長時間労働や過労死がなお問題となっている。日本は仕事のストレスの多い国かどうかに関して、図録3274では、OECDの資料で、日本は案外ストレスの少ない国であることを示した。しかし、その図録のコメントでもふれておいたように、ストレスを感じている程度が最も高い人の割合は高く、この点からは日本は強ストレス社会だということになる。この点をこの図録ではさらにつっこんで分析して見よう。

 OECDの資料は、OECD諸国以外の国も含んだ国際共同調査であるISSP調査の結果(調査対象32国・地域)からOECD諸国を取り出したものであった。ISSP調査は、5つの選択肢で仕事上のストレスの状況を聞いている。すなわち「いつもある」「よくある」「ときどきある」「ほとんどない」「まったくない」のうち1つを選ぶ設問としている。

 図では、この調査の結果を分かりやすく見てみるために、主要先進国7カ国を抜き出して比較している。図録3274と同じく「仕事のストレスを感じることがある人」の割合で見た場合、やはり、日本は最下位であり、日本は仕事のストレスの少ない国ととらえることができる。一方、「いつも仕事のストレスを感じている人」の割合で見た場合、日本は米国に次いで高い割合となっており、日本は仕事のストレスの多い国であるととらえることも可能である。

 マスコミや一般的な報告書は、後者の比較を発表した方が通りがよいであろう。実際、ISPP調査の日本側の担当調査機関であるNHK放送文化研究所は、この調査を取り上げ、「いつもある」と「よくある」の合計の国際比較から、それほど日本の値は高くなく、「ぐったりと疲れて仕事から帰る」かではむしろ日本の値は低いにもかかわらず、「仕事のストレスが多い日本」という表題の下に結果を紹介している(「放送研究と調査」2009年6月号)。私は、「一般通念はあやしい」とハナから思っているので、むしろ、前者の比較が提示されていたOECDの報告書に驚きを感じ、そのまま図録として取り上げたのだった。

 図には「もとになった各国の回答結果」として、設問の各選択肢の回答率をすべて表示した。これを見ると日本は、仕事のストレスを感じることが「いつもある」も多いが、反面、「ほとんどない」「まったくない」も両方とも最多となっており、逆に、中程度のストレスをあらわす「よくある」「ときどきある」の比率はともに最低となっている。このため、ストレスありの判定基準の取り方で、日本はストレスが少ないとも多いともいえる結果となるのである。

 各国社会のストレス構造は、ストレスが多い社会、少ない社会と単純に割り切れない。ほとんどの人が普通にときどきストレスを感じている国とストレスを感じている人と感じていない人が両方多い国というパターンの差異が認められるのである。前者を「中ストレス型」、後者を「ストレス両極分化型」と呼んでおこう。

 ISSP調査の結果からこれを図示してみよう。ISSP調査は、5つの選択肢で仕事上のストレスの状況を聞いている。すなわち「いつもある」「よくある」「ときどきある」「ほとんどない」「まったくない」のうち1つを選ぶ設問としている。調査対象32国・地域の全体では、それぞれの構成比が、10.4%、24.6%、41.7%、14.6%、8.8%となっている。ときどきストレスを感じる人が4割以上と最も多くなっている。

 そこで、ストレスを多く感じているという最初の2つの回答率の合計をX軸にとり、ストレスを感じていないという最後の2つの回答率の合計をY軸にとった散布図を描いてみた。散布図の右下方向は、ストレスを多く感じる人が多く、ストレスを感じない人が少ないので、多ストレス型をあらわしている。反対方向は少ストレス型ということになる。また、散布図の右上方向は、どちらも多いことをあらわし、両極分化型であることを示している。逆方向は、中ストレス型をあらわしている。


 ストレス構造が単純であれば、ストレスの強い国から弱い国へと左下から右上へ負の相関の分布が見られるはずである。ところが、R2値は0.2541と低く、むしろ両極分化型か中ストレス型かという側面が大きいことがわかる。

 興味深いことに、両極分化型のグループと中ストレス型のグループに分けてみると、前者には、途上国や体制移行国が多く含まれ、後者には、欧米諸国が多くなっている(例外は韓国だけ)。

 そして両極分化型のグループのなかにも、ロシア、ハンガリー、南アフリカといったストレスを強く感じる者が多い国もあれば、チェコ、メキシコ、アイルランドといったストレスを余り感じていない者が多い国とがある、中ストレス型のグループの中にもフランス、韓国、スウェーデンといったストレスの多い国もあれば、スイス、ニュージーランドのようにストレスの少ない国もある。

 日本はどちらかというと両極分化型に属し、ストレス程度は中程度である。

 なぜ、欧米諸国には中ストレス型パターンが多く、途上国には両極分化型パターンが多いのであろうか。おそらく、欧米は多くの市民が中程度のストレスを感じながら効率よく仕事ができる勤労社会を形成することに成功したのに対し、途上国では、余りストレスを感じる必要のない伝統的な勤労社会を保持しながら、同時に、近代化されたストレスの多い勤労部門が社会を引っ張るという構造が形成されているためと思われる。

 日本人は欧米主要国と比較すると、ストレスの多い人と少ない人が両極分化しているので、この図録の前半部分で見たように、どの程度のストレスで「ストレスのある人」とするかによって、日本はストレスの多い国とも少ない国とも主張できる結果が得られる。しかし、実態は単純ではなく、また欧米型と非欧米型の違いの側面も内包した複雑な社会問題だと考えられる。

 日本社会は欧米流の近代化が進んだとはいっても、なお、近代化以前の伝統的な働き方を捨て去ってはおらず、キリキリしながら働いている人ばかりではないのだろうと推測できる。その一方で、効率優先の職場も重要な役割を果たしており、その中で長時間労働や高ストレスにさいなまれながら仕事をしている者も多いので過労死が社会問題となる。日本の場合は、途上国のように都市部と農村部、あるいは近代産業と在来産業の対立というより、同じ会社の中に両方の働き方が混在している可能性が強い。

 欧米型の労働者の権利意識を日本にも定着させること、すなわち欧米のような集中型のパターンにシフトしていくことによって問題解決を図ることが、有識者によって目指されているように見える。ここで取り上げたデータを日本ではストレスが大きいという形であらわそうとする意思の背後にはそうした見方が隠れているように思える。私は、欧米型ではない何らかの道がないものかと模索したい。同じ職場の伝統部門と近代部門の融和、ライフサイクルにおける高ストレスと低ストレスの分担(例えば若いころは沖合漁業、高齢となって沿岸漁業)というようなかたちを考えたい。

 関連して同じ資料を使用した「疲れやすさ」の国民性の分析については図録3277参照。うつ状態で悩んでいる人も日本人では少ない点については図録2142参照。学校生活のストレスについても少年の暴力事件はむしろ全体としてのストレス改善の中で起こっている点については図録3856参照。

散布図で取り上げた32か国・地域を列挙すると、オーストラリア、ドイツ(西)、ドイツ(東)、英国、米国、ハンガリー、アイルランド、ノルウェー、スウェーデン、チェコ、スロベニア、ブルガリア、ロシア、ニュージーランド、カナダ、フィリピン、イスラエル、日本、スペイン、ラトビア、フランス、キプロス、ポルトガル、デンマーク、スイス、ベルギー、フィンランド、メキシコ、台湾、南アフリカ、韓国、ドミニカ共和国である。

(2012年7月27日収録)


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