鉄鋼生産は国力や産業力の基礎としての性格をもつため主要国では国内に一定の生産基盤を有し、8割程度以上の自給率を維持している。

 粗鋼生産の推移を国際比較した図を見ると、生産地域は、日米欧露から徐々に世界各地に拡大しており、特に、中国の粗鋼生産量が1996年から連続して世界一となり、2002年には過去世界最大規模であった1988年のソ連を越えるなど、中国、インド、韓国などのアジア地域の台頭が目立つようになっている。

 この結果、第2次世界大戦後、1973年のオイルショック時までに急拡大した世界の鉄鋼生産は、その後、ほぼ7億トン台で推移していたが、2000年には8億トン台、2002年には9億トン台、2004年には10億トン台、2005年には11億トン台、2006年には12億トン台、2007年には13億トン台へと再度拡大基調へ転じた。

 ところが2008年後半に突発した世界金融危機が実体経済にも急速に波及した結果、年末にかけて鉄鋼生産も大きく落ち込み、その結果、2008年、2009年と2年連続で対前年割れ、2009年実績値は12.4億トンと前年を大きく下回るに至った。しかし2010年以降は持ち直し、2012年には15.5億トン、2013年には15.8億トンと過去最大を更新し続けている。

 2010年にかなり回復したものの日米独が過去の最大量を上回っていない中で、中国、インド、韓国は、過去最大を更新しているのが目立っている。このように、先進国と新興国との間のシェア格差は広がっている。

 日本の鉄鋼生産は、戦後、1953年に操業開始した川崎製鉄千葉を嚆矢として、太平洋側臨海部における一貫製鉄所の建設が相次ぎ(50〜72年に実に12カ所)、大型高炉、ホットストリップミル、純酸素転炉など最新鋭の設備が続々建設されたため、高度成長期に著しい伸長を遂げ、1973年には、人口規模で2倍以上の米国と肩を並べる1.2億トン水準に達した。鋼船の大型化に支えられた海運の発達と海上運賃の低下により、英独米の製鉄立地に見られるように、それまで国内の炭田や鉄鉱石鉱山に隣接した原材料立地が中心だった鉄鋼業について、太洋に面した臨海部立地と無駄の少ない一貫製鉄所の優位性を本格的に世界に示す結果となった。

 オイルショックは鉄鋼需要の低下と原燃料コストの上昇から日本の鉄鋼業に大きな影響を与えた。その後の「軽薄短小」化傾向もあって鉄鋼需要は伸び悩み、GDPが成長したにもかかわらず国内生産量は1億トンを前後する水準で推移した。高炉各社は量的拡大に頼らない生産性の向上と需要家ニーズに対応した高級鋼の開発を進めた。要員削減や過剰設備の処理などとともに、連続鋳造に代表される工程の連続化や副生ガス利用などの省エネルギーを進めた。1980年代中頃の円高不況における設備の休・廃止とその後のバブル景気における需要の高まりなどを経て、生産規模は1990年代まで1億トン前後で増減を繰り返していた。

 21世紀に入るとアジアの成長による鉄鋼輸出量の拡大により、内需の長期低迷にも関わらず生産規模は上昇傾向に転じた。そして2007年には1億2,020トンと過去のピークである1億1,932トンを上回るに至った。ところが2008年には世界不況突入により、世界全体と同じくマイナスに転じ、2009年には世界を大きく上回る急激な減少となった。もっとも2010年〜11年は1億トンを再度上回る回復となった。

 粗鋼生産量の対世界シェアをみると1973年に17.1%に達した後、長期的に低落してきている。GDPの世界シェアはそれに遅れること20年後の1994年に粗鋼生産量のシェアの過去のピークとほぼ同等の水準である18.0%に達した後、減少に転じている点が興味深い。粗鋼生産量では2005年に世界シェア1割を切り、GDPでは2006年に1割を切っている。ただし2007〜08年には鉄鋼の世界シェアがGDPの世界シェアを上回っており、鉄鋼の国際競争力が失われたとは単純にはいえないことを示している(図録47504800参照)。

(リンク)

 この図を使った鉄鋼産業の分析を含む調査報告書(「内航海運から見た素材型産業の物流コスト効率化に関する調査報告書」2003年)は日本内航海運組合総連合会のホームページに全文掲載されている(第2部が鉄鋼編)ので興味のある方はご覧下さい(骨子 本文(鉄鋼・石油・ケミカル・セメント))。

(2005年1月19日、1月22日更新、2006年3月6日更新、2008年1月4日更新、2009年1月23日更新、2010年7月20日更新、2011年2月3日更新、2012年6月26日更新、2013年3月1日更新、2014年3月1日更新)





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