2006年冬季五輪トリノ大会で日本勢は不振。メダルゼロの懸念の中、第15日(2月24日)、冬季五輪の花ともいうべきフィギュアスケート女子で荒川静香選手が日本人初めての金メダリストとなり、日本中を沸かせた。荒川の金メダル獲得は、日本人初だけでなく、欧米以外で初である点に歴史的な意義が認められよう。

 冬季五輪のフィギュアスケート日本女子で最高成績を残した11名(稲田悦子、上野純子、福原美和、大川久美子、山下一美、渡部絵美、加藤雅子、伊藤みどり、佐藤有香、村主章枝、荒川静香)の大会順位を図示した。記憶に残る多くの女子選手を想起するだけでも、金メダル獲得にまで至る道は平坦ではなかったことがうかがわれる。

 そして、2010年バンクバー大会では、フィギュアスケート女子において最後まで日本の浅田真央と韓国の金妍児(キムヨナ)が金メダル争いを繰り広げたが、第14日の25日(日本時間26日)、フリーの演技が行われ、最後はキムに勝利の女神が微笑んだ。その結果、日本フィギュア女子の最高成績は浅田真央の銀となった。フィギュア女子においてはアジア勢の強さが定着したようである。

 ところが2014年ソチ大会では、金メダルの期待が非常に大きかった浅田真央選手は、前半のショートプログラムで失敗して16位にとどまり、後半のフリーでは6種すべての3回転ジャンプを跳ぶ会心の演技を披露し、自己ベストを更新する高得点を挙げたが、最終順位では6位とメダルに届かなかった。なお金メダルは韓国のキム・ヨナを抑え、地元ロシアのアデリナ・ソトニコワがロシア勢初の金メダルを獲得した。

 浅田選手の悲劇の最終章を飾った華麗なフリー演技については、ショートの失敗によるメダルの重圧からの解放が可能にしたささやかなエピソードにすぎないという皮肉な見方も出来るが、むしろ、演技終了直後の短い号泣とその後の笑顔が、日本と世界に大きなカタルシスをもたらした点が記録されるべきであろう。この演技についての多くの記事の中から、1つを以下に引用しておく(東京新聞2014年2月24日小川勝の直言タックル「浅田のフリー:国境を超え五輪伝説へ」)。

「そして浅田だ。「集大成」にふさわしいフリーの演技によってわれわれが知ることになったのは、彼女がいかに世界のスケート界で愛され、国境を超えて人々の心を揺さぶる存在であったのか、ということだった。

 演技が終わって、米国の放送局NBCの解説者ジョニー・ウィアは「試合がどのような結果でも、このオリンピックで記憶に残るのはこの真央の演技だ」と称賛。長野五輪の銀メダリスト、ミシェル・クワンはツイッターで「泣いた。すべてが永久に記憶される演技」と絶賛した。中国の放送局CCTVの解説者も涙を流したという。中国版ツイッターのサイトで「浅田真央」が検索ランキングの一位になり「#浅田真央」の付いた書き込みが一日で17万件に達したという。「外国人の試合を見て初めて泣いた」という書き込みもあった。

 クーベルタンは五輪の意義について「根本的なことは征服したかどうかではなく、よく戦ったかどうかだ」と語っている。浅田の演技はまさに五輪の根本理念を体現するものだった。政治的な友好国も、そうでない国の心も揺さぶった彼女の演技は五輪の伝説として語り継がれるだろう。」

 付け加えると、韓国のキム・ヨナも「浅田は日本で、私は韓国で最も注目を浴びたフィギュア選手という共通点がある。その選手の心情を私も理解できると思う。浅田が泣きそうなときは、私もこみ上げてくる」とねぎらいの言葉を掛けたという(mns産経ニュース2014.2.22)。

 なお、このときの感動を背景に2014年のスポーツ選手の人気度で浅田選手が1位となった(図録3976g参照)。

(2006年2月26日収録、2010年2月26日更新、2014年2月21日更新、2月24日浅田選手関連記事追加)


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