井浩一編著「犯罪統計入門第2版」日本評論社、2013年、p.A)。

 ところが、犯罪統計の専門家によるとこれは誤認であると断定されている。「平成12年から刑法犯認知件数は激増したが、それは犯罪「発生件数」が増加したのではなく、警察の対応が変化したことに起因していると考えられる。具体的には、通達等を発出して、警察に持ち込まれる困りごと相談等をすべて取り扱い、また、告訴等や被害届を積極的に受理するとともに、そのような警察の方針を、広く国民に対してキャンペーンしたことによる。こうした警察の努力の成果であると考えるのが妥当である」(同上、p.62)。なお、他殺者数の推移からも認知件数の動きは実際の発生件数とは乖離していることがうかがわれる(図録2776参照)。

 きっかけは、2つの事件で警察の対応が問題となったからである。平成「11年10月26日に「桶川女子大生ストーカー殺人事件」が、同年12月2日には「栃木リンチ殺人・死体遺棄事件」が発生し、いずれも警察が事件を立件せず、適切な対応を取らなかったことが問題となったため、警察庁は、対策を講ずるため通達等をたびたび発出し、こうした事件の全件立件を指示した」(同上、p.56〜57)。

 それまで警察官は、犯罪が起こっても自分の裁量で解決してしまうにぎりと呼ばれる行為を行う風習があったのが、これを機に、基本的に犯罪は立件されることとなったのであろう。それが犯罪認知件数の増加の実態だったわけである。報道サイドも警察畑の記者が事情を知らないはずはなかったと思うが、警鐘を鳴らすのが仕事の有識者が「治安の悪化」を騒ぎ立てるのに対して敢えて反論しなかったのだと考えられる。

 犯罪被害率と犯罪認知件数との食い違いは2008年から2012年にかけても生じている。窃盗もその他も認知件数は減少しているのに被害率は上昇しているのである。実際に被害率が上がっているのは冒頭の図録のように自転車盗や個人に対する窃盗なので認知件数の増加にまではむすびつきにくいのかも知れない。

(2015年11月15日収録、2017年2月1日「犯罪統計入門」引用)


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