江戸時代の藩数は約300(300諸侯)であるが、各地の藩が国元や江戸藩邸に設立した藩校は約270校にのぼる(以下、東京新聞の大図解「藩校マップ」2009.9.20による)。

 設立年代は、早い例としては、尾張藩の学問所(寛永年間設立。のち明倫堂、後身県立明和高校)があるが、広く普及するのは、図の通り、18世紀後半以降である。この時期、各藩は財政再建、藩経済立て直しのための藩政改革を行い、その一貫として、藩政を担う藩士と指導者層の資質・能力向上を目指し藩校が開設されtものである。

 科目は、当初は儒学(漢学)が中心であったが、江戸時代後期には、海外諸国との緊張が高まり、社会のニーズが多様化、近代化したため、国学のほか、医学、洋学、算学、兵学などの実学もさかんとなった。教育対象も当初の指導的藩士子弟から下級武士や庶民に広がったといわれる。

 以下に主な藩校の一覧表を掲げる。

主な藩校
設立
年次
藩校名 場所 特徴
寛永
年間
尾張藩 明倫堂 名古屋市 学問所からはじまる
1674 会津藩 日新館 福島県会津若松市 戊辰戦争で焼失
1702 岩村藩 知新館 岐阜県恵那市 文武礼儀を重んじる
1719 萩(長州)藩 明倫館 山口県萩市 後に松下村塾で伊藤博文らを教育した吉田松陰も教授を務める
1736 仙台藩 養賢堂 仙台市 後身は県立仙台第一高校と東北大医学部
1752 吉田藩 時習館 愛知県豊橋市 後身は県立時習館高校
1758 松代藩 文武学校 長野市 儒教の教えを排し孔子廟なし。洋式砲術に重点
1773 薩摩藩 造士館 鹿児島市 江戸昌平坂学問所をモデル。島津斉彬(なりあきら)が教育改革断行。西郷隆盛や大久保利通も学ぶ
1776 米沢藩 興譲館 秋田県米沢市 9代藩主上杉鷹山が藩政改革の一貫として再興
1776 岡山藩 閑谷学校
(しずたにがっこう)(郷校)
岡山県備前市 全国的にも最も早く庶民のためにつくった「郷学(郷校)」
1786 津和野藩 養老館 島根県津和野市 森鴎外や西周(あまね)も学ぶ
1790 秋田藩 明徳館 秋田市 佐竹義和(よしまさ)創設
1792 加賀藩 明倫堂 金沢市 設立時から庶民の入学を許可。学科目が多種多彩
1799 彦根藩 弘道館 滋賀県彦根市 修身教育。幕末には砲術や蘭医学、西洋兵学も
1801 飫肥藩(おびはん) 振徳堂 宮崎県日南市 明治の外交官小村寿太郎などが学んだ
1805 庄内藩 致道館 山形県鶴岡市 自学自習をモットーに小集団討議が行われた
文化
年間
岩槻藩 遷喬館
(せんきょうかん)
さいたま市 儒者児玉南柯(なんか)創設の家塾から発展
1821 津藩 崇廣堂 三重県伊賀市 藩校有造館(津)の支校として創設
1828 松山藩 明教館 松山市 後身の県立松山東高校に講堂が移築
1841 水戸藩 弘道館 水戸市 徳川斉昭が創設。水戸学を生み尊皇攘夷運動に大きな影響
1842 浜松藩 経誼館 静岡県浜松市 老中水野忠邦が創設
1862 土佐藩 致道館 高知市 最後の藩主山内豊範(とよのり)創設
1882 松前藩 徽典館
(きてんかん)
北海道松前町 9代藩主松前章広創設
(注)出典は「近世藩制・藩校大事典」(吉川弘文館)など。
(資料)東京新聞2009.9.20(大図解)


(2009年10月29日収録)


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