米国の犯罪件数はFBI犯罪統計によると1990年代初めから減少傾向を続けている。暴力犯罪は1994年の190万件が2014年に120万件に、財産犯罪は1991年の1,300万件が2014年に830万件へと大きく減少している。

 他殺率の長期推移を各国比較した図録2776aによれば、米国では、戦前期から1950年代にかけて低下した他殺率が1960年代から上昇し、1970年代〜80年代にピークとなり、再度、低下傾向をたどっており、ここでの犯罪率の動きとほぼ同じである。なお、米国における著しい犯罪率の南北格差とその理由については図録8809参照。

 諸国民の犯罪被害率を調べた国際犯罪調査でも米国の犯罪率は1990年代に大きく低下していた(図録2788)。FBIの犯罪統計はこれと整合的である。ニューヨークでは1991年頃2,200人が殺人の犠牲となっていたが、2009年にはわずか536人の犠牲に止まっている(以下にふれるエコノミスト誌による)。日本の犯罪率を追った図録2786でも同様の傾向が明らかである。

 にもかかわらず米国人の意識では犯罪は増えているとされているようだ。2016年米国大統領選でトランプ候補は「インナーシティでの犯罪は記録的な水準に達している」といっていた。日本と同様、米国でもやはり犯罪動向に関して事実と意識は乖離している点は以下の図を見ても明らかだろう。


 英国エコノミスト誌は、"Good news is no news"(いいニュースは報じられない)と題して、米国における犯罪率の低下をあえて取り上げている。副題は「米国人は犯罪をおかすことが少なくなったが、誰も明確な理由を知らない」である(The Economist June 4th 2011)。

 同誌は、景気低迷で犯罪が増えるという直感的な説がいかにアテにならないかを指摘することから記事を書きはじめている。

 確かに米国経済が好調だった1990年代に犯罪件数は減少していたが、米国経済が不況に陥った2000年代前半以降も犯罪が減り続けているのである(図録4500)。特に2008〜09年は大きく経済が失速したが、図の通り、特に犯罪は増えていない。

 近年のような犯罪率の低下を予言した者はいなかったが、以下の通り、米国における犯罪率の低下を説明する後知恵的な理論にはことかかないという。

@ 警察の犯罪予防・抑止の巧妙化という「当局取締効果説」(細かいところの取締から全体を封じ込める「割れ窓理論」の適用など)

A 1970年代における合法妊娠中絶の利用率の上昇が10代未婚の貧困層の出産数を押さえ、20年後の高犯罪率青年の増加をくい止めたとする「中絶効果説」

B 囚人の増加(とんでもないコストを払っての)が犯罪者をまちから一掃したとする「監獄代替説」

C 初の黒人大統領の誕生が黒人青少年を暴力から遠ざけたとする「オバマ効果説」(最近の犯罪減少の説明、図録8754参照)

D 人間をキレやすくする鉛成分のガソリンへの含有が1970年代に禁じられ1985年までにほとんど完全に取り除かれたので、年少期における鉛の体内摂取が減じ、1990年代に入って効果があらわれたとする「脱鉛効果説」。米国において鉛汚染の問題はなお尾をひいており、ノーベル賞経済学者クルーグマンのNYタイムズのコラムでは2016年大統領選でどちらの候補者がこれに真剣に取り組むのかを論評しているぐらいである(朝日新聞2016年9月9日)。

E ビデオゲームやインターネットなどが手に入りやすくなり、人々を家の中にとどめるようになったので、まちなかでの実際の犯罪や麻薬からは遠ざけられたとする「人さらい説」

 いずれにせよ明確な理由は分からないと言ったほうがよかろう。

(追加コメント)

 英国エコノミスト誌は、2013年に、今度は米国ばかりでない先進国全体の他殺、窃盗、自動車泥棒などの犯罪減少傾向を取り上げた("Where have all the burglars gone?", July 20th 2013。この題名のburglarsをflowersに代えれば誰でも知っている歌となる。相変わらずエコノミスト誌の洒落たタイトルづけ)。その要因説として、主に米国を想定して、上記と共通する多くの説を取り上げているが、共通していないものとして以下があげられる。

F 犯罪をおかしやすい16〜24歳男性がベビーブーム世代の高齢化により減少しているためとする「人口年齢構成説」

G 犯罪が多発するストリートに警察官を集中させたためとする「ホットスポット重点取締説」(シカゴ、スウェーデン、トリニダードトバゴで効果)

H DNA鑑定、携帯電話GPS、防犯カメラの普及が逮捕のリスクを上昇させ、犯罪防止に効果があるとする「ハイテク技術説」

I 高学歴化と親との同居率上昇(EUの25〜34歳で28%)で犯罪率の高い若者がおとなしくなったためとする「若者よい子説」(特に英国で若者の違法薬物、飲酒癖、あるいは家庭内暴力の縮減)

J 米国のクラック・コカイン禍、欧州のヘロイン禍の収まり、国家管理や常習者の行動パターンの変化による薬物欲しさの犯罪の減少などによるとする「麻薬要因低減説」

K 1950年代〜60年代に中流家庭が郊外流出して形成された荒れた都市中心部が再開発されて人口が復活し、「割れ窓」もなくなったとする「インナーシティ現象収拾説」

L 犯罪の誘因となっていたクルマ、宝石、オーディオ製品などの高級品が盗まれないよう警報など家庭の警備保障技術が向上したためとそうした高級品自体が低価格化したためとする「高級品誘因低減説」(「30ドルのDVDプレーヤーを盗むため住宅に侵入しようとするなんてピントはずれ」)

(追加コメント2)

 白人警官が黒人を死亡させる事件が相次ぎ、またこうした事件が不起訴で処理されることに対して、2014年11月には、全米で抗議デモが続いている。上のLまでには取り上げられていないが、黒人犯罪をターゲットに人種ごとに選別して取締りを強化したことが犯罪率の低下に結びついたとされる。抗議デモと関連して、これが同時に黒人層の不満を鬱積させることにつながっていると指摘されている。以下にこの点を取り上げた東京新聞の記事(2014年12月7日)を引用する。

「米連邦捜査局(FBI)の統計によると、警官による「正当な殺人」は過去5年間、毎年400件ほどで推移。しかし警官が起訴されるケースはほとんどない。米国では警官に武器を使う強い権限が与えられており、「過剰な武器の行使」とは認められにくいためだ。

 警察活動を監視する市民団体「警察改革プロジェクト」のロバート・ガンジ代表は「犠牲になるのはいつも黒人だ。警察は昔から、法律に守られながら黒人を取り締まりの対象にしてきた」と解説する。

 その歴史は1970年代にさかのぼる。ニクソン政権は麻薬取り締まりを強化した際、警官が尋問などを行う権限を拡大した。働く場がなく、麻薬売買に手を染めた黒人が多かったため、警察は黒人を呼び止めては身体検査をする「レイシャル・プロファイリング」を始めた。人種ごとに選別して取り締まりなどを行う手法だ。

 治安悪化に悩んでいたニューヨークでは94年、「微罪の取り締まりが凶悪犯罪を防ぐ」との方針を掲げ、パトロール警官を増強。落書きや無賃乗車、万引など軽犯罪を徹底的に摘発した。この時も主に黒人が対象となった。

 警察に与えられた強大な権限と、黒人に的を絞った治安対策。コロンビア大のジェフリー・フェイガン教授は「この二つで治安がよくなったのは事実。だが同時に黒人層は不満をため込むことになった」と話す。」

(追加コメント3)

 スティーブン・ピンカー『暴力の人類史』(青土社、原著2011年)では、1990年代以降の犯罪減少を、反体制運動やカウンターカルチャーによる1960年代〜1980年代の非文明化のプロセスの中断を経て、再文明化のプロセスが進んだためと捉えている(図録2776a参照)。

 具体的には、一般に信じられている「中絶効果説」(上記A)は少しあやしく、「監獄代替説」(同B)、厳罰化、警察力の増強が影響しているとしている。

「1990年代に入る頃には、アメリカ国民は路上強盗や公共物破壊、走行中の車からの銃撃などにほとほと嫌気がさし、国はいくつかの形で刑事司法制度の強化に踏み切った。なかでももっとも効果的だったのは、無骨きわまりない方法だった。より多くの犯罪者が、より長い期間、刑務所に収監されるようになったのだ」(p.231〜2)。収監率は5倍に膨れ上がり、世界一の水準となった。「1994年、当時のビル・クリントン大統領が保守派を逆手にとって、アメリカの警察の職員を10万人増員するという法律を成立させるという妙策に出た。警察官が増員されたことで検挙される犯罪者が増えただけでなく、警察官の存在がそもそもの犯罪行為を抑止する効果をもたらしのだ」(p.234)。

 さらに、犯罪減少の要因としては学者に不人気の「割れ窓理論」(上記@)も実際のところは効果があったとしている。

「学者の大部分は「割れ窓理論」を認めようとしない。もし認めれば、犯罪の発生率は貧困や人種差別といった「根本的原因」ではなく、法と秩序によって決まるとする社会保守主義者(ルドルフ・ジュリアーニ・ニューヨーク元市長を含む)の見方が正しいことになってしまうからだ」(p.236)。

(2011年6月9日収録、6月14日離婚推移との関連コメント削除、2013年8月7日追加コメント、10月10日更新、2014年12月7日追加コメント2、2016年8月24日追加コメント3、9月11日クルーグマン・コラム、9月15日米国における実態と意識のギャップ)


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