はじめに

 日本の所得格差が拡大している点については新聞等で取り上げられることが多い。例えば厚生労働省の2001年時点の所得分配についての「所得再分配調査」の公表(2004年6月25日)結果を日経新聞2004年6月26日が報じ、その後、「しんぶん赤旗」(7月2日)やインターネットの掲示板では貧富の差の拡大として政権批判にまで及んでいる。確かに日本の貧富の格差は拡大していると考えられるが、いつからかやその程度が問題である。上の厚生労働省調査のうち当初所得(税引き前)は、他の調査と違って、公的年金給付や生活保護費などのその他の社会保障給付を含んでいない。従って高齢者世帯が増加すると所得ゼロの世帯も増加し、結果として、所得格差が大きく指標化されるため貧富の格差という観点からは誤解を生じやすい。

 日本の所得格差を世界各国の貧富の格差の中で位置づけたグラフをすでにいくつか作成しているが(図録46504652参照)、ここでは、第1に、日本の所得格差の長期推移のグラフを作成し最近の所得格差の状況の位置づけを行い、第2に、先進国各国の所得格差の推移を比較したデータを2種類掲げた。

 格差の指標としてここで使用しているジニ係数は実際の分布が完全平等からどれだけ乖離しているかを示す不平等度の指標であり、完全平等で0,完全不平等で1となる。

1.所得格差の長期推移

 日本の所得格差の推移については多くの研究者が指標化を行っているが、それらを勇上和史「日本の所得格差をどうみるか」JIL労働政策レポートVOL3(2003.3)が要領よくまとめており、この資料をもとに図録化を行った。

 戦前については、戦後と比較して著しく所得格差は大きかったことが複数の研究で明らかにされている。しかも、明治、大正、昭和戦前期と所得格差は上昇傾向にあり、経済発展の前期に所得格差は拡大し、発展後期には縮小するというクズネッツの逆U字仮説の前期に当たっていると考えられている。

 財閥解体、農地改革、労働・教育改革といった米国占領下の戦後改革の影響(あるいはそれ以前の戦時体制下の挙国政策の影響)によって、所得格差は著しく縮小した。

 1960年前後の高度成長期前期には、再度、所得格差が拡大しているが、これは、急増する製造業従業者の賃金上昇率が高かったためと理解されている(橘木(98))。クズネッツの逆U字仮説の発展前期が再現したともいえよう。

 高度成長期後期には平等化傾向が見られたが、理由としては、賃金上昇率の製造業業種間格差の平準化、農村から都市への労働力移動の終了とそれに伴う労働力不足による中小企業賃金の上昇、及び農家の兼業化があげられる(橘木「日本の経済格差」(1998))。

 1973年のオイルショック以降の安定成長期に入ると所得格差の動きは横ばいとなったが、1980年代からは、むしろ所得格差は拡大傾向に入っている。気をつける必要があるのは、図に見られるように、所得格差の拡大はバブル経済に向かう1980年代の方が大きく、最近になってにわかに格差が拡大して来ているわけではないという点である。

 さらに、所得格差が大きいのは、高齢者世帯相互であり、世帯主の年齢別の所得格差は安定的に推移しているため、高齢化要因を除去すると、全体の格差の拡大のうち真の格差の上昇は4分の1程度であると勇上(2003)は指摘している。ちなみに、真の格差の要因としては、世帯所得の7割を占める雇用者所得の格差拡大が大きく、また、世帯主の所得とともに共稼ぎ世帯の増加による配偶者所得の格差拡大の影響が確認されているという(勇上(2003))。

 1997年以降(2006年までは3年ごと)について厚生労働省が国民経済基礎調査の年間所得金額(稼働所得、公的年金・恩給、財産所得、雇用保険、児童手当等、その他の社会保障給付金、仕送り、企業年金・個人年金等、その他の所得の合計額)にもとづき算出したジニ係数を掲げた。これだと1997年以降、ジニ係数に傾向的な変化は認められない。

 二人以上の世帯を対象にした家計調査による所得格差の推移(高度成長期から最近まで)は図録4663参照。ここでは格差はむしろ最近縮小している。ここではまた所得格差の拡大・縮小に及ぼす年齢別賃金格差の推移の影響についても言及した。また、別資料で他の欧米主要国とともにジニ係数の長期推移を示した図を図録4652aに掲げた。

2.所得格差の先進国間国際比較

 次に、先進国各国の所得格差の推移を比較したOECD報告書のデータ・グラフを掲げた。OECD報告書は各国で所得格差が拡大傾向にある点をこの図で示しているのであるが、日本も2000年までは、この拡大傾向に沿った動きを示していた。ところが2000〜03年にはむしろ所得格差が縮まったというデータが掲げられている。この時期は小泉改革の時期であり、一般には格差が拡大したとされる時期にあたっている。この図では、最新年でも格差水準は小泉政権の成立(2001年)より前の水準に達していないものとされている(図録4663参照)。同じOECDの所得分配データベースによる各国比較と主要国推移については図録4652にも掲げているので参照されたい。

 さらに、先進国各国の所得格差の推移を厳密な定義で比較した、総務省統計局の全国消費実態調査の結果概要に掲載されたグラフを「その2」として掲げた(2011年12月図録更新の前から掲載)。

 指標として使用されている「可処分所得」は、税額及び社会保険料を控除した所得である。等価可処分所得の「等価」とは、単身世帯に対して4人世帯では必ずしも4倍の所得がなくとも同等の生活を送れるという点を考慮した指標化を意味している。

 2つの図を通じて、日本の所得格差の程度は先進国の中では中位レベルにあるといえよう。OECD諸国全体で国際比較を同様の指標で行っている結果は図録4652を参照。

 また、長期的には、日本の不平等度も上昇しているが、特に、米国の上昇の程度が目立っている。また不平等度の上昇は先進国各国の全体的な傾向であることも分かる。

 ドイツの所得格差の拡大が目立っているが、これは、不安定雇用でも失業よりはましという環境を作り出した2002〜06年のハルツ4法制定(労働市場改革)による半ば強制的な就労促進が要因となっているとされる(図録3080参照)。

 なお、英国については、単独に、18世紀からの不平等度の長期推移の図を掲げ、日本と比較したので参照されたい(図録8830)。英国などと比較すると戦後改革による日本の所得格差の急減が目立っている。

4.まとめ

 このように所得格差のデータとしては、特に最近になって大きな格差拡大が生じたとはいいにくい。また、国際的に見ても日本の所得格差は中位である。

 しかし国民の不平等感が昂進しているとすれば、それ自体が問題である(図録4670参照)。資産格差の存在、政治家・芸能人などの2代目の多さに代表されるような機会格差、自分さえよければいいという風潮や成果主義、勝ち組、負け組といった考え方、さらにリストラ、失業、自殺といった社会統合を脅かす諸問題が背景にあると考えられるので政策的対応が不必要ということにはならない。

 国民の不平等感は、かつて存在していた「平等神話」の崩壊から生まれてきている側面も無視できない。

 日本の「平等神話」のひとつの根拠になっていたのは1976年にOECDが発表した所得分配の比較データ(M.Sawyer(1976)によるもの)であった。1970年前後の状況を示したこのデータでは日本はスウェーデンなどと同じく最も平等性の高いグループに属するとされていたが、実は、日本については農家や単身者を含まない家計調査を原資料としており、全世帯対象の国民生活実態調査(国民生活基礎調査の前身)を使用するとジニ係数は0.312から0.355に上昇し先進国の中では元から中位の国だったことが明らかにされている(勇上(2003))。

 私も「平等神話」を信じていた1人であり、橘木(1998)が紹介するデータを知って不平等化を示すグラフを作成したことがある(経済産業省監修「時間とは幸せとは−自由時間政策ビジョン」(1999)p.169、参照研究業績一覧)。私も信じたいから信じていた国民の1人でありやや不明を恥じているところである。この点、橘木(1998)は最近不平等データがあらわれているが人々が考えているほど昔から平等だったわけではないと明確に表現しておらず不公正であるようにも感じる。

 戦前からの日本の所得格差の推移を東アジア諸国や東南アジア諸国と比較したClio-Infraデータを図録8029に掲げたので参照されたい。

(2004年7月29日収録、8月1日コメント改訂、2007年6月21日更新、2011年7月14日更新、12月7日OECD報告書グラフ掲載、2012年11月30日更新、2015年1月8日ドイツコメント追加、2016年9月23日ジニ係数推移に当図録の計算結果を付加)


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