総務省統計局が実施している家計調査により県庁所在都市別のまぐろ(マグロ、鮪)、たい(タイ、鯛)、ぶり(ブリ、鰤)の消費量をグラフにした。

 まぐろ消費は、まぐろ水揚げ日本一の静岡県の静岡市とその近隣の甲府市が1〜2位となっている。3位〜5位は宇都宮市、横浜市、千葉市である。

 東北、関東など東日本で概して消費が多い。北陸、西日本では消費が少ないが、西日本でも沖縄や和歌山、徳島、高知、宮崎といった太平洋側では相対的に消費が多い。

 たいは、まぐろと逆に、西日本で消費が多く、東日本の消費はぐっと少なくなっている。たいの消費トップ5は、北九州市、佐賀市、熊本市、福岡市、長崎市である。

 ぶりは、寒ブリで有名な富山湾をはじめ北陸で消費が多いのが目立っているが、全般的には西日本が東日本より消費が多いのが特徴である。ぶりの消費トップ5は、富山市、金沢市、松江市、福井市、山口市である。

 東日本の代表として福島市、北陸の代表として金沢市、西日本の代表として福岡市を取り上げ、ここで対象としている3種類の消費量の図を以下に作成した。鮮魚の家計消費の内容は地域によってかなり異なっていることがうかがえる。



 東のまぐろ(鮪)、西のたい(鯛)という食パターンの違いは江戸時代にまでさかのぼる。飯野亮一(2014)「居酒屋の誕生: 江戸の呑みだおれ文化」(ちくま学芸文庫)によると、江戸では、日本橋魚市の「鯛は諸侯に奉じ、まぐろは下賤(げす)の食いもの」などといわれ、大量に獲れるが鮮度が落ちやすいこともあって、まぐろは安価な下魚とされていた。まぐろは、塩まぐろを焼いたり、ねぎま(葱鮪、まぐろを葱と煮て食べる料理)などとして煮て食べられていたが、しだいに刺身が好まれるようになり、「塩まぐろを止て、すき身(刺身)が売れる」(『宝暦現来集』1831年)ようになっていったという。関西との対比についてはこう述べられている。

「江戸では鯛よりまぐろの刺身が好まれていて、『守貞謾稿』の「刺身」の項には、まぐろは、京阪では「下卑の食として、中以上および饗応にはこれを用ひず。また更に鮪、作りみ(刺身)にせず」だが、「江戸は大礼のときは鯛を用ひ、平日は鮪を専らとす」(後集巻之一<食類>)とある。」(p.279)

 鯛はまぐろとは別に意味で重要な魚であり、江戸幕府の大きな行事における大量需要に備えて、江戸湾において蓄養事業が行われていた。横須賀市水産業振興指針策定基礎調査報告書(平成4年3月、p.11)には次のように記述されている。

「現在でも横須賀では餌いわしの蓄養や他県の事業であるが「はまち」の蓄養が行われているが、江戸時代にも鯛の蓄養が浦賀沖で日本橋本材木町の問屋によって活簀(25匹〜70匹ぐらいを入れる簀船)を使い行われていた。これは将軍家の各種行事で用いる大量の鯛(御用鯛)の調達のため行われていたものであり、例えば、1837年には、将軍家慶の将軍職就任の大礼のため目の下1尺の活鯛5000枚の納入が江戸湾内44か浦に通達されている。」

 なお、別の魚種であるかつお・さんま・さばの地域別消費については図録7732参照。また鮮魚消費全体の地域差については図録7236参照。そこではコールドチェーンの発達等により以前より地域差が縮まっている点についてふれた。

(2008年2月19日収録、2015年9月4日江戸時代の鯛やまぐろの位置づけについてコメント追加)


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