3大都市圏の転入超過数(転入人口マイナス転出人口)の推移をグラフにした。

 1973年のオイルショックまでの高度成長期には、東京圏、大阪圏、名古屋圏のいずれにおいても大きな転入超過が続いており、この間に、地方圏で生まれた人が多く就職、進学などを目的に大都市圏に移り住んだ様子がうかがえる。大都市圏への人口集中が進んだ時代である。

 オイルショック以降の安定成長期にはいると大阪圏、名古屋圏の人口の伸びが鈍化する中で、東京圏の人口だけが増加したため、人口の東京一極集中が進んでいる。

 オイルショック以降の大阪圏と名古屋圏の動きを比較すると名古屋圏では毎年の上下はあるものの転入超過のプラス・マイナスがほぼ均衡しており、長期的に人口の純流入はほぼゼロとなっている。これに対して、大阪圏は一貫してマイナスが続いており、いわゆる大阪の地盤沈下をあらわすひとつの指標となっている。

 名古屋圏については2008年秋のリーマンショックの影響が大きかった。2004〜08年にはオイルショック後最大の転入超過を見ていた。米国向け輸出などの自動車産業の好調に支えられていたといってよいだろう。2009年にはこうしたミニブームが去り転入超過から転出超過に一気に転じているのが印象的である。派遣労働者の雇い止めが社会問題化したのもこの頃である。

 東京圏は、高度成長期以降、2度の転入超過のピークを経て、最近は3度目のピークにさしかかっていると見られる。

 1度目は、1987年をピークとする転入超過であり、いわゆるバブル経済の時期の東京圏への集中である。バブル崩壊とともにこの転入超過は終りととげ、1994〜95年にははじめてマイナスを記録した。2度目は、1990年代後半から2000年代にかけての東京圏への人口集中であり、2007年をピークに、2008年秋のリーマンショック以降に大きく後退した。最近は、アベノミクスと並行した景気回復で再度東京圏の転入超過が拡大している。

 1度目は、東京都心はむしろ人口が減少し、埼玉、千葉、神奈川といった周辺県で人口が急増した時期であり、地価の高騰が都心から郊外へと波及した点に典型的なバブル経済の特徴があった。2度目の特徴は、郊外県での人口は余り増加せず、むしろ東京23区の人口が増加した時期であり、いわゆる都心回帰現象が特徴となっている(図録7680参照)。

 2011年には大阪圏が1974年以降はじめて流入超過に転じ、3大都市圏すべてがプラスとなった。2012年も東京圏は超過数拡大、大阪圏、名古屋圏は超過数縮小であるがすべてプラスなのは変わらなかった。これは2011年の東日本大震災と福島第一原発事故の影響で人口が日本列島の東から西へややシフトした影響もあると考えられる。その後、2013年〜15年には、東京圏の超過数がさらに拡大する一方で、大阪圏、名古屋圏は再度マイナスとなった。一極集中の状況は不変といえよう。

 全国的な人口移動の低下傾向の中で人口流入が東京圏に限定されてきている様子については図録7673参照。

 国勢調査人口の都道府県動向との関連での分析は図録7246参照。


 相変わらずの転入超過により東京圏への一極集中が続いているが、東京圏以外からの転入と東京圏以外への転出のそれぞれの動きはどうなっているかを上図に示した。図録7673で示した全国動向と同じように、転出も転入も全体的に縮小傾向にある中で、転入の減り方より転出の減り方が大きいため東京圏への集中が止まないことが分かる。高度成長末期の1970〜73年とバブル期末期(及び崩壊期)の1987〜1993年には転入が減り、同時に転出が増えていたが、リーマンショック後の景気後退では、転入の減少は同じだが転入の増は余り目立たなくなっている。景気が良くなって地方圏から東京圏に出てきた者は、以前は、景気低迷で地方圏に帰ったのだが、今は、そのまま東京圏に居つく傾向があるようだ。こうした状況変化は、地方の方の吸引力低下のせいなのか、それともそもそも帰るつもりのない東京流入が多くなっているためなのか、については議論の余地があろう。

(2005年11月16日収録、2006年2月27日・2008年2月28日更新、2009年1月30日更新、2010年2月4日更新、2011年2月28日更新、2012年7月17日更新、2013年2月25日更新、2014年1月30日更新、2015年2月5日更新、2016年1月29日更新、4月25日東京圏転出入図、2017年1月31日更新)


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