明治以降の郵便局数と郵便物の数の推移を図に掲げた。

 郵便局とは、郵便物の集配・受領・配送等の郵政事業、小包等の受領・配送等の運送事業を主に行う機関であるが、郵便貯金という銀行窓口機能や簡保という保険会社の窓口機能を合わせもっている。

 日本において「郵便局」と称するものは、歴史的には、逓信省、郵政省、総務省郵政事業庁、日本郵政公社と続いた国の機関であり、郵便、郵便貯金、簡易保険という郵政3事業を一体的に行っていた。

 郵便局は、2007年10月1日の郵政民営化以降は郵便局株式会社の事業所として、郵政事業を「日本郵便」から、また郵便貯金事業を「ゆうちょ銀行」から、そして簡易保険事業を「かんぽ生命」からそれぞれ業務委託され窓口業務を行うかたちとなった。

 民営・分社化により、2007〜2012年には、郵便局会社の「郵便局」と郵便事業会社の「支店」が一つの建物に同居する形態が発生した。郵政公社時代以前は「郵便局」として一つだったものが、分社化により異なる会社の業務となった。例えば、「ゆうゆう窓口」と呼ばれる時間外窓口、不在郵便物の引き取り、私書箱、料金受取人払の申請などは郵便事業会社の「支店」における業務であり、郵便局会社の「郵便局」における業務ではなかった。

 その後、2012年10月1日付で郵便局株式会社が郵便事業株式会社を吸収合併し、日本郵便株式会社が発足したため、郵便業務が自前業務となり、貯金・保険が受託業務の中心となった。

 郵便事業が創業された1871年(明治4)当時は、郵便役所と郵便取扱所が設置されており、これが郵便局と呼ばれるようになったのは、1875年のことである。

 郵便局数は明治年代には5000局程度であったが、明治末から増加を続け、1931(昭和6)年には1万局を越え、1968(昭和43)年には2万局を上回った。その後、増加数は減少し、ピークは2000年度末の24,774局である。その後、郵政民営化を挟んで局数は減少傾向にある。なお2010年度末一時閉鎖中392局のうち190局は東日本大震災によるものである。

 郵便物数(荷物、旧小包、国際郵便を含む)は、郵便局の数より、増加が著しく、特に、戦後は、50億以下からピークの2000年度の約270億へと5倍以上に拡大し、この時期の情報通信の発達を電信電話とともに支えていたといえよう。21世紀にはいるとファックス、宅配便との競争、インターネットのeメール、携帯電話メールの普及により、郵便物そのもの取扱は、むしろ、減少傾向を辿るようになった。

(2009年9月18日収録、2011年5月3日更新、2013年6月7日更新)


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